tokyo_mirage

東京在住・在勤、40代、男。
孤独に慣れ、馴れ、熟れながらも、まあまあ人生を楽しむの記。

無題の旅~上信電鉄・上毛電鉄 2日目

2013-03-23 23:00:00 | 旅と散歩と山登り
枕が変わるとなかなか思うように寝付けない。今朝も6時過ぎに目覚めてしまった。6時半に朝食を取り、部屋で食休みがてら小1時間ほど新聞を読んでから出た。
8:08 昨晩も来た広瀬川そばの歩道橋。風はやや冷たく、手袋をはめる。赤城おろし、上州空っ風か。

上毛電鉄・中央前橋駅。窓口で1日乗車券を購入。ホームページにもパンフレットにも「1300円」とあったが、1000円だった。昔の井の頭線の車両が2両で走る。線路のすぐ横をほぼ同じ高さで広瀬川が流れている。ここから西桐生までの25.4km、全23駅の旅。

先頭部に座席があったら陣取りたいところだけど、運賃箱が置かれていて、無人駅に着くたびに運転士が運転席から出入りする構造になっているため、座席は鉄板で覆われ、立ち入り禁止の鎖が張られている。
8:17 発車。乗客は2両全体で5,6名といったところか。自転車を持ち込んでいる人もいる。自転車車内持ち込みは地方の私鉄では当たり前の光景になった。

車窓には赤城山がくっきりと。

8:35 大胡着。下車する。中央前橋駅で切符を買ったときに路線案内図をもらったが、駅から徒歩圏で訪ねられそうなめぼしいスポットは、途中のどの駅にもあまりなさそうだった。赤城山麓の観光施設(牧場とか、フラワーパークとか、ドイツ村とか)はどれも車でないと行けない。もっとも、観光施設に興味はないけど。大胡は沿線の主要な町の1つで、城跡があるようなので下りてみた。

待合室。「○畳」という広さの表現がしっくりきそうな、まるで誰かの家の居間に迷い込んだかのような親密感がある。ガラガラと引き戸を開け閉めして出る。

大胡には車庫がある。

味わいある凸型の電気機関車と貨車が。黒光りしている。現役で働いているのだろうか。

駅から北、つまり赤城山に向かって歩くと、高台に大胡城址が。
9:00 歩いてきた町並みを見下ろす。画像右手のビルは文化会館で、この集落には不釣り合いな大きさのハコモノに思える。

豪族・大胡氏(オオゴという語感はいかにも豪族っぽい)によって戦国時代に築かれたという。崩れた石垣が歴史を感じさせる。町もそうだったが、ここにもひと気はまったくない。

本丸の北側は急に落ち込んでいる。いかにも城郭っぽい地形。子どもの頃に近所にこんな場所を見つけたら、秘密基地を作りたくなったろう。

城の丘を下り、駅へ戻る道。振り返ると赤城山に向かって緩やかに登り傾斜になっていて、「山麓」なんだなと思わせる。

大胡駅に戻る。駅を出たときと同じように、客待ちのタクシー運転手たちが談笑している。都内ではタクシーは客をなかなか捕まえられず、競争が激化しているという風に聞くけど、地方のタクシーはこうしてのんびり客待ちしていても成り立つものなんだろうか。地方の駅前でこういう光景を見ると、いつもそう思う。
駅舎は昭和3年の上毛電鉄開業時からある、国の登録有形文化財だという。

9:33発の電車に乗る。車内は桜で飾られていた。粕川、新里と、かつては独立した村だった土地の駅で降りようかと思うが、車窓から眺められる風景に「何かがありそう」な気配を感じられず、降りる勇気が出なかった。かつては前橋と桐生の間にいくつかの町や村があったが、市町村合併で束ねられ、今は前橋・みどり・桐生の3市のみ。

