(【ウィキの書き方】より抜粋)
ナ~スがくぅれば思いだすぅ~~♪
文字通りナースについての話です。
別にナスの御用邸で静養したときの話というわけではありません。
確かに仕事で郡山に住んでいたころ、那須にいったことはあるので思い出がないことはないですが・・・
のっけからカマしたのは、今回はあくまでも「オヤジ」に徹して記事を書く宣言です。
それと、深読みした方申し訳ありません。
写真は私がタツ年・名古屋生まれで、ドラゴンズファンなので「宇宙竜」を掲載したものです。
ナースなのはたまたま。。。かな?
でも、由来はそうらしいですね。じーさんのワイルド星人を守護する竜と言うことで。
この記事を書くのは、PCの斜め後ろの姿見に白衣のホログラフが立ち現れるような気がして。。。(背景の山は六甲山かなぁ。。。)
わがドラゴンズが北海道で難儀してるのに、いまさら阪神J~IGERSの追い上げを食らっては大変!
この記事を贈り物にすれば鎮まっていただけるかな、と。
私の忌まわしい思い出と、今年の阪神へ捧げるレクイエムにしたいと思います。
で、思い出話は後ほど書きますが、あらかじめ私のナースに対するイメージを語っておきます。あらぬ誤解をさけるため。。。
後述の手術体験もそうですが、今、「トシ」というより「胴囲」相応にわが身に宿している病気およびその因子の経過観察の医者通いを通して、ナースのみなさんの各種の笑顔には何度勇気づけられたかわかりません。
また、息子が骨折で一ヶ月入院したときも、やはりそうでした。
先日も私の検査入院の際、深夜にナースステーションを訪ねたとき、やつれそうなほどに真剣な(眠そうではない)表情で打ち合わせておられたのが、私に向かうとパッとなんともいえないスマイルに変わるのは、白衣の天使に相応しい崇高な職業であると敬愛の念をいっぱい抱いています。
施術をするのは医者かもしれないが、患者はナースの笑顔とともに元気を回復するのです。
感謝! 感謝!!
手術とかがなければ、医者などいなくても病院は成り立つのではないんじゃないかとホントーに思っているんです!!! っと。
これで後は姿見にお札を貼れば大丈夫かな?
私は、2回ほど開腹手術を受けています。切腹経験は小6と中3、多感な少年時代です。
肌どころかハラワタまで人前で晒したということでは、AV関連のかたよりぶっ飛んだ経歴を持っているような気もしないではありません。
小6のときは盲腸。
別にどうこうなく、フツーに手術を受けました。
ただ、好奇心旺盛で標準的な学力を持った私は、手術の手順と言うかそういったものはきちんと覚え、麻酔の名前がルンバールであること、その効き目がどこまで薄れてきたかを看護婦さん(当時はナースという言葉を知らなかった)がやさしく人指し指と中指の2本で体に触れて確かめてくれることなどを記憶しました。
さて、問題の中3の件です。
おかげさまで私は心身ともにさらなるまっとうな成長を遂げておりました。
とはいえ、今から思えば所詮中3ですが。。。
病名は定かではありません(開業医で治らないので、市民病院に行ったらサルモネラがなんとかで・・・と即刻切腹の沙汰がくだった)が、同じ下腹部でしたからそうは変わらないだろうと半ば安心しておりました。
ただ、私の状況理解力などは確実にトシ相応に発達していたのです。
このことが、今も私にキョーレツな印象を残す原因となってしまいました。
前段は手術です。(医師の思い出かもしれません。)
手術に先立ち、外科のエライ先生が両親になにやら話しておりました。
曰く、インターンを終了したばかりのセンセイの「初」執刀の案件にしたいから協力してくれとのこと。
理由は、病因がはっきりしていること、技術的な困難さはないが、さりとて安易な手術でなくOJTに最適であるというようなことだったと思います。
外科部長とここのエースの執刀医が脇につくからまったく問題ない、と。。。
両親は異存ない旨の一札を入れました。
手術室に行く前に下腹部の体毛を剃ってくれた(この時点で既に小6と違う)ちょっとご年配の看護婦さんが、すてきな笑顔で「心配しなくていいよ」ってな感じで気軽に送り出してくれたのをはっきりと覚えています。
さて、手術室。今でいえばイケメンのセンセイ。
付き添いの部長とエースがどちらかというと干からびた系の人だったので、若き頼もしいセンセイと思いました。
ところが。。。
麻酔は脊髄に注射するので、患者は手術台のうえで横になってひざを抱えるようにまるまって背筋を伸ばします。そのいくつめかの隙間に打ち込むのですが、これを何回も失敗された。。。
7回ぐらいしくじったのではないか?
