てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

ワシントンから来た絵画たち(12)

2011年12月14日 | 美術随想
第二章 印象派 その4


ピエール=オーギュスト・ルノワール『モネ夫人とその息子』(1874年)

 以前の記事で、モネは内向的な人間だったのではないかと書いたが、ある時期までは画家仲間と頻繁に交際していた。新しい芸術の潮流を巻き起こそうとするとき、意見の合う友人たちと一緒にグループを作りたがるのは当然の欲求なのだろう。

 ただ、いわゆる「印象派展」が開かれたのは、モネやルノワールが30代半ばから40代半ばにかけての12年間にすぎず、両者の長い画業からすればほんのわずかな期間だった。その後、彼らは訣別したわけではないけれども、おのおのの孤独な創作活動へと埋没していったように思われる。本当のモネらしさ、ルノワールらしさがあらわれるのは、それ以降のことだ。

 ルノワールが描いた『モネ夫人とその息子』は、ちょうど印象派のはじまった年、彼らがいちばん親密だったころの作品だといっていい。モデルになったのは、先に取り上げたモネの『日傘の女性、モネ夫人と息子』とまったく同じふたりだ。当時アルジャントゥイユにあったモネの家には、仲間たちがよく集まったらしい。

 この絵が描かれた日、モネ夫人カミーユと息子ジャンは、訪れていたマネのためにポーズをとった。そこへたまたまルノワールが来合わせ、マネから少し離れた場所にイーゼルを立てて描きはじめたという。それがこの『モネ夫人とその息子』であるが、一方のマネが描いたほうの絵は、同じアメリカのメトロポリタン美術館にある。

 同一のモデルを複数の画家が取り囲んで描くというのは、画塾などではよくある光景にちがいないが、その絵が2枚とも一流の美術館に所蔵され、後世に伝わっているという例は珍しいのではなかろうか。

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参考画像:エドゥアール・マネ『庭のモネ一家』(1874年、メトロポリタン美術館蔵)

 せっかくなので、当主のモネの存在は差し置いて、マネとルノワールの描いた絵を比べてみたい。実をいうとぼくの頭のなかでは、マネとルノワールとはあまり近しい画家だとは思われない。どちらも人物を主な主題としていたが、そのとらえ方があまりにもちがいすぎるような気がする。

 2枚を比較してみると、たしかに描かれたシチュエーションはまったく同じである。一本の木を背にして腰を下ろしたカミーユと、しなだれかかるようにして足を投げ出したジャン。青々とした草地の上にはなぜか鶏の家族が走り回っている、ちょっと不思議な取り合わせだ。

 ただ、マネのほうはかなり引いた構図なので、それ以外のものも描き込まれている。カミーユの向こうにひとりの男が前かがみになっているが、この人物は花の手入れをしているように見えるから、庭師か誰かだろう。画家のためにモデルをしている親子と、まったく別のことをしている男とを、同じ絵のなかに描き入れてしまっているのだ。

 なるほど、考えてみれば『鉄道』もそんな絵だった。マネの絵では、相互に関連性のなさそうな人物がしばしばひとつの画面に描かれるのである。いや、もっと有名な例でいえば、かの『草上の昼食』からしてそうではないか。女が木の根もとに座ってあごに手を当てているかっこうは、モネ夫人のポーズとよく似ているように思われてならない。


参考画像:エドゥアール・マネ『草上の昼食』(1862-1863年、オルセー美術館蔵)

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 その点ルノワールは、モデルにより近づき、細部によく注意して描いているようだ。カミーユが手にしている扇子は、のちに『ラ・ジャポネーズ』に描かれたものと同じである。くっきりと塗り分けられたトリコロールの色調が、彼女の帽子にも反復されている(マネはといえば、なぜか扇子をオレンジ色に塗りつぶしてしまったが)。カミーユの白いドレスにも、多彩な色が反映しているように見える。

 ジャンがかぶっている麦わら帽子は、父親の作品『日傘の女性、モネ夫人と息子』でかぶっているのと同じだろう。こういう細かい部分をそれとわかるように明確に描くところは、後年になってとろけるような裸婦を描いたルノワールにはもうみられない特徴だと思う。

 ただ、欲をいえば、カミーユもジャンも、あまり美しく描かれているとはいえない。モネはこの絵を気に入り、晩年になっても寝室に飾っていたというが、ぼくにはあまり納得のいかない話である。ただ、かつての盟友が自分の亡き妻と、幼いころの息子を描いた記念すべき一枚という点で、モネは昔の思い出とともにこの絵を大切にしていたのだろうか。

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