「こういち先生。これ、お願い」
「ああ」
速水が呼び止められ、小さい手から託されたのは、カボチャ型の小物入れだ。オレンジ2階には手術室に行く1階の『救命救急センター』の医師たちがよく歩いている。普段から、子どもたちに声を掛けられることが多い彼らだったが、近頃は大きいのからちっちゃいのまで、通るたび呼び止められて、カボチャ型の小物入れを渡される。
どうやら、子どもたちの中で、カボチャ型の小物入れに願い事を書いて入れて、1階の医師に渡すと叶うらしい。という、噂が広がっているようだ。
和泉などは預かったメモの、あまりにあまりな願い事に、呆れたり、唸ったりするのもしばしばだった。速水は緊急手術に向かう忙しいときに…と、思うことも多かったが、日頃からイベントなどで2階との交流が多いため、邪険にあしらうことはなかった。
もちろん、速水晃一こと、『救命救急センター部長』も??を顔に浮かべながら、手渡されたカボチャを手にして、部長室に戻った。何気なくデスクにぽいっと置こうとして、彼はうんざりした。机上にはすでに、たくさんのカボチャが並んでいる。お気に入りのドクターヘリ模型の横にも、大小いくつものカボチャがあった。いつの間にか、殺風景な部屋がすっかりハロウィーン仕様になっていた。
「それにしても、なんでカボチャなんだ? しかも、お願い手紙入りだし、わかんねぇー」
とぼやきつつ、速水は机におけなくなったカボチャたちを応接テーブルに並べた。
そんなある日。オレンジ一階に様々な機材を納品している医療機器メーカーの営業マンがやって来た。そろそろ来年度の備品計画を立てる時期なので、来春新発売になる医療器具のカタログを、速水に届けに来たのだ。
「もうすぐハロウィーンですね。院内のあちこちにジャック・ザ・ラタンが飾ってありました」
「ああ。特に2階は凄いぞ。カボチャだらけだ。しかも、通るたびに、チビどもからお願いってカボチャを渡されるから、この有様だ。ハロウィーンのあとはクリスマスだぞ。いい加減にしW欲しいと思わないか?」
速水はカボチャの一つを指ではじきながら、笑った。
「大人はそうかもしれませんが、子どもは長い入院で退屈でしょうから、小児科ではいろいろな工夫をされているのでしょう」
「まあな。2階が何をしようが関係ないはずなんだが、なぜかこっちも駆り出されるから大変なんだ。ところで、ハロウィーンでお願い事ってあるのか?」
速水はちょっと気になっていたことを、世間に詳しそうな営業マンに尋ねた。
「…それは、あまり聞きませんが」
「だよな。なのに、なんでチビどもは一階の俺たちにだけ、このカボチャを渡すんだ…」
速水は首を捻りつつ、子どもたちのお願いメモを広げて見せた。
早く元気になれますように。
お父さんが会いに来てくれますように。
ケーキをいっぱい食べたい。
……。
短いが、彼らにとって大切な願いごとが書いてあった。
「あいつら、クリスマスと勘違いしていないか?」
速水は苦笑した。だが、速水も勘違いしている。願いごとをするのは七夕であって、クリスマスのお願いは『欲しい物』をサンタさんに頼むのだ。
「……おばけが出ませんように、って可愛いですね」
「ああ。それは多分、一日限定のお化け屋敷のことだろう」
「ああ」
速水が呼び止められ、小さい手から託されたのは、カボチャ型の小物入れだ。オレンジ2階には手術室に行く1階の『救命救急センター』の医師たちがよく歩いている。普段から、子どもたちに声を掛けられることが多い彼らだったが、近頃は大きいのからちっちゃいのまで、通るたび呼び止められて、カボチャ型の小物入れを渡される。
どうやら、子どもたちの中で、カボチャ型の小物入れに願い事を書いて入れて、1階の医師に渡すと叶うらしい。という、噂が広がっているようだ。
