本日の講演は「虚構の人・井上光晴」と題して日大文理学部の紅野謙介教授。井上光晴の詩や作品から井上光晴の作品の成り立ちや見どころ、そして小説家自身の人となりを浮き上がらせてくれた。初めて聞く講演会であったがとても有意義であった。
その中で井上光晴の作家としての出発点は「書かれざる一章」であるが、小説かとしての画期は「ガダルカナル戦詩集」ということを教えてもらった。実は私は、「ガダルカナル戦詩集」については20歳の頃、読み切れずに途中で放り投げてしまっていた。
本日の講演を聞きながら、45年前の私が読むには読んだが、理解できないまま放り投げてしまった理由がわかったような気がした。戦争に雪崩を打って流れ込んだ思想や、敗戦間近の社会の思潮にどっぷりと浸かってしまった表現から、思想の課題を引き寄せようとする多視点の眼、というものに私が耐えられなかったのではないか、と思い至った。
そしてそれ以降の複数の視点で書かれた井上光晴の小説の方法が、皇国思想と左翼思想とを両極端に振れた作者自身の思想の相対化につながっているのかと思うようになった。そこに戦後の1950年代から1960年代の思想の捉えかえしを求められると思えた。なかなか示唆に富んだ講演だと感じた。
改めて「ガダルカナル戦詩集」を読みなおそうかと思った。