活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

想いを描き切る■KAGAYA監督トークショーinわかやま館(その7)

2011-12-10 00:49:20 | 宇宙の海

日時:平成23年8月20日(土) 午後2時~
場所:わかやま館1Fイベントホール
主催:みさと天文台友の会
テーマ:「星への憧れ-宇宙と神話の世界-」
画像提供:@j_pegasus(わかやま館元シアターディレクター村田氏)

<Atention>
 このレポートは、KAGAYA監督のトークショー、ならびにその前後に
 監督に対してブログ主が行った質問等を再構築しております。
 内容に関して事実と齟齬等有った場合には、その責は当然ながら
 全てブログ主に帰します。



■想いを描き切る

これまで、2回に渡って語ってきたKAGAYA監督の創作ポリシー。
これによって。

監督が作品の創作に際して、どれだけご自分の心の中の情景を忠実に
反映させるかということを、第一義に考えられていることを、伺い知る
ことができた。

では。
そのようにして生み出される様々な作品群は、どのようにして描かれて
いるのであろうか。


監督が、トークショーで語って戴けた話によれば。
現在の作画環境は、完全にディジタル化されたものとなっている。

昨今のPCの高性能化の恩恵もあって。
タブレットを使った作画でも、手描きの柔らかいタッチも出すことが
出来、絵筆を使った場合と全く変わらないクオリティに仕上げることが
出来るのだそうだ。

※ KAGAYA監督のHP中に、タブレットに向かっている画像があります。
 (「KAGAYAさんの絵はいったいどうやって描かれているのですか?
  をクリックし、出てきたANSWER画面に貼りつけられています。
  なお、スタジオの雰囲気は少し前の時のようです。
  今の制作デスクの周りは、姫神さんのブログにUPされていた
  こちらの画像がトークショーでも紹介されたものとより近しいかと…)

もっとも、監督もプロのイラストレーターとして活動を開始し始めた
当初から、コンピューターを導入していた訳ではない。

KAGAYAスタジオ内にある監督のプロフィールによれば、東京デザイナー
学院グラフィックデザイン科を卒業した1990年当時は、まだ絵筆による
作画を行なっていたようである。

その後、約5年を経て、コンピューターグラフィックスによる作画に
完全移行したというエピソードは、このプロフィールだけでなく、
こちらにある「something」というラジオ番組におけるKAGAYA監督の
インタビューの中でも、ご本人から語られている
ところである。

このインタビューの中では、コンピューター作画の利点についても
語られている。

詳しくは、上記のリンク先をお読みいただければと思うが、主たる
理由としてKAGAYA監督は

「自分の本当に描きたいものを、妥協せずに追求することができる」

という言葉で語っている。

前回まで紹介した、監督の制作に関するスタンスと同じ香りを、
この言葉にも感じることが出来る。


ただ…。
作画におけるこの言葉の意味合いは、受け止め方によって変わって
くるのではないだろうか?


確かに、CGでの描画の場合には、どのような変更であれ基本的には
的確なポイント設定さえしてあれば元に戻すことが可能である。

これは、絵筆を用いた場合にはあり得ないメリットであり、妥協を
嫌い、少しずつ出来栄えを確認しながら作画を極めていく監督の
スタイルにとっては、これ以上ないツールとなろう。


その一方で。
このことに連想して、記憶の底からポツリと浮かび上がってきた
情景が、僕にはある。


もう随分と昔のことであるが…。
僕は、大阪・梅田のアメリカ大使館近くにあった画材店が毎週金曜に
開催していたクロッキー教室に通っていたことがあった。
その時の、ことである。

描く対象は、女性のヌードモデル。
約2時間の教室の中で、先生の指示によって5分、10分、20分と
様々な単位で区切られた時間の枠の中でどれだけ意とするラインで
デッサンを書き起こすことが出来るのかが勝負だった。

