中小企業診断士の独り言

中小企業や商店街を支援している中小企業診断士のブログ

日本郵便が初めて手がける商業施設「KITTE」

2013-12-22 12:54:39 | 日記
KITTE(キッテ)
JR東京駅の丸の内南口前に2013年3月21日に「KITTE(キッテ)」がオープンした。
1931年、日本最大級の郵便局として東京駅の丸の内口前に建造された東京中央郵便局が、建設から82年が経った今年、当時の姿を可能な限り残しながら東京駅に直結した商業施設「KITTE(キッテ)」として生まれ変わった。
日本郵便が初めて手がける商業施設。「KITTE」というネーミングは、「切手」と「来て」2つの言葉に由来している。旧東京中央郵便局の局舎を一部保存・再生した部分と新築部分からなるJPタワーは、地下1階から地上6階までの7つのフロアがKITTEのフロアで、伝統の味や地元で人気の食、ここでしか買えないものなどの食品販売店舗、物販店舗、飲食店舗の合計98店舗が出店した。
 クリスマスツリー登場
雪化粧によってあたかも屋外で雪が降り積もったかのような、高さ14.5mの日本最大級のクリスマスツリーが登場。床面のミラーボールに光を照射する演出により、光の粒が
天井から壁面を伝って雪が舞い散るように降り注いでいる。
■展示期間 12月25日(水)まで
■展示場所 1F アトリウム



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なべよこinアート

2013-12-16 09:08:50 | 日記
なべよこinアート
中野区鍋屋横丁一帯で12月26日~28日、「なべよこinアート」が開催される。主催は鍋横大通商店会(中野区中央4)と不動産とアーティストによる共同企画プロジェクトを推進する「ヤドカリトーキョー」。
 同商店会の地域活性化事業の一環として「周辺地域経済活性化まちづくり」を目的として企画された同イベントは、青梅街道沿いに位置する江戸時代から続く古い商店街「鍋横」の街並みや同商店会のうち参加30店舗を、現代アート作家の作品でいっぱいにするプロジェクトである。メインは、交差点に面するみずほ銀行を縄で縛る?を行う。27日(金)には「鍋横で鍋パーティー」けんちん汁の無料を12時から開催する。



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龍ケ崎市

2013-12-07 10:02:39 | 日記
龍ケ崎市
龍ケ崎市は、茨城県南部に位置する市で、様々な表記をされるが、正式には「龍ケ崎市」で、「龍」・「ケ」を使用するが、鉄道駅は「竜ヶ崎駅」、県立高等学校は「竜ヶ崎」の文字を使用する。東京都心から約45kmの位置にあり、上野から常磐線快速で約1時間の距離にある。ベッドタウンとして市北部の丘陵地帯に竜ヶ崎ニュータウンなど幾つかが開発された。
旧龍ケ崎町中心市街は、竜ヶ崎駅から東に2km程度伸びている。旧市街には薬師堂・八坂神社・竜泉寺などの古い寺社があるほか、当時の豪商「小野瀬家」の店舗兼住宅が残されており、国の登録有形文化財に登録されて保存されている。江戸時代以前から地域の商業都市として栄え、関東から東北に向かう海岸沿いのルートのひとつが、龍ヶ崎を通っていた。江戸幕府によって水戸街道が制定された際に、水戸街道は龍ヶ崎より西の取手宿・藤代宿・若柴宿・牛久宿を抜けるルートになり、龍ヶ崎は正式な街道筋からは外れた。その後も、藤代宿と若柴宿の間にある追分から脇街道が分岐し、龍ヶ崎を通ったのち現千葉県の布佐・木下・安食を経由して成田に至っていた。また小貝川・利根川・江戸川の水運もあって、交通の要衝・物資の集積地であることに変わりなかった。



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関東鉄道竜ケ崎線

2013-12-07 09:58:31 | 日記
関東鉄道竜ケ崎線
 12月6日(金)竜鉄に40年ぶりに乗った。
竜ヶ崎線は、茨城県龍ケ崎市の佐貫駅と竜ヶ崎駅を結ぶ関東鉄道の鉄道路線である。
JR常磐線と接続する佐貫駅から東南東へ向かい、龍ケ崎市の中心市街地へと延びる全長4.5キロの路線である。昭和29年の町村合併により全線が龍ケ崎市内となっている。
関東鉄道常総線と同じく内燃動力(ディゼル)の鉄道路線で、全線単線で途中に列車交換施設はなく、ほとんどの列車が1両で運転されている。沿線途中は農村地帯で田園風景が広がる一方、通勤・通学をはじめ日常的に多く利用され、1年間の乗降客数は90万人ほどである。全列車がワンマン運転で、1本の列車のみが佐貫駅、竜ヶ崎駅間の全線を行き来し、区間運転や他路線への乗り入れはない。1時間あたり2本程度の運行だが、JR常磐線接続路線という性格上、JR常磐線列車の時刻に合わせたダイヤグラムとなっており、竜ヶ崎線からJR常磐線上野方面への乗り継ぎの利便性が図られている。
到着後、市役所へ向かい来年の打ち合わせを行い、市役所の方々と車で市内の視察を行う。



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南三陸町防災対策庁舎

2013-12-05 10:19:42 | 日記
南三陸町防災対策庁舎
同庁舎は、宮城県本吉郡南三陸町が、同町役場に隣接して志津川地区に設置した防災対策庁舎である。
2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)による約14メートルの大津波により壊滅的な被害を受け、庁舎は骨組みだけとなった。
志津川町(現・南三陸町)の防災対策庁舎として1996年(平成8年)に竣工した3階建て(12m)鉄筋コンクリートの建物である。
3月11日に東日本大震災が発生の際、当初の6mという津波予想のため、庁舎に留まり避難しなかったため、犠牲者を大きくする一因となった。2階に危機管理課があり、町災害対策本部が置かれた。本庁舎では津波来襲の15時25分頃まで、防災無線放送で繰り返し住民に避難を呼びかけ続けた。職員約30人は屋上に避難したが、屋上の床上約2メートルの高さまで津波が押し寄せ、度重なる津波によって庁舎は骨組みだけとなった。アンテナにしがみつくなどして波に耐えた佐藤仁町長ら11名は生還したが、庁舎に居た他の職員や住民は津波で流され犠牲になった。
その後の被災庁舎は震災のモニュメントとして震災遺構の役割を果たし、庁舎近くの被災建物が次々と撤去される中、本庁舎は撤去されなかった。保存を求める強い声もあり、当初は保存する予定であったが、2013年9月に町長は、庁舎の存在が復興事業の支障、遺構の保存は小さな町には荷の重すぎる問題とし、当初の保存方針を取り止め、被災庁舎の解体が決まり、2013年度中に解体される予定であったが、国や県が保存支援強化を打ち出したため工事は棚上げ状態となっている。同年11月2日には旧庁舎前で慰霊祭が行われた。

写真は平成25年5月の撮影



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プロフィール

東京都江東区生まれ 中小企業診断士 商店街支援、小売業・飲食業・サービス業診断 創業診断、 2014年02月 中華そば Kちゃん診断 2回 ミラサポ 2014年02月 有限会社清算 清算人 6月まで 2014年03月 ONの橋商店街診断 2014年04月 全国商店街支援センター よろず相談アドバイザー (現 任) 2014年06月 亀戸K事業協同組合診断 2014年07月 亀戸K通り会商店街診断 2014年07月 製造小売菓子店経営診断 江東区 2014年09月 飲食店経営診断(中華・日本そば・インド料理) 2014年09月 N区商店街振興組合連合会 組合決算書精査 2014年10月 ネット通販創業診断 中野区