tokyo_mirage

東京在住・在勤、40代、男。
孤独に慣れ、馴れ、熟れながらも、まあまあ人生を楽しむの記。

「しけた町」K市を歩く

2013-03-03 23:00:00 | 今日の出来事
所用のため、都心から高速バスに乗って、とある東京郊外の市へ向かった。
いや、高速バスが出ているような距離なら、もはや「東京郊外」というより「地方都市」と言うべきか。

バスの行先はJRの駅前で、そこが15人足らずの乗客皆の目的地なんだろうと思いきや、
高速のインターを下りてすぐに停まったロードサイドのバスターミナルで、大半の客が下車してしまった。
バスターミナルには自家用車の駐車場が併設されており、
いわゆる「パーク&ライド」方式でここに車を置いてバスに乗り換え、都心を行き来する人が多いようだ。
周辺には真新しい戸建ての住宅群があり、
「駅から徒歩○分」と同じ感覚の「バスターミナルから徒歩○分」の町が広がりつつあるようだった。
だだっ広い平原には、ショッピングモールや、
それに目論見を同じくする大型家具店、ホームセンター、スーパーマーケットなどが立ち並ぶ。
新しく、無機質で、情緒もない町並みだが、
買い物の機能だけはボリューム過多気味に備わりつつあるのだろう。

一方で、そこからさらに10数分でバスがたどり着いた終点のJR駅前は、実に哀れな寂れようだった。
かつて大手百貨店が入っていた駅前ビルは、100円ショップとゲームセンターの原色看板ばかりが目立つ。
出入りする人もまるでない。

着いたのは13時過ぎ。昼食はまだとっていなかった。
バスが駅前のアーケード街に入っていった時から、目ぼしい飲食店が見受けられないのは気づいていた。
いやそもそも、日曜の今日、シャッターを開けている店すら見かけなかった。
バスが着いたのとは反対側の駅東口に向かってみる。
階段下のキヨスクでは駅弁や土産菓子が売られている。やはり地方都市の佇まいを醸し出している。
階段を上がると、数人のおばさんが床に新聞紙を広げ、展示ケースの中の生け花を取り替えている。

東口に出る。
こちらにはもっと店がない。どんよりとした雲の下、人通りもない。
ただひとつ、ロータリーに面したビルの2階に喫茶店があり、
1階の入口にランチメニューを記した黒板が出ている。
日替わりメニュー・豚の生姜焼き定食。
しばし考える。この先進んでいっても飲食店はないような気がする。
僕の脇を抜け、若い男性3人組が店に入っていく。
まあ、ここでもいいか。3人組からしばらく間を置いて、階段を上がっていく。

ドアを開けると鈴が鳴る、昔ながらの喫茶店。
予想に反して店内は盛況。ちょうど女性が食器を下げていたテーブルに案内される。
ソファーはワインレッドのビロード地で、座るとペコンと凹む感触があり、そして座面がやたらと低い。
これもまた昔ながらの風情。店内は当たり前のように分煙されていない。
街の人通りからすれば、店のマスターが暇を持て余して
カウンターで新聞でも読んでいそうな感じだったのに、
30席はありそうな店内がほぼ埋まっているのは、よほどほかに行く所がないのか。

日替わりメニューを注文する。持ってきた小説を広げる。

…気がつくと、ずいぶんと読み進んでいる。
まあ、手作りメニューなら時間だってかかるだろう。
僕の直前に入った若い男性3人組のテーブルに料理が運ばれる。
へえ、と思う。注文したのは僕の方が彼らより先だったのだ。
「注文順」ではなく、「入店順」を把握しているということか。なかなか芸が細かい。

左手の女性一人客に料理が運ばれる。
あれ?彼女が来たのは僕より後じゃなかったか?
まあ、そう確信が持てるわけでもないし。料理によって提供が後先になることもあるだろうし。
ただ、「日替わり」メニューといえばふつう、出しやすいメニューのはずだが。
…もう、小説にも身が入らなくなる。

