黒澤明監督「天国と地獄」は邦画では私の一番好きな作品である。誘拐犯の刑が軽すぎることを訴える主旨とは別に、63年当時の横浜の風俗をからめながら、演技を見せるというよりも画像、トリックの醍醐味を見せるシーンで満載である。何度見ても面白い。見るたびことに背筋がぞくっとする場面がいくつもある。
靴のメーカーの常務である三船敏郎は、社内の権力闘争に巻き込まれている。田崎潤、中村伸郎、伊藤雄之助の3人の重役が三船を取り込もうとするが、三船は取り合わない。関西のある投資家から自社株を購入して、自分が権力を取ることができる見込みが立ったからだ。小切手を用意して、大阪に向かって腹心の三橋達也を行かせようとした時、小学生の息子を誘拐したとの電話が入る。多額の身代金が請求される。ところが、息子は戻ってきた。どうも一緒に遊んでいた運転手の息子が誘拐されたようだ。自分の息子でないのに身代金を支払う必要がないと三船は言うが、妻の香川京子は三船に運転手の息子を助けてくれといってきかない。投資家から自社株を買う資金を身代金に充てることを三船は苦渋の判断で決意する。そんな中三船は犯人の要求にしたがって、身代金受け渡しのため、特急こだま号に乗車するように指示される。どういうことになるのか見当もつかないままに。。。。。
登場人物が多い。三船、仲代、志村以外にも黒澤作品常連の脇役たちはフル出場だ。この前後の黒澤作品に比較すると、山崎努を除き各演技者に際立った印象はない。個々の演技に重点を置いたわけではない映画だ。映画の中からいくつかピックアップをする。今回だけはネタばれなしにならないので注意されたい。
特急こだま号を舞台にした身代金受け渡しの場面。新幹線ができたのが、オリンピックの64年。この映画の公開が63年である。新幹線ができたあと、一部を除いて特急は廃止された。この時期だからこのトリックができたわけである。特急に乗るまで主人公と警察は身代金をどう受け渡すのか見当もつかない。そんな時特急の電話室から呼び出しが来る。小田原手前酒匂川の鉄橋で子供を見たら、川の反対側で金を洗面所の窓から落とせというのだ。特急の窓は開かない。しかし、洗面所だけ7cmだけ開くというのだ。三船は子供を見つけて、身代金を窓から落とす。落とされたお金を取りに行く犯人が見える。興奮した三船は洗面で思い切り顔を洗う。子供と出あった時それまでバックの音楽なしに流れていたのに突如としてファンファーレのような音楽が流れる。思わずはっとする。
横浜の高台にある主人公の豪邸で、三船が犯人についても手がかりを仲代達矢率いる刑事たちと話をしている時、子供たちが外の煙突の煙を見て大きな声で指差す。煙突からピンクの煙が出ているのである。白黒映画だったのに、突如ピンク色の煙が色づけられる。ふたたび高らかに管楽器の響きが流れる。このシーンは筋がわかっているのにもかかわらず、いつも背筋がゾクゾクする場面だ。パートカラーという手法はその後も「シンドラーのリスト」などの白黒映画で使われた手法だ。犯人山崎努が受け取った身代金入りかばんを金を抜いて焼却炉であわてて捨てる結果、犯人がわかっていく場面である。
犯人が山崎努だということが特定できた後、誘拐犯だということでは懲役刑になるだけだということで、捜査を仕切る仲代達矢警部が横浜の街中に犯人を泳がす場面である。このシーンも最初見た時驚いた。伊勢佐木町、福富町から黄金町にかけての横浜の街並みがこんなに怖いところだったとは知らなかったからである。この後からは日本映画史上でも指折りのすごいシーンが続く。まずは麻薬を手に入れようとする山崎努がダンスホールまがいの店に入っていく。これがすごい店だ。居酒屋に加えてバーがある屋台村のような店で若者が踊っている。アメリカの駐留兵たちもたくさんたむろし、日本人はチンピラや若者で店はわんさかしている。メニューは英語日本語だけでなく、韓国語や中国語もある。しびれる風景。犯人山崎努を追って、私服を着た警官たちがこの店に入っていく。そこで山崎は売人と出会う。混血歌手青山みちのような顔をした独特の雰囲気のある若い女性だ。今の日本にいない顔の女性だ。その女性とツイストを踊る。そして踊りながら手をとりお金を渡して、やくを受け取る。
そして麻薬を手に入れたあと、山崎努は黄金町の麻薬患者がたむろうエリアに入り込んでいく。セットだとは聞いたが、黒澤のことなので丹念に取材して、リアルに再現したのに違いない。100円宿が入り乱れる。麻薬の禁断症状にかかった人たちがたくさん出てくる。お化け映画を見るようなおぞましい光景だ。いつ見てもどきどきしてしまう。こんなエリアが存在したのかと思うとぞくっとする。福富町の裏手には何回か行ったことがある。韓国クラブがたくさんあり、いろんな文字があふれていた。夜歩くと気味が悪い。ここで気味が悪いくらいなので、夜の黄金町には怖くていけなかった。その後「横浜開港150年」で黄金町の悪の魔窟も整理されたと聞く。
夜の黄金町にいけなかったのはわが人生の失敗の一つか?
