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秦剛平氏の旧約聖書解説を転載します

2021年12月30日 | 未分類
(興味のない人には無用の雑文で申し訳ありませんが、この時代の神とはヤハウェ=ルシファーだと私は確信しています)
 http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-bf1b.html

 現在イスラエルの領土である「カナンの地」は、神がユダヤ人に「約束した地」である と、言われ、ユダヤ人もそう主張して、強引にイスラエルを建国したのですが、旧約聖書の話を読んでいると、実は、約束したはずの神様 も、約束されたユダヤ人 も、「約束は本心ではなかったのだろう」と、思われますので、その理由を述べさせて頂きます。

 旧約聖書によるユダヤ人の移住の経緯は、次の通りです。
 ユダヤ人は、当初 ユーフラテス川下流のウルに住んでいましたが、テラが、息子のアブラハムを伴って、ユーフラテス川を遡り、上流のハランに定住して、そこで亡くなりました。

 テラが、ウルを離れた理由について、旧約聖書では、テラのハラン移住の理由を説明していませんが、ヨセフスは、見てきたように、テラが、息子ロト、娘サラとミルカを残して亡くなった、もう一人の息子ハランを哀悼するあまり、ウルが所在するカルデアの地を憎み、ハランに移住したと記述しているそうです。
(秦剛平「異教徒ローマ人に語る聖書」105㌻)

 (アマ註=アブラハムの時代は、約4000年くらい前といわれている。旧約聖書も同時代)

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 テラが亡くなった後、アブラハムは、神の命令に従い、甥のロトと妻にした姪のサラと共に、ハランよりカナンに移住しました。
 この時に、神はユダヤ人に「カナンの地を与える」と、約束したのでした。
 ところが、カナンで 飢饉が猛威を振るったので、アブラハムの一行は、エジプトに行き先を変更しています。そして、エジプトで、食糧を得て、再度カナンに戻ってきました。

 アブラハムの孫のヤコブ(イスラエル)の時に、再度 飢饉に見舞われたため、エジプトで大臣をしていたヤコブの息子 ヨセフを頼って、ユダヤ人は、カナンからエジプトに移住し、その後、モーセの時代まで、約400年間 エジプトに定着しています。

 (アマ註=ユダヤ人は、エジプトでナイル三角州東部に居住したという。そこは高橋信二が3億6千万年前にベータ星から人類が移住した「エデン」だと指摘した)

 モーセの時代に、ユダヤ人はエジプトを出国しています。秦先生は、モーセの物語は、
「どこまでも歴史を装ったフィクションである」と、記述されておられますが、(秦剛平「書き替えられた聖書」3㌻)
 ここでは、「全く根も葉もない話ではなく、それらしいことはあったのだろう」
 と、仮定しておきたいと思います。

 (アマ註=アブラハムの子孫、ユダヤ人が大飢饉に追い立てられてエジプトに渡り、400年間、ピラミッド建設の石工技術者集団だったといわれている。出エジプト記)

 モーセは、ユダヤ人をエジプトから出国させ、シナイ山で十戒を神より授けられましたが、カナンの先住民を撃破することが出来ずに、40年間荒野を彷徨った後、モアブにあるネボ山に登り、そこからイスラエルの子らが所有することになるカナンの地を望遠してネポ山で没します。
 (アマ註=現代イスラエル人は、カナン先住民=パレスチナ人をモーゼに敵対した民族と決めつけているが、実は、本当の古代ユダヤ人の末裔である)

 モーセの後を継いだヨシュアが、カナンの先住民を撃破、殺戮して、ユダヤ人がカナンの地を支配するようになりました。
 ユダヤ人が、カナンの地を定住していたのは、ローマ時代までの千数百年間に過ぎません。それ以前も、それ以後も 支配していないのです。

 ローマ時代に、ユダヤ人はカナンよりローマ帝国中に散らばって、カナンの地より胡散霧消してしまいました。その後、西ローマ帝国が滅亡し、ゲルマン人の国が建国され、キリスト教が広まるにつれて、ユダヤ人も、民族として形成されていったのです。

 ユダヤ人の形成 と ディアスポラが生じた事情については、次のブログを参照下さい。
    「ネイションという神話」第1回 ユダヤ人が、民族として存続した理
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-b1b5.html
    「ネイションという神話」第2回 ディアスポラ(離散の民)について
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-6652.html

 以上、駆け足で、ユダヤ人の移住した経緯をご説明しましたが、天地創造から現在までの長い期間の中で、この経緯を考えると、最初にお話ししたように、「神もユダヤ人も、カナンを「約束の地」と考えてはいなかったのでは」という気がしてなりません。

 先ず、カナンは、ユダヤ人の発祥の地ではないのです。ユーフラテス川の下流から上流に移動し、更に、南下してカナンに来てはみたものの、「乳と蜜の流れる」土地ではなく、食糧が安定的に得ることが出来なかったため、ユダヤ人は、神が「約束した地」に定住しないで、エジプトに行ったのです。

 流石に、ユダヤ人は、エジプトを征服できませんでした。このため、ナイル川デルタの東側で、400年あまり エジプトに居候していたのです。
 モーセが、ユダヤ人を エジプトからカナンに向けて 出国させますが、カナンの先住民族を攻略できず、半世紀近く、荒野を彷徨いました。

 モーセは、カナンに入ることも出来ずに没しています。モーセの後継者のヨシュアが、戦力を向上して、カナンを征服した。ここに初めて、ユダヤ人はカナン(現在のイスラエル)に定住したのです。

