早稲田大学ウリ稲門会

在日コリアンOB・OGのためのオフィシャルブログ

納涼会レポート〔2008年晩夏〕

2008-08-27 19:45:02 | 各支部・分科会の近況

北京オリンピックも終盤を迎え、旧盆前の猛暑から一転しのぎやすい陽気となった8月23日土曜日、ウリ稲門会2008年納涼会が開かれた。場所は虎の門パストラルホテル。

曇り空から時折小雨もぱらつく空模様だったが、うって変わって会場内は南国ムード満開。安王錫会長はじめ担当幹事の発案で、参加者にはアロハなど開襟シャツの着用をお願いし、首には色とりどりのハワイアンレイがかけられた。大学からお招きした本多聖治理事、関口八洲男総務課長も快く趣旨にご賛同くださり、納涼会らしいリラックスした雰囲気のなか、安王錫会長開会挨拶、本多聖治理事、関口八洲男総務課長両御来賓のお言葉に続き、梁直基顧問の乾杯で歓談となった。

参加者は朝日新聞社小田川興氏、NHK大野禎司氏、会場及びアトラクションのアレンジなどにご尽力いただいた鷹箸貞夫氏らのゲストを含めおよそ70名。夏休み中にもかかわらず現役学生や留学生も参加した。
メインアトラクションでは、『アイランドクラブ』の皆さんによる洗練されたハワイアンミュージックの歌と演奏、フラダンス教室『モアニケ アラオ カウラカヒ』の生徒の皆さんの素晴らしいダンスが披露された。生徒の皆さんは現役の中高校生ということで、会場は万来の拍手喝采に沸いた。

学兄挨拶では、漢陽大学教授でIEEE(アイトリプルイー=国際電気電子学会)アジア太平洋地域会長を務める朴容震学兄、韓国芸能界の顔として活躍中の李栄一学兄のほか 卒業二十五年目にして初参加という浩美学兄、留学生OBの李義炯学兄から近況報告があった。また、ゴルフ会幹事の康泰鎮学兄より秋季コンペの案内等ゴルフ会の活動が報告された。

おなじみの玉川静学兄によるシャンソンの後、閉会辞に続き、政治経済学部3年柳学均君のリードにより校歌『都の西北』を参加者一同で斉唱し散会した。

なお今回の納涼会開催にあたり御支援をいただいた学兄は以下の通り(順不同、敬称略)。
沈広燮、梁直基、金君夫、安王錫、李宇海、李永燦、文一陳、李春雄、梁徳守,呉世一
(朱茂記)


第27回ウリ稲門会ゴルフコンペのご案内

2008-08-25 20:40:09 | 私の意見・交流・日常

拝啓
まだ暑さが残ります今日この頃、会員の皆様におかれましてはますますご健勝のほどお慶び申し上げます。
 さてゴルフ愛好家にとっては、暑さも一段落するこれからがベストな季節。前回は新しく会員になられた女子プロの金沢鈴華さんが初参加そして優勝と、大いに盛り上がった大会となりました。
 今回は普段お勤めで忙しい方々にもご参加いただきやすい様、土曜日開催に致しました。是非とも若い方々多数のご参加をご期待申し上げます。9月20日までにご連絡いただけますと幸いに存じます。

                 記
開催日:平成20年10月11日(土曜)
コース:都賀カンツリー倶楽部
    〒328-0203 栃木県栃木市尻内町1757-1
    Tel 0282-31-1135
集合: 7:30クラブハウス内受付
参加費:3,000円(パーティー・賞金代)
    プレー費は各自ご清算ください(プレー費17,500円)
組合せ:決まり次第参加者にお知らせいたします。

お問合せはゴルフ会幹事呉世一・康泰鎮その他幹事まで。


サラリーマン人生終盤:英国での駐在生活と感慨

2008-08-20 21:16:34 | 私の意見・交流・日常

朴 淳
はじめに
 現在、私は日本の大手生命保険会社に勤務している。紆余曲折を経て、38歳で転職した。本社の国際部に5年ほど籍を置いた後、91年にロンドンに赴任、駐在員としての在英生活は18年目である。日本企業の海外一箇所での平均赴任期間が3年程度であると考えると異例の長さと言える。
この間、世界、とりわけ欧州は大きく変わった。93年に発足した欧州連合(EU)は加盟国27、統一通貨であるユーロの導入国は15に及ぶ。人口約5億、ヒト、モノ、カネの自由化に伴いGDPは米国を凌ぐ一大経済圏となった。
私の駐在する英国も例外でない。このところサブプライムや住宅価格の下落等で多少の陰りを見せ始めているが、私が来英した翌年から連続して堅調な経済成長を続けている。    私が赴任した当時と現在を日英で比較してみよう。93年に1位まで上り詰めた日本の1人当たり国民総生産(GDP)は昨年シンガポールの後塵を排し20位、逆に20位前後に位置していた英国が9位とベストテン入りしている。「英国病」とまで揶揄され、一時は欧州のお荷物扱いされた英国であるが、サッチャー登場以降、EU外交でのしたたかさ、小さな政府、ビッグバン、国際金融センターとして繁栄など、その復興振りは目を見張る。
 ロンドンでの私の会社のプレゼンスはどうであったろうか。赴任時は、現地法人2社で有価証券投資と不動産投資が主な業務であった。所有オフィスビル3棟を含む投資総額は千億円単位で、正に「ザ・セイホ」は時代の寵児であった。ウィンブルドン、アスコット、ロイヤル・オペラ、時には相撲のロンドン興行といったソーシャルイベントの連続、日本のカラオケ、クラブホステスに代わる英国流の接待は「これぞ英国流のソーシャルライフ!」と感嘆、駐在員生活の一面を楽しんだ。栄枯盛衰。日本のバブル崩壊、その後「失われた10年」へと続く。生保を含む日系金融機関の海外でのプレゼンスの後退も例外でなく、私はこの間、現地法人の代表として計らずも色々な経験を積むこととなった。投資物件の売却、現地法人の清算、オランダの大手銀行との投資合弁企業の立ち上げ、会長就任、そしてまた清算。現在は、駐在員事務所の代表である。
現在の仕事
 
