てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

あたたかな静寂 ― ル・シダネルを回顧する ― (6)

2012年05月01日 | 美術随想

『離れ屋』(1927年、ひろしま美術館蔵)

 画家の名前と結びついて記憶されるべき地名がある。モネとジヴェルニー、ミレーとバルビゾン、エル・グレコとトレド、といったあたりがもっとも馴染み深いところだろう。

 ル・シダネルは、ジェルブロワという場所と切り離しては考えられないようだ。だがぼくにはまったく未知の地名で、いったいどこにあるのだろうという疑問が先に立つ。地図を開いてみると、パリの北西100キロあまりのところだった。

 ジェルブロワは、もともと血なまぐさい歴史をもった土地だという。中世には要塞の最前線として戦火に晒されたが、争いが終わると誰からも顧みられなくなり、廃墟同然になってしまったそうだ。そこをたまたま通りすがったのが、ル・シダネルだった。

 世間から忘れ去られたような静けさが、彼の好みに合ったのだろう。ル・シダネルは家と土地を手に入れ、思うがままに手を入れていった。建築デザインの意外な才能も発揮して離れ屋を建て、その周囲に薔薇園を作った。時が経つにつれて薔薇の蔓は伸び、葉は繁り、花が咲き乱れるようになっていった。

                    ***

 そしてそこが、彼の絵画の重要な舞台ともなっていくのである。『離れ屋』は、彼がみずからの手で作った理想の景観を絵にしたものだ。

 煙突のある三角形の建物が、ル・シダネル自身が設計した離れ屋であろう。“離れ”というと周囲の雑音を避けるために設えられたように思えるが、これはアトリエとして利用されたものではないかもしれない。窓からあたたかな灯火がもれているところをみると、画家が孤独な戦いを挑む場所というよりも、家族たちが心落ち着く団欒の時間を過ごした部屋のように見える。

 家屋は絵の中央に堂々と描かれているが、それを覆い隠さんばかりの勢いなのが、薔薇の繁みである。ぼくは関西の薔薇園を訪れたことが何度もあるが、これほど薔薇の花が密集したところは一度も見たことがない。

 画家は、薔薇の細部を描くことにはほとんど関心がなかったようだ。薔薇色の、というよりもピンク色の斑点が、この絵の大半を占めている。都会のしがらみから離れ、自分の好きなもので身辺を埋め尽くそうとしたル・シダネルは、何て幸せな生き方を選択したのだろう、という気がする。いわば、この世の楽園の主となったのだから。

 けれども、それで彼の心が本当に満ち足りたのかどうか? ぼくにはよくわからない。今、ジェルブロワは世界でもっとも美しい村のひとつといわれているそうだ。だが、彼は村おこしのために薔薇を飾り付けたわけではない。彼の絵のなかには、人物の姿はひとりも描かれていないからである。

 この村が有名になっていくことに、画家は喜ばしい思いと、あまり人に知られてほしくないという思いと、相反する感情をこもごもに抱いたのではないかと思う。ル・シダネル亡き今、この地は有数の観光スポットになっているそうだが、かつてひとりの画家が地道に創作活動をつづけた痕跡が、今も残されているのだろうか?

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