京都二条の木塀です。微妙なバランスですてきに経年しています。ずっと見ていてもあきないよ。ほんとは角から対角線に写真撮りたかったんだけど政党のポスターがでかでかだったのでパス。京都は生活の中の古い建てもんやからそんな光景が多いね。
最近凹むことが多い。目の前の困難を乗り越えるには腹ごしらえとひさびさにおひとり様ディナー。うちの近くのパスタやにて。やっぱりちまちました前菜を見ると和むね。明日からの活力!凹んでる場合か 乗り切るぞーとの誓いをたてて。
子供の頃よく晩ご飯に食べました。関西は粉もん+ごはんが定番といわれていますがうなみの家ではお好みの日はお好みオンリーでした。
じぃさんが大阪の五階百貨店で買ってきた分厚い鉄板を卓上 ガスコンロにのせ左右をブロックで支えて焼いていました。中身はメリケン粉、キャベツ、ブタバラ、いかの足(胴は前日か翌日にリング揚げになるの)山芋のすったの、玉子にちくわ、赤い干しエビ、忘れちゃいけない天かす。出しじゃこの水出し。いっぱいいっぱい焼いて近所や叔母ちゃんちにくばってました。今は便利になってお好み焼き粉やお好みソースなんかあるけどちっこいときの薄くて、ショボ美味いあの味は忘れられへんなぁ。(写真は近所のお好み屋さんのイカ豚玉。いまでもやっぱりシンプルな組み合わせが好き!)
じぃさんが大阪の五階百貨店で買ってきた分厚い鉄板を卓上 ガスコンロにのせ左右をブロックで支えて焼いていました。中身はメリケン粉、キャベツ、ブタバラ、いかの足(胴は前日か翌日にリング揚げになるの)山芋のすったの、玉子にちくわ、赤い干しエビ、忘れちゃいけない天かす。出しじゃこの水出し。いっぱいいっぱい焼いて近所や叔母ちゃんちにくばってました。今は便利になってお好み焼き粉やお好みソースなんかあるけどちっこいときの薄くて、ショボ美味いあの味は忘れられへんなぁ。(写真は近所のお好み屋さんのイカ豚玉。いまでもやっぱりシンプルな組み合わせが好き!)
今日やっと墓参りに行ってきました。墓までの道中、春の気配を感じました。都会でも同じように春はやってきているはずなのに…。目に見えるものがあるだけで余計に近く感じられます。たまに帰る田舎があるのは有り難いそして待っていてくれる親がいることはそれ以上に有り難い。墓を前にして空を仰いだら子供の頃と寸分違わない淡青の春の空が広がっていた。ほんの数分間ぼーっとつったっていた。(写真は墓に行く山道で見つけた飛び切りの春の緑)
きのう東京の友人と電話で話していて…。「なぁ、ボール遊びのなかで罰ゲームするとき壁に十字に体つけてボールを投げられるのん『死刑』っていうたやんなぁ~」「いうた、いうた 」「今日子供の体操教室で子供らが休み時間にやってたから、いまでも『死刑』やって遊ぶんやぁ~ 」といったら他の父兄から「なんて残酷な言い方するの」とつめたく言われたとか。「うちの田舎ではそう呼んでいたのよ」といっても「信じられない」と人間性まで否定する勢いだったらしい。子供の 遊び。差別的な言葉はたくさん出てきたけど東京はもっと上品やったんやろか?いい言葉じゃないけどいろんな人をおおらかに受け入れてよと思った。(写真はスーパーの食器売り場の招き猫。色んな形でちょっと変!でも可愛いな)