結局、エースが引き取って注射してくれたのですが、あっという間に済んじゃった!
今も体力が落ちたときとかに雨が降ると、わずかにうずくような気がする。。。
その度にこの後に起こる「悪夢」がハロウィンのゾンビのようによみがえるのです。
アヤシイ。。。
手術中は顔に薄い布をかけられました。小6のときはそんなことはなく、ライトの枠に映る自分の腹部が出血で赤くなっているのをあっけらかんと見てたような気がする(途中で寝ちゃったかもしれないがよく覚えてません)。
今回は、さすがに中3ということでオトナに準じた扱いを配慮してくれたのかもしれません。しかし、結果的には残念なことにアゴを引いても伸ばしても、先生方の様子は判らず不安が増しただけでした。
いよいよ切腹ingとなりました。
ときおり意識が薄れるような気がするたびに、なんかわかるらしくカンフルとかいって寝かしてくれない。まるで江戸時代の水車の拷問じゃぁ~!
薄い意識の中で会話が聞こえる。。。
「このハクダクは膿でしょうか? 切除しましょうか?」
「きっ、キミ!それはいかんっ!」
アヤシイ×アヤシイ ぞっ。。。。。。
「仮面ライダー本郷猛は改造人間である」というフレーズと藤岡弘がもがいていたシーンが思い浮かびました。まさにそんなキモチじゃぁ~・・・
でも、全身どどーんという感じで動くはずもなく、どうしようもありません。もっとも、もがいたらさらに大変なことになってたでしょうが。
意気消沈している私の耳元で女性(手術室の中のかたもナースなのかはわかりませんが)が、「男の子ならしっかりしなさい!」とやさしく諭してくれる。。。
勇気を奮い起こして、無事手術は終わりました。
まぁ、がんばったといっても眠らずに市場のマグロ状態をキープしただけですが。
ただ、私の神経はこのうえなく刺激を受けて感度が高まっていたと思われます。
この後の「そのとき」に向けて着々と・・・
さて、寝台に載った私は手術室から出ました。
送り出してくれた看護婦さんが包み込むような笑顔で迎えてくれました。
開口一番、このうえない滑らかな口調で、
「ちゃんと、センセイにお礼を言わなくっちゃねぇ・・・」
「・・・・・・・!▲○●?☆×◎★??」
なんとか礼を言ったけど、執刀医はやつれていました。
さあ、ここから後段。ナースの思い出です。
2時間後・・・
大部屋に移って、病院の薄くて軽い(そのときは麻酔でわからない)布団にくるまってぼんやりしていた私のところに先ほどの看護婦さんが来て、もうすぐどれだけ麻酔がきれてきたか確かめに来ると言われました。
総毛だっていたような私の神経は、そのときまでにはなんとか落ち着きを取り戻し、同時に3年前の同じ覚醒状況確認の手順の記憶も取り戻しつつありました。
と、そのとき・・・
誰に断ったか知らないけれど、ナースがいっぱい部屋に入ってきて順次私のベッドを取り囲み始めるではありませんか。
衣服が真っ白なのは最後に来た先ほどの看護婦さんひとりだけ、相変わらず私にはにこにこと「安心していていいのよ」といわんばかりです。
後は、帽子の先っぽだけピンクが3人、全身ピンクは15人前後いたんではないでしょうか。
