空から降り注ぐ雨は、豊かな山の恵みを含みながら「水の路」となって海へ流れて行く。一番清らかな水、それが山の水なのかもしれない。
“七色の木”へ向かう山道から見上げた生き生きとした樹木は、非現実的なほどに美しかった。常に現実と向き合わなければ生きられない今の世を忘れられる瞬間がそこにあった。
あらゆる事象を解析したがる世の中だけど、イマジネーションを駆りたてられるような、未知な空気を感じて生きたい。それがなくては人は生きられないと思う。音楽もその一つ。
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*七色の木*
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和知太鼓体験合宿*ありがとうございました*編
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久々の京都。行く前にぷくぷくさんから京都の話を伺って、さらに京都に対する期待と思い入れが強まった状態で行けて、で、どっひゃ~っと刺激を受けて帰ってきましたよー。
あっ、こちらのブログ、躊躇せんで、感じたままをありのままに書いてくださいね~!下ネタ以外なら大歓迎です!
“自然にありのままに”生きるって、易しいようで難しい…のか、難しいようで実は易しい…のか、生も死もありのままに当たり前に存在している山に入ると、自然と自然児になれるっというか、不自然さが抜けていくっというか。何が自然で何が不自然かっというのも価値観や考え方によって違ってくるとは思うけど、ぷくぷくさんの言葉、自然と感覚的に入ってきましたー。やっぱ、バランスが大切なのかな~っ「清」と「濁」もバ・ラ・ン・スや~
鞍馬山?どんな山?今度お話聞かせてくだサーイ
muckyさんの京都プログをまとめて読んで、カキコを少し躊躇いました。でも、感じたことをそのまま書いてみます。
ここ、気になります。私は超自然派でもアウトドア派でもないのですが。
生も死も、すべてがありのままにそこにある...と思いました。
あらゆる生命の死がたしかにその山には存在し、天から雨となって降り注いだ水の流れや、ひっそりと穏やかに息づく木々が、静かに生きる。すべてがとても自然に。
生だけではなく、死も。
知だけではなく、感も。
清だけではなく、濁も。
... ちょっと違うかな(笑)。
でも、どちらかだけなんて、不自然。。。
京都に、鞍馬以外に気になる山がまたできてしまった(笑)。
和知... 行ってみたいです。
それにしても、『和知』『仏主』... 日本語って美しいなぁ。