10:07 結局、終点・西桐生まで乗り通す。

改札口の様子。待合室のベンチにいくつも置かれたカラフルな座布団は、どなたかが手作りして寄付したものだそう。愛されている駅。

昔の切符売場の窓口だろう。格子の造作が独特。今は隣の自動券売機で買うのだが。

大胡駅と同様、昭和3年の開業以来の駅舎で、こちらも国の有形登録文化財。中央の柱に立つ看板には「猟銃によるイノシシ捕獲を行います。山林内に入らないでください」と。公衆トイレの脇には「白ポスト」が。いわゆる“有害図書”の回収ポストね。子どもの頃はうちの最寄り駅にもあったな。今はどこでもなかなか見かけなくなった。

メインストリート「本町通り」を歩く。香ばしい匂いがしてきた…と思ったら鰻屋が。まだ「準備中」なのに盛大に煙がでている。

有鄰館。酒・味噌・醤油を醸造していた蔵が残されている。

10:59 通りの突き当たり、天満宮。お参りして引き返す。

旧織物工場。古さを感じさせない。最近の建物と聞いても納得できるくらいスマート。背後の家では、内職でもしているのか(まさか機織り?)、ギーコ、ギーコと音がしてくる。ラジオの音とともに。

薬局。この界隈で一番古い建物だという。中を覗くと、「○○丸」と凛々しい筆文字で書かれた木の看板もあり、サトちゃんもあり。その時代時代の薬のキャラクターが集まっている。

桐生の市街地も、前橋同様、シャッターが下りた店、中が空っぽになった店が多かった。駅に戻り、11:46発の電車に乗る。

昭和41(1966)年製。47歳の電車。

11:58 赤城着。「赤城」といっても赤城山へ行くバスもなく、特に赤城山への玄関口として機能しているわけでもないようだ。東武桐生線との接続駅。駅舎の看板には「おおまま赤城駅」とある。かつては大間々町。今は他町村と合併して「みどり市」。ずいぶん安直な市名をつけたものだ。この「みどり市」は東西を桐生市に挟まれている。つまり、桐生市が飛び地になっている。いかにも合併時にトラブルがあったことを感じさせる。「みどり」という思考を放棄したような市名も、揉め事を回避するための妥協の産物なのだろう。

12:17 またしても駅で自転車を借りた。高津戸峡。遊歩道の入口に自転車を置き、川沿いを歩く。

この白い石が川の流れで回って岩を削り、穴を掘ったのだという。ポットホール(甌穴)。

さらに上流にはダムがあった。駅前はのっぺりとした平地だったのに、ほんの10分自転車に乗っただけで、深い山あいに紛れ込んでしまったよう。

高津戸峡のそばにはわたらせ渓谷鐵道の大間々駅があり、車庫もある。この向こうにはトロッコ列車の客車が停まっており、窓がないオープンな部分は白い布で覆われていた。

駅に停車中の列車を踏切から望む。この駅では乗務員が交代したり、長いこと停車していた。わたらせ渓谷鐵道の本社もこの駅にある。

赤城駅に戻る。

赤城には東武の特急が乗り入れている。りょうもう26号、13:07発。

赤城を出発したときの乗客はこの車両に3人くらいだったが、太田・足利市・館林と続々と客が乗ってきて、窓側の席が全部埋まるくらいの混み具合になった。鉄道オタクと思しき一行が乗り込んできて、周囲が見えないのだろう、あたり構わぬ大声で喋っている。オタクのお喋りというのはなぜか“言語明瞭”で(ドランクドラゴン塚地のオタク芝居はその特徴をよく捉えている)、しかも一番喧しい奴が座席を転換させてこちら向きに座っているので、余計に始末が悪い。窓から見えるものを即物的に声に発し(何しろ席に着くときから座席の番号を1つ1つカウントしながら探していた…)、頭の悪そうなトークを余すことなく周囲に聞かせている。
14:55 浅草着。到着直前、最徐行で桜満開の隅田川を渡る。

