映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「64」 横山秀夫

2013年02月01日 | 本(ミステリ)
明日のためにではなく、今日のために今日を使い切る

64(ロクヨン)
横山 秀夫
文藝春秋


            * * * * * * * * *

組織内で押しつぶされそうな個人・・・、でもその中で生きる道が開けていく感動作
D県警の広報が記者クラブと加害者の匿名問題で対立する中、
警察庁長官による、時効の迫った重要未解決事件「64(ロクヨン)」視察が1週間後に決定した。
たった7日間しかない昭和64年に起きたD県警史上最悪の「翔子ちゃん誘拐殺人事件」。
長官慰問を拒む遺族。
当時の捜査員など64関係者に敷かれたかん口令。
刑事部と警務部の鉄のカーテン。
謎のメモ。
長官視察の日に一体何が起きるのか? 
組織対個人。
驚愕の長編ミステリー。 


            * * * * * * * * *

本作主人公三上はD県警の広報官。
しかし、以前は刑事として勤務しており、
警察の仕事の本筋は当然事件の捜査にあたる刑事の仕事と思っているのです。
しかし刑事部は広報を含む警務部と微妙な対立関係にあり、
その軋轢が、本作の実に重苦しい背景となっているのです。
そんな中で悪戦苦闘する三上を、
若干救われない気持ちで読み進んでいくのですが、
新たな誘拐事件が発生するあたりから、息をもつげない展開となっていき、
止められなくなっていきます。
そしてその新たな誘拐事件の驚愕の真相!
それは確かに犯罪には違いないのですが、どうしようもなく私たちの心を震わせます。
まさに名作。


警察にかぎらず、組織内部の軋轢といいますか、
それぞれの立場の人々の思惑の食い違いからくる相容れない部分。
そういう物は確かにありますよね。
その中で三上はよくこんな中で頑張っているな・・・
と感心したくなるくらいに奮闘しています。
まさに、男は家から一歩外に出ると7人の敵がいるという、それですね。
また、三上は刑事部と警務部、
自分がどちらの立ち位置にいるのかわからなくなり悩みます。
紆余曲折の後、気づくのは
「自分は無国籍ではない、職責がある」ということ。
感情にもみくちゃにされながらも、頭から広報官の意識が消えたことはなかった、と思います。


こういうことを解決するのは、結局人と人との本音の部分での心の交流、
そしてその組織とおのれの本来のミッションを
確認し共有することに尽きるのだな・・・と思いました。
まずは被害者に寄り添うこと。
・・・それを忘れてはいけないのだけれど、
いつしか自分や組織の保身のほうが大事になってしまっている
・・・というのもありがちなことです。
そして感情に振り回されず、おのれの職務を果たす。
「明日のためにではなく、今日のために今日を使い切る。」
組織の中での自分のあり方というべきでしょうか。
結局はこうしたあり方が、自分を押し上げてくれるのかも知れません。
重厚な中にも、見えてくる救いがあり、
心地良い読後感でした。



さて、本作、始めて電子書籍版で読みました。
Kindle ペーパーホワイトです。
これの良い所は、まず欲しいと思った本はワンクリックで購入できて
すぐ読み始めることができること。
明るさや文字の大きさが変えられるので読みやすい。
近頃小さな文字が辛くなってきているので、これは助かります。
あとでこのように感想をまとめたりするのに、
ここはと思うところにペーパー版の場合、付箋をつけたりするのですが(極力折り目は付けたくない)、
手元に付箋がなくて断念することも多いのです。
でも、これならブックマークしておけば、あとでそのページを呼び出すことができます。
また分からない漢字や単語があれば、
直接そこをタッチすると辞書機能で説明が出てきます。
本書中でも何箇所かさっそく使いましたが、これは便利!
それから、現在読んでいる部分が全体のどの辺になるのか、
表示されるのも、便利です。

この読書の場合、ペーパー版読書と同じく読書灯をつけながら、バックライトを控えめにすると
目の疲れは少ないように思いました。

ということで、なかなか読書としては快適ですが、
実のところ、まだまだ読みたい作家のKindle版は少なくて、
たぶん今後もペーパー版は買っていく事になると思います。
それと、思ったほどお安くはないですね・・・。
印刷・製本や流通の手間を考えたら、もっと安くてもいいような気がしますが・・・。
本来の本が売れなくなってしまうことを懸念して
こういう価格になっているのだとは思いますが・・・。
もう少しお得感が欲しいところです。

「64」横山秀夫 Kindle版 1600円 発売元 文藝春秋
満足度★★★★★