「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2013・11・29

2013-11-29 07:05:00 | Weblog


  今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

  「 十年間続いた南北ベトナム戦争が、昭和五十年北の勝利に終ってから十二年たった。

   当時わが国のマスコミは終始北ベトナムの味方だった。驚くべきは北の言いぶんを信

   じたふりをして『ベトコン』(越共)を民族解放勢力と称し北ベトナム軍は参加して

   ないと言い続けたことである。わがマスコミは十年日本人をあざむいたのである。今

   後ともあざむくだろう。

    私はそれをサンケイ新聞の近藤紘一(故人)毎日新聞の古森義久両記者のルポで知

   った。二人はフランス語とベトナム語を用いて材を多くベトナム人からとった。近

   藤のごときはながい滞在中縁あってベトナム婦人と結婚してしまった。古森は他の

   大新聞の記者が英語を話すベトナム人としか接しないで、記事はあくる日の英字新

   聞(甚しきは邦字新聞)を翻訳して書いていると報じた。

    特派員の目はいつも東京の本社に向いている。本社が反米記事を喜ぶならそれに

   迎合して書く。どうせ半年か一年で交代するのだからベトナム語なんかおぼえる

   気はない。そしてテレビは新聞に追随するのが常である。

    ことにNHKの磯村尚徳記者は昭和五十四年一月八日この戦争を回顧して、北の

   勝利を解放と呼んで礼讃した。ところがその直後の番組、夜九時のニュースはベ

   トナムのカンボジャ侵略(プノンペン陥落)を報じて面目は丸つぶれになったは

   ずなのにならなかった。当人もNHKもつぶれた自覚さえなかった。

    その証拠に去る六月二十七日夜NHKは同じ記者を起用してベトナム難民の報道

   をさせた。ベトナムを脱出するボートピープルのうち四人に一人は海のもくずと

   化すという。それなのにこの十年ボートに乗って脱出するものはあとをたたない。

    フランスの『世界の医師団』というボランティアは浄財を集めて船を調達し毎年

   難民を助ける運動を続けている。今回はフランス哨戒艇がそれを応援した。NH

   Kはこれに便乗して『世界はいま』というドキュメントを作った。

    哨戒艇が難民をさがして発見し救助する一部始終を私はこれによってはじめて

   見た。そのなかばは女子供である。全員が死ぬのを免れるために家族はばらばら

   に乗るという。外国船と見て恐れて逃げまどうボートもある。ソ連船だったら

   ベトナムに送還され厳罰に処せられるからである。

    ソ連の航空機は威嚇するがごとく飛ぶ。アメリカのそれも飛ぶ。フランスが救

   助に熱心なのは、もと宗主国としての自責の念があるからだろう。他の大国は

   当然熱心でない。引受け国がないため救われてもキャンプに何年もいる難民が

   あるという。

    日本は金は出すが難民を引きとること少いと、磯村記者は沈痛な面持ちで責

   めるがごとく言ったので私は唖然とした。

    この記者は以前北の勝利にバンザイを唱えんばかりだった人だったことは前

   にも書いた。いま北を世界の最も貧しい国の一つだと言う。何のかんばせあ

   って言うか。

    ボートピープルは十年波間に漂っているのである。NHKは十年まともな

   報道をしなかったのである。NHKにかぎらずマスコミの多くはそれなら

   『知らせる義務』などと言わぬがいい。芸人の不倫とやらばかりが醜聞な

   のではない。かくのごときを醜聞というのである。

                     昭和六十ニ年七月二十三日号)」

    (山本夏彦著「世はいかさまー夏彦の写真コラムー」新潮社刊 所収)

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