著者:倉谷うらら 岩波書店(岩波科学ライブラリー)刊
2009年6月 ¥1575
評者:中村桂子(JT生命誌研究館館長)
2009年7月5日 毎日新聞 今週の本棚より
サブタイトル:「偉大な」生物への思いあふれる不思議な本
※ この書評の原文は、こちらで読めます。
その対象が、何であるかはともかくとして。
誰でも、何かしら好きなものはあるだろう。
好きなものに対しては、人は誰しも。
もっと、触れたい。
もっと、知りたい。
もっと、感じたい。
もっと、分かり合いたい。
そうした思いを持っているだろう。
それでも…。
その思いの発露の度合いは、当然のことながら千差万別である。
何に、どれくらいの思い入れを持って感情移入するかで、
その度合いは変化していくだろうが、それでもその「何に」の部分が
この本の著者とシンクロする人は、そう多くはいないのではないか?
そう。
タイトルにも有るように、この本の著者 倉谷うらら氏は、
その思いを捧げる相手が「フジツボ」なのである。
あの海辺の岩場にへばり付いている、富士山のような固い殻を
持つ生き物である。
ここでまず人は、その対象がフジツボであることに吃驚する
だろう。
しかし、吃驚には更にその先が有る。
作者の、フジツボに対する思い入れたるや、尋常なものでは
ないのである。
何せ、その髪飾りからイヤリング、その他、彼女の身の回りの
ありとあらゆるものにフジツボが自己主張をしているのである。
そんな彼女と一般人が初めて出会った時の驚きを上手くまとめて
くれたのが、著者の担当編集者の手によるこちらのミニエッセイ
である。
歩く全身フジツボ図鑑の異名を取る彼女ではあるが、岩波書店の
ホームページで紹介されている彼女の写真は、楚々とした和服美人
なのだから、そのギャップたるや!
だが、外見に囚われて本質を見誤ってはいけない。
なにせ、この美人の趣味は、
「泥だらけになって干潟の生物観察にいそしむこと,
フジツボ関連グッズ(博物画,古書,化石など)の蒐集」
なのだから(笑)。
なんにせよ…。
そこまで思い入れが出来るものに出会えた人は、幸せである
ことは間違いない。
もっとも、出会ったのではなく、見つけた、といった方が
より正確なんだろうけれど。
何せ、フジツボがそうした思い入れの対象になるのである。
その気になれば、誰しも自分の身辺に自分が感情移入できる
何かを探すことが、出来ない筈は無いのだ。
そうしたものを探し出す努力もせず、いつか出会うかも知れない
本当の自分を探して(実は、ただ座して)いる人がもしいれば。
今からでも、遅くは無い。
是非、この本を手にとって欲しい。
そして、この本の作成に彼女が、あるいは彼女の周りの人々が
傾注した労苦の重さを、更にはその労苦をも厭わなくさせる程の、
魅力溢れるモノに出会えた作者の喜びを知ってほしい。
そして、是非。
自分なりの北極星を探し出して、それに自分の思いを惜しみなく
注ぎ込んで欲しい。と思う。
ところで皆さんは、フジツボが何の仲間かご存知だろうか?
あの外殻の形状から、誰しも貝の仲間と思い勝ちだろうが、
何を隠そう彼はエビカニの仲間、すなわち甲殻類なのである。
フジツボは、移動できない。
一度岩場に張り付いたら、一生涯をそこで過ごす。
その一念たるや、石の上にも三年どころではない。
何せ、長生きするフジツボには、齢50年を数えるものも
いるとのことだから。
彼は、雌雄同体である。つまり、アシュラ男爵である(笑)。
それでも、生の多様性を確保するために、自家生殖はまず行わない。
長い生殖器を差し出して、近隣のフジツボに指し込み、生殖する。
その習性が故、フジツボは密集して根付くことを好む。
それはそうだ。
一人孤高を気取っていても、永遠に誰の傍にも歩み寄ることは
出来ないのだから。
受精卵は、大事にフジツボの体内に溜め込まれる。
やがて、孵化の時を迎えた卵は、海中へノープリウスと呼ばれる
幼生の形態をとって飛び出していく。
新たな、外界を目指して。
ノープリウスは、やがてキプリスと呼ばれる形態へと変態し、
付着する海底を探して旅を続ける。
やがて、仲間の出す化学物質を頼りに定着先を決めると、そこの
岩場に付着した後は、あの御馴染みの形態へとまた変態する。
このサイクルがフジツボの一生となるが、実に示唆に富む生涯
である。
そこから何を学び、何を冷笑するかは読み手の心それぞれで
あろうが、はっきりしているのは誰もが見向きもしなかった
こうした生き物にさえ、これほど多様な生命相を持ち、懸命に
生きている、ということだ。
そして。
そのことに気がつくことが出来れば、もう人生の辞書から
退屈と言う二字は永久追放することも可能となるだろう。
さて、あなたは。
あなたにとってのフジツボを、無事探し当てられているか?
