飲兵衛の酔写アルバムPartⅡ

毎週1回月曜日に更新します

小国神社(渓流一宮川の紅葉)

2020-11-30 00:00:01 | 紅葉

浜松の東隣、周智郡森町一ノ宮の小国神社境内には
渓流一宮川が流れ、渓流沿いのモミジがこの時期紅葉
を迎えます。

今年は例年よりも紅葉が早く、飲兵衛が出かけた11月28日(土)
には紅葉も終わりかけていました。
先週がピークだったようで残念でした。

 

 

当日は川の流れも少なく、散ったモミジが川面一面に広がって
いました。

 

 

 

 

 

 

まるで水鏡の様。

 

この木はまだ散っていませんでした。

 

 

水面に映る紅葉は何時見てもSNS映えしますね。

 

 

 

 

例年ですとイチョウとモミジのコラボレーションが見られるのですが、
今年は終わってしまいました。

 

 

ワンちゃんをパチリ。

 

 


最後に河原で遊ぶとても可愛いお嬢ちゃんをパチリ。
念のため付き添いのお祖母さんにブログアップの許可
を貰いました。

 

 

 


アクトシティー浜松

2020-11-26 00:00:01 | 浜松アクトシティー&アクト通り

26年前の19994年に浜松駅北口東側にアクトシティー浜松が
造られ、浜松駅から2階の高さで動く歩道等の回廊で結ばれ
います。

飲兵衛地元の浜松駅前で、一眼レフを取り出して写真を撮
るのはどうも恥ずかしくて気後れしていましたが、
バブル時代の象徴(?)アクトシティーはあまり人通りも無く、
安心してパチリでき
ました。

アクトシティー回廊からパチリした浜松駅前広場です。

 

 

こちらは45階建てのアクトタワーです。
1998年に名古屋にJRセントラルタワーズが完成するまでは
中部地区で最も高いビルでした。
2020年の現在、静岡県では最も高いビルです。

 

 

 

 

ウイークデーの昼休にはお弁当を食べるOLで賑わいます。

 

 

 

 

アクト通り。

 

 

 

 

 

 

不景気なんですね~。
どこにも小銭は落ちていませんでした。
(涙・・・)




うなぎパイファクトリー

2020-11-23 00:00:01 | その他

飲兵衛、出張の折にお得意様への手土産に良く利用した
春華堂の「うなぎパイ」。
今では浜松を代表する銘菓になりました。

その「うなぎパイ」の工場が飲兵衛の家から車で20~30分程の
所にありますので、11月21日(土)に工場見学に出かけてみました。

駐車場から横の通路を通って、

 

 

 

 

こちらが入り口です。

 

 

焼きあがったパイが出てくるところを窓越しにパチリ。
残念ながら光の反射が写り込んでしまいました。

 

 

2階からパチリ!

 

 

出口のお土産やコーナーでは「うなぎパイ」以外にも
色々なお菓子が売られていました。

こちらは「うなぎサブレ」に「うなぎサブレチョコ」です。
飲兵衛サブレって知らないのでググってみました。
早い話がクッキーやビスケットの仲間の様ですね。

 

 

ファクトリー限定。
浜名湖で捕れた「しらす」をふんだんに使った「しらすパイ」です。
どんな味なんでしょうね?

 

 

ちなみに女房殿はこちらの「黒蜜まんじゅう」を買っていました。

 

 

さすがに「うなぎパイiPhoneケース」を買っている人は
いませんでした。

 

 

最後に、工場見学記念に貰った「うなぎパイミニ」です。
飲兵衛、甘いものは苦手なのですが「うなぎパイ」だけは平気。
美味しかったです~。

 

 


浜北森林公園の紅葉

2020-11-19 00:00:01 | 紅葉

このところ毎週の様にブログのネタ切れの飲兵衛です。
11月15日の日曜日に、しぶしぶ重い腰を上げて、浜北森林
公園へ紅葉を撮りに出かけました。

浜北森林公園は面積も広いうえに、上りや下りの山道ばかりで、
飲兵衛途中で足が張って痛くなり、加えて腰痛もぶり返して、
酷い目に合いました。
4日経った今でも足腰がガタガタで、
もうトホホホです。

それでは飲兵衛が足腰を痛めて撮った、汗と涙の紅葉をご覧
ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツタの葉も綺麗に紅葉しました。

 

 

これは何の実でしょうね?

 

 

山頂の駐車場から山道を下ると池がありました。
でも帰りの上り道がきつくて、池まで下りなければ良かったと
後悔しました。
(涙・・・)

 

 

 

 

池の横のキャンプ場が柵で囲まれていました。
何故だろう?

