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大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話90

2015年04月11日 | のしゃばりお紺の読売余話
〈余話〉
 「直次郎兄さんが心を入れ替えるなんて、わっちはどうにも信用出来ないがねぇ」。
 「まあ、そう言うねぇ。今は真っ当に働いているんだ」。
 「何時迄続くことやら。これまでだって奉公先を幾つしくじったことか。どうしても火消しになりたいって、お前さんに頼み込んだ時も、ひと回りも保たなかったじゃないかえ」。
 「今度ばかりは違うさ。あの時だって、一度は逃げ出したのに、火の中に戻って助け出してよぉ、そのまま背負ってお前ぇのとこに運び込んだじゃねえか」。
 「慌ててお医者に来て貰ったっけねえ。どんな気まぐれだったのやら」。
 「そっちは、でえじょうぶなのけ」。
 「ああ、口の堅い信用出来る先生ぇさ」。
 「お前ぇは、直次郎を信用してねえのけぇ。兄さんじゃねえか」。
 「よしとくれよ。あんな奴、兄さんなもんか」。
 「けどよ、生涯かけてお信に償うって言葉に嘘はねえとみたぜ。涙まで浮かべてよ、手えついて謝ったんだ。あっしはもぅ一辺だけ信じても良いと思うがね」。
 「そうやって何遍裏切られてきたことか」。
 「信じてみようじゃないけ。世の中そう捨てたもんじゃねえって、あっしは信じてえんで」。


〈第一巻 完〉


※長い間お付き合いくださいましてありがとうございます。「のしゃばりお紺の読売余話」第一部はこれにて終了です。次回は、新選組を予定しています。しばらくお待ちください。



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のしゃばりお紺の読売余話89

2015年04月09日 | のしゃばりお紺の読売余話
 朝太郎が差し出した読売には、火の粉をかいくぐって逃げる直次郎らしき男が桜花らき女を庇う姿が描かれ、「道行き」といった文字が踊っていた。
 「こう、これだよ。この男が直次だったよ」。
 「ああ、直次郎だ。親方が木挽屋で風体を聞き出してきたんだから間違いねえ」。
 「じゃあさ、直次郎が面倒を見ているのは、一体誰なのさ」。
 「さあて、人様の目を忍んで暮らしていかなくちゃならねえとなったら、決まってらあな」。
 朝太郎は、ふんと面倒臭そうに鼻を鳴らす。
 「おのぶ…まさか。いや、お信さんかえ」。
 お信は火事で死んだ筈である。よしんば生きていたとしてもお仕置きは免れない。
 「だから、だから。お仕置きを逃れる為に」。
 だが、だからといって直次郎が堅気になってまで面倒を見るものだろうか。
 「朝さん、あたしにはちっとも解せないよ。それに火消しの若頭まで絡んでいるんだ」。
 そう言い掛けてお紺は合点がいった。
 あの時、金次が木挽屋の二階に梯子を掛けてお信を救いに行った時、室内にお信以外の誰かも居たのだ。金次がお信を救い出したのなら、誰の目にも明らかであり、そのまま奉行所の役人に引き渡さなくてはならない。だが、燃え盛る室内から、脱出を試みたなら、あの騒ぎの中だ。人知れずどこかに隠すことも出来た筈だ。
 「朝さん、あたし分かったよ。あの火事の時、金次さんは中の誰かと話たんだ。だから金次さんが面倒を見ているのさ。そうか、そう。でも、直次郎はどうしてお信さんを」。
 「それが男と女ってなもんなんだろうな。お紺坊にゃ、分からねえだろうがな」。
 小娘扱いされてぷっと膨れるお紺。
 「でも惜しいよねぇ。こんな美談を読売に出来ないなんてさ」。
 女衒もどきの遊び人であった直次郎が心を入れ替え、己が苦界に沈めた病いの女の面倒を見ている。これだけで女共はこぞって読売を欲しがる筈だ。
 「ああ、惜しいかどうかは分からねえが、もう首を突っ込むんじゃねぜ。今度の火事は親方の文でかたが付いたからな」。
 「ねえ、朝さん。あたしはいつも何をしているんだろう」。
 走り回っている割には、一歩も二歩も出遅れ、ちっとも読売に貢献している気がしないと、神妙に膝を詰めるお紺に、「漸く気が付いたけぇ」と、返したものだから、朝太郎は頬が赤くなるくらいお紺にぶたれたのだった。
 「まあ、のしゃばりお紺なんだからよ。あちこち首を突っ込んでいるうちに、何がでえじで何がでえじじゃねえか分かってくるってもんよ」。
 「そうかねえ」。
 「ああそうさ。今は無駄だと思うことでも、ずっと後になって役に立つ」。
 朝太郎は赤く腫れた頬をなでながら頷くのだった。
 「なら、あたしもいつかは、おとっつあんみたいになれるかねぇ」。
 「ああ。精進しなよ」。
 「けどあたしは、おとっつあんみたいに、人様が殺められたって聞いたり、火事があったって知ったら飛び上がって喜ぶようなまねは出来そうにもないよ」。
 「だったらよ。そのことを繰り返さねえためにも、読売にして知って貰うのよ」。
 お紺はすっと立ち上がると晴れやかな顔で土間に下りた。そして油障子に手を掛ける。
 「おい、お紺。今度の一件には、もうのしゃばるばよ」。
 朝太郎の叫びのような声を背に受け、一歩踏み出すのだった。