大きく分けて三つ。一つ目は、調査業務である。英国を中心とした欧州の保険業界、保険会社の動向、経営戦略、法制、販売チャネル、資本政策等々を調査し、本社の経営に資するような情報を提供する。日本の保険会社は、現在、様々な面で過渡期にあり、ロンドンからのレポートは当社の経営判断に示唆を与える事が多い。二つ目は、欧州の与信先の信用調査(クレジット残高、5千億円超)である。融資先或いは債券の保有先である欧州の国々や電力、水道等の公共機関、金融機関などの信用状態を把握することである。要は、長期に融資した資金が返済されるかどうかをチェックする事であり、必要に応じては、新たな貸出先を発掘するのも業務の一部。三つ目は、現地優位性という拠点の機能を発揮し、国際人材の育成や社会貢献策(CSR)の現地支援、その他役職員の出張同行など現地サポートを行っている。
 仕事に関連して出張は多い。カバーする領域は欧州全域。訪問した国、都市は数限りない。ロンドンから欧州の各都市は概ね2~3時間以内でカバーできる。本当に世の中は狭くなり、便利で手近になったと思う。日本から離れて久しい(米国での学生生活を含むと20余年)ことも相俟って、「在日」という意識も希薄化してきた。反面、グローバル化した外国にいるからこそ「在日」を意識しなくてはならないと思う事もある。理由は、「在日」であった事が今日の私を在らしめているからである。私の履歴は「在日」に対峙してきた時の流れと云える。そしてその原点は早稲田の韓文研とその上部組織であった当時の韓学同である。

「在日」を活かす
冒頭に触れたが、38歳での転職であった。前職は、父親が経営する閉鎖間際の零細製鉄工場での肉体労働者(注:これ以前の職歴は韓国系の正統派銀行員、生意気で暴力も厭わない不埒な奴との説もある)。あわよくば、父親の工場を整理し、サラリーマン生活から抜け出ようとしたのがその理由である。頑固な1世の父と衝突し、新聞広告を見ての応募であった。会社が求めていたのは業務の国際化に伴った人材。数回の面接があり、最終は当時の社長直々。思うところを語った。生活もかかっていた。「日本の企業にとっての国際化で先ず必要なのは『内なる国際化』であり、在日韓国人である自分のような人材を本名のままで採用する事です」。「分かった。明日からでも来なさい!」。こうして当社初の中途採用者となった。そして、今日に至る。
 ここで自分の会社生活を振り返り、「在日」であったことの意味を考えて見たい。「在日」のアイデンティティーは、韓日双方の異なる文化(歴史も含め)の複合物であり、それ故に、同質的と称される日本社会にあっては必然的且つ潜在的に多様性を身に付けていると云える。通常の日本人とは異なるという社会的位置付け(異端)はデメリットである半面、メリットでもある。その利点は活かすべきであるし、活かしてきたと自負している。同質化した日本の社会(企業も然り)の中で異端(アウトロー)であったが故に培われる複眼的な思考や視点、痛みに鋭敏な感性は「在日」だからこその強みではないか。グローバル化し情報が氾濫する世の中で、マジョリティーとは異なった視野、視点で本質を抽出し、事象を多角的に捉えられるのは、同質の社会に生まれつつもマイノリティーでマージナルな存在として育ってきた「在日」の特性だと考えたい。
最後に
 掲題に戻るが、私のサラリーマン生活も終盤に差し掛かってきた。時折、韓国の古い歌謡曲の一節が口に出る。「タヒャンサリ ミョテドゥンガ」(訳:異郷暮らしは何年になるのだろうか)。外国生活も長くなった。この間、日本への往来は数え切れない。解放前の連絡船でなく、片道12時間のフライトであることがせめての救いである。家財道具は17年以上も倉庫に入ったまま。子供たちも成長し、一人は日本、一人は当地で、将来は・・・?外国に長く居た事の付けが回ってきている。更に、’’You can not get wealthy by salary’’〈給与では豊か(金持ち)になれない〉は事実であるし、英国流のジェントルマンにもなれていない。「生涯現役で頑張るしかない」と思うのも致し方なしといったところである。最後に一言。人種の坩堝シティー(ロンドン金融街)の只中で、慣れ親しんだ筈のそれでも外国の街角で、エトランジェであることを意識した折、ふと想うこと、「故郷忘じがたく候」。私にとっての故郷とは、「在日」である。                                                           ロンドンにて