作者の主観をさしはさまず、読みやすい本だった。
ただし、いくつか疑問点がある。
1、麻生太郎議員が野中議員に差別的なことを言って一喝され、下を向いて何も言えなかった、というエピソードがあたかも事実であり、裏を取った話であるように書いてあるが、あのウィキペデイアでも本当かどうか分からないと、書いてあってこの作者が裏を取っているとは思えない。
麻生さんの総理大臣当時の快活な言動を見ても、そのような差別的言動を取るように思えないし、野中氏に一喝されて下を向くような人でもないと思う。
2、野中氏の若かりし頃、大阪の闇市で飲んでいた頃のエピソード。
売春やどの客引きの中年女性が、明日子供運動会で闇市で運動靴を買ってやりたい、そのためにお客を連れて行かなければならない、と必死の形相で野中氏と同僚の手を引く。
勤め先までついてきた客引きの女性に野中氏は、「わかった、あんたはウソをついとらん。もういっぺん引き返そう」
と言った。
野中氏と同僚の二人はバラック建ての売春宿に入った。
そこにいた女性は火傷だろうか、顔に深く傷を負って年のころも見当がつかないほどだった。
野中氏の同僚は、「あかん、あかん、こんなの」と帰ろうとした。
野中氏は「男やないで。いったん上がって、顔見て帰るなんて馬鹿なことできるか」
と同僚を止めた。
野中氏は女性に話しかけた。
「あんた気の毒な目にあわれたな。戦災でそうなったんとちがうか」
女性は戦時中の体験を語りだした。
野中氏は腰をすえて耳を傾けた。
「色々苦労してきたんやな。命があっただけでもよかったやないか。これから必ずいいことがあるからな」
最後にそういってお金を握らせた。
その後、野中氏の同僚はひょんなことからその女性と再会する。
女性は、そこにいない野中に両手を合わせて拝むようにしながらこう言った。
「あの人はきっと偉くなる。だって、私がこうやって毎日、あの人が出世してくれるように祈っているんだから」
この話を読んでいたのが、電車の中だったが涙が出てとまらなかった。
野中氏の男らしいいたわりの言葉。
それに恩義を感じた女性の健気で純朴な祈り。
だけれども、良く考えたらおかしい。
小学生の子供がいるくらいの若い女性が客引きをしていて、どうしてもお金がいるから、と男を職場まで追い
かけるというのが、なんとなく変ではないかと思う。
また、女性のところに男二人で押しかけるのがおかしい。
その女性はいっぺんに二人を相手にするわけも無く、これは裏を取ることは難しいだろうが、麻生元総理の
エピソードと同様ややリアリティに欠ける話だと思った。
追記(3/12)
それと巻末に作者と佐藤勝氏のけっこう長い対談が収録されている。
この本を書くにあたって色々苦しんだ事や、野中氏とその家族に対する謝意、またそうまでしても書かなければ
ならなかった著述家としての業、などについて色々佐藤氏に吐露している。
作者としたら、これが精一杯の野中氏に対する誠意のつもりなのかもしれないが、どうも言い訳にしか思えなく
て、取材対象者にどのように思われようとも作品の中でこのようなつけたしをするのは、著述家として様になら
ないと思った。
まあ、それほど重いデーまであり、取材対象だったということかもしれない。