もう探し当てているよ、というあなた。
あなたの、そのものに対する愛は、このようなホームページを、
そして本を造るほどのものか?
是非、このホームページは見て欲しい。
そして、そこに籠められた作者の思いの一片なりと、感じて
いただきたい。
何せ、フジツボに関することは、何でも盛り込みたくて。
ページの端に、パラパラマンガまで書いてしまう程なのだ。
※ その辺り、こちら(shigeさんの雑記帳)で見る
ことが出来ます。
ただ…。
他人事のように言っている場合では、無い。
僕にとってのフジツボは「活字」だが、彼女ほどの思い入れを
もって活字を愛してきただろうか?
そう思ったとき。
我と我が身の至らなさを、痛感する。
(この稿、了)
(付記)
そうしたフジツボだが、食材としてもなかなかいけるらしい。
なんでも、ウニと卵の中間のような、なんとも芳醇な味わいと
いうことである。
あの外見にめげず、食してみた人の日記を紹介しよう。
写真や動画がふんだんに盛り込まれており、見るだけでも楽しい
こと請け合いである。
(付記×2)
海辺で転んでフジツボの上にヒザを付いたら、フジツボの受精卵が
傷口から体内に入り、そこで繁殖を開始した…。
フジツボにまつわる有名な都市伝説である。
この真偽を知りたい方は、こちらへ。
このシリーズは、良作が多いらしい。
こちらも、お勧めとか。
ここにも、同じく熱い情熱を持った魂が一つ。
2009年6月 ¥1575
評者:中村桂子(JT生命誌研究館館長)
2009年7月5日 毎日新聞 今週の本棚より
サブタイトル:「偉大な」生物への思いあふれる不思議な本
※ この書評の原文は、こちらで読めます。
その対象が、何であるかはともかくとして。
誰でも、何かしら好きなものはあるだろう。
好きなものに対しては、人は誰しも。
もっと、触れたい。
もっと、知りたい。
もっと、感じたい。
もっと、分かり合いたい。
そうした思いを持っているだろう。
それでも…。
その思いの発露の度合いは、当然のことながら千差万別である。
何に、どれくらいの思い入れを持って感情移入するかで、
その度合いは変化していくだろうが、それでもその「何に」の部分が
この本の著者とシンクロする人は、そう多くはいないのではないか?
そう。
タイトルにも有るように、この本の著者 倉谷うらら氏は、
その思いを捧げる相手が「フジツボ」なのである。
あの海辺の岩場にへばり付いている、富士山のような固い殻を
持つ生き物である。
ここでまず人は、その対象がフジツボであることに吃驚する
だろう。
しかし、吃驚には更にその先が有る。
作者の、フジツボに対する思い入れたるや、尋常なものでは
ないのである。
何せ、その髪飾りからイヤリング、その他、彼女の身の回りの
ありとあらゆるものにフジツボが自己主張をしているのである。
そんな彼女と一般人が初めて出会った時の驚きを上手くまとめて
くれたのが、著者の担当編集者の手によるこちらのミニエッセイ
である。
歩く全身フジツボ図鑑の異名を取る彼女ではあるが、岩波書店の
ホームページで紹介されている彼女の写真は、楚々とした和服美人
なのだから、そのギャップたるや!
