大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎~ 相惚れ自惚れ方惚れ岡惚れ四 

2011年07月27日 | 縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎
 男も女も福の神に見放された、見捨てられた、見切れられた、福無し長屋と呼ばれている川瀬石町裏長屋の節は、女髪結いの友、一膳飯屋で働く竹を引き連れ、元大工町表長屋の呉服屋近江屋の妾の美代の元にいた。
 「それで、千吉さんがお節さんに好いてるって言ったのかい」。
 美代は半信半疑どころか、はなから節の言い分を信じちゃいない。「この色惚けが」。半ば馬鹿にしながら聞いている。
 「言われなくたって見てりゃあ解ろうってもんさ。思い起こせば、なにもあたしでなくても良い仕事も回してきててね」。
 節は、千吉が己に会いたいが故だと主張するが、美代は、「仕事がない節に気を遣ったんだろうよ」。口には出さないが、既にこの思い込みに飽き飽きとしていた。
 だが、先ほどから奥に座って黙っている友が急に、
 「お節さんは仕事も出来るし、器量良しだから」。
 取って付けたように節を持ち上げる。器量良し、美代も竹も友の八方美人ぶりに吹き出しそうになるのを堪えるのに懸命だった。
 友とて心からそう言ったのでないことは明らかだ。どう見ても三十手前とはいえ、節よりは一回りは若い己の方が自信がある。
 (早く帰っておくれな)。
 先程からずっとそう思っている美代だったが、この三人には、鶴二に言い寄られて難儀している時、心細い美代に付き添って貰ったことがあるので、そう無下にも出来ず困惑していた。
 だが、数日、夜だけ身を寄せていた三人ではあったが、それは酷い有様だったのだ。
 まず節はまったく動かずに、「あれ食べたい、これ食べたい」。美代の家の食べ物をありったけ食い尽くす勢いで、美代はその度に支度を整えなくてはならなかった。せめてもの礼にと当初は夕餉は用意する約束だったが、夜食も朝餉も食べる始末。しかも、自分の膳だけでは飽き足らず、「それ頂戴な」。と、美代の菜にまで箸を出す。
 竹は一膳飯屋で働いているだけあって、身のこなしは早く役には立つが、「あっ、また紙入れを忘れちまった」。一度も銭を持たずに現れ、「あれ買って」。飴売りや棒手振りの声には過敏で、必ず食い物を強請る。
 友は、大人しくしてはいるが一度腰を据えたら飾り物のように動かず、ただへらへらと人様の機嫌を伺ってはいるが、これがまた一癖あって何をどうしたいのか、「お竹さんは、お美代さんのことを嫌いなようだ」。にやにやしながら告げ口をしたりするのだ。
 「それでお節さんは、あたしにどうして欲しいのさ」。
 一刻も早く三人にお引き取り願いたい美代は、早口に切り出した。



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