特に短い時間のコマの場合には、その特徴が際立っていた。

何度もラインを引きたくなるが、そのような余裕はない。
ここぞ!と思って引く線が会心のラインを描けたときには、本当に
嬉しかった。

その記憶もあってか、僕は結構アナクロな技法での絵画も好きなので
ある。

もちろんKAGAYA監督の意図することも、自分なりによく分かる積りで
ある。

どちらが上といった類のものではなく、表現する技法が異なるだけ
とも言えるだろう。

目的地に到達する手段として、船旅と空の旅。そのどちらを選ぶか
といったところであろう。

同じ目的地を目指す旅でありながら、それぞれに求めるものは全く
異なる。
そういった類の差異でしかない。



ただ、これだけははっきりと言える。
監督がディジタルペインティングの手法を完成させたとされる、
1995年という時代のPCスペックやソフトウェアのレベルを思えば、
イラストを一枚仕上げるためにも、今とは比べ物にならないくらいの
労力を要したことは想像に難くない。

そうした時代の黎明期に、敢えて使い慣れた絵筆やエアブラシを捨て
タブレットとタッチペンに持ち替えた監督が、手法を確立したと自信を
もって言い切ることが出来るまでに費やした努力と時間は、生半なもの
ではなかったであろうと言うことである。


おそらくは、既に監督はMacを使われていたと思うが。
その製品でいえば Macintosh LC 575 の頃である。

Windowsが、ようやくMacの後を追うようにGUIを拡充したOSである
Windows95をリリースしたあの時代。

Macの持つGUIの先進性は、確かに群を抜いていた。
それでも。
上述した Macintosh LC 575 のCPUパワーは、わずか33MHzである。
その今となってはあまりにも貧弱なスペックで、果たしてどこまでの
ペインティングが出来るのか。

ネットで検索する限り、1995年当時の監督の作品を見つけることは
出来なかったが、1997年以降の作品群はわかやま館で上映した移動式
ドームシアターを運営しているアールクールのHPにて確認することが
可能である。


※ KAGAYA監督の講演会等でのみ限定販売される、「KAGAYA WORKS」
  という画集には全作品が網羅されているとのことなので、手描きの
  頃の絵もみることが出来るかもしれない。
  う~ん。わかやま館の時に、この情報を知っていればと後悔。

KAGAYA監督のHPの中で語られていた、歴代ハードウェアの紹介欄
においては、1997年以降にPower Mac 9600/300を使い始めたと
されているので、ひょっとしたら1995年当時はまだ他のマシン
(といっても、選択肢は他にはWindowsマシンか、98シリーズ
しかないのだが…)であったのかも知れない。

ちなみに。
こちらのページでは、歴代MACの写真を一気に45枚もまとめて掲載
されている。
これを見ると、ジョブズ以前~ジョブズ無き時代~ジョブズ再臨後
のMACの変遷がよく分かる。

明確な感性のベクトルを持ち、それを製品に厳格に適用できるTOPの
存在が、ここまで色濃く製品の出来栄えに影響するのである。

それ故に。
今また、ジョブズが去ったアップルの今後が、とても不安にもなる
のである…。


閑話休題。

このようにして、KAGAYA監督は「銀河鉄道の夜」を含む、数多の
作品たちを生み出してきた。

それによって、監督がどのような思いをもって作品と対峙して
いるのかをうかがい知ることが出来たが。

ここからは、そうした作品を生み出すための前準備。
そう。
宮沢賢治の故郷。花巻へのフィールドワークへと話が進んでいく。


(あの…まだトークショー始まって約10分くらいのところ
 なのですが…と内心思いつつ。 この稿、続く)



先に紹介した「KAGAYA WORKS」は講演会会場でした入手できないが、
こちらの画集はAMAZONからでも購入できます。


画集 銀河鉄道の夜
クリエーター情報なし
河出書房新社


セレスティアル・エクスプローリング
クリエーター情報なし
河出書房新社


スターリーテイルズ
クリエーター情報なし
河出書房新社

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