先の北海道への旅の道中読み終えたのが、「悪魔の寵児/横溝正史著」です。
行き帰りの船内で半分ずつ読みました。帰宅後外していたカバーを取り付けた際、
「こんな登場人物いたっけかな?」と思ったのが、外国人風(南方系、あるいは
アフリカ系?)に見える男です。これが人形師・猿丸だと気づくまでだいぶかかり
ましたよ。絵を担当した杉本一文さんの目には、猿丸の姿は、こんな筋骨隆々の
外国人っぽい容貌に映ったのでしょうか。
~寵児は当時、名作「悪魔の手毬唄」と並行して雑誌連載されていたことに
まず驚きます。~手毬唄は、戦後すぐに発表され好評を博した一連の本格推理
もの(本陣殺人事件、獄門島などなど)のテイストを久々復活させた傑作で、
対して~寵児は、その頃横溝さんが多数発表していた大衆向けの怪奇ロマン色
の強い作品です。両作品の振り幅があまりに多きすぎて、それらが同時期の作品
とは、なかなか理解が追いつきません。格調高い文章にトリックを散りばめた
完成度の高い~手毬唄に対し、~寵児は一応推理小説の範疇を保ち、死体喪失
など異彩を放つ展開を見せつつも、エログロ専行気味なのは否めません。
それでも食傷させず読ませるのは、横溝さんのお手並みの鮮やかさでしょう。
金田一耕助は早くから登場するもあまり目立った活躍はできず、関係者が
容赦なく次々血祭りに。犯人以外ほとんど誰もいなくなる展開は、さすがに
どうかと思いますよ、金田一さん。
今回図書館でお借りしたのが、「黄土館(こうどかん)の殺人/阿津川 辰海
(あつかわ たつみ)著」です。朝日新聞紙上で紹介されていたのを、早い
タイミングで予約できたためか、早期に手にすることができました。
地震により閉じこめられた空間(芸術一家の大きな館)で起こる連続殺人事件。
大仕掛けで繰り広げられる殺人手法など、スケール感たっぷりな大長編作品で、
とても面白く拝読しました。しかし、細々とした点がいくつか気になりました。
まず、内(館内)と外(館近郊の温泉旅館)で同時進行で物語が展開するさまが、
綾辻行人さんのとある作品を連想させます。この作品が阿津川さんの「館四重奏」
の三作目にあたるらしくて、「館」をテーマにしているところなど、明らかに
綾辻作品を意識しているのはいいとして、既視感を覚える展開にはやや興醒め
しました。ところで、物語の舞台となる大邸宅は荒土館(こうどかん)のはずが、
なぜタイトルのみ黄土館なのでしょうか? 過去作品が「紅蓮館=炎」「蒼海館
=水」と色付けされていたので、「黄土館=土」でそろえたのでしょうけど、文中
特に説明がなされておらず(私が読み飛ばしていなければ)、唐突なんですよね。
館名は、最初から黄土館で良かったのではないでしょうか?
さらに、館の大掛かりな仕掛けはスペクタクルであるものの、あんな大きなものが
動くとなると、振動とか音とか半端なくて、誰もがすぐにからくりに気がつくと
思うのです。犯人や一部の人しかその秘密を知らないというのは、ちょっと無理が
ないでしょうか?
しかも、細々したトリックまでは解読できなくとも、犯人らしき人物は、かなり
早い段階でうすうすわかってしまいました。かなりフェアに経緯などを説明して
くれている裏返しともいえるけど、さすがにこれではいくらなんでもミスリードに
引っかかりません。
シリーズ第三作で、この作品は第一作の「続編」的な位置づけでもあり、遡って
それを読んでみたいと考えている身には、ネタバレがないかヒヤヒヤしましたよ。
さすがに「犯人」の名前をズバッと記載される場面はなかったけど、修羅場を
乗り越え、誰が生き残ったのかはわかっちゃいますよね。でもそれは、シリーズ
ものを逆算して楽しもうとすると、避けては通れない宿命なのです。
大掛かりなエンターテイメントとしては面白く楽しめたし、力作であることは
確かで、細かなマイナス点(上記の理由のほか、登場人物の性格付け不足とか、
霧がいつまでも晴れない等の都合のいいやや強引な設定など)が足を引っ張った
のが惜しいです。でもやはりそこは乗り掛かった舟、シリーズ第一作を読んでみる
しかなさそうです。そちらが、いい意味で期待を裏切る完成度の高い作品だったら
と思います。
今回図書館でお借りしたのは、「明智恭介の奔走/今村昌弘著」です。早めの
予約が功を奏して、早々に順番が来て読むことができました。
「屍人荘の殺人」に登場した学生探偵・明智恭介は、てっきり彼が事件を解決する
