今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「まじめということはよいことだと思われているが、実は悪いことなのだ。まじめと正義は仲好だ、したがって正義も悪いことなのだ。人は何より金を欲するというが、実はもっと正義を欲する。大好きな正義! 正義は潔白の仲間だ、そして潔白は残念なのだ。
五・一五、二・二六両事件の青年将校は、まじめと正義の権化だった。話せば分るまあ坐れと犬養毅は言ったが、問答は無用だ撃てと命じてなお正義だった。
ソ連とアメリカ、北朝鮮と韓国、イデオロギイの違う国同士の間に話しあいはできないと言うと、男は承知しても女はしない。だから婦人に選挙権を与えたのは誤りだと言うと立腹する。
日本は独立国ではない、米国の属国だと言うとまじめ人間は驚く。五十年来独立国だとわが国自身にあざむかれ、信じてきたことを覆されたのが何より不快なのである。
天(あめ)が下に新しきことなしと古人は言った。この世の中にニュースはないと私は言う。江戸の町人は浮世のことは笑うよりほかないと、世間を『茶』にした。天下国家を論じるのをヤボとした。私も町人のまねして天下国家を論じない。ポケットのなかの千円札からさかのぼって天下国家に及ぶのをよしとしているが、なかなか及ばないのは、実は関心がないからである。
以上アトランダムに私の持論をかいつまんで言った。」
(山本夏彦著「一寸さきはヤミがいい」新潮社刊 所収)
「まじめということはよいことだと思われているが、実は悪いことなのだ。まじめと正義は仲好だ、したがって正義も悪いことなのだ。人は何より金を欲するというが、実はもっと正義を欲する。大好きな正義! 正義は潔白の仲間だ、そして潔白は残念なのだ。
五・一五、二・二六両事件の青年将校は、まじめと正義の権化だった。話せば分るまあ坐れと犬養毅は言ったが、問答は無用だ撃てと命じてなお正義だった。
ソ連とアメリカ、北朝鮮と韓国、イデオロギイの違う国同士の間に話しあいはできないと言うと、男は承知しても女はしない。だから婦人に選挙権を与えたのは誤りだと言うと立腹する。
日本は独立国ではない、米国の属国だと言うとまじめ人間は驚く。五十年来独立国だとわが国自身にあざむかれ、信じてきたことを覆されたのが何より不快なのである。
天(あめ)が下に新しきことなしと古人は言った。この世の中にニュースはないと私は言う。江戸の町人は浮世のことは笑うよりほかないと、世間を『茶』にした。天下国家を論じるのをヤボとした。私も町人のまねして天下国家を論じない。ポケットのなかの千円札からさかのぼって天下国家に及ぶのをよしとしているが、なかなか及ばないのは、実は関心がないからである。
以上アトランダムに私の持論をかいつまんで言った。」
(山本夏彦著「一寸さきはヤミがいい」新潮社刊 所収)