みなさん、やはりそれなりの研修をなさってきたとみえて、少なくとも私の前ではどの顔も自然な笑みにあふれていました。
とりわけ柔和な笑顔の白衣の看護婦さんがおもむろに引き締まった表情になり全員を見渡します。
これからどれだけ覚醒したかの確認の仕方をレクチャーするというのです。
ここでもOJTなんだ。。。
まず、バインダーを持ったピンクのナースの卵(?)たち全員に向かって、「今回施術された麻酔の名前は?」などと尋ねました。
回答者を指名したわけでもないので、誰も答えずにいました。
私は、みんなが黙っている空気を感じ、おせっかいなクセ(未だに治らないどころか酷くなってきた)が出てしまい、思わず「ルンバールだよね」と明快に答えてしまいました。
今なら、私とて指されるまで答えやしませんが、若かった。。。
白衣の看護婦さんは、再び私にニコッとしたうえで皮肉っぽくピンクのみなさんに「この子のほうがわかってるじゃないの」といいました。その意図はわかりません。
そのうえで、上半身は人差し指と中指の2本で乳首を挟むようにして、下半身は足指から感じ方を問診して覚醒状況を把握するんだと講義しました。
ピンクのみなさんは手許のバインダーを覗き込み、書き込みし、隣り合ったヒトと小声でざわざわしながらも、一生懸命聞き入っていました。
で、ひとしきり講義が終わって実習と相成り、「そのとき」を迎えるわけです。
そのときの私は布団で覆われていたし、浴衣のような手術時の衣服をまとっていましたが下半身ははだけています。ベッドに横になっていることとあわせAV関係のかたがお仕事の真っ最中であるのと基本的に同様のいでたちです。
まずは、乳首のところを優しく押さえられ感覚を尋ねられました。
その直後が、そのとき・・・
足先の感覚を確認するために看護婦さんはそっとではありますが、一気に布団をどけました。
受講者は相変わらずざわついていましたが、ワン・ノヴ・ザ・「ピンクのみなさん」が次のように発声したのが、たしかに私の耳に届いたのです!
かわいい
ムキダシにされたのは、カラダ以上に落ち着きを取り戻したはずの「神経」でした。
あのとき彼女の目に何がどう映り、どのように情報処理されて口をついた言葉かはわかりませんが、これにより麻酔が覚めるよりずっと前に、夥しい数のそれまで眠っていた私の感性が一気にショックで目覚めたように思います。
覚醒検査は続いたのですが、その後のことはあまりよく覚えていません。
その後、私はおかげさまでさらなる真っ当な成長を遂げ、オトナになり、就職し、ケッコンし家庭を持ち、今では多くの同世代の男性同様にマットウを突き抜けて、ピンクのみなさんひとりひとりの実験台になってあげてもいいと思えるぐらいのオヤジになりました。
今でも経過観察などで月に何度か病院に行きますが、ピンクのナース服を見かけると、そのたびにルビーのリングを探すのではなく、辺り全体にモザイクがかかったように思えるような後遺症が残ってしまっています。。。
とにもかくにも、ナースのみなさんのご活躍に感謝です。
みなさんに笑い飛ばしていただいて、この記憶を葬り去りたい!