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のしゃばりお紺の読売余話88

2015年04月07日 | のしゃばりお紺の読売余話
 そら始まったとお紺は独りごちた。人は自分より優れたところのある人をやっかむものなのだ。さしずめ、色男の働き者の亭主を持っているのが気に喰わないらしい。
 「そうだ、あんた。そのお峰ちゃんって人かも知れないなら、声を掛けてごらんよ。その人だったら、思い出すかも知れないよ」。
 「あたしがですか」。
 「そうさ、幼馴染みを探しているんだろ」。
 「ええ、まあ」。
 「じゃあ、百聞は一見にしかずだよ。自分の目で確かめてごらんな」。
 お紺は長屋の女房たちが遠巻きに見る中で、件の部屋の前に立った。何だか二階に上げられて梯子を外されたような気分である。
 「ご免なさいよ。あの、開けますよ。よろしいでしょうか」。
 「どなたさんで」。
 背後から低い男の声が聞こえ、お紺は伸ばしかけた手を引っ込めた。
 あれだけ囃し立てた女房たちは、我関せずとばかりに井戸端で野菜を洗ったり、自分のやさに戻ろうとしたり、お紺とは目を合わせようともしない。
 ゆっくりと振り返ると、成る程苦みばしった色男がそこにいた。窶れた頬に掛るほどけた鬢さえもが色気を感じる。直次こと直次郎に間違いないだろう。こんな男に情けをかけられたら、誰だって舞い上がってしまうだろうとお紺は思った。
 「ここはあっしのやさですがね。あんたさんはどちらさんで」。
 「これは申し訳ございません。あたしは人を捜していましてね」。
 人捜しと言った途端、直次の顔色が変わり、切れ長の一皮目に鈍い光が宿った。
 「前にここに住んでいたお峰ちゃんという人なんですが、何か知りませんか」。
 「お峰さんですか。あっしらは越して来たばかりなんで」。
 「そ、そうですか。失礼しました」。
 
 「全く胆を冷やしたよ」。
 お紺は、先程のあらましを朝太郎に話して聞かせていた。
 「んで、それが直次郎だとすると、女は桜花だって」。
 「だってそうとしか思えないじゃないか」。
 「そらあ違うな。桜花は、もう借宿で商売を始めてるぜ。何でも女郎に悋気されて火事騒ぎまで引き起こさせたってんで大層な繁盛振りだとよ」。
 「えっ、朝さん。何でそんなこと知っているのさ」。
 「お前ぇが下らねえことであくせくしている間によ、親方がちゃあんと調べて、ほれ、もう刷り上がってらあな。今頃は、あちこちで売りに出されてるぜ。お前ぇ、読売を売りに行かねえで、大目玉だぜ」。