 

 

猪の進入を防ぐための柵だそうです。
熊は出ませんが、猪はしばしば出没するようで、
昨年猪に襲われて怪我をした人がいて、急遽この柵が
作られたとの事です。

 

 

こちらは猪が穿り返した跡のようです。

 

 

 


浜松カップ・フェスタサンバ2016

2020-11-16 00:00:01 | サンバ

今年は中止になりましたが、浜松で行われるイベントの中でも
大人気なのが毎年10月に開催されるフェスタサンバでしょうね。

飲兵衛、3年前にココログからgooブログに移りましたので
4年前のブログはもう見ることができません。
今回改めてフェスタ・サンバ2016をアップいたします。

例年サンバには東京や大阪から大勢のスケベ親爺&爺さんが押しかけ
来ます。
この連中のスケベ・パワーたるや尋常なものではありません。
温厚な地元民の飲兵衛など小突かれたり、
蹴飛ばされたりであっと
言う間に前列から弾き飛ばされてしまいます。

そのため思うような撮影場所が確保できず、いつも後方をウロウロ、
トホホホ
な思いをしながらパチリしてます。

残念ながらほとんどのチーム名は分らなくなりましたが、このチーム
だけ
は分りました。
滋賀県草加市より参加の「サンバチーム アクアレーラ」です。

 

 

 

 

 

 

目が合い、
純情な飲兵衛、思わず顔が赤くなりました。

 

 

 

 

続いて東京から参加のサンバチームです。
残念ながらチーム名は思い出しませんでした。

 

 

 

 

 

 

最後に地元浜松のサンバチームだと思うのですが?
やはりチーム名は分りませんでした。

 

 

 

 

 

 


浜松城(遠州女城主物語)

2020-11-12 00:00:01 | その他

桶狭間の戦いで今川が敗れた後、織田信長と同盟を結んだ松平元康は
名を徳川家康と改め、浜松に進出を始めました。

当時浜松は曳馬(ひくま)と呼ばれ、故飯尾乗龍の妻のお田鶴の方が
曳馬城(現在の浜松城)を治めていました。

 

 

家康の浜松進出に当たり、井伊谷(いいのや)の女城主井伊直虎は
井伊谷城を明け渡し家康に臣従しましたが、
お田鶴の方は、家康の軍門に下るを良しとせず、城の明け渡しを拒否。

城が欲しくば奪い取ってみよ!

お田鶴の方自らが防戦の指揮をとり、徳川勢と戦うも多勢に無勢で、
善戦むなしくついに城は陥落。

最期は緋威の鎧を着て長髪が乱れたお田鶴の方と侍女17人が長刀を
持って左右に並び、門を開けて突戦、全員壮絶な討死にを遂げたと
伝えられて
います。(『徳川伝記』)

 

 

その死を悲しんだ築山御前(お田鶴の方の従兄弟で家康の正妻)がお田鶴の方
を含む戦死者の遺骸を埋め百本あまりの椿の木を植えた塚を作りました。
それから何年か経った後に椿塚には一面に赤い椿の花が咲き、お田鶴の方は椿姫
と呼ばれる様になりました。

元浜町の椿塚の地には、お田鶴の方を祀った『椿姫観音』の祠が、徳川家康を
はばかって小さくひっそりと建てられ現在に至っています。

 

 

 

 

現在の浜松城から道路を挟んだ東の丘に、お田鶴の方が住んでいたかっての
曳馬城の本丸があります。
現在は元城東照宮が建てられています。

 

 

こちらは現在の浜松城。
石段を上がると、2014年に復元された天守門があります。

 

 

天守門を潜ると天守閣です。

 

 

浜松城天守閣。
1958年(昭和33年)に復元されました。

 

 

下からパチリ。
天守閣は約60年前に復元されたものですが、
石垣は築城当時のまま。
戦国時代を代表する、実用一点張りの荒々しい「野面積み」の
石垣です。

 

 

浜松城公園の木々も多少色付きだしました。

 

 

 

一部重複していますが、2018年12月20日投稿の「椿姫」(お田鶴の方)も
併せてご覧いただければ幸いです。
https://blog.goo.ne.jp/suishaalbum/c/7ed76ae8d9d9c43519cac6431e177885

 

 


早朝の有楽町

2020-11-09 00:00:01 | その他

5年前の2015年5月、日比谷公園前の帝国ホテルに2泊した
時のことです。
初日の早朝に目がパッチリと開いてしまい、これ以上眠れ
なくなってしまいました。

こちらが部屋の窓からパチリした朝6時半の銀座です。

 

 

JR山手線有楽町駅です。

 

 

朝食にはまだ早すぎるので、ホテルの周りをブラリと散歩
してみました。

早朝の有楽町、清掃員以外誰も見当たりません。

 

 

その昔、有楽町のガード下でお腹をすかしながら靴磨きをしていた汚い少女
を可哀想に思い、アンパンを恵んところ、シッポふりふり飲兵衛の後を付け
て来て、そのまま家に居ついてしまいました。
それが我が家の女房殿であります。
(嘘です~)

 

 

何と朝の6時50分に居酒屋が開いているではありませんか。
酒好きの飲兵衛でもさすがに早朝から飲む気にはなれませんね。

 

 

 

 

 

 

やっと人影が。

 

 

ところで前日の夜、銀座で夕食の後ホテルに戻ろうとすると、
ホテルの横のこの歩道を、約百名近くの白ずくめの衣装を着た
異様
な女性の集団が埋め尽くしていました。

リーダーらしき人の号令で一斉に立ったり座ったり。

これはカルト教団か!