黒澤映画では「生きる」の中で、がんとわかった役所職員志村喬が、やけっぱちになって夜の街を遊び人伊藤雄之助とさまようシーンがある。あの中でも生まれて初めてストリップに行き、奇妙な飲み屋に入り込むシーンがある。猥雑な雰囲気は同じである。こういうディテールが黒澤明の凄みだ。
そして最後の山崎努と三船敏郎のご対面の場面だ。山崎努の「おくりびと」にいたるまでの素晴らしいキャリアはこの作品で始まった。素晴らしい演技である。
靴のメーカーの常務である三船敏郎は、社内の権力闘争に巻き込まれている。田崎潤、中村伸郎、伊藤雄之助の3人の重役が三船を取り込もうとするが、三船は取り合わない。関西のある投資家から自社株を購入して、自分が権力を取ることができる見込みが立ったからだ。小切手を用意して、大阪に向かって腹心の三橋達也を行かせようとした時、小学生の息子を誘拐したとの電話が入る。多額の身代金が請求される。ところが、息子は戻ってきた。どうも一緒に遊んでいた運転手の息子が誘拐されたようだ。自分の息子でないのに身代金を支払う必要がないと三船は言うが、妻の香川京子は三船に運転手の息子を助けてくれといってきかない。投資家から自社株を買う資金を身代金に充てることを三船は苦渋の判断で決意する。そんな中三船は犯人の要求にしたがって、身代金受け渡しのため、特急こだま号に乗車するように指示される。どういうことになるのか見当もつかないままに。。。。。
登場人物が多い。三船、仲代、志村以外にも黒澤作品常連の脇役たちはフル出場だ。この前後の黒澤作品に比較すると、山崎努を除き各演技者に際立った印象はない。個々の演技に重点を置いたわけではない映画だ。映画の中からいくつかピックアップをする。今回だけはネタばれなしにならないので注意されたい。
特急こだま号を舞台にした身代金受け渡しの場面。新幹線ができたのが、オリンピックの64年。この映画の公開が63年である。新幹線ができたあと、一部を除いて特急は廃止された。この時期だからこのトリックができたわけである。特急に乗るまで主人公と警察は身代金をどう受け渡すのか見当もつかない。そんな時特急の電話室から呼び出しが来る。小田原手前酒匂川の鉄橋で子供を見たら、川の反対側で金を洗面所の窓から落とせというのだ。特急の窓は開かない。しかし、洗面所だけ7cmだけ開くというのだ。三船は子供を見つけて、身代金を窓から落とす。落とされたお金を取りに行く犯人が見える。興奮した三船は洗面で思い切り顔を洗う。子供と出あった時それまでバックの音楽なしに流れていたのに突如としてファンファーレのような音楽が流れる。思わずはっとする。
横浜の高台にある主人公の豪邸で、三船が犯人についても手がかりを仲代達矢率いる刑事たちと話をしている時、子供たちが外の煙突の煙を見て大きな声で指差す。煙突からピンクの煙が出ているのである。白黒映画だったのに、突如ピンク色の煙が色づけられる。ふたたび高らかに管楽器の響きが流れる。このシーンは筋がわかっているのにもかかわらず、いつも背筋がゾクゾクする場面だ。パートカラーという手法はその後も「シンドラーのリスト」などの白黒映画で使われた手法だ。犯人山崎努が受け取った身代金入りかばんを金を抜いて焼却炉であわてて捨てる結果、犯人がわかっていく場面である。
犯人が山崎努だということが特定できた後、誘拐犯だということでは懲役刑になるだけだということで、捜査を仕切る仲代達矢警部が横浜の街中に犯人を泳がす場面である。このシーンも最初見た時驚いた。伊勢佐木町、福富町から黄金町にかけての横浜の街並みがこんなに怖いところだったとは知らなかったからである。この後からは日本映画史上でも指折りのすごいシーンが続く。まずは麻薬を手に入れようとする山崎努がダンスホールまがいの店に入っていく。これがすごい店だ。居酒屋に加えてバーがある屋台村のような店で若者が踊っている。アメリカの駐留兵たちもたくさんたむろし、日本人はチンピラや若者で店はわんさかしている。メニューは英語日本語だけでなく、韓国語や中国語もある。しびれる風景。犯人山崎努を追って、私服を着た警官たちがこの店に入っていく。そこで山崎は売人と出会う。混血歌手青山みちのような顔をした独特の雰囲気のある若い女性だ。今の日本にいない顔の女性だ。その女性とツイストを踊る。そして踊りながら手をとりお金を渡して、やくを受け取る。
そして麻薬を手に入れたあと、山崎努は黄金町の麻薬患者がたむろうエリアに入り込んでいく。セットだとは聞いたが、黒澤のことなので丹念に取材して、リアルに再現したのに違いない。100円宿が入り乱れる。麻薬の禁断症状にかかった人たちがたくさん出てくる。お化け映画を見るようなおぞましい光景だ。いつ見てもどきどきしてしまう。こんなエリアが存在したのかと思うとぞくっとする。福富町の裏手には何回か行ったことがある。韓国クラブがたくさんあり、いろんな文字があふれていた。夜歩くと気味が悪い。ここで気味が悪いくらいなので、夜の黄金町には怖くていけなかった。その後「横浜開港150年」で黄金町の悪の魔窟も整理されたと聞く。
夜の黄金町にいけなかったのはわが人生の失敗の一つか?
黒澤映画では「生きる」の中で、がんとわかった役所職員志村喬が、やけっぱちになって夜の街を遊び人伊藤雄之助とさまようシーンがある。あの中でも生まれて初めてストリップに行き、奇妙な飲み屋に入り込むシーンがある。猥雑な雰囲気は同じである。こういうディテールが黒澤明の凄みだ。
そして最後の山崎努と三船敏郎のご対面の場面だ。山崎努の「おくりびと」にいたるまでの素晴らしいキャリアはこの作品で始まった。素晴らしい演技である。