てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

焼けなかったコレクション(2)

2010年07月06日 | 美術随想

〔2号館の入口付近にある窓(携帯にて撮影)〕

 泉屋博古館は、東京の六本木に分館がある。実はこの日の直前に六本木界隈へ行く用事があって、たまたまニアミスしたことになるのだが、住友コレクションの近代洋画はいつもそちらのほうに展示されているらしい。今年は京都の本館が創立50周年になることを記念して ― そんなに古い建物には見えなかったが最近改装されたのだろう ― はるばるこちらにお目見得することになったという。

 出品されるのは全部で45点だが、5回にわたる展示替えがあり、ぼくが観たのは30数点でしかなかった。そのなかから、印象に残ったいくつかについて触れてみたい。

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熊谷守一『鴨跖草』(1964年)

 熊谷守一の絵は、ぼくには特別な感慨をもって感じられる。かつて「老境の洋画家たち(2)(3)」の記事にも書いたことがあるので、よかったらそちらも参照してほしい。

 『鴨跖草(つゆくさ)』は、彼が84歳のときの作品だ。熊谷スタイルともいうべき画風はとっくに確立されていて、揺るぎがない。しかしいつも感心するのは、ごくありふれた対象物が、この画家にしか描き得ない不可思議な造形へと変容されている点である。

 老年になると多くの人は、ものごとを新規な見方ではとらえられなくなる。年を取るとはそういうことなのだ。花を見ても、虫を見ても、そこから新鮮な発見を得ることは難しい。けれども熊谷守一の絵には、「これがこのように見えるのか」という驚きがある。

 抽象画ではない。描かれる対象が解体しバラバラになってしまうその寸前まで、守一は余計なものを削ぎ落とす。いわば、分別がつく以前の赤子の視点を取り戻そうとするかのように、「この花はこういうものだ」という固定観念を洗い流していくのだ。

 そうやって生まれた絵は、何と清新な息吹をたたえていることだろう。誰にも真似のできない、小さな宇宙である。晩年の守一を写した写真の、好奇心にみちて輝く瞳を思い出す。それはまさに子供の眼であった。

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岡田三郎助『五葉蔦』(1909年)

 植物つながりというわけではないが、岡田三郎助の『五葉蔦』もいい絵だ。今からおよそ100年前の、和装の美人をとらえた油絵である。

 彼は、和風の女性の美しさを西洋伝来の油彩で描こうとした。これは意外と斬新な試みで、現代でも洋装の女性を描いた日本画はよくあるが、その逆というのは少ない。三郎助がこだわったモチーフは、いまだに新しいテーマでありつづけているのではないか、という気がする。

 もっとも、平成の日本では着物を美しく着こなした女性となかなか出会うことができない、という事情もある。京都に住んでいたころでさえ ― 舞妓や芸妓のように伝統的な職業の人は別として ― 和服の着こなしは今風にアレンジされているものを多く見かけた。そういうのがトレンディーなのだ、という話も聞いたが、そこまでして着物を現代によみがえらせることに、はたしてどれだけの意義があるか。トレンドというのは、いずれむなしく消え去ってしまうものなのに・・・。

 岡田三郎助のすごいところは、和のモチーフを油絵で描くにあたって、アレンジということをまったくしなかったことだろう。つまり描かれているのは日本人の心をくすぐる美の典型、われわれの先祖から脈々と受け継がれてきた感性そのものであって、ちっとも洋風に改竄されてはいない。いわば彼は、輸入食材を使って純粋な日本食の味わいを醸し出すことに徹底してこだわった人物なのである。

 三郎助は20代から30代にかけて、5年にわたりフランスに留学した。しかし彼の内なる日本人のDNAは、小揺るぎもしなかったとみえる。佐伯祐三はたった2年間フランスに行っていただけで、日本の風景を描くことに限界を感じ、ついにはまたフランスに戻ってそこで客死してしまった。西洋の真髄に早く触れすぎてしまった日本人画家の悲劇である。日本に憧れながらついに海を渡ることがかなわなかったゴッホに、どこか似ている。

 岡田三郎助は、そのような劇的な人生を送ったわけではない。しかし、創作の裏側には人知れぬ苦労があったようだ。先日放送された「美の巨人たち」で、絵の具やキャンバスを変えながら同じモチーフを繰り返し描き、自分の求める表現にもっとも適した画材を手探りしていたことを知って驚かされた。近代の洋画家には珍しいほどの、職人的ともいうべき鍛練のすえに、彼の美はあるのである。そしてそれは何の違和感もなく、ぼくたちの心に染みてくるのだ。

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