「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

言葉・心・力・行為 2013・08・10

2013-08-10 15:15:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、佐藤優著「人間の叡智」より。

「古典としてお勧めできるものの一つに、ゲーテの『ファウスト』があります。ありとあらゆる学問に通暁した老人、ファウスト博士が、メフィストフェレスという悪魔に出会い、良心と魂を譲る代わりに全知全能の力と若さを取り戻すというストーリーです。
 その始めのほうに、ファウスト博士が『新約聖書の中の言葉を自分の好きなドイツ語に翻訳してみる。これが自分の新しい元気を喚び起してくれるところの方法だ』と言って『ヨハネによる福音書』の冒頭、『初めにロゴスあり、ロゴスは神とともにあり、ロゴスは神なりき』という一節の翻訳をする場面があります。
 まずロゴスを『言葉』と訳す。しかしファウストは自分は言葉にあまり重きを置かないと言って、次に『心』と訳す。これは神が世界を造るには、心、すなわち意図をもってしたのだから、世界には意味、心があるということです。しかしやはり自分は心でものごとが全部決まるとは思わないとして、次に『力』と訳す。しかし力でものごとを全部説明することもできない。最後に『行為』と訳して、ようやく納得した。」

「人を見るときに、まず言葉、論理がどうなっているかを見る。次に論理が立派でも、心はどうか。良心的な人だろうか。そして、現実に実現する力があるかどうか。力をどう働かせるか組み立てをしているか、それとも言いっぱなしで終わりなのか。それらの要素を全部合わせて、現実にどういう行動をしているか。
 人の内在的論理を知るのは、その四つから見ていくことが重要ではないかと思います。単に論理だけでなく、トータルに人間を見るということです。嫌いな人や物があったら、なぜ嫌いなのかを理屈で説明できるように努力してみる。自分の思考の鋳型と違うから嫌いなのか、あるいは前提が違うからか。価値観が違うのか。自分より優れているから嫉妬しているのか。そういうことを認識するのは、一定の訓練によってできるようになるのです。『言葉』『心』『力』『行為』の四つをつかって認識力を鍛えることをお勧めします。」

(佐藤優著「人間の叡智」文春新書 所収)


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