和泉などは預かったメモの、あまりにあまりな願い事に、呆れたり、唸ったりするのもしばしばだった。速水は緊急手術に向かう忙しいときに…と、思うことも多かったが、日頃からイベントなどで2階との交流が多いため、邪険にあしらうことはなかった。
もちろん、速水晃一こと、『救命救急センター部長』も??を顔に浮かべながら、手渡されたカボチャを手にして、部長室に戻った。何気なくデスクにぽいっと置こうとして、彼はうんざりした。机上にはすでに、たくさんのカボチャが並んでいる。お気に入りのドクターヘリ模型の横にも、大小いくつものカボチャがあった。いつの間にか、殺風景な部屋がすっかりハロウィーン仕様になっていた。
「それにしても、なんでカボチャなんだ? しかも、お願い手紙入りだし、わかんねぇー」
とぼやきつつ、速水は机におけなくなったカボチャたちを応接テーブルに並べた。
そんなある日。オレンジ一階に様々な機材を納品している医療機器メーカーの営業マンがやって来た。そろそろ来年度の備品計画を立てる時期なので、来春新発売になる医療器具のカタログを、速水に届けに来たのだ。
「もうすぐハロウィーンですね。院内のあちこちにジャック・ザ・ラタンが飾ってありました」
「ああ。特に2階は凄いぞ。カボチャだらけだ。しかも、通るたびに、チビどもからお願いってカボチャを渡されるから、この有様だ。ハロウィーンのあとはクリスマスだぞ。いい加減にしW欲しいと思わないか?」
速水はカボチャの一つを指ではじきながら、笑った。
「大人はそうかもしれませんが、子どもは長い入院で退屈でしょうから、小児科ではいろいろな工夫をされているのでしょう」
「まあな。2階が何をしようが関係ないはずなんだが、なぜかこっちも駆り出されるから大変なんだ。ところで、ハロウィーンでお願い事ってあるのか?」
速水はちょっと気になっていたことを、世間に詳しそうな営業マンに尋ねた。
「…それは、あまり聞きませんが」
「だよな。なのに、なんでチビどもは一階の俺たちにだけ、このカボチャを渡すんだ…」
速水は首を捻りつつ、子どもたちのお願いメモを広げて見せた。
早く元気になれますように。
お父さんが会いに来てくれますように。
ケーキをいっぱい食べたい。
……。
短いが、彼らにとって大切な願いごとが書いてあった。
「あいつら、クリスマスと勘違いしていないか?」
速水は苦笑した。だが、速水も勘違いしている。願いごとをするのは七夕であって、クリスマスのお願いは『欲しい物』をサンタさんに頼むのだ。
「……おばけが出ませんように、って可愛いですね」
「ああ。それは多分、一日限定のお化け屋敷のことだろう」
毎年、医学部のボランティアの学生が中心となって、一日限定のハロウィーン仕様の迷路を作り、入院中の子どもたちを招待している。なのに、なぜか速水はドラキュラ役で毎回、駆り出されている。ちなみに、駆り出されるのは、田口もだ。しかも、田口は毎回、赤ずきんちゃんに変装させられて、迷路の出口でお菓子を配る役だったりする。
「この『ななちゃんに会いたい』というのは切ないですね」
多くの病院を回る営業マンでも、転院した友達か。退院した友達に会いたいのだと思うと辛くなるのは、小児科の現状をよく知っているからだ。
「…ななちゃん。そんな子、2階にいたか?」
2階の子どもたちのことをよく知っている速水は、首を捻りつつ、ななという名前を何度が繰り返した。そして、
「…ああ。ななは桜もちに入院している子象の名前だ。先月の動物愛護デーのイベントでうちに遊びに来て…。チビどもはめちゃくちゃ大騒ぎで、行灯の奴が半泣きになっていたっけ」
「…ゾウですか…」