あまりの異様さに、以前テレビで見たオーム真理教が頭をよぎりました。
一眼レフを首からぶら下げていた飲兵衛、写真を撮ったなどといちゃもん
をつけられたら大変、急いでその場を立ち去りました。

 

 

ホテルの人に聞いてみると、これは宝塚の私設ファンクラブで、
劇場から出てくる宝ジェンヌを見送っている「出待ち」だそうです。

お姉さんが大好きな飲兵衛、宝塚には興味深々だったのですが、
やはり宝塚は女の世界!
飲兵衛がスケベ顔して行くところでは無いと実感、
もうトホホホです。
(涙・・・)

 

 

 

 


八丁味噌

2020-11-05 00:00:01 | その他

浜松育ちの飲兵衛、親の家では味噌汁に八丁味噌をけっこう使っ
ていました。
ところが関東育ちの女房殿は、味噌汁といえば白味噌で八丁味噌は
全く使いません。
飲兵衛も八丁味噌にはそれ程拘らず、何時の間にか忘れていました。

ところがNHK朝ドラ「エール」で豊橋育ちの音さんが八丁味噌の
味噌汁を作っているのを見て、
俄然八丁味噌が懐かしく思い出されました。

何とか女房殿にも八丁味噌の良さを分って貰いたい!

そこで、すぐ物事に感化される女房殿を連れて、岡崎の八丁味噌
の蔵元「カクキュー」へ味噌蔵見学に出かけました。

 

 

 

 

今川義元の家来であった早川新六勝久は桶狭間の戦いで今川が敗れた後
武士をやめ名前も久右衛門と改め、岡崎の八丁村で味噌を作り始めました。
その後現在に至るまで、伝統製法で作る味噌を守り続けています。

 

 

カクキュー資料館では、八丁味噌の仕込場面を再現したレプリが
展示されていました。

 

 

こちらは数年前まで仕込みに使われていた大樽です。

 

 

懐かしい昭和のポスター!

 

 

 

 

こちらが味噌蔵。
扉を開けた瞬間八丁味噌の香りが鼻一杯に広がりました。
二夏二冬以上の間じっくりと熟成の時を待っています。

 

 

 

 

 

こちらは袋詰めのラインですが、休日のためは動いていませんでした。
窓の外からパチリ!

 

 

 

今回、飲兵衛の思惑は大当たり~!
見事「カクキュー」さんに感化された女房殿、あれほど毛嫌いしていた
八丁味噌をお土産コーナーで嬉々としてと買い込んでいました。
これで飲兵衛もやっと八丁味噌の味噌汁に・・・
もうウッシッシです。

 

 


彩虹眷村(再)

2020-11-02 00:00:01 | その他

飲兵衛の大好きな台湾。
色々思い出の場所がありますが、その中から昨年(2019年)1月に訪れた彩虹眷村を
再びアップしよと思います。

高鉄台中駅(台鉄新烏日駅)からタクシーで約15分の台中市春安路には、雑誌などで
も数多く取り上げられ近年人気急上昇の「彩虹眷村」があります。
ちなみに「眷村」とは軍人用の集合住宅です。

今から13年前にここに住む黄永阜爺さん(当時84才、現97才)が、村の家の壁などに
カラフルな絵を書き始め、それが話題になり一躍台中有数の観光ポットになりました。
家にも壁にも道路にもびっしりと絵が描かれています。
たった一人でこの絵を描き上げた黄爺さんのパワーには驚かされました。

この眷村は取り壊しが決まっていましたが、台中の新名所として保存される事になり
ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とっても元気!黄永阜お爺さん。
この時95歳ですから現在は97歳になります。

 

 

こちらの道具で鮮やかな「彩虹」を描き上げました。

 

ところで明日(11月3日)はアメリカの大統領選挙の日ですね。
台湾が大好な飲兵衛、中国の軍事的脅威から台湾を守っている積極派の
トランプさんに勝ってもらいたいのですが、
アメリカ国内には人種問題に対するトランプさんの態度にかなりの不満
もある様で、
はたしてアメリカ国民はどちらの候補を選ぶのでしょうね?