 以上の経緯を見ると、ユダヤ人は、肥沃な三日月地帯に引き寄せられた数多(あまた)の民族の一つであると、言うことができると思います。
 他の民族との違いは、侵入した地を「自分たちの神により約束された地である」と、厚かましくも 主張していることです。

 その後、ローマに ユダヤ王国は滅ぼされましたが、ローマ市民として認められ、自分たちの宗教であるユダヤ教も公認されて、ユダヤ人は、「ローマの平和」を享受して、ローマ帝国中に拡散していきました。

 ローマが、ユダヤ人をカナンから追い払ったのではなく、個々のユダヤ人が、自らの判断で、カナンより快適な地を求め、ローマ中に拡散、移住していったのです。もし、カナンがユダヤ人の故地であるなら、例えローマ帝国に支配されたとしても、ユダヤ人はカナンに留まり続けたはずです。

 他の民族、例えば、エジプト人、ギリシア人は、エジプトやギリシアに住み続けて、現在に至っています。国家を持たない、クルド人やバスク人も、長年にわたり定住の地に住み続けています。

 ユダヤ人が、ローマ帝国がユダヤを吸収した後に、カナンを離れて、ローマ帝国中に拡散、移住したということは、カナンの地を 自分たちの「故地」 と 考えていなかった現れではないでしょうか。

 この様な経緯ですから、普通であれば、民族移動したゲルマン人同様、各地に拡散したユダヤ人は、その地に吸収され、ユダヤ人はいつの間にか消滅していた筈ですが、ユダヤ人が、
① 一神教であるユダヤ教を信じていて、キリスト教と画然と区別されていたこと、
② キリスト教の神であるユダヤ人 イエス・キリストを殺した民族であるため、キリスト教徒より 目の敵にされたことにより、ユダヤ人の一人一人が現地社会に溶け込まず、吸収もされずに、約2000年経過してきたのです。

 次に、ユダヤ人の「神」はどうだったのでしょうか。神は、アブラハムに命令して、カナンに行かせますが、カナンでの受け入れ体制を、何も構築していませんでした。
ですから、移住してきたユダヤ人が、飢饉にあって、カナンよりエジプトに行ってしまったのです。

 エジプトに行く際にも、神も、これに対して何の苦情も言わずに、黙認していたのです。あれだけ小うるさい神が、何故ユダヤ人達に400年間も文句を言わずに過ごしたのか、不可思議であり、神が、カナンの地について ユダヤ人に本気で約束しなかったからと考えなければ、理解が出来ません。

 神は、モーセに命じて、ユダヤ人をエジプトより出国させますが、カナンへの受け入れ体制を、これまた全く構築していませんでした。
 神は、全知全能の筈ですから、ユダヤ人がすんなりカナンに移住できなかったのは、神に、やる気がなかった、約束を約束と考えていなかったからだとしか考えられません。

 ユダヤ人は、神のちゃらんぽらんな態度に翻弄されて、約半世紀にわたって、荒野を彷徨わねばならなくなったのです。
 神は、ユダヤ王国が、ローマに滅亡されるときも、何もしていませんし、ユダヤ人が、各人勝手にカナンの地からローマ帝国中に移住したときも、何のクレームもつけていません。
 要するに、アブラハムに、「カナンの地を与える」と 約束したのでしょうが、それは、「口先だけの約束」だった、露骨に言えば、「詐欺だったのでは?」と、思われます。

 第2次大戦後、ユダヤ人は、ヨシュアがカナンの地を侵略し、殺戮した歴史を繰り返して何の権利もない「他人の土地」に、イスラエルを建国しました。
 しかも、現地のパレスチナ人に、自分たちがやられて、嫌な思いをした同じ扱いをしているのです。

 その際、歴史的には何の根拠もない、自分たちの「宗教の書」、というより、自分たちの「神話」に基づいて 強引に正当化しているのを見るにつけ、「人間とは何と因果なものだろう!」と、嘆息しています。 
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 引用以上

 面白い解釈なので、引用しました。
 現在、イスラエル人=ユダヤ人は、ユーフラテス川とナイル川に囲まれた米国なみの広大な土地を「神に約束された自分たちの土地」(グレーターイスラエル)と信じ、3000年も前から居住している先住民を、イラク戦争やらイスラム国(イスラムを名乗ったユダヤ人=モサドの機関)による残虐行為、ベイルート大爆発などのテロを通じて追い出そうとし、シリア先住民たちは、もの凄い数の犠牲者を出しながら欧州に強制移住させられている。
 
 旧約聖書・創世記「約束の地」は、陰謀論ではない 2020年01月05日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-987.html

「約束の地」を主張しているのは、モンゴロイドだった古代ユダヤ人(スファラディユダヤ人)ではなく、奈良時代に黒海沿岸にあったハザール国が国ぐるみユダヤ教に改宗した末裔、コーカソイドの「アシュケナージユダヤ人」である。
 上に引用した、ノアの子孫、セム族(アブラハム・モーゼ・ダビデ・キリスト)はモンゴロイドだったといわれる。
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-35173762

 それが、いつのまにか、白人のユダヤ人に換わり、突然「約束の地」グレーターイスラエルは「神との契約の地」と言い出した。
 現在の、世界の重大問題の多くが、旧約聖書の宗教問題である。

第2回(今回) 旧約聖書の神は、大量殺人犯 かつ 殺人犯の親玉である
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-7da6.html  

  第3回(次回) 旧約聖書の神が、キリスト教にもたらしたもの
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-cb42.html 

  第4回 「歴史のイエス」 と 「信仰のキリスト」
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-de7f.html

  第5回 旧約聖書 の ちょっとした話
    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-2dc2.html