スカイツリーと桜並木。人出は多く、遊覧船のデッキにも傾きそうなくらい人が乗っている。今日歩いてきた群馬の町がどこものんびりしていたので、この雑踏はなじめない。すぐに浅草を後にする。

16:56 うちの近所の桜。桜の名所は数あれど、一番見事だと思う。毎年そう思う。


<旅の会計> 14345
■1日目 11185
JR (東京)~高崎 1890
上信電鉄 1日乗車券 2160
楽山園 300
唐揚げ定食 650
富岡製糸場 500
JR 高崎~前橋 190
弁当、味噌汁、菓子パン、飲み物、デザート 795
ホテル 4700(朝食付き) 

■2日目 3160
上毛電鉄 1日乗車券 1000
東武 赤城~浅草 運賃1000 特急料金1160

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無題の旅~上信電鉄・上毛電鉄 1日目

2013-03-22 23:00:00 | 旅と散歩と山登り
9:07 高麗川駅、八高線。高崎を目指しているが、高崎線で行くのは面白くないと思い、中央線・立川、青梅線・拝島と乗り継ぎここまでやって来た。高崎線を使うほうが1時間早く着けるが、急ぐ旅ではない。高崎まではここからおよそ1時間半の乗車。2両編成で、4人がけボックス席を1人で使えるくらいの空き具合。

八高線は、山とも平野ともつかぬ、郊外とも田舎ともつかぬ、いかにも「関東平野の周縁部」といった感じの曖昧なエリアをのんびり走る。
9:53 寄居で5分間の停車。ホームに出て伸びをしたりしている。陽射しが気持ちいい。東飯能、高麗川、越生、小川町、そしてここ寄居と、八高線は意外と他の路線とつながっている。

10:40に高崎に着く。八高線のホームの向かい側に上信電鉄のホームがある。かつては跨線橋を隣に渡るだけで行けたのではないかと思われるが、JRとは冷酷なまでに切り離され(画像左側の金網で遮断された向こうはJRのホームだ)、大回りしてJRの改札を出て、コンコースを歩き、ここまでやって来た。切符売場で1日乗車券を買う。2160円。終点・下仁田までが1080円だから、ちょうど往復分の金額。全33.7km、20駅の旅。

2両編成の電車が止まっている。どこかの私鉄のお古なのかな…と思うが、「顔」を見てもわからない(帰宅後調べたら、上信電鉄のオリジナル車両だった)。「人形処かんとう」と広告が。最初は「かりんとう」に見えて和菓子屋なのかと思った。車体全面を何色も使って塗りたくっての堂々たる露出っぷりは、東京都の屋外広告物条例(確か広告面積が車体面の10分の1を超えてはいけないはずだった)だったら間違いなくひっかかりそうな「過剰感」があるけれど、ローカル線が生き残るための貴重な資金源なら仕方のないところなのだろう。

反対側はこんな顔。スタイルも違えば色も全然違う。11:03発。

11:33 上州福島着。駅から3kmほど離れたところに城下町があるというので、駅で無料の自転車を借りて(「甘楽町振興課」とステッカーが貼ってある)漕ぎ出す。見知らぬ町で自転車に乗っているというだけで、なんだか愉快。

快適に飛ばしていると、左手にいかにも見晴らしが良さそうな小高い土手が現れたので、登ってみる。西の方向に、ギザギザの妙義山、雪をかぶる浅間山が見える。手前の建物は甘楽町役場。「甘く楽しい」、か…と思い、はたと気づく。先ほど通り過ぎたスーパー「スイートハッピー」、ずいぶん能天気で軽いノリの名前だなと思ったら、これだったのか。