のだろうとの期待をよそに、物語前半で姿を消します。ワトソン役である後輩・
葉村 譲との巧妙なコンビネーションもよろしかったのに、突然主役格がいなくなる
展開に驚きましたが、すぐさま真主人公の美少女探偵・剣崎 比留子が実力発揮、
葉村も彼女の助手役を見事に勤め上げて、事件を解決へと導きます。
続編二編でもこのコンビが躍動、私を含め特に男性陣は、艶やかな剣崎の活躍に
満足し、明智のことはすっかり忘れ去られたかのようでしたが、著者本人の希望、
あるいは読者からの要望もあったのでしょう、彼の前日譚の活躍を集めた短編集が
今回の~の奔走です。事件解決に注ぐ情熱が有り余って空回り、明智の猪突猛進さに
ハラハラさせられながらも、どこかしら憎めないキャラクターは、脇役で消えて
しまうにはやっぱりもったいなくて惜しいですよねえ。しかし、彼が天真爛漫に
振舞えば振舞うほど、最期を知る我々は、おもしろうてやがて悲しき…となるのです。
彼の異才・鬼才ぶりを発揮できる機会を与えられて本当によかったですよ。まだ、
もう一冊分くらいの、探偵エピソードが残っているんじゃないかと期待です。
夏の北への旅でお供した本は、「悪魔の百唇譜(ひゃくしんふ)/横溝正史著」
でした。表題作一編のみ収録の中長編です。元々あった「百唇譜」という短編を
改題、長編化し刊行されたもので、こうした例は横溝作品にはいくつかあります。
関係のあった女性たちの性癖を克明に記録した『百唇譜』をもとにゆすりを
働いていた元俳優が殺害された事件は迷宮入りしていたが、新たにトランク詰め
殺人事件が起こり、過去の事件で隠されていた真相まで明るみになるストーリー。
車を利用したトリックが用意されているなど、本格推理のテイストは感じさせ
つつも、実質的には大衆向き娯楽小説色が強い作品でした。金田一耕助は早い
段階から登場、ほぼ出ずっぱりの割には印象が薄く、最後は事件解決を待たず、
おおよその見当がついた時点で放浪の旅に出てしまいます。忌まわしい事件に
相対したあと、いつも金田一はナーバスになってしまうのです。
一方で、東京での彼の暮らしぶりの一端が紹介され、朝から「アスパラガスの
缶詰」なんて洒落たものを食べていることが判明。アスパラガスの缶詰って、
おそらく私は食べたことなくて、たぶん、ホワイトアスパラガスが詰められた
やつだよねえ? 昭和三十年代当時は、食品の流通もまだまだ発達しておらず、
アスパラなども、新鮮な状態(生野菜)で店頭に並ぶことってまずなかった
のだと思われます。一般人は、アスパラを実際見たこともなかったでしょう。
金田一はアメリカで生活したこともあるので、早くからアスパラに馴染んで
いた可能性があります。それにしても粋だよねえ。
とはいえ、アディショナルな場面はともかく、金田一ものではあまり出来が
いいとは言えない本作は、横溝さんの筆力をもってどうにか体裁を保っては
いるものの、金田一初心者は、早い段階で手を出さないほうがいいでしょう。
他作品を読んだあと、「こういうのもありなのか」と、冷静に受け流すくらい
がちょうどいいのではないでしょうかね。
7月31日付け朝日新聞夕刊で紹介されていた「六色の蛹(さなぎ)/櫻田智也著」
を読むことができました。今回は、予約したタイミングが良かったためか、比較的
早めに順番が回ってきました。本書はタイトルから連想されるように、短編六編で
構成されており、最終章はエピローグ的な掌編、実質五編と考えていいでしょう。
探偵役の魞沢 泉(えりさわ せん)は昆虫好きの心優しい青年という設定なので、
短編いずれにも昆虫のエピソードが絡むのと、各話テーマとなる色を前面に押し出す
ことで、連作短編としてシリーズ色をより鮮明にしています。昆虫が取っつきに
なっていたりはするものの、メインとなる題材は「猟銃」「土器」「花」「音楽」
など多岐に渡り、それに臆することなく正面から挑む魞沢の知識量と神出鬼没ぶり
が目覚ましいです。魞沢は流浪の民なのでしょうか? 定職についているようで
なく、自分の興味ある事柄にひたすらまい進するさまに、個人的に共感は覚えます。
魞沢を主役に据えたシリーズ第三弾とのことで、前二作には、彼の経歴などを紹介
したくだりがあるのかもしれません。
短編という構成上、各話登場人物少なく物語が進行するので、ポインセチアが鍵と
なるエピソード『赤の追憶』などのように、トリックというか、結末への展開が
なんとなくわかってしまう物語もありました。このあたり、最近「探偵小説の鬼」
