東京都平和の日に行われている記念行事について、都議会決算特別委員会で質問しました。
2016年度は、16年ぶりに「東京都平和の日記念行事企画検討委員会」が開かれました。
その会の中で、海老名香葉子さんは次のようにご発言されています。
「あの惨禍を伝え聞いた人たちがどうしても残したい一心なのです。それほど公には届かない声がいっぱいあるのです。ですから、この公でもっと私は大事に、この平和の日をもっときちんと、初期の気持ちに戻ってやっていただけたらいいかな。そんな思いでおります」
海老名さんをはじめ、当時を知る方々の並々ならぬ思いをしっかりと次世代に引き継いでいくために、東京都平和の日記念行事の内容をもっと豊かなものとしていくことが必要です。
私の質問では、インターネット中継を今後はパブリックビューイングのような形で場所を広げていくこと、記念冊子を公立図書館への寄贈も含めて広げること、東京空襲資料展の場所の拡大、収蔵されている戦災資料の有効活用などについて求めました。
そして、東京都民平和アピールをホームページに掲載することを求めた質問には「検討する」という答弁がありました。
大先輩の小竹ひろ子都議が行った文書質問について、掲載します。
二 戦争の惨禍を風化させず後世に引き継ぐために
1945年3月10日未明の東京大空襲をはじめ、都内各地が終戦の8月まで空襲に見舞われ、10万人を超える人々が亡くなりました。死者の数だけみても広島に次ぐものとなっています。戦後70年以上が過ぎ、戦争の体験者も亡くなったり、生存者も高齢化しています。二度と戦争を繰り返さないために、戦争の惨禍を風化させないで次世代に引き継ぐ努力が、今ほど求められているときはありません。
東京都は3月10日を「東京都平和の日」として条例を制定し、「東京都平和の日」記念行事企画検討委員会(以下検討委員会)を設置して、毎年の記念行事を行うこととしてきました。しかし、石原都知事になって、2001年以降「企画検討委員会」は開催されず、記念行事は行うものの、内容を豊かにする努力がされてきたとは言い難い状況になっていることは重大です。平和を願う都民などの声に押され、昨年度から、検討委員会が再開されたことは重要であり、歓迎するものです。
「平和の意義を確認し、平和意識の高揚を図る」という検討委員会設置要綱の目的からも、記念行事をはじめとした事業のあり方等基本に立ち返り、改めて都民や関係者等から意見を求め充実をはかり、次世代への継承を図っていくことが、重要だと考え、提案します。
1 まず委員の構成についてです。現在の委員は学識経験者2名、都議会議員5名、行政関係者(区市町村長)3名、計10名となっています。戦後70年が経過し戦争を知らない世代が多くなっているもとで、“戦争を二度と繰り返さない”という日本国憲法の精神をいかした「平和の日」の記念行事のとりくみと充実が必要です。また、オリンピック開催都市として、平和の祭典であるオリンピックの一環として、平和の願いを次世代へ継承する取組みとしても重要です。そのために都民や専門家の知恵をあつめられるよう、委員の増員が必要です。「平和の日」記念行事の内容を充実するために、戦争体験者、研究者、平和活動を行っている人たちに委嘱するなど都民の代表を補充して、定員の20人まで増員するべきと考えますが、いかがですか。
2 東京都主催の平和の日の記念式典は、希望する都民が誰でもが参加できるようにすること、そのために会場の設定、内容・参加方法など改善することが必要です。都としての認識を伺います。
平和の日に合わせ、記念式典とともに資料展も行われていますが、その企画も都民の知恵を集めて充実が必要です。今、戦争を知らない世代が都民の多数を占めています。今年の平和の日に合わせた空襲資料展は、記念式典会場の都庁内と、東京芸術劇場で行われました。
私は、都が行った2ヶ所の展示とともに、「東京空襲犠牲者追悼記念資料展実行委員会」が主催、台東区が共催、台東区教育委員会が後援した「被災72周年東京大空襲資料展」を見ました。この展示は市民が実施し、30回目を迎える展示で、多くの見学者でにぎわっていました。展示している写真等は、都の展示品と共通し、重なるものも多いのですが、写真等の大きさが大きく、展示にも工夫が施され、戦災の実相、被災状況の説明等、見る人に迫る緊迫感があるのです。会場も浅草公会堂の1階で、気軽に入れることもあり、小中学生、修学旅行の生徒等が立ち寄って見て行き、開催4日間で7千人の入場者があったとのことでした。