ピンク色の花で彩られた土手。土手の上は畑なので、堆肥のにおいが少し風に風に乗ってくるが、それもまた春めいた雰囲気。

12:01 城下町らしい佇まいになってきた。乗ってきた自転車とともに町屋を写す。桜並木が続いている。東京は今日が満開だが、この辺は開花もまだ。

桜並木の下には水路が流れている。雄川堰。水辺まで下りられる洗い場があったり、葬送の時にだけ使われるという石橋「葬礼橋」が架かっていたり。

並木道から入ったところにある小幡八幡神社。

神社の裏手の山に登る。北側には榛名山が。

武家屋敷通り。往時のままの石垣。

12:45 池泉回遊式の大名庭園「楽山園」。織田信長の次男・信雄による造営という。群馬で織田、というのは少し意外な組み合わせに感じる。小高い芝生の高まりの上に小ぢんまりとした茶室があり、座敷に上がれる。殿様気分で庭園を眺める。穏やかな陽射しと吹き渡る風が気持ちいい。これはいい茶室だ。

池をめぐり、茶室を振り返る。子どもたちが伸び伸びと走り回っている。人を開放的な気分にさせる空間だ。

園を出て再び城下町。「喰い違い郭」。石垣が手前と奥とで段違いに築かれている。看板に「戦の時の防衛上造られた」との説明とともに、「下級武士が上級武士に出会うのを避けるため隠れた」とも。あはは。上司と街角でばったり会えば面倒なのは、昔も今も変わらずか。

町の一角にある「道の駅甘楽」で唐揚げ定食を食べ(観光施設というより地元の人たちの食堂、という感じだった)、元来た道を上州福島駅へ戻る。ホームから見た駅舎。改札から乗り場までのこの気楽なアクセス。橋上駅舎がいかに非人間的かがわかる。

上下線が行き違う。右側、旧西武鉄道の車両に乗る。13:48発。

14:08 上州福島から2駅、上州富岡で下車し、駅から徒歩10数分の富岡製糸場へ。

明治5(1872)年にできた日本で最初の「官営模範器械製糸工場」で、当時は世界最大規模を誇ったという。この地が選ばれたのは、もともと周辺で養蚕が盛んだったこと、糸を繰るのに必要な大量の水を川から確保できたこと、蒸気機関の燃料となる石炭が近くの高崎や吉井で採れたことなどが理由だそうだ。

「木骨レンガ造り」つまり「木組みのレンガ積み」という工法が変わっている。レンガをタテヨコ互い違いに積むのは「フランス積み」というのだそう。ここではフランス人技術者を呼び寄せて製糸法を学んでいたが、彼らがワインを飲む様子が誤解されて「異人に生き血をしぼりとられる」と噂され、なかなか工女が集まらなかったらしい。

驚くのは、この工場は昭和62(1987)年まで現役で使われていたということだ。だからこそこれだけきちんと残ってきたわけだな。

レンガと瓦の組合せというのも面白い。

すずらんのような形の街灯も懐かしい商店街を歩く。富岡は「絵手紙」で町起こしをしているらしく、店頭に作品が飾られているのを見かける。

上州富岡駅は改築工事をしていて、プレハブの仮駅舎の向こうでは重機が旧駅舎を壊していた。新駅舎はやっぱりレンガ造りになるのだろうか。

「じょうしゅう」ならぬ「じようしゆう」のホームの駅名板も、付け替えられるのだろう。上信電鉄では新型車両(どこかの鉄道のお古ではなくオリジナル新製の)を走らせる予定もあるという。ローカル鉄道に明るい話題があるのは嬉しい。15:10発。

ワンマン運転で出口は一番前のドアなので、乗客は1両目に集中している。2両目をまるまるひとりで独占。窓を開けて風に当たる。「左右両方のピンチ状レバーをつまんで持ち上げる窓」というのも今や珍しいな。制服の駅員さんがいる駅もあれば、用務員さんのような格好をしたおばさんが切符を回収している駅もある。ローカル駅を守る仕事、というのも悪くない。僕だったら花壇作りなどに熱中しそうだ。

