Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

千鳥ヶ淵・隅田川・代々木公園の桜

2015年03月30日 23時09分20秒 | 山行・旅行・散策
 本日は花見に行こうということで、東横線から乗ることのできるメトロの1日乗車券を購入し、九段下から桜田門までと、隅田川の浅草駅から桜橋までの往復、そして代々木公園の西門から原宿駅までを歩いた。途中東銀座駅で下車し昼食を取り、岩手県のアンテナショップ「岩手銀河プラザ」で若干の買い物もした。

               

 千鳥ヶ淵は予想以上に人出がすごかった。ここは過去にも3回ほど訪れたことがあるが、なかなか見事な桜を見ることが出来る。桜田門まではなかなか距離がある。お昼時だったので皆道ばたに座り込んでお弁当を食べる人もあり、賑わいはいつも以上だったように思う。

               

 東銀座駅でおりて昼食と買い物をしたのち、浅草駅まで行って桜橋までを往復した。千鳥ヶ淵と違って堤防の道は広いのだが、それでも千鳥ヶ淵以上に人が出ていた。しかし川沿いの広々としたところの桜は気持ちがいい。家族連れも多く、賑わっていた。桜橋の近くの長命寺の桜餅は店が開いていなかった。言問団子は一皿630円と云う値段と店の外まで並んでいる状況を見て断念。しかし堤防上で団子とお茶を300円でいただいた。



 代々木公園に着いた時はすでに暗くなってしまった。広い公園の中は若い人のグループや会社帰りのサラリーマンの宴会が始まり、喧騒そのもの。残念ながら足早に明治神宮前駅まで歩いた。

 明日は中目黒に行き、目黒川沿いの桜を見る予定。
  

行きたい「若冲と蕪村」(サントリー美術館)

2015年03月30日 02時38分19秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 リンクしてあるブログ「時には本の話でも‥」(サントリー美術館)の「若冲と蕪村-生誕三〇〇年、同い年の天才絵師」展の紹介がされている。開催を知っていたが、ここのところ慌ただしくてすっかり頭の中から消えていた。おかげさまで思い出した。
 若冲も蕪村もともに興味がある。蕪村は俳句よりも絵の方が本業という指摘もあるくらいだ。若冲と蕪村が同年齢ということは気がつかなかった。同時代性ということに着目して見比べるということはとても刺激的で惹かれる。

 サントリー美術館のホームページでは次のように記されている。
「正徳6年(1716)は、尾形光琳が亡くなり、伊藤若冲と与謝蕪村というふたりの天才絵師が誕生した、江戸時代の画壇にとってひとつの画期となりました。
伊藤若冲(享年85、1800年没)は、京都にある青物問屋の長男として生まれ、23歳の時に家業を継ぎますが、30代中頃には参禅して「若冲居士」の号を与えられ、40歳で隠居して絵を描くことに本格的に専念します。
一方、与謝蕪村(享年68、1783年没)は、大坂の農家に生まれ、20歳頃に江戸へ出て俳諧を学びます。27歳の時、俳諧の師匠の逝去を機に、北関東や東北地方をおよそ10年間遊歴します。その後40歳頃から京都へうつり俳諧と絵画のふたつの分野で活躍しました。
若冲は彩色鮮やかな花鳥図や動物を描いた水墨画を得意とし、蕪村は中国の文人画の技法による山水図や、簡単な筆遣いで俳句と絵が響き合う俳画を得意としていました。一見すると関連がないようですが、ふたりとも長崎から入ってきた中国・朝鮮絵画などを参考にしています。
本展覧会は、伊藤若冲と与謝蕪村の生誕300年を記念して開催するもので、若冲と蕪村の代表作品はもちろん、新出作品を紹介するとともに、同時代の関連作品を加えて展示し、人物、山水、花鳥などの共通するモチーフによって対比させながら、彼らが生きた18世紀の京都の活気あふれる様相の最も輝かしい一断面をご覧いただきます。」

 若冲はこのブログの管理人様に紹介されて私もファンになった。蕪村の俳句はいくつも知っていて好きだが、絵についての知識はほとんどない。蕪村の絵を一望できるということ自体が魅力ある企画である。
 どうも頭がパンクしそうな展覧会となりそう。ただし管理人様も指摘のとおり、羅列に終わってしまっては残念かもしれないが、鑑賞する方の理解力と鑑賞力が問われる企画なのだと思う。半ば恐ろしい企画でもある。
 展示替えがかなりあるらしい。前後期だけでなく複雑な展示替えである。せめて2回行かなくてはいけないみたいだ。