阪神の襲撃も鎮まるといいなぁ。
レクイエムは、次のディスクを紹介します。

☆フォーレ レクイエム 作品38
(演奏 ミシェル コルボ/ローザンヌ管弦楽団 1992年録音)
フォーレはフランスの作曲家のなかで、もしかしたら最も好きな人かもしれない。
ドビュッシー・ラヴェルと比べて地味かもしれないが、私には少なくとも音楽史上同等の価値はあるように思われます。
ノクターンをはじめとするピアノ曲も数多く、ピアノ五重奏・四重奏曲各2曲、ヴァイオリン・ソナタ第一番などはいうに及ばず、あらゆる楽器用に編曲された「夢のあとに」「エレジー」「シシリエンヌ」、ハープでは「塔の中の王妃」、個人的にはイッサーリスが初録音したチェロとオルガンのためのロマンスなんていう曲もすばらしいし、このディスクにも収められている「ラシーヌの雅歌」! 文句なし。
これだけ揃っていて、ドビュッシーやラヴェルの後塵を拝するといわなければならない理由はないですよね。オルガンが使えるのは二人にない武器ですし。
なかでも、一番人気はやはりこの「レクイエム」なのかもしれません。
コルボにはこれ以前にも大変に人気のある一枚がありますが、私は後年のこちらの演奏のほうが数段深みが増していて、静謐かつ敬虔さにおいて大きく成長していると思います。
器楽・合唱ともに細心の気配りがなされている。それが、とても純度・密度の高い神への祈りにつながっている。
しかも、それでいて人肌の温かさ・ぬくもりを失っていないのが凄いと思います。
「楽園にて」がまさに悠久の楽園なんだと思える、死んだらこんな楽園に逝きたいもんです。
この演奏の前では、背筋を伸ばして手を胸の前に組み、頭を下げるしかない。
「ラシーヌの雅歌」もこの演奏が私には最もしっくり来ます。レクイエムに負けない名曲だと思うのでよければどうぞ。
他にも、
極彩色こてこてお化粧いっぱいショーピースの<デュトワ/モントリーール響>

すっきりさっぱり、洗練されながらもどこかひなびた
<ガーディナー/オルケストル・レヴォリューショナル・エ・ロマンティーク>
大定番、木管楽器の綾の魅力には抗えない<クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団>
と書き進んだところで。。。
ふぇぇぇ~~ん!!! んぎぃぁぁぁぁあ!!!
ドラゴンズのレクイエムになってしまったぁ!!!!!!!!!
そういえば私がラジオをつけた瞬間に同点にされ、以後それっきりになっちゃったなぁ。。。
私のせいだろうか? いや、供物が間に合わなかったから阪神の祟りだろうか?
こうなりゃ、いまからコルボの演奏を聴いて弔ってやるぅっ!!
ところで、頭は札幌と六甲山のどっちに向かって下げたらいいんだろう。。。
えぇぇぇぃ!。。。 ナース万歳!! 鎮まりたまえ! 南無阿弥陀仏っ!!
オヤジに徹するのはやめじゃぁぁぁ!!!
ナ~スがくぅれば思いだすぅ~~♪
文字通りナースについての話です。
別にナスの御用邸で静養したときの話というわけではありません。
確かに仕事で郡山に住んでいたころ、那須にいったことはあるので思い出がないことはないですが・・・
のっけからカマしたのは、今回はあくまでも「オヤジ」に徹して記事を書く宣言です。
それと、深読みした方申し訳ありません。
写真は私がタツ年・名古屋生まれで、ドラゴンズファンなので「宇宙竜」を掲載したものです。
ナースなのはたまたま。。。かな?
でも、由来はそうらしいですね。じーさんのワイルド星人を守護する竜と言うことで。
この記事を書くのは、PCの斜め後ろの姿見に白衣のホログラフが立ち現れるような気がして。。。(背景の山は六甲山かなぁ。。。)
わがドラゴンズが北海道で難儀してるのに、いまさら阪神J~IGERSの追い上げを食らっては大変!
この記事を贈り物にすれば鎮まっていただけるかな、と。
私の忌まわしい思い出と、今年の阪神へ捧げるレクイエムにしたいと思います。
で、思い出話は後ほど書きますが、あらかじめ私のナースに対するイメージを語っておきます。あらぬ誤解をさけるため。。。
後述の手術体験もそうですが、今、「トシ」というより「胴囲」相応にわが身に宿している病気およびその因子の経過観察の医者通いを通して、ナースのみなさんの各種の笑顔には何度勇気づけられたかわかりません。
また、息子が骨折で一ヶ月入院したときも、やはりそうでした。
先日も私の検査入院の際、深夜にナースステーションを訪ねたとき、やつれそうなほどに真剣な(眠そうではない)表情で打ち合わせておられたのが、私に向かうとパッとなんともいえないスマイルに変わるのは、白衣の天使に相応しい崇高な職業であると敬愛の念をいっぱい抱いています。
施術をするのは医者かもしれないが、患者はナースの笑顔とともに元気を回復するのです。
感謝! 感謝!!
手術とかがなければ、医者などいなくても病院は成り立つのではないんじゃないかとホントーに思っているんです!!! っと。
これで後は姿見にお札を貼れば大丈夫かな?
私は、2回ほど開腹手術を受けています。切腹経験は小6と中3、多感な少年時代です。
肌どころかハラワタまで人前で晒したということでは、AV関連のかたよりぶっ飛んだ経歴を持っているような気もしないではありません。
小6のときは盲腸。
別にどうこうなく、フツーに手術を受けました。
ただ、好奇心旺盛で標準的な学力を持った私は、手術の手順と言うかそういったものはきちんと覚え、麻酔の名前がルンバールであること、その効き目がどこまで薄れてきたかを看護婦さん(当時はナースという言葉を知らなかった)がやさしく人指し指と中指の2本で体に触れて確かめてくれることなどを記憶しました。
さて、問題の中3の件です。
おかげさまで私は心身ともにさらなるまっとうな成長を遂げておりました。
とはいえ、今から思えば所詮中3ですが。。。
病名は定かではありません(開業医で治らないので、市民病院に行ったらサルモネラがなんとかで・・・と即刻切腹の沙汰がくだった)が、同じ下腹部でしたからそうは変わらないだろうと半ば安心しておりました。
ただ、私の状況理解力などは確実にトシ相応に発達していたのです。
このことが、今も私にキョーレツな印象を残す原因となってしまいました。
前段は手術です。(医師の思い出かもしれません。)
手術に先立ち、外科のエライ先生が両親になにやら話しておりました。
曰く、インターンを終了したばかりのセンセイの「初」執刀の案件にしたいから協力してくれとのこと。
理由は、病因がはっきりしていること、技術的な困難さはないが、さりとて安易な手術でなくOJTに最適であるというようなことだったと思います。
外科部長とここのエースの執刀医が脇につくからまったく問題ない、と。。。
両親は異存ない旨の一札を入れました。
手術室に行く前に下腹部の体毛を剃ってくれた(この時点で既に小6と違う)ちょっとご年配の看護婦さんが、すてきな笑顔で「心配しなくていいよ」ってな感じで気軽に送り出してくれたのをはっきりと覚えています。
さて、手術室。今でいえばイケメンのセンセイ。
付き添いの部長とエースがどちらかというと干からびた系の人だったので、若き頼もしいセンセイと思いました。
ところが。。。
麻酔は脊髄に注射するので、患者は手術台のうえで横になってひざを抱えるようにまるまって背筋を伸ばします。そのいくつめかの隙間に打ち込むのですが、これを何回も失敗された。。。
7回ぐらいしくじったのではないか?
結局、エースが引き取って注射してくれたのですが、あっという間に済んじゃった!
今も体力が落ちたときとかに雨が降ると、わずかにうずくような気がする。。。
その度にこの後に起こる「悪夢」がハロウィンのゾンビのようによみがえるのです。
アヤシイ。。。
手術中は顔に薄い布をかけられました。小6のときはそんなことはなく、ライトの枠に映る自分の腹部が出血で赤くなっているのをあっけらかんと見てたような気がする(途中で寝ちゃったかもしれないがよく覚えてません)。
今回は、さすがに中3ということでオトナに準じた扱いを配慮してくれたのかもしれません。しかし、結果的には残念なことにアゴを引いても伸ばしても、先生方の様子は判らず不安が増しただけでした。
いよいよ切腹ingとなりました。
ときおり意識が薄れるような気がするたびに、なんかわかるらしくカンフルとかいって寝かしてくれない。まるで江戸時代の水車の拷問じゃぁ~!