「なんじゃい」南蛇井駅。ユニーク駅名としてもうあまりにも有名か。今、漢字変換も一発でできたし。へび年の今年は記念入場券も発売されたという。「富岡製糸場を世界遺産に!」というスローガンは、車体に掲げている車両もあった。

南蛇井の次の駅、千平からは、山の中を縫うように(地図で見ても、それこそ蛇がのたうつように)走り、山中で止まったかと思えば信号所で上り列車と行き違い、15:34 終点・下仁田着。

下仁田はこんにゃくの町。「こんにゃく料理」ののぼりを出す旅館もあった。でも正直、「こんにゃく料理」と言われても、あまり食指は動かないかも知れない…。途中の電車の沿線にはあの「マンナンライフ」の工場も見えた。

人間サイズの路地の細さがいい雰囲気を醸し出している商店街が。ただ、営業しているのは肉屋さんくらいだった。

「撞球場」。ビリヤードを意味するのは字面で分かったが、読めなかった。「どうきゅう」。

「ガラス戸に貼られた、日焼けして色褪せたちょっと前の化粧品ポスター」というのも、こういう商店街にありがちなアイテム。

下仁田駅に戻る。乗ってきたのと同じ、真ん中の赤い車両(日野自動車の広告車両だそうだが、まったくわからなかった)に乗る。15:52発。

帰宅の女子高生が乗っているが、いかにも乗客の少ない路線らしく、座っているときの腰の落とし方や股の広げ方が、いかにも「油断している」感じがする。エロスを醸し出す「しどけない」というのとは全く違う意味で。僕はもっぱら体をよじって窓の外を眺めていたが、とある駅に着いて振り返ったら、前の座席の上に巾着袋がどすんと置きっ放しになっている。あわてて「バッグ忘れてるよ!」とドア口まで持っていって、ホームにいる子に渡してあげる。さっきまで座席で居眠りをしていたその子は、何が起きたのかよくわかっていないようだった。
16:33 吉井―馬庭間で鏑川を渡る。路線はずっとこの川に沿っている。

新幹線の高架下に信号場があり、上下線が行き違う。行きもここですれ違った。

16:52に高崎到着。乗車時間は1時間ジャストだったが、これくらいがちょうどいい気がする。電車に乗るのは好きだが、あまり長時間体を動かさないでいると、漫然としてくる。結局、「移動しているのに、移動していない」からだと思う。電車は動いているけれど、体はシートから動いていない。身体感覚は視覚の変化だけではごまかせない。体を実際に動かしてこそ「旅」なのだ。
17:05発の両毛線小山行きに乗り換える。

隣のホームに懐かしいカラーリングの車両が並んでいる。信越線と吾妻線。

17:20 前橋着。高崎に比べると駅前は閑散としている。ホテルへ。

ホテルにチェックインした後、再び街へ出る。前橋の中心市街地は前橋駅のだいぶ北側にある。
17:53 上毛電鉄の「中央前橋」駅。ここも「中央」というよりは、「北西のはずれ」といった感じか。

中央前橋駅前の歩道橋を上がると、夕暮れの薄闇に“ピンク色の花火”があがった。1F「ガールズバー」、2F「セクシーキャバ」、3F「セクシークラブ」の入るビル。このあたりの夜の店の佇まいは、やたらと「男の快楽」をあっけらかんと煽る感じで、「男に生まれて良かった!」などと、妙な朗らかさを発散する看板を出している店も。これが「群馬男児スタイル」なのか。

歩道橋を渡ると川が。広瀬川。利根川から分かれてきた川だけあって、水量がたっぷりとしていて、流れも速い。川沿いの遊歩道には、地元出身の萩原朔太郎をはじめとする詩碑が立ち並んでいる。暗さの中で目を凝らして音読してみる。

18:33 川を離れ、アーケード街を歩く。シャッターの下りた店が多い。閉店時間帯のためなのか、それとも、商売自体をやめているためなのかはわからない。不思議なオブジェが置かれている謎の一角が。何らかの作品なのか、ただの「物の積み重なり」なのか、わからない。