と化している私の審美眼がいよいよ目覚め始めた成果なのかもしれないですがね。
鋭い推理で犯人を追い詰める一方、罪びとの心に寄り添うような魞沢の気遣いが
すべてのエピソードで見え隠れし、いずれも比較的優しい結末を迎える読後感は
悪くなく、いずれ近いうち、前二作も読むことになるかもしれません。
「対決」と同じ記事で紹介されていた「女の国会/新川帆立著」も順番が回り、
ようやく読むことができました。どちらも、現代日本の女性のおかれた立場を
端的に描いた作品で、とても読みごたえがあります。男性優位社会で、様々な
差別、ハラスメントに抗いながら奮闘する女性の姿を生々しく描いているのは
対決と同様で、諸外国と比べても男女平等が進んでいないとみなされ、特に女性
の政治参加の低さが顕著な日本の現状が、国会を舞台に浮き彫りにされます。
対決と違うのは、こちらはいくぶんサスペンス要素も織り交ぜ、女性与党議員の
死(自殺か他殺か? その原因は?)の謎に迫る、与党議員とライバル関係に
あった女性野党議員を中心に、第一章が彼女の議員秘書、二章が新聞記者、
三章が地方議員とヒロインを変えながら、それぞれの女性の立場、視点を通して、
事件を解決に向かわせます。各々の章が終わりに近づくにつれ事態は大きく動き、
事実が暴かれ、一瞬すべて解決したのかなと勘違いしますが、実はその時点でまだ、
総ページ数の半分とか三分の二程度しか進んでおらず、これはなかなか手ごわいぞ
と感じます。
それでも途中で、もしかして真相はこうじゃないかなと、事件の謎はヘボ探偵
でもそれなりに迫ることができました。謎解きのヒントらしきものを著者が
フェアに出してくれることもあるし、たとえネタがバレようともどうってこと
ないのを著者は心得ているから動じていないようなのです。謎解きはこの
小説の魅力の一部分でしかなくて、ブレない極太の本筋が貫かれているから
なのでしょう。
ミステリー部分の関心だけにとどまらず、政界で女性を含む日本のマイノリティ
がどのような不当な扱いを受けてきたかに鋭く切り込む本格派、世代を問わず
幅広くお勧めできる一冊です。
朝日新聞夕刊書評欄で紹介されていた「対決/月村了衛著」の図書館での順番が
回ってきて、このたび読むことができました。「ミステリー小説」くくりで
取り上げられていた本書、しかし、犯人探しやトリックをあばくような推理小説で
ないことは明白で、ホラーやSF的要素もまるでなく、「ミステリー」の範疇の
広さを改めて思い知らされました。あえて分類するなら「社会派ミステリー」と
なるのでしょうか、ある私立医大が女子受験生の点数を操作することで男子を
優遇している情報を得た女性新聞記者と、マスコミ対策を命じられた大学側の
女性理事との「対決」を軸に物語は進行します。
しかし共に女性である両名は、新聞社、医大という男性優位社会を生き抜くために、
これまでセクハラ、パワハラなどの差別や嫌がらせにさいなまれてきただろうことを
重々承知しているだけに、お互いをリスペクトし、共感しあう気持ちがやがて芽生え
始めますが、追うもの、追われるものの立場上、それを封印し、それぞれの信念に
基づいて対決を重ねます。
一方、彼女らの同僚の男性たちの、女性差別とはなにか? と戸惑う姿も並行し
描かれます。昭和どっぷり世代の私などもまさしくそうで、容姿をからかうことが
悪いのは当然わかるとして、容姿を褒めることすらもはばかられる昨今の情勢には
戸惑いを隠せません。相手の嫌がることをしないことは大前提、できるだけ当たり
障りのない話題に終始するのが無難なのでしょうけど、関西人としてはちょっと
笑いをとりたい気持ちもあるし、でも聞きたくもない、しょうもないおやじギャグ
を繰り出されるのも迷惑千万なのかもしれませんねえ、気をつけねば。
加速度的に物語は熱を帯び、「最後の対決」の章などは一気読みすること間違い
ありません。
予約順が回ってきて、図書館でお借りできたのが、「「悪霊」ふたたび~
乱歩殺人事件/芦辺拓・江戸川乱歩著」です。乱歩の未完作である悪霊を
芦辺さんが引き継いで物語を完結させました。
元来乱歩は長編が苦手らしく、その理由のひとつには、筋書きが定まらない
まま書き始めてしまうので、途中でにっちもさっちもいかなくなることが
挙げられましょう。この元ネタの悪霊も、出だし三回だけで休筆し、結局
そのまま頓挫し、筆を折ってしまいます。直近、通俗っぽい大衆向け小説で
