中小企業診断士の独り言

中小企業や商店街を支援している中小企業診断士のブログ

Café コットン

2022-08-20 04:24:13 | 日記
Café コットン
 昨日は中止企業診断士の実務補習の初日でした。場所は、門前仲町になります。門前仲町や富岡には、創業でご支援させていただきましたお店や事業所が沢山あります。Caféコットンも創業でご支援させていただいたお店です。昨日はこのお店でランチを頂きました。ガレットはあまり聞かない名前ですが、そば粉のクレープと考えればよいかと思います。
ガレットは、フランス料理の名称です。フランスでガレットは「円く焼いた料理」を意味するが、日本では特にそば粉生地を薄く焼いたブルターニュ風ガレットを指すことが多いようです。







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジョソンタウン

2022-08-18 20:04:28 | 日記
ジョンソンタウン
1.ジョンソンタウンの歴史
 昭和11年磯野商会が製糸会社の磯野農園として20万坪を取得する。昭和13年陸軍航空士官学校の将校用住宅として磯野商会が50戸を建設する。昭和20年太平洋戦争終結により陸軍航空士官学校や飛行場を米軍が接収しジョンソン基地となる。昭和29年朝鮮戦争による基地増強により、米軍ハウス24棟建設する(現在は23棟)。昭和53年返還により自衛隊入間基地になり、日本人向けに賃貸を行うが、荒廃化し、スラム化が進んだ。平成8年磯野達雄が兄から、磯野商会を引継ぎ社長に就任し、復興策の検討を開始する。平成14年渡辺治が、磯野商会から新米軍ハウスと米軍ハウスの改修とまちの計画を依頼される。平成15年平成ハウス1号を新築し、本格的に磯野住宅の再生とまちづくりを開始、以降、約16年をかけて米軍ハウスを改修、平成ハウス39棟を新築する。平成21年磯野住宅からジョンソンタウンへ改名、商標登録を行う。平成27年都市景観大賞(国土交通大臣賞)を受賞する。
2. 米軍ハウス
昭和24年朝鮮戦争勃発時に米軍基地を増強すべく、米兵の家の不足を補いために昭和28年に建築される。米軍ハウスは、GHQが建てたものと、高額な家賃を支払うことを前提に民間誘導型で建築されたものがあり、ジョンソンタウンは後者になる。GHQは、進駐軍のための住宅を建築させることで、日本の産業や経済を立ち直らせるだけでなく、新たな住宅産業になり、日本の復興を意図していた。米軍ハウスは、建築を独学で学んだ建築家吉沢誠次氏のオリジナルティが生かされている。













コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鎌ヶ谷ブランド館

2022-08-15 07:49:12 | 日記
昨日は、成田へ墓参りに行った帰りに鎌ヶ谷を訪れた
鎌ヶ谷ブランド館
1.鎌ケ谷ブランド館の活動
企業組合「鎌ケ谷ブランド館」は鎌ヶ谷市の地域性の特徴と鎌ヶ谷市のこだわりを取り入れた地域ブランドの展開を行い、同組合のブランドディング事業を通じて、地域経済の活性化と育成を行います。
都市近郊型である鎌ケ谷市の地域経済の活性化を目指して「鎌ヶ谷ブランド館」を通して、鎌ケ谷市の地域特産品(食品、装飾品)や、地産地消の農産品の鎌ケ谷ブランド化を進め、商業、工業、農業の各分野の連携により、地域経済の活性化を目指します。
2.地域ブランドとなる「鎌ケ谷ブランド館」の展開
鎌ケ谷の地域経済の活性化を目指して、鎌ケ谷こだわりブランドとなる「鎌ケ谷ブランド館」を展開します。
対象商品は、地域生産品である食品類、飲料類、装飾品類、その他地域特産品類であり、鎌ケ谷ブランド館は、自店にて取り扱う商品を「鎌ケ谷ブランド館」認定商品として位置づけを行い、味、品質にもこだわりを持った商品の認定を行います。
3.「鎌ケ谷ブランド館」認定商品の育成、管理
そのブランド管理において、ブランド使用認可に伴う品質基準、生産・製造基準、サービス基準の設定を行い、ブランド管理においては、「鎌ケ谷ブランド館」のブランド登録を行い、「鎌ヶ谷ブランド館」を商標として使用する場合は、ブランド使用許諾契約をもって、「鎌ヶ谷ブランド館」商標の使用許諾を行います。セレクトショップ「鎌ヶ谷ブランド館」は、鎌ヶ谷ブランド商品を取り扱う事業拠点として、設立、育成していきます。
4.新鎌ヶ谷ふれあい街づくり協同組合と企業組合「鎌ケ谷ブランド館」の連携
同2組合の相関関係は、相互に協力体制の下、運営されます。新鎌ヶ谷ふれあい街づくり協同組合が、地域企業、店舗の組合員で構成され、鎌ケ谷市、鎌ケ谷市商工会、鎌ケ谷市商店会連合会と連携の下、新鎌ヶ谷を中心とした街のにぎわいづくりを目的としますが、同企業組合「鎌ケ谷ブランド館」は、地元鎌ケ谷の地域経済の発展と活性化を目的に組織、運営され、地域特産品の掘り起こし、育成、拡販を行い、それに伴い、地域住民の雇用創出も同時に行う事を目的としております。
企業組合鎌ケ谷ブランド館 HPより
















コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

深川門前仲町(もんぜんなかちょう)

2022-08-12 05:34:22 | 日記
深川門前仲町(もんぜんなかちょう)
昨日は門仲(もんなか)に打合せで行ってきました。ランチは伊勢屋で食べましたが、深川アサリラーメンを注文したら、やめたと言われたので深川めしを頼みましたが、深川めしラーメンセットもなくなっていた。
門前仲町は、東京都江東区の地名で、旧深川区に当たる深川地域内です。古くは永代寺、現在は富岡八幡宮など著名な神社仏閣を有する富岡に隣接した門前町として栄えています。商店街の活動が活発で、大通りや地下鉄、都営バスの発着所が設けられているなど深川地域を代表する要所の一つになっています。
通称「門仲(もんなか)」、または「深川仲町」と呼ぶこともあり、江戸時代に伊能忠敬等の著名人が多く住んでいたことで知られています。
門仲の歴史は、富岡八幡宮別当寺の永代寺の門前町として、17世紀半ばから町屋が形成されました。永代寺は1868年(明治元年)の神仏分離令で廃止され現在の永代寺は再興されたものになります。
深川に花街が形成されたのは1655年(明暦元年)、富岡八幡宮門前に開業した料理茶屋が起源とされています。1627年に(寛永4年)創建された富岡八幡宮周辺の江戸湾の浅瀬の土地が1652年(承応元年)から開発され、その3年後に料理茶屋が許可され、それが江戸屈指の岡場所(非公認の遊里)として栄えたそうです。














コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中央ストリートおいしい街

2022-08-06 07:47:56 | 日記
中央ストリートおいしい街
練馬駅の南側、千川通りと目白通り挟まれた練馬区豊玉北5丁目の一体に広がる飲食店街です。
目白通りから、千川通りに向かい扇のように広がっている一帯の路地に飲食店街があります。西側に曲がった通りがありますが、この一帯は区画整理されたようです。ネットで見ても情報ありません

















コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

プロフィール

東京都江東区生まれ 中小企業診断士 商店街支援、小売業・飲食業・サービス業診断 創業診断、 2014年02月 中華そば Kちゃん診断 2回 ミラサポ 2014年02月 有限会社清算 清算人 6月まで 2014年03月 ONの橋商店街診断 2014年04月 全国商店街支援センター よろず相談アドバイザー (現 任) 2014年06月 亀戸K事業協同組合診断 2014年07月 亀戸K通り会商店街診断 2014年07月 製造小売菓子店経営診断 江東区 2014年09月 飲食店経営診断(中華・日本そば・インド料理) 2014年09月 N区商店街振興組合連合会 組合決算書精査 2014年10月 ネット通販創業診断 中野区