飲み屋街の路地の入口。「呑龍」とはまた、底無しの酒欲・食欲を思わせるネーミングだな。
…だが、飲み屋はあっても、適当な食堂が見当たらない。「前橋名物・とんかつうどん」なるものを出しているレストランはあったが、ショーケースを1分くらい凝視した後、どうもしっくりこず、離れた。しかし、その店を離れたら最後、飲み屋と夜の店(やはりどの店も男の欲望に直球で突っ込む看板を出している)以外に食べ物屋は見つからず…。

思いも寄らなかった展開だが、「前橋元気プラザ21」なる複合ビル(「男の欲望街」を歩いた後はなにやら意味深に響くネーミングだが、れっきとした公共施設らしい)の地下にあるスーパーで、タンドリーチキン弁当を買ってホテルに帰った。旅情もへったくれもない。せめてものこだわりは、「上州みそパン」なる“ご当地パン”っぽいパン(メーカーは第一パン)を買ってみたこと。ただ、味はいまひとつだった。


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堕ちた母校

2013-03-21 12:23:16 | 雑感
サンデー毎日が高校別の有名大学合格者数を掲載している。

わが母校、いや、「母校」と呼ぶほど愛着はないので、「出身校」の落ち込みがひどい。

僕のいた頃は、大学付属高校を除けば県内トップクラスの私立高校だったのに、
今や、僕が当時「滑り止め」として受けていた高校にも負けている。
比較的新設とおぼしき、聞いたことのない高校にも負けている。

まあ、そうだろうな、と思う。

そもそも、僕がいた頃だって、県立トップ校を落ちた、
いわば「負け犬」が集まっている高校、という負の印象が強かった。
「私立ならではの英才教育」が充実している印象もなかった。
男子校なので殺伐ともしていた。
入試前に学校を見に行って、敷地の周りを歩いたら、
田んぼの畦道のような、ドブの土手のようなところにエロ本が落ちていた。

何年か前に学校全体の同窓会が開催された。
この高校の卒業生の中でただ1人しかいないであろう有名人が、講演を行なった。
彼が喋っている最中に客席のあちこちからすっと腕が伸びる。ケイタイで彼を撮っているのだ。
…ああ、なんか田舎者の集まりなんだな、と思う。
講演の後、立食式のパーティー会場に移ったのだが、そこでも驚かされる。
挨拶も乾杯も始める前に、テーブルの料理をつつき始めた奴があちこちで出たのだ。
こいつら、何もモノを知らないし、空気も読めないんだな…。
この高校が「一流」になれない理由がよくわかった。
同窓会にもかかわらず、出席した教員がほとんどいないのもこの高校らしかった。
業務以外のことには興味がないのだろう。
もちろんこちらのほうも、懐かしく思い出したくなるような教員はいないわけだが。
その後も同窓会は開催されたようだが(そして変わらず、「彼」が講演しているようだが)、
行っていない。

今の学校理事長は、僕がいた当時の理事長の息子、それもバカ息子で、
僕がいた当時は現役の教師をしていたが、ゴールデンウィークの真ん中の平日、教室に授業に来て、
「なんで連休の狭間に授業しなきゃなんないのかね…」と深々と溜息をついてみせるような奴だった。
厭世的な皮肉屋だが、切れ味鋭いわけでもなく、コンニャクのようにヌラヌラとした奴だった。
それが今、学校のトップに君臨しているわけだからな…何をかいわんや。

もちろん、有名大学進学者数がすべてではない。
しかし代わりに、受験勉強以外の学術・芸術やスポーツで才を伸ばしている学校、という評判も聞かない。
そして、いい評判がないからといって、OBとして支援の手を差し伸べたくなるわけでもない。

