東京ステーションギャラリーでは「没後40年 幻の画家 不染鉄展」が催されている。
いくつか印象的な作品を挙げてみる。例えば、「伊豆風景」(大正12年 1923年)が最初だと
思うが、不染鉄は絵と共に文章を認めているのだが、「です・ます調」で書かれた敬体の文章は
今読んでも色あせず読みやすい文体である。
(「古い自転車」昭和43年 1968年)
当初は身辺雑記のような文章だったのだが、やがて上の作品のように自分を古い自転車に例えた
ように自身の内面を語るようになる。
(「薬師寺東塔の図」昭和45年 1970年)
描線も日本画らしく細かったのであるが、昭和45年を境に線が太くなる。色使いも合わせて
勘案するならば、仏教に傾倒していた不染鉄の作風はジョルジュ・ルオー(Georges Rouault)を
想起させるものである。
しかしどうしても分からないのが不染鉄の私生活で、「生い立ちの記③」では「廿七になって
東京に居場所がなくなって病む上がりの妻(=はな)と共に伊豆の大島に向かった」と書かれて
いるのであるが、不染鉄が二十七歳の時にはそれまで3年間漁師として伊豆に滞在した後に、
京都市立絵画専門学校に入学しているのである。昭和33年、62歳で亡くなった妻のはなと
いつ結婚したのかも分かっておらず、個人的には不染鉄が伊豆に行った理由は妻のはなの
病気療養のためではないかとも思うのだが、いまだに年譜が定まっていない。