左手奥の男性2人連れに料理が運ばれる。
ここで確信に変わる。「僕の注文は忘れられている」。
その男性2人のテーブルには、先ほどまで「こちらの席は4人以上でご利用ください」
というプレートが置かれており、その文面を読むともなしに読んでいたのを記憶していたからだ。
つまり、先ほどまでそこは空席だったのだ。
この2人連れが僕よりだいぶ後に入店してきたのは間違いない。

料理を運び終えて戻ってきた女性に声をかける。
「注文の出てくる順番がおかしいんだけど…」
女性は狼狽しながらも、僕に注文を取った女性とは別人なので、要領を得ないようでもある。
「確認します」と言って厨房に下がる。
「26番さんが『注文の出てくる順番がおかしい』って!」と中に声をかけるのが聞こえてくる。
店員が状況を説明しに戻ってくるかとしばらく待つが、来る気配はない。
時計など見ていないが、注文してからもう、かれこれ30分近くは経っているだろう。

白けてしまった。
僕の席が入口のすぐそばだったことも後押しし、ジャケットをつかむと、黙って店を出た。

何年かぶりだな。料理が遅すぎて店を出るのは。
「すべからく料理が出てくるのが遅い店」というのなら話はわかる。そこで不平は言うまい。
だが、「“僕だけ”料理が出てくるのが遅い店」、すなわち「注文を忘れる店」というのは本当に白ける。
そんな店では飯も美味く食えない。
前のときは大戸屋で、料金先払いだったためにお金を払い戻させる必要があったが、
それに比べると今回は気楽なものだ。すっと姿を消しただけ。
その後料理がどうなったのか、店員がどう対応したのか、知らない。知ったことか。

用事まではまだ時間がある。
町外れに高台の公園があり、そこを目指そうと思っていた。行く途中に飲食店があるかも知れない。
…いや、ない。予想されたことだが、見事に飲食店はない。コンビニすらない。
ラーメン屋が1軒だけあったが(そしてここも客は入っているようだった)、僕はラーメンはまず食べない。

公園へ取りつく坂道を登り、頂上へ。
展望台にあがると、東京都心の高層ビル群がまとまって見える。
「ここからここまでが東京」とわかるくらい綺麗にまとまっている。
そこへ向かって、バスで走ってきた高速道路がまっすぐ伸びている。
世に言う「ストロー効果」、まさに絵に描いたようなストロー状に伸びている。
そしてこの町は、かなり「吸われて」いる。

だだっ広いが閑散としている駅通りを歩き、再び町の中心部へ。
用事までの残り時間を使って、町の名刹を訪ねてみようと思う。
童謡にも歌われたその有名な寺はあった。「ラブホテルを曲がった角」に。
まさかラブホテルは寺の敷地にあるわけではないだろうが、見事に参道に食い込んでいる。
見やれば、寺、ラブホテル、そしてその背後の総合病院が一度に視界に入る。
生・老・病・死が極端な至近距離で交錯する。
それもなんだか、この町の歪さを物語っているような気がする。

実はラブホテルを見かけるのはこの町に入ってから3度目で、
しかもそのうちの2軒は比較的町の中心部だった。
口さがなさを承知で言えば、この退屈な町には、セックスくらいしか娯楽がないのかも知れない。

用事を済ませて町を出る頃には、すっかり夜もふけた。
横を通りすぎる車のライトがなければ歩くのが不安になるくらい、町は真っ暗になった。
そのくせ、近隣の工業地帯からなのか、幹線の産業道路からなのか、
はたまた、空港への着陸ルートとなっているために機影を大きく見せて上空を通過する飛行機からなのか、
騒々しさはおさまらない。

乗り込んだ高速バスは行き同様の空き具合で出発し、やがて長大トンネルに入っていった。
そこで眠りに落ちた。

目覚めれば、すでにトンネルは抜けきっていた。

何かをワープした、そんな気がした。

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