自分に子どもができたら、高校選びは大事だよ、と教えたい。

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ゴミ分別

2013-03-20 18:22:00 | 雑感
ゴミの分別は相当しっかりやっている。

ビン、カンは当然のこと、ペットボトル、牛乳パック、食品トレー類は、
食器洗いの際に残り水でさっと洗い流し、スーパーの回収ボックスへ。

古新聞は月1回業者が回ってきてトイレットペーパーと換えてくれる。
おかげでトイレットペーパーは買ったことがない。

食品やティッシュの空き箱などの雑紙類は、新聞とは別に紙袋に溜めている。
そんなに多く出るわけではないので、捨てるのは2~3ヶ月に1回くらい。

プラスチックゴミ(「プラ」マークのついているもの)は他のゴミと分けている。
うちの区では「プラ」ゴミを資源としてリサイクルしているらしい。
家で冷凍食品や出来合いの食材を使うと(つまり外食せずに「内食」「中食」すると)結構溜まる。
重くはならないが、嵩が張る。それでも捨てるのは月に1回くらいか。
なるべく潰したり重ね合わせたりして、コンパクトにするようにしている。

着古した衣類は、ちぎって鍋や皿の油汚れをこそぎ取るのに使うか、
まとめて実家に持っていき、資源ゴミとして出してもらう。
(うちの区では「燃えるゴミ」にしかならない)。

不燃ゴミ、粗大ゴミはまったくと言っていいほど出ない。
ここ何年かで思い出せるのも、うっかり割ってしまった花瓶代わりのグラスくらいか。
マットレスも、細かく刻んで「燃えるゴミ」で出した。
壊れたコンポやデジカメも、ネットオークションに出したら売れたので、ゴミにせずに済んだ。

それ以外の「燃えるゴミ」について。
ティッシュペーパーが多いような気がする。
あとは、食品関係でリサイクル不能なもの。納豆のフィルムとか、具材を搾り出すパック類とか。
感熱紙のレシートや、宛名入りのDM類も細かくちぎって捨てる。
スーパーのレジ袋に溜めているが、ある程度溜まると、押し潰して嵩を減らし、一旦結んでしまう。
こうすると臭いを発しにくくなる。
そういう「小分け」のレジ袋がいくつか溜まってから初めて、まとめて捨てる。
そうすると捨てに行くのは2週に1回くらいで済む。

…大事なことを隠していた。
生ゴミの処分だ。
もともと家で料理はあまりしないので、野菜や果物の皮、魚の骨、卵の殻が時々出るくらい。
これをどうしているか。
実は、うちの裏がフェンスで囲まれた空き地になっているため、そこに撒いてしまっているのだ。
もちろん、そのものの形が残ったままだと汚らしいので、細かくちぎったり砕いたりしてから。
元々草むらになっているため、撒いた瞬間から見えなくなる。
広範囲にばら撒くので、臭いが起こることもない。
いずれ土になり、肥やしになってくれるだろう。
「不法投棄」といわれればその通りだろうが、回収ゴミの減量には寄与している。
その空き地を汚すことが目的ではないし、
窓から見える緑(小鳥も何かをついばみに下りてくる)としてここは貴重なので、
もしもその空き地にビニール袋や空き缶などの「土に帰らない」ゴミが落ちていたら、
逆に、フェンスを乗り越えてそれを回収しにいく。

ゴミ出しの回数は、ゴミの量は、少ないほうがいい。
いっそ回収を有料化してくれてもいい。ゴミ減量のモチベーションがもっと上がるだろう。

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悪趣味の極致「ピンクのクラウン」

2013-03-19 16:21:09 | 物申す
今日の朝刊。
2面分、つまり新聞を広げた全面を使って、トヨタの「ピンクのクラウン」の広告が。
男性著名人を集めて何やら渋谷でイベントをやるらしい。

クラウンに別に興味はない。
「タクシーによくある車種」程度の印象。「いつかはクラウン」の世代でもないし。
だが、「ピンクのクラウン」という、“悪趣味の極致”とも言うべきクルマには、野次馬的興味が湧く。

ところが、ネットで「クラウン 渋谷」で検索しても、それらしいイベントはヒットしない。
検索トップに上がってくるのは、渋谷にあるレコード会社「クラウンレコード」だ。
その下に当のクラウンの記事があるかと思えば、昨年すでに終わっているイベントのもの。
クラウンのホームページを見てみるが、「クラウン」のページでは何も見つからず、
「クラウンロイヤル」のページで、ようやくピンク色の小さなバナーを見つける。
それをクリックしてみるが、「イベントの様子を随時更新していきます」
という西尾由佳里のコメントが載っているだけ。

…まず、WEBの広告戦略が失敗だな。
新聞広告を見て、その先の、「このイベント何?HPで検索してみよう」という
読者の好奇心の掘り下げに応えられるフローができていない。
何のために数千万円(少なくとも1紙だけで)もの広告費を投下したのか。
残念。僕の好奇心もここまで。それ以上調べたいとも思わない。
まあ、大方、渋谷の街をピンクのクラウンが隊列を組んで走り回ったりするのだろう。
キャバクラかパチンコ屋の宣伝と受け取られそうだが。

それにしても“ピンクラ”だ。
(あえて愛称を付けよう。「ピンクのクラウン」は「ラッセンの絵」「中谷彰宏の本」などと同様、
「失笑を買うものの象徴」として定着しそうだ)
いったいどんな人種が乗るのか。
男なら、ヤンキーあがりの土建屋、中古車屋、不動産屋。
女なら、健康食品や化粧品、エステ業界でのし上がった「成金女王」。
あるいは、林家ペー・パー子か、マック赤坂か、オースティン・パワーズか。

芸能人が乗るのはいいだろう。ハッタリが利くから。
「全身ショッキングピンク」の逸脱・錯誤ぶり(有り体に言えば「イカレぶり」)が、
その人のキャラクターを補強するだろう。
凡庸で退屈な無個性タレントでも、天才“色”のオーラを帯びさせることができる。
「さすが芸能人」と。

そう。この車は「ハッタリ営業向き」なのだ。
大して中身もセンスもお持ちでない人が、実力以上に自分を見せたいときに効果的。
何しろ「全身ショッキングピンク」、ぐうの音も出ない。
見え透いた偽悪、安っぽい虚構、空疎な威勢だが、本人はその効用を無邪気に信じて真顔で乗っている。
それ以上攻め込めるポイントなどあろうはずもない。
つまり、最強。

広告のコピーも笑える。

権力より、愛だね。

…つまりこの人は今まで、「人生、権力だろ?」と思ってた、ということが前提にあるわけだよね。
そうじゃなきゃ、“比較対象”として「権力」なんてワードが出てくるはずはないんだから。
それが、「やっぱり権力より愛だ!」と思い直した。
なぜなら、彼(彼女)は、すでに「権力」は得ることができたと思っているから。
ヤンキーの頭になることだって、成金で財を築くことだって、権力の獲得なわけで。
ところが、彼(彼女)は、愛されていない。権力に見合うだけの愛を得ていない。
これはおかしい。…そうだ、「権力より愛」だ!「愛の色」と言えばピンクだ!
こうして行き着くのが「ピンク色の馬鹿でかいクルマ」というわけ。
権力も愛も、これ見よがしに見せつけるもんじゃないんだけどね。
権力と愛を天秤にかけるような歪な人種が行き着くクルマ。
権力は捨て切れず、愛は短絡的にしか理解しない、実は淋しい人種の乗るクルマ。

権力=他人を強制し服従させる力。
愛=いつくしみ合う気持ち。かわいがり大事にする気持ち。

物を買わせたい思惑をもつ企業が一般消費者におもねろうとして発するコピーなら、
「愛より権力」ではなくて「権力より愛」なのは当たり前なわけだけど、
その「言わずもがな」を大見得切って主張しちゃうところに、“ピンクラ”のイタさがあるね。

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