Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

晴れた寒い一日

2013年12月21日 22時24分41秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日午前中は退職者会の業務などを少しこなして、年明け早々の会計監査の準備をした。ニュースの原稿も手直し。この仕事は始めるとキリが無い。

 午後は久しぶりに新横浜駅の手前までの往復約12キロのコースを歩いた。冷たい風であったが、全身に汗をかきながら2時間15分ほどで歩いた。18000歩ほどになった。折り返し地点の公園で15分近く休んだので、時速6キロ位だろうか。
 夕方からの団地の管理組合の会議に出席後、食事をしに久しぶりに妻と近くの店におもむいた。

 一日の目標歩数にはあと2000歩ほど足りない。30分ほどしたら5000歩ほどのウォーキングに出かける予定。

 明日は午前中もう一度、下村観山展を横浜美術館で見るつもりにしている。前期の展示がおわり、後期の展示になっているはずだ。午後から、東京駅丸の内口のKITTEのクリスマスツリーを見に行くことにしている。クリスマスツリー、特別見たいとは思わないが、とりあえず年末の雰囲気を味わってみるのも悪くないかなと思っている。混雑がひどければ特に見たい展示もないので、そのまま帰ってくる予定である。

 明後日は一日中新しいパソコンの受け入れのための準備作業に追われそうだ。

 何故か訂正記事を投稿したら訂正にならずに訂正前と訂正後の記事が並んでしまった。スマホからだと時々操作でミスをしてしまうようだ。


けっこう揺れた

2013年12月21日 01時54分13秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 横浜は震度3。
 宮代町は最近も震度4の地震があったばかり。今回は深さ70キロ、マグニチュード5.3。結構深い。群発というようになるのも困る。これでおさまって欲しいものである。
 

 話は変わるが、先日の講座で「小泉首相の構造改革で建設業が打撃を受け、企業数もこれまでに半減、従事者数も半減しており、東北の震災復興に大きな打撃となっている」と指摘があった。予算が消化できず復旧に支障・遅れが生じているという。企業が手いっぱいで入札にかけても応じる企業がなかったり、工期内の竣工が困難な工事も多いという。
 公共投資の行き過ぎた抑制や、業界への一方的で偏見を煽った政治主導の攻撃、請負価格の強引な引き下げで賃金も下落した結果である。また技術系地方公務員の強引な人減らしで予算がついても企画・設計も検査も遅れているらしい。
 政治の貧困が被災を大きくし、復興を遅らせている。そして政治家は責任を取ることをしない。彼を選んだ人間もいまだに選んだことの問題点に気付いていない。気づこうともしない。
 その上に「オリンピック待望論・期待論」である。東京の施設再建という建設ラッシュ期待で、資本も建設業従事者も東北から東京へ吸い寄せられてゆく。賃金は東北よりも東京の方が高い。一層復興は遅れるという悪循環の構造が作られてしまった。
 東京の都市施設のバリアフリーをオリンピックを契機に加速するという、とんでもない議論がまかり通っている。オリンピックがなくてもバリアフリー化はしなくてはいけないのだ。しかも高齢化が進む地方こそ必要なのだ。
 大都会東京の奢りを煽った猪瀬とオリンピック推進派、一部のアスリートや無定見な「ファン」を利用した競技団体や政治家の責任こそ問いたいと思う。全共闘世代の面汚し猪瀬は退場したが、彼の民営化論は少子化・高齢化、過疎化の現実を無視したものであったと思う。上から人を見下す視点であったことに人は気付いて欲しいと思う。
 私はアスリートや若い人たちがオリンピックへの参加という夢を持つことを否定をしているのではない。今の段階で、彼らがオリンピックに参加できるならば参加費用・派遣費用、あるいは養成費を競技団体だけでなく国家が負担をすることについて、国民は異論はないと思っている。それに異議を唱えるものではない。逆に諸外国に出向くということは、若い人たちに対してとてもいい機会を提供することだと考えている。
 前には書いたが、「オリンピックに参加したい、観覧したい」ということと、「東京で開催する」ということは別のことである。
 私などは極論すると、発展途上国の都市基盤整備のために、オリンピックはいわゆる先進国で開催する必要はないと感じている。それこそ国際貢献としては、発展途上国でのオリンピックに日本経済は寄与すべきなのではないだろうか。
 もはやスポーツ施設の整備やオリンピック関連での交通網の整備、オリンピック向け宿泊施設整備で、少子高齢化が深刻な日本の経済の持続的な成長や維持は望めない。それ以外の方途が真剣に求められているのではないだろうか。政治家に真剣に議論してもらいたいものである。