活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

女神記

2009-08-16 01:28:50 | 活字の海(書評の書評編)
著者:桐野夏生 (角川書店・1470円)
評者:池澤夏樹
書評サブタイトル:怨みという感情をつかさどるもの

※ この書評の原文は、こちらで読めます


先日、イザナミに関する記事を書いた後。
さて、今日は何を書こうかと、積読の新聞記事から適当にチョイス
したものが、イザナミを主人公としたこの「女神記」の書評だった。

これは、イザナミが僕に”私をもっと知れ!そして書け!”と、
のたもうているのか?(笑)


冗談はさておき。
人は、神という存在に何を求めるのだろうか。

唯一無二の絶対神?
あるいは。
超常力を有しながらも、人のオリジナルとして愛し、悩み、奪う存在?

各宗教によってその姿は異なるけれど、日本神話においては
神々は後者に属する。

そんなイザナギとイザナミの愛憎物語を書くことで、著者は
何を表現したかったのだろうか。

人は、誰かを愛さずにはいられない生き物である。
だが、愛は同じだけの強さを持つ憎しみにも変わりうる。

その変節は、どうして発生するのだろう。
結局、誰かを愛するということは、形を変えた憎しみという
ことなのだろうか。

感情の高まりという一点においてのみ、その性質を同じくすると
思われがちな二つのエモーションは、実は一皮剥けば同じもの
なのだとすれば、そこに救いはあるのだろうか。

そもそも。
人が他者に対して感情を高ぶらせるということは、どういうこと
なのか。

人が、誰かを想うとき。
実は、そこに自己を投影しているだけではないのか。

ならばこそ。
愛ゆえに亡き妻を追って冥界にまで降りて行ったイザナギは、
イザナミの変わり果てた姿に恐怖し、拒絶したのではないのか。

その身勝手な感情に対してイザナミも又。
お互いの世界の人間を殺すことを宣言し合う迄に、感情を激昂
させるのではないか。


正に。
僕達が、その暮らしの中で。
時に固執し、時に持て余し、時に癒される、この不可思議な
感情に、神々も又翻弄される。

その感情の昂(たか)ぶりを消し去るには、どうすればいいのか。
作者は、作中人物の口を借りて、そんな思いを述懐させる。

書評のモラルを守って、書評子はその顛末を語りはしない。

それでも。
書評子の以下の言葉が、著者の、そして書評子の思いを雄弁に
物語っている。

「イザナミは恐ろしい女神だが、彼女がいなければ生きることは
 らくだけれども温(ぬる)い、頼りないものになるだろう。」

結局。
どのような思いの形であれ。
そこまで感情を昂ぶらせることが出来る対象に出遭えたことこそが、
その人の人生に取って最大の収穫なのかもしれない。

それが自己愛だろうと、構うものか。
大切なことは、今、自分が相手のことをどう思い、どう感じているか。
それだけを、考えていればよい。

その感情に支配されることを恐れるあまりに封印してしまうことは、
人生の楽しみ、悦びをも封印するに等しい愚挙だ。

僕には、イザナギとイザナミの物語は、そのことを神々が身を以って
示してくれているように思える。

そして、書評子をして「女神は恐ろしいが、妥協なくこれを書ききった
作者も強いと思った。」と言わしめた著者もまた、その文で以って
読者に心の有り様というものを伝えている。

後は、それをどう受け止めるか。
読者の、宿題だ。

(この稿、了)
 

(付記)
敢えて、不満を述べさせていただけば…。
本書が、「女神記」であること。
感情に悩み、苦しむのは女性の特権でも無いと思うに…。

もっとも、著者は本書で紫式部文学賞を受賞した際のコメントとして、
「私がイザナキとイザナミの神話を選んだのは、女性の苦しみが
 描かれている最初の物語であるというのが理由。」
と語っている。
あくまで、女性から見た、女性の苦しみを描いた本という訳か。
だから、紫式部文学賞という訳か。

悔しければ、男性の目で見た、男性の苦しみを書いてみろ?
御意。
ということで、すごすごと退散(笑)。


女神記 (新・世界の神話)
桐野 夏生
角川グループパブリッシング

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それほど多く著者の作品を読み込んでいる訳ではないが、
本書は面白かった!
主人公の抱える闇が、実は特別なものでもなんでもなく、
その辺りにいくらでもあるものという感覚が、最後まで
離れなかった。
OUT 上 講談社文庫 き 32-3
桐野 夏生
講談社

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こちらは逆に、最後まできちんと引っ張りながら、
読後にすっきり感が無かった作品。
この不完全燃焼感は、一体。
柔らかな頬〈上〉 (文春文庫)
桐野 夏生
文藝春秋

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東電OL殺人事件に題材を得て、著者が起こした作。
本書については、またいつかきちんと改めて稿を起こしたい。
グロテスク〈上〉 (文春文庫)
桐野 夏生
文藝春秋

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