突然のゾウ登場に、速水の信頼厚い彼が絶句した。それにしても、『菜々』という紛らわしい名前を動物につけるものだ。男女だけでなく、人か動物かの区別も難しくなっていると、彼は思った。(それは多分、オレンジと桜もち限定だと思う 田口談)
「菜々。可愛かったぞ。まだ小さいから、歩いていて鼻を踏みそうになったりしてな。生まれつき心臓が悪いのに、廊下をチビどもと一緒に走って、どっちの看護師も真っ青になって追いかけていた。何にしても、子どもは一緒だな。
菜々に会いたいのなら、桜もちと交渉してみるか。せっかくなら、牛や馬や羊なんかも連れて来たらいいかもな。もともと、あそこには珍しい生き物がいろいろいるからハロウィーンにはぴったりだと思わないか」
ひとりで納得する速水だったが、ゾウと羊と牛と馬は、ほとんどハロウィーンは関係ないのではと指摘できないのが、速水が速水である所以だったりする。どうやら、彼の中ではカボチャと動物たちがいれば、ハロウィーンらしい…。と、優秀な営業マンは頭の中にメモした。
ちなみに、ハロウィーンに関係する生き物は、魔女にカボチャにコウモリに狼男?にフランケンシュタイン?などである。
そして、子どもたちが勘違いした理由は、これまたハロウィーンがよく分かっていない田口が、“神様だけでなく、悪魔だって悪い奴ばかりじゃないと思うから、しっかり心を込めてお願いをしたら、かなえてくれると思うけどな”と言ったことだったりする。
この後、勘違い野郎の田口と速水のせいで、子どもたちは大喜びだが、病院はとんでもないことになってしまうとは、誰も予想できなかった。
「この『ななちゃんに会いたい』というのは切ないですね」
多くの病院を回る営業マンでも、転院した友達か。退院した友達に会いたいのだと思うと辛くなるのは、小児科の現状をよく知っているからだ。
「…ななちゃん。そんな子、2階にいたか?」
2階の子どもたちのことをよく知っている速水は、首を捻りつつ、ななという名前を何度が繰り返した。そして、
「…ああ。ななは桜もちに入院している子象の名前だ。先月の動物愛護デーのイベントでうちに遊びに来て…。チビどもはめちゃくちゃ大騒ぎで、行灯の奴が半泣きになっていたっけ」
「…ゾウですか…」
突然のゾウ登場に、速水の信頼厚い彼が絶句した。それにしても、『菜々』という紛らわしい名前を動物につけるものだ。男女だけでなく、人か動物かの区別も難しくなっていると、彼は思った。(それは多分、オレンジと桜もち限定だと思う 田口談)
「菜々。可愛かったぞ。まだ小さいから、歩いていて鼻を踏みそうになったりしてな。生まれつき心臓が悪いのに、廊下をチビどもと一緒に走って、どっちの看護師も真っ青になって追いかけていた。何にしても、子どもは一緒だな。
菜々に会いたいのなら、桜もちと交渉してみるか。せっかくなら、牛や馬や羊なんかも連れて来たらいいかもな。もともと、あそこには珍しい生き物がいろいろいるからハロウィーンにはぴったりだと思わないか」
ひとりで納得する速水だったが、ゾウと羊と牛と馬は、ほとんどハロウィーンは関係ないのではと指摘できないのが、速水が速水である所以だったりする。どうやら、彼の中ではカボチャと動物たちがいれば、ハロウィーンらしい…。と、優秀な営業マンは頭の中にメモした。
ちなみに、ハロウィーンに関係する生き物は、魔女にカボチャにコウモリに狼男?にフランケンシュタイン?などである。
そして、子どもたちが勘違いした理由は、これまたハロウィーンがよく分かっていない田口が、“神様だけでなく、悪魔だって悪い奴ばかりじゃないと思うから、しっかり心を込めてお願いをしたら、かなえてくれると思うけどな”と言ったことだったりする。
この後、勘違い野郎の田口と速水のせいで、子どもたちは大喜びだが、病院はとんでもないことになってしまうとは、誰も予想できなかった。