(名古屋市)中川区史跡-1-
2025年5月4日(日)、愛知ウォーキング城巡りクラブ(AWC) 「前田利家生誕地・尾張荒子城址と中川区の城趾」へ行ってきました。 講師は、七種英康先生です。その様子を、3回にわたって紹介しています。今日はその第1回。
今回紹介するところです。
出発はあおなみ線荒子駅。GWなので、あおなみ線は親子連れで満員でした。
海抜0.5m。いつも土地の高さに着目するのが七種先生のグループの特長の一つです。
駅前には利家とまつ。
まつは利家と結婚したのが数えで12歳。
誕生地については、津島街道・萱津 -4- をご覧ください。
そして、やんちゃでイケメンの様子が表現されている利家。
この略年表は https://bushoolife.com/maedatosiie/ からお借りしました。
しかし、スタートは池田恒興です。
なんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)が街路樹として使われています。
池田屋敷跡 (伝 池田恒興生誕地)
説明です。
池田氏の系図です。
出典 「戦国時代と池田家の成立」という講演会の資料です。
https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1232713/kouen_siryou.pdf
池田恒興(1536~84)の活躍
・ 織田信長の乳兄弟(母養徳院が信長の乳母)
・ 摂津有岡城・花隈城攻め 天正7年(1579)
・ 山崎の戦いで羽柴秀吉に味方
・ 清洲会議のメンバーに
・ 賤ヶ岳の戦い後 摂津から尾張へ国替え
・ 小牧・長久手の戦いで討ち死に 天正12年(1584)4月9日
恒興討死については、長久手FWへ行ってきました -1- をご覧ください。
次男の輝政は、天正元年(1573年)、母方の伯父・荒尾善久の養子となり木田城主となっています。
天正12年(1584年)、小牧・長久手の戦いにおいて、父の恒興と兄の元助が討死したため、呼び戻されて家督を相続し、美濃大垣城主13万石を、翌年には岐阜城主となりました。
そして、後に姫路城主となるのです。運命ですね・・・・
恒興の屋敷跡は、あくまでも伝承なのでこの程度にしておきます。
西へ向かって歩くと・・・
荒子観音
以前にも紹介した四観音の一つです。
笠寺観音については 愛知の街道を行く シリーズ1「鳴海宿」-5-
甚目寺観音については 津島街道・萱津 -3-
尾張名所図会(1844)にある「荒子観音寺」
出典 https://owari-nagoya55.hatenablog.com/entry/2024/03/10/000000
裏口から入りました。いわゆる市が開かれています。
弁財天です。
前田利家生誕地の旗が目立ちます。
荒子観音寺東隣に隣接する宮窓 神明社
山門です。
多宝塔です。
説明をお読みください。
本堂です。
円空の像がありました。
六角堂です。
桐紋です。
長くなりました。
明日に続きます。明日は円空仏です。
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