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のしゃばりお紺の読売余話87

2015年04月05日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「ご亭主は、今はどちらへ」。
 「そこの湯屋の焚き付けをやっているよ。朝っぱらから夜まで良く働く亭主でねえ、暇を見付けちゃ戻って女房の飯の支度や廁に連れて行ったりと見上げたもんだよ」。
 だったら直次と直次郎は別人だろう。あの女衒にも劣る直次郎が、風呂炊きの仕事を真面目にする筈もない。いや、桜花の為なら…。
 お紺は暫しあらましを整理してみた。そうしなければ、お紺も混乱を来す展開なのだ。そこにお信を助け出せなかった金次が絡んでいる。
 (ああっ、ちっとも分からない)。
 「あのう、おかみさんの方ですがね、もしお峰ちゃんなら愛嬌のある丸顔なんですが」。
 「それがさ、顔に火傷を負っちまったってんで、手拭いで隠してるもんだから」。
 「あたいは見たことがあるよ。顔の火傷の痕はそうは目立たないけど、丸顔じゃなかったなあ。どちらかと言えば顎の張った顔だったねえ」。
 若い女房が口を挟む。
 「ならお峰ちゃんじゃないみたいだわね」。
 これでお紺が聞き込みをする理由がなくなった。これ以上詮索しては、こちらが疑われる。だが、一度口火を切った女房たちの噂話は尽きることはなく、新参者のお紺に自慢話を聞かせているようでもあった。
 「湯屋で聞いた話だけど、背中の火傷の痕が酷いらしいよ。それで仕舞湯を貰って亭主が入れているんだってさ」。
 「わっちも聞いた話だけど、訳ありの夫婦らしいよ。それで湯屋の焚き付けなんかやってるってさ」。
 「聞いた話だけど」。自分の逃げ場を確保して噂話や、悪口を言う、こういった人間はお紺は苦手であった。読売の為でなければ直ぐさまこの場を離れたい。
 「あのう、先程からここでこんなに噂話をしていちゃ、中に丸聞こえじゃないですか」。
 お紺は話の腰を折ったつもりだったが。
 「そんなら大丈夫さ」。
 「でも」。
 「お頭がいかれちまってるんだよ」。
 「あんたは本当に口が悪いねえ。お頭がいかれちまってるんじゃなくて、惚けになっちまってるんだよ」。
 「惚けになっちまったらお仕舞いさ。あんな良い亭主のことも覚えちゃいないのだから」。
 「勿体ない話だよ。あの亭主だったらあたしが変わりたいもんだよ」。





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のしゃばりお紺の読売余話86

2015年04月03日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「女房の名は解らないけど、亭主は直次っていってねえ。これがまた滅法界良い男っぷりなんだよ」。
 「直次。直次と」。
 直次郎に間違いない。お紺の読売で鍛えた勘がそう確信した。だったら今夜具に包まれているのは桜花なのだろうか。だったら辻褄が合うではないか。火事騒ぎの中、足抜けした桜花を匿う為に、こんな裏長屋にひっそりと暮らしていると。
 「だけどさあ、可哀想だよね。女房の方は、大やけどを負って、寝たきりってえ話じゃないか」。
 「やけどですか」。
 「ああ、何でも火事に巻き込まれたって話だよ」。
 「火事でやけど。何時、何時の火事でしょうか」。
 つい話を急ぎ過ぎた。こういう場合はゆっくりと向こうが話し始めるまで相槌だけで待つのが得策と、父の庄吉から教わっていたが、聞かずにはいられなかったのだ。
 ふと、女房どもの目に疑りの光が宿る。
 「あんた、どうしてそんなことを知りたいのさ」。
 「いえ、つい先達てもこの近くで火事があったって聞いたものですから…」。
 「ああ、岡場所の火事だろう。あれじゃあないよ。小火程度だったらしいんだけど、元々脚が悪かったんで逃げ遅れたんだと」。
 「脚が悪いのですか」。
 「そう聞いているけど」。
 明らかに女房どもの声の音は低く変わっていた。それは、お紺を訝しがっているに違いなかった。
 「お峰ちゃんも、軽く片方の脚を引き摺るんです。何でも赤ん坊の頃に框から落ちたとかで、ああっ。やっぱりお峰ちゃんじゃないかしらん」。
 お紺は大げさに言ってみた。
 「急にお峰ちゃんに会いたくてしょうがなくなったのですもの。これは神仏のお導きだわ」。
 「あんたが言う、お峰ちゃんなら、見舞ってやっておくれと言いたいんだけどね、火事の時に記憶を失っちまったって話だよ」。
 「記憶を…」。
 「それにね脚は引き摺る程度なんてもんじゃなくて、ひとりじゃ歩けやしないのさ」。
 片方の脚で支えて立つのがやっとで、寝たきり。面倒全ては亭主の直次が見ていると言う。更に、そんな亭主の顔も覚束ないのだと。




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のしゃばりお紺の読売余話84

2015年03月31日 | のしゃばりお紺の読売余話
 金次の腹の底から響く様な声に圧倒されるが、読売を馬鹿にされたままでは引き下がれない。
 「よそ様はどうか分かりませんがね、うちの読売は嘘なんか書きやしませんよ」。
 話を盛って書くことはあるがと、独りごちた。
 お紺が真っ赤になって怒るので、金次は溜まらず口元を歪め、薄い笑いを浮かべる。それがまた、馬鹿にされたようで癇に障るお紺。
 「そいですかい。お前ぇさんの意気込みは伝わって参りやした。ですが、あの火事のこtであっしが知っていることはありやせん」。

 何ひとつねたを拾えなかったお紺は、帰り道舌打ちを鳴らしながら、掘り割りに小石を蹴り入れた。
 (喰えない男だったねえ。けど、笑いもんにされたって誰のことを言っているのさ)。
 金次に読売を馬鹿にされ、自身は小娘扱いされて口惜しいお紺は、踵を返すと、金次のyさを張ることに決めた。
 (あいつ、何かを絶対に隠している。そうでなくとも、華の火消しの裏の顔を暴いてやるさ)。
 こういった、個人を攻撃するかのような物見遊山を金次は非難していたのだが。
 待つこと一時。細い縞の着流し姿の金次が、手に風呂敷きを握り雪駄を鳴らしながら何処かへと向かう。それを物陰に隠れ隠れしながら追うお紺。すると、冬木町の裏長屋の門を潜るではないか。
 (何だい。こんな裏長屋に女でも囲っているっていうのかい。ちっ、時化た男だねえ)。
 金次の足は、一番奥まった高架に近い油障子の前で止まると、「いるかい」と、訪ないを入れた。
 中から、声がしたのだろう。お紺の場所からは聞き取れなかったが、直に金次は油障子を音を立てて中へと消えた。
 お紺は裏長屋から通りへと出る一本道の小路にある番太の見世先で、焼き芋を食べながら待つことにした。
 四半時の後、金次がその番太の見世の前を通り過ぎたが、手に持っていた風呂敷はなくなっていた。
 お紺が先程金次が入った裏店を、表から覗き込むのに難はなかった。何せ障子は破れ放題で、保護紙を当てようといった気配りもなかったからだ。
 薄暗い室内には、薄い夜具が置かれ、そこに横たわる女の髷を下ろした髪が見えた。
 (やっぱり女か。でも、あの人、病いじゃないかしらん)。
 女の枕元には竹皮の包みと、浴衣らしき物がきちんと畳まれて置いてある。先程の金次が手にしていた風呂敷と丁度同じくらいの大きさだ。




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のしゃばりお紺の読売余話85

2015年03月31日 | のしゃばりお紺の読売余話
 何が何やら解らないが、幸いしたのはここが長屋だということ。長屋の女たちは得てして読売に負けず劣らず噂話が好きなのだ。ちょっと水を差せば後は怒濤の如く話し出す。
 間もなく夕餉の支度に掛ろうかといった刻限である。ひと度門まで戻り、お紺は住民が井戸を使いに遣って来るのを待った。
 「ちょいとおかみさん。この長屋にお峰さんっていう人はいませんかねぇ」。
 出任せである。
 「お峰さんかい。そんな人はいないけど…お前さんは…」。
 太り肉の血色の良い三十半ばほどの女房が、お紺に胡乱な目を向ける。それもその筈、お峰なんて存在しないのだから。
 「あたしは、お峰ちゃんとは幼馴染みでしてね。あたしは未だ小さい時分にひっこしちゃったので、それっきりなんですが、この辺りに用があったものですから、確かこの長屋だったと思って、寄ってみたんですよ」。
 「そうかい、でもあんたが子どもの頃なら随分と前だろう」。
 「ええ、まあ」。
 (それほど前ではない)。
 だが如何にも面倒見が良さそうなその女房は、ほかの女房たちにも聞いてくれ、気が付けば四五人の人だかりとなっていた。
 「お峰さんかい。聞いたことないねえ」。
 「そうですか。確か、一番奥の、そうあの部屋だったと思うのですが」。
 先程金次が訪った部屋を指差す。
 「あすこは、随分前から空き家だったから、その前に住んでいたかも知れないねえ。だけど、あたしが来た時には、もう空き家だったよ」。
 一番古手の女房である。
 「ならどこかに引っ越したか…お嫁に行ったのかも知れませんね。おかみさんは何時、こちらに」。
 「そうさねえ、もう八年前になるかねえ」。
 「じゃあ、それからも空き家のまんまで」。
 「ああ、それが、この前夫婦もんが越して来たんだよ。八年いや、それ以上も空き家だったもんだから、わっちら皆で掃除してねえ」。
 (夫婦者)。
 「それはお峰ちゃん…の訳ないか」。
 些か無理があるが、女房たちの手はすっかり止まり、話に花を咲かせようと意気込んで見えた。お紺の思うつぼである。




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のしゃばりお紺の読売余話83

2015年03月29日 | のしゃばりお紺の読売余話
 鼻の穴が広がるくらいの意気込むお紺だ。すると金次は腕組みをし、暫し目を瞑って思い出そうとしているのか、それともお紺の問いを忌々しく感じているのか解り兼ねる。
 「お紺さんとやら、はっきりとは覚えてやせんが、口元が動いたのは、早く来なせい。とでも申したんでござんしょう」。
 火事場では当たり前の言葉だと言う。
 「本当にそれだけでしょうか」。
 「疑り深けえお人だ。じゃあ、あっしが見殺しにしたとでもおっしゃりてえんで」。
 「そうは言っていませんがね、お信さんは例え助かったとしても、良くて遠島。火炙りだって有り得た訳でしょ」。
 「火消しを見くびっちゃいけやせんや。例え火炙りだと決まっていたって、火事場で逃げ遅れていたら助けるのがあっしらの役目ですよ」。
 金次は些か苛立ったのか、口調に棘が感じられた。だが、お紺があの時に見た金次の口元は、「早く来なせい」ではない。もっと長い言葉だったのだ。しかし、真実を聞き出すことは至難の業だろう。
 「ひとつ伺いてえんですが、お前ぇさんら読売は、人様の不幸を飯のねたにしていることをどう思いやすか」。
 「えっ…、あたしらは決してそんな…」。
 「そうですかい。今度のことだって、死んだ女郎のことを調べてどうなする」。
 その口調は、死人に鞭打つつもりかと言っているようだ。
 「あたしは、ただ、火事を繰り返さないように、火事の恐ろしさを伝えたいだけです」。
 少しばかり湿った声のお紺である。
 「だったら、女郎のことなぞ書かなくても、火事の恐ろしさだけを伝えれば良いだけじゃねえんですかい」。
 「それはそかも知れませんがね。どうして火事になったのか、その訳は書かなくちゃなりませんよ。そうしなきゃ巻き添えで死んじまった人や、その家族は救われないじゃありませんか」。
 自分でも意外なくらいに、大きな声で、金次に詰め寄るお紺だった。
 「そうですかい。真にそうお思いですかい」。
 「勿論です。読売は、あなたが思っているような、金棒引きの興味本位な物じゃありません」。
 「だったら、読売に書かれたがために、外を出歩けなくなった人がいたとしたらどうなさる」。
 「どういう意味でしょう」。
 「読売に面半可にあることないこと書かれ、笑いもんにさたお人をどう思いなさると聞いてやすんで」。




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のしゃばりお紺の読売余話82

2015年03月27日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「だから無理なんだってばよ」。
 「無理じゃない。朝さんがそうやって意地の悪いことばかり言うんなら、あたしひとりだっておえんさんを救ってみせる」。
 お紺はふんと鼻息荒く立ち上がると、朝太郎の膝を蹴飛ばし框から下りた。後ろから朝太郎の「痛ぇ」とか、「この、ひょうたくれ」とか、「ちょっと待ちねえ」とか聞こえていたが、そのまま油障子をわざと大きな音をたてて閉めたのだった。
 (とは言ったものの、一体どうやったら良いのやら)。
 お紺は宛もなく、歩くうちに、気が付けば大川渡り、深川佐賀町南三組の火消しの頭の元へと足を向けていた。
 「あっしが金次ですが、読売屋さんがどんなご用件で」。
 訪ないを入れたお紺の前に現れた金次は、間近で見れば見るほど滅法界男前で、女子なら誰でも恋いこがれる養子だろうと、お紺は漠然と思ったほどだ。
 「あ、あたしