AIによる翻訳は非常に進んでいて、英語⇔日本語の場合、日常会話レベルだと全く支障がないくらいに意思疎通ができるほどになっています。スマホとイヤホンがあれば、日本語で話してそれが相手に英語で伝わり、相手が英語を話してそれが自分に日本語で伝わる、というのもほぼタイムラグがないくらいになってきているのではないでしょうか。
また、特に文章であれば、英語をそのまま読むよりも、翻訳アプリを使えば簡単に英語を日本語に直してくれますし、英語を書くにしても日本語を簡単に英語に翻訳してくれるので、英作文の能力ももしかすると必要のない世界が来るのかもしれません。
が、言葉というのは微妙で難しい部分もありますので、AIで翻訳した文章を発表する場合、それが本当に正しい内容かどうかを判断するのは結局自分自身で、英語の能力がないとその判断ができないということになってしまいます。
特に、内容に正確さを求められる研究論文なんかの場合は、単語一つで意味が変わってきてしまいますので、翻訳されたものが正しく表現されているのかどうかを判断できないと、自分の意図と違うことを言ってしまっている場合も気づくことができないということにもなります。
将来、AI翻訳が飛躍的に進んで、外国語の学習が必要なくなる世界が来るかもしれませんが、素養としての外国語の学習というのはなくならないんだろうな、とは思います。
一対一の会話では成り立つかもしれませんが、多対多の会話ではまだまだ難しいかもしれませんし。
ただ、カーナビの進化で地図を読む能力が必要なくなったり、AT車の出現でMT車の運転技術が必要なくなったりして来ていますので、その流れと同じように、英語の能力というのも今よりかは必要性が少なくなるのかもしれません。
技術の進歩で世の中というのは大きく変わっていきますね。