これに対し芸術劇場の入場者は975人と聞いています。会場が芸術劇場の地階であるため、劇場に来た人でも、展示していることを知っていなければ入れません。
3 多くの人に観てもらうこと、特に戦争を知らない世代、小中学生に観てもらうために、会場を、気軽に入れる場所、通りがかりの人でも見ることができる場所にする必要があると思います。会場について見直しを求めます。見解をうかがいます。
4 展示についても、戦争の実相を知ってもらえるよう、東京空襲等の展示にとりくんでいる人達や専門家の知恵を借り、さらなる充実をはかる必要があると思いますが、いかがですか。
5 平和のための事業は「平和の日」の記念行事や終戦の日の行事にとどまるものではなく、身近な地域での民間の平和のための事業や活動と相乗することで、その効果が一層広がるといえます。その点では都が民間の平和事業と連携支援することが重要です。
現在、都内各地で民間団体による平和のための戦争展、戦跡めぐり、体験を語る会などの多彩な行事が行われています。民間での取組みを把握して連携奨励するためにも、これらの団体の要望やどのようなことをやっているかを調査することを求めます。
都は、東京都平和祈念館(仮称)を建設するに当たり、都民からの戦災資料の提供を求め、5千点余の資料及び300人以上の方々からの証言ビデオを所有しています。これらの貴重な資料は、祈念館建設が進まないため、15年以上眠ったまま、現在は庭園美術館の倉庫に収蔵されたままになっています。
調査で私は、きちんと種類別に分類、整理、保管されていることを確認することができました。
6 5千点余の所蔵品のうち、展示等に活用されているのは120点とのことです。戦争を知らない世代が圧倒的になった現在、これらの活用は急務であり、提供された方にとっても歓迎されることだと思います。
学芸員が1人で整理に当たっていますが、資料の活用を図るためには体制の強化が必要です。学芸員等職員を増やし、小中高校等への貸し出しの体制をとれるようにすべきだと考えますがいかがですか。
300人以上の方の証言ビデオがあり、大変貴重だと思います。ビデオテープの劣化を防ぐため、デジタル化をはかりDVDに複製されていることも重要です。
この証言ビデオは1996年~99年度に撮影されたものです。2年半をかけて280人分撮影をした映画監督の渋谷昶子さんは、「身を切るような思いで証言してくれた方々の思いを、無駄にしないでほしい」と常々語っておられたといいます。
証言者の自宅や仕事場に赴いて、1人あたり2~3時間、話を聞いて、1時間以内に編集する作業を繰り返して作られたもので、渋谷さんは亡くなられるまで、1日も早い公開をのぞんでいたと、知り合いの方からうかがいました。
証言者の方も、身近な人を助けられなかった罪悪感から、長年口を閉ざしてきた人も多かったが、証言を終えると皆、一様に安堵の表情になったといいます。私の知り合いの体験者も、なかなか体験を語りたがりませんでしたが、亡くなる数年前になって、やっと重い口を開き、身内の被災の体験を語ってくれました。その点からも、この貴重なビデオを眠ったままにすることは、許されないと思います。
7 現在活用されているのは、300人のうち9人の方々にとどまっています。証言された方々の多くがもう亡くなられたと推測される現在、その方々の「二度と戦争を繰り返してはならない」との思いから、重い口を開いて語られた証言は、多くの若い戦争を知らない世代に訴え伝える力をもつものだと思います。「りんごの唄」で知られる歌手の並木路子さん等、著名な方も証言していると聞いています。
その責任は東京都にあります。証言ビデオを編集する等して、小中学校などの平和教育に活用することを求めるものですが、どうですか。
8 都民から提供された5千点余の戦災の資料、300人以上の証言ビデオを、このまま倉庫に眠ったままにしておくことは、都民との約束からいっても許されません。戦争で多くの死者を出した自治体で、戦争被害を伝える資料館がないのは東京都のみと言われています。都の責任で、これらの資料を閲覧できる資料館を、作るべきと考えますが、認識をうかがいます。
(写真は長島可純さん撮影。写真の無断転載、二次利用はご遠慮ください)
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