日々雑感

残りの人生 こころの趣くままに

辛い思いで

2021-01-17 | きいてきいて

「阪神・淡路大震災」から今日で26年経ちました。

子どもの頃から何度かの地震を経験し、それが昼間で
あったり、夜であったり、その都度姉妹たちは悲鳴を
あげ固まっていました。



その後、長い間経験しなかっただけに、あの大震災では
完全に「金縛り」状態になり、亭主ドンの呼ぶ声は
聞こえても立ち上がれない状態。奈良に居てもです。


神戸には入れず、豊中の独り暮らしの叔母や伊丹の
親戚にと手分けして後片付けに急ぎました。

以来 震災から---年と放送されても、あの修羅場は
薄まってくれない。鎮魂のルミナリエへも長らく
足が向かなかった。


これらに比べれば「コロナがなんだ!」と思えたが
今では「コロナ禍」への恨みも相当溜まっています。



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4 コメント

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消える事の無い恐怖 (sirousagi gamanoho)
2021-01-17 17:24:53
阪神淡路大震災では、身内、友人、知人の被災者も多く当日は電話が皆目通じず、本当に我が身が押しつぶされるような時間をすごしましたよ。
あれから26年!忘れたころではなく数年ごとにに襲う大災害
地球上で起こる原因を作っているのは我々人間?
深く病んでしまったこの「星」に遅まきながらでも
協力しましょう「SDGs」限りある資源の持続可能な開発目標を掲げて。
欲張りばあさんも欲張り爺さんも自分たちの子孫の存在のために。
コロナ禍の終息のためにも?!
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sirousagigamanohoさま (suri-riba)
2021-01-17 21:37:19
「災害は忘れた頃にやってくる」と言ったのは昔のこと。今では間断もなくつぎから次へとおしよせ、嫌になる。いい加減にしろよ!ナメルナヨ。といいたいところです。
明日からまた寒波、コロナをはじめ気を付けることがいっぱいあって頭が痛いね。
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Unknown (オールドレディー)
2021-01-18 11:17:59
あの大地震のときは津山に居ました。なぜかその日の朝はテレビは付けず。スイミングに行って見ると人が少ない。能天気な私はその時初めて知ったのです。
当時、明石に住んでいた弟夫婦と連絡が取れず慌てました。やっと無事を確認してホッとしたことを覚えています。家の中は冷蔵庫も食器棚もみんな倒れてめちゃくちゃだったそうです。
あれから26年。その間には2人の子どもは結婚、孫も生まれ平穏に暮らしていたようですが、その後、相次いで弟夫婦が亡くなり、マンションも売却。今では何もかも忘却の彼方へと、まるで夢幻のような気がします。
当地へ越して来た翌年の春に東日本大震災が。それもはや10年になります。「天災は忘れたころにやってくる」といいまが、もう二度と起きてほしくありませんね。
こたつの守りをしながら日々気楽に過ごせることを改めて感謝、感謝です。





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オールドレディさま (suri-riba)
2021-01-18 16:56:27
奈良でさえあの衝撃。明石ならすごかったでしょうね。火事さえ起こらなかったら・・と思ってもあの時期、あの時間では「火」は仕方なかったですね。
東北地震でももう絶望を味わい、日本にいる限り避けられない・・と悟るまで時間がかかりました。
あと東南海がせまっていますからそれまでに・・と思っていますけど。
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