過ごしやすい日が続いている。研究所のドアも窓も開けたまま。ときおり流れ込む風も心地よい。
久しぶりにNさんが訪ねてきた。いつもの元気な声。猫は警戒しているのか隅っこに陣取った。
Nさんは古いピアノを見つけて「弾かせて」と。頷くと「これ弾くと鳥が鳴くよ」とも。
軽やかなタッチに、古びたピアノが若返ったように唄いだした。
すると、窓に鳥の姿。本当に鳴き声が聞こえた。驚いた。いつの間にか、猫も寄って来た。
「調律したほうがいいかもね」と言いながら、Nさんはピアノ椅子からソファーに移った。
中学生のとき、Nさんと映画を観た。
次の日、教室に入ろうとすると、聞いたような曲が流れている。あ、昨日の・・・
Nさんは、昨日一緒に観た映画の曲を聞き覚えて弾いていたのだ。
耳がいいとはこういうことをいうのだと、つくづく感心したのを思い出した。
「あのね、手術受けなくちゃいけなくてね、しばらく会えないからさ」
びっくりして、でも平気をよそおって「そうなんだ」と言ってみた。
Nさんの手術は二度目。胸が締め付けられるようだ。
「調律しておくから、また、あの曲弾いてよ」とピアノを指差しながら言った。
いつの間にか、猫がピアノに乗っている。Nさんと目が合って、二人で笑った。