薄い意識の中で会話が聞こえる。。。
「このハクダクは膿でしょうか? 切除しましょうか?」
「きっ、キミ!それはいかんっ!」
アヤシイ×アヤシイ ぞっ。。。。。。
「仮面ライダー本郷猛は改造人間である」というフレーズと藤岡弘がもがいていたシーンが思い浮かびました。まさにそんなキモチじゃぁ~・・・
でも、全身どどーんという感じで動くはずもなく、どうしようもありません。もっとも、もがいたらさらに大変なことになってたでしょうが。
意気消沈している私の耳元で女性(手術室の中のかたもナースなのかはわかりませんが)が、「男の子ならしっかりしなさい!」とやさしく諭してくれる。。。
勇気を奮い起こして、無事手術は終わりました。
まぁ、がんばったといっても眠らずに市場のマグロ状態をキープしただけですが。
ただ、私の神経はこのうえなく刺激を受けて感度が高まっていたと思われます。
この後の「そのとき」に向けて着々と・・・
さて、寝台に載った私は手術室から出ました。
送り出してくれた看護婦さんが包み込むような笑顔で迎えてくれました。
開口一番、このうえない滑らかな口調で、
「ちゃんと、センセイにお礼を言わなくっちゃねぇ・・・」
「・・・・・・・!▲○●?☆×◎★??」
なんとか礼を言ったけど、執刀医はやつれていました。
さあ、ここから後段。ナースの思い出です。
2時間後・・・
大部屋に移って、病院の薄くて軽い(そのときは麻酔でわからない)布団にくるまってぼんやりしていた私のところに先ほどの看護婦さんが来て、もうすぐどれだけ麻酔がきれてきたか確かめに来ると言われました。
総毛だっていたような私の神経は、そのときまでにはなんとか落ち着きを取り戻し、同時に3年前の同じ覚醒状況確認の手順の記憶も取り戻しつつありました。
と、そのとき・・・
誰に断ったか知らないけれど、ナースがいっぱい部屋に入ってきて順次私のベッドを取り囲み始めるではありませんか。
衣服が真っ白なのは最後に来た先ほどの看護婦さんひとりだけ、相変わらず私にはにこにこと「安心していていいのよ」といわんばかりです。
後は、帽子の先っぽだけピンクが3人、全身ピンクは15人前後いたんではないでしょうか。
みなさん、やはりそれなりの研修をなさってきたとみえて、少なくとも私の前ではどの顔も自然な笑みにあふれていました。
とりわけ柔和な笑顔の白衣の看護婦さんがおもむろに引き締まった表情になり全員を見渡します。
これからどれだけ覚醒したかの確認の仕方をレクチャーするというのです。
ここでもOJTなんだ。。。
まず、バインダーを持ったピンクのナースの卵(?)たち全員に向かって、「今回施術された麻酔の名前は?」などと尋ねました。
回答者を指名したわけでもないので、誰も答えずにいました。
私は、みんなが黙っている空気を感じ、おせっかいなクセ(未だに治らないどころか酷くなってきた)が出てしまい、思わず「ルンバールだよね」と明快に答えてしまいました。
今なら、私とて指されるまで答えやしませんが、若かった。。。
白衣の看護婦さんは、再び私にニコッとしたうえで皮肉っぽくピンクのみなさんに「この子のほうがわかってるじゃないの」といいました。その意図はわかりません。
そのうえで、上半身は人差し指と中指の2本で乳首を挟むようにして、下半身は足指から感じ方を問診して覚醒状況を把握するんだと講義しました。
ピンクのみなさんは手許のバインダーを覗き込み、書き込みし、隣り合ったヒトと小声でざわざわしながらも、一生懸命聞き入っていました。
で、ひとしきり講義が終わって実習と相成り、「そのとき」を迎えるわけです。
そのときの私は布団で覆われていたし、浴衣のような手術時の衣服をまとっていましたが下半身ははだけています。ベッドに横になっていることとあわせAV関係のかたがお仕事の真っ最中であるのと基本的に同様のいでたちです。
まずは、乳首のところを優しく押さえられ感覚を尋ねられました。
その直後が、そのとき・・・
足先の感覚を確認するために看護婦さんはそっとではありますが、一気に布団をどけました。
受講者は相変わらずざわついていましたが、ワン・ノヴ・ザ・「ピンクのみなさん」が次のように発声したのが、たしかに私の耳に届いたのです!
かわいい
ムキダシにされたのは、カラダ以上に落ち着きを取り戻したはずの「神経」でした。
あのとき彼女の目に何がどう映り、どのように情報処理されて口をついた言葉かはわかりませんが、これにより麻酔が覚めるよりずっと前に、夥しい数のそれまで眠っていた私の感性が一気にショックで目覚めたように思います。
覚醒検査は続いたのですが、その後のことはあまりよく覚えていません。
その後、私はおかげさまでさらなる真っ当な成長を遂げ、オトナになり、就職し、ケッコンし家庭を持ち、今では多くの同世代の男性同様にマットウを突き抜けて、ピンクのみなさんひとりひとりの実験台になってあげてもいいと思えるぐらいのオヤジになりました。
今でも経過観察などで月に何度か病院に行きますが、ピンクのナース服を見かけると、そのたびにルビーのリングを探すのではなく、辺り全体にモザイクがかかったように思えるような後遺症が残ってしまっています。。。
とにもかくにも、ナースのみなさんのご活躍に感謝です。
みなさんに笑い飛ばしていただいて、この記憶を葬り去りたい!
阪神の襲撃も鎮まるといいなぁ。
レクイエムは、次のディスクを紹介します。

☆フォーレ レクイエム 作品38
(演奏 ミシェル コルボ/ローザンヌ管弦楽団 1992年録音)
フォーレはフランスの作曲家のなかで、もしかしたら最も好きな人かもしれない。
ドビュッシー・ラヴェルと比べて地味かもしれないが、私には少なくとも音楽史上同等の価値はあるように思われます。
ノクターンをはじめとするピアノ曲も数多く、ピアノ五重奏・四重奏曲各2曲、ヴァイオリン・ソナタ第一番などはいうに及ばず、あらゆる楽器用に編曲された「夢のあとに」「エレジー」「シシリエンヌ」、ハープでは「塔の中の王妃」、個人的にはイッサーリスが初録音したチェロとオルガンのためのロマンスなんていう曲もすばらしいし、このディスクにも収められている「ラシーヌの雅歌」! 文句なし。
これだけ揃っていて、ドビュッシーやラヴェルの後塵を拝するといわなければならない理由はないですよね。オルガンが使えるのは二人にない武器ですし。
なかでも、一番人気はやはりこの「レクイエム」なのかもしれません。
コルボにはこれ以前にも大変に人気のある一枚がありますが、私は後年のこちらの演奏のほうが数段深みが増していて、静謐かつ敬虔さにおいて大きく成長していると思います。
器楽・合唱ともに細心の気配りがなされている。それが、とても純度・密度の高い神への祈りにつながっている。
しかも、それでいて人肌の温かさ・ぬくもりを失っていないのが凄いと思います。
「楽園にて」がまさに悠久の楽園なんだと思える、死んだらこんな楽園に逝きたいもんです。
この演奏の前では、背筋を伸ばして手を胸の前に組み、頭を下げるしかない。
「ラシーヌの雅歌」もこの演奏が私には最もしっくり来ます。レクイエムに負けない名曲だと思うのでよければどうぞ。
他にも、
極彩色こてこてお化粧いっぱいショーピースの<デュトワ/モントリーール響>

すっきりさっぱり、洗練されながらもどこかひなびた
<ガーディナー/オルケストル・レヴォリューショナル・エ・ロマンティーク>
大定番、木管楽器の綾の魅力には抗えない<クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団>
と書き進んだところで。。。
ふぇぇぇ~~ん!!! んぎぃぁぁぁぁあ!!!
ドラゴンズのレクイエムになってしまったぁ!!!!!!!!!
そういえば私がラジオをつけた瞬間に同点にされ、以後それっきりになっちゃったなぁ。。。
私のせいだろうか? いや、供物が間に合わなかったから阪神の祟りだろうか?
こうなりゃ、いまからコルボの演奏を聴いて弔ってやるぅっ!!
ところで、頭は札幌と六甲山のどっちに向かって下げたらいいんだろう。。。
えぇぇぇぃ!。。。 ナース万歳!! 鎮まりたまえ! 南無阿弥陀仏っ!!
オヤジに徹するのはやめじゃぁぁぁ!!!