お茶を濁していた乱歩が、久々に本格ものを書くということで、勢い込んで
執筆を始めたものの、すぐに行き詰ってしまったようでした。それにしても、
当初気合が入っていただけに、完成されている部分はとても魅力的で面白い
んですよね。あっと驚くような展開、トリック、動機、真犯人を用意しよう
と風呂敷を広げすぎて、収拾がつかなくなったのでしょうか。
乱歩好きなら未完ながらそれまでの筋書きは知っていて、期待値の高い悪霊を
完結させ、しかもなぜ乱歩が挫折し、作品を完結させられなかったのかの謎に
まで迫る二重構造にして発表したのが芦辺拓さんです。新旧文体が入り乱れ、
途中語り手が入れ替わるなどやや難解な構成は、けっして読みやすく馴染み
やすい作品として仕上げられてはいないけれど、熱心なファンを納得させる
ような形でまとめ上げてくれたことには感謝しかありません。今となっては
不適切きわまる言葉の羅列(追加記述された箇所では微妙に言い換えるなど
して軟着陸させ)、両性具有などいかにも乱歩好みの淫靡な世界観等々は
引き継がれて、新旧作者の融合は、かなり高いレベルで行われています。
密室の土蔵で全裸で殺害された未亡人、死体には細かな傷が多数つけられ、
脱ぎ捨てられた着物には謎の記号が記された紙が残されていた… 乱歩は
どんなトリック、犯人、結末を考えていたのでしょうか。いや、それらが
用意できなかったからこそ中断したのでしょうけど、万が一、今後未完
部分の構想メモなどが発見されたとしたら、読み比べてみたいですよねえ。
写真集「神々の遊ぶ庭 天空の園 大雪山/両瀬いさお著」を購入しました。両瀬さんは
旭川市在住で、これまで何度か大雪山系でお会いし、一緒に行動したり、隣で写真を撮影
したこともあった方です。近年何度か催された写真展には折り合わず出席できずじまい、
このたびまとめられた写真集をようやく手にすることができた次第です。
私とは15歳ほど年齢差があるにもかかわらず、いまだ現役で山岳写真に挑まれている
ことに頭が下がります。顧みるに、若輩なのに早や山泊まり登山からは距離を置きつつある
我が身とはかけ離れた体力、健脚さを羨み、自身の不甲斐なさを嘆くばかりです。両瀬さん
は、山岳写真を始められたのはけっして早かったわけでなく、その分、のめり込み方、熱の
入れようは半端なく、ついには、大判カメラを担ぎ上げて撮影に臨まれるほどでした。
約80ページに及ぶ写真集には、作品解説などは最小限にとどめられ、十勝連峰~
大雪山~トムラウシ山の写真がこれでもかと羅列され、とても見ごたえがあります。
興味のある方は、ネット通販で取り寄せることもできますよ。
同じような写真撮影を志した私からは、このような決定的な場面に遭遇するために
惜しみなく費やした労力、時間の膨大さにまず敬意を表します。日帰り登山では
こうした絶景に出会えることは稀なので、山小屋(避難小屋)やテントでの宿泊が
大前提、それを写真に収めるためには、カメラ、交換レンズ、三脚などの重装備の
機材を担ぎ上げる必要もあります。こうした世界に戻りたい気持ちはあれど、
体が言うこと聞かないのがもどかしいのです。
今回の旅では、往きの船内で「幽霊男/横溝正史著」を、帰路「魔女の暦/
横溝正史著」を読みました。いずれも金田一ものの中編で、魔女~には
『火の十字架』が同時収録されています。
三作品ともに、本格推理というよりもスリラー、サスペンス寄りの作風で、
どれもヌードクラブやレビュー小屋が舞台となっていて、扇情的な舞台設定、
筋書きが用意されています。しかし、内容が大衆向けであるとはいえ、謎解き、
トリックがまったくないわけでなく、探偵小説の範疇内で娯楽作品に仕上げる
絶妙なさじ加減が横溝作品の魅力でもあります。すべての犯行を許して
しまってから事件解決に至ることの多い金田一耕助も、火の~では犯人、
動機などを指摘することで、残り二つの殺人を珍しく?未然に防ぎました。
横溝作品にしばしば登場する怪しげなヌードクラブ、初読したその頃(昭和
50年頃)、ストリップ劇場はあったと思うのですが、ヌードクラブなんて
のもまだ存在していたんですかね? その後、いかがわしい写真を目的と
したわけでなく写真撮影を趣味とした私、これまで一度もヌード撮影会
に参加するする機会には恵まれていません。カメラ機材が進歩し、誰もが
気軽にそれなりの写真を撮れてしまう現在、わざわざヌード撮影会などを
開催する意味はないのでしょうかね。