昨日に続いての矢掛宿の町歩き、今回は珍しくコースの中に神社を見かけませんでしたが、格式の高そうなお寺を見かけたので立ち寄らせて頂きました。
矢掛町矢掛に門を構える高野山真言宗「多聞寺(たもんじ)」。『毘沙門天』を御本尊とします。画像左に見えるのは、中国楽寿観音霊場第八番札所の観音堂。
天文2年(1533)に法印精良上人が開山し、元禄5年(1692)に現在の場所に移転。文化9年(1812)の大火で本堂を焼失したが、弘法大師自作28体の一つとされている大師像は自ら本堂より抜け出て難を逃れたと云われています。現在の本堂は文化12年(1815)の建立で、明治中期から大正元年まで矢掛町役場としても使われていました。
「水かけ観音:三十三観音霊場」
「稲荷大明神」
「古意庵」と書かれた看板の下、「ご自由にお入りください」の文字に釣られてほんの少しだけ寄り道。古い土蔵を改築した屋内にはご主人自らが集めた古美術の数々が展示されています。どれもこれも、時代や歴史の中で大切にされてきた「モノ」たち、見てるだけで幸せになれます。
「将棋は吉備真備公が中国より持ち帰ったものです。我が国将棋発祥の地で古代史の英傑を忍び・・・・」あれ??矢掛町東三成にある吉備真備公園には、「囲碁発祥の地」の記念碑があると聞いた気が???
国道486号線に面して店を構えるのは「割烹旅館:魚藤」。歴史的な建物かどうかは分かりませんがいかにもな佇まいに思わず足が止まります。
宿場町歩きのだいご味は、非日常が感じられる空間がどれほどあるか・・だと私は思うのです。建物の年代よりも町並みにいかにそれらが溶け込んでいるか・・それに尽きる気がします。
むろんそれに伴う諸々は決して軽いものではないと思います。それでもこれだけの町並みを残してくださった矢掛町の方々に、心から感謝を伝えられますようにと思わずにはいられません。
碑は2017年のマンホールカード収集の折に見かけたもの。こうした新しい碑は町のHPに記載があると思って説明などを残さなかったのですが・・失敗でした😅
ラストは、高さ16mの水見櫓が目印の「やかげ郷土美術館」。赤松を使った伝統工法による建物で、館内には町出身の書家・田中塊堂や洋画家・佐藤一章の作品等が展示されているそうです。
訪問日:2009年9月20日
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