だが、外見に囚われて本質を見誤ってはいけない。
なにせ、この美人の趣味は、
「泥だらけになって干潟の生物観察にいそしむこと,
フジツボ関連グッズ(博物画,古書,化石など)の蒐集」
なのだから(笑)。
なんにせよ…。
そこまで思い入れが出来るものに出会えた人は、幸せである
ことは間違いない。
もっとも、出会ったのではなく、見つけた、といった方が
より正確なんだろうけれど。
何せ、フジツボがそうした思い入れの対象になるのである。
その気になれば、誰しも自分の身辺に自分が感情移入できる
何かを探すことが、出来ない筈は無いのだ。
そうしたものを探し出す努力もせず、いつか出会うかも知れない
本当の自分を探して(実は、ただ座して)いる人がもしいれば。
今からでも、遅くは無い。
是非、この本を手にとって欲しい。
そして、この本の作成に彼女が、あるいは彼女の周りの人々が
傾注した労苦の重さを、更にはその労苦をも厭わなくさせる程の、
魅力溢れるモノに出会えた作者の喜びを知ってほしい。
そして、是非。
自分なりの北極星を探し出して、それに自分の思いを惜しみなく
注ぎ込んで欲しい。と思う。
ところで皆さんは、フジツボが何の仲間かご存知だろうか?
あの外殻の形状から、誰しも貝の仲間と思い勝ちだろうが、
何を隠そう彼はエビカニの仲間、すなわち甲殻類なのである。
フジツボは、移動できない。
一度岩場に張り付いたら、一生涯をそこで過ごす。
その一念たるや、石の上にも三年どころではない。
何せ、長生きするフジツボには、齢50年を数えるものも
いるとのことだから。
彼は、雌雄同体である。つまり、アシュラ男爵である(笑)。
それでも、生の多様性を確保するために、自家生殖はまず行わない。
長い生殖器を差し出して、近隣のフジツボに指し込み、生殖する。
その習性が故、フジツボは密集して根付くことを好む。
それはそうだ。
一人孤高を気取っていても、永遠に誰の傍にも歩み寄ることは
出来ないのだから。
受精卵は、大事にフジツボの体内に溜め込まれる。
やがて、孵化の時を迎えた卵は、海中へノープリウスと呼ばれる
幼生の形態をとって飛び出していく。
新たな、外界を目指して。
ノープリウスは、やがてキプリスと呼ばれる形態へと変態し、
付着する海底を探して旅を続ける。
やがて、仲間の出す化学物質を頼りに定着先を決めると、そこの
岩場に付着した後は、あの御馴染みの形態へとまた変態する。
このサイクルがフジツボの一生となるが、実に示唆に富む生涯
である。
そこから何を学び、何を冷笑するかは読み手の心それぞれで
あろうが、はっきりしているのは誰もが見向きもしなかった
こうした生き物にさえ、これほど多様な生命相を持ち、懸命に
生きている、ということだ。
そして。
そのことに気がつくことが出来れば、もう人生の辞書から
退屈と言う二字は永久追放することも可能となるだろう。
さて、あなたは。
あなたにとってのフジツボを、無事探し当てられているか?
もう探し当てているよ、というあなた。
あなたの、そのものに対する愛は、このようなホームページを、
そして本を造るほどのものか?
是非、このホームページは見て欲しい。
そして、そこに籠められた作者の思いの一片なりと、感じて
いただきたい。
何せ、フジツボに関することは、何でも盛り込みたくて。
ページの端に、パラパラマンガまで書いてしまう程なのだ。
※ その辺り、こちら(shigeさんの雑記帳)で見る
ことが出来ます。
ただ…。
他人事のように言っている場合では、無い。
僕にとってのフジツボは「活字」だが、彼女ほどの思い入れを
もって活字を愛してきただろうか?
そう思ったとき。
我と我が身の至らなさを、痛感する。
(この稿、了)
(付記)
そうしたフジツボだが、食材としてもなかなかいけるらしい。
なんでも、ウニと卵の中間のような、なんとも芳醇な味わいと
いうことである。
あの外見にめげず、食してみた人の日記を紹介しよう。
写真や動画がふんだんに盛り込まれており、見るだけでも楽しい
こと請け合いである。
(付記×2)
海辺で転んでフジツボの上にヒザを付いたら、フジツボの受精卵が
傷口から体内に入り、そこで繁殖を開始した…。
フジツボにまつわる有名な都市伝説である。
この真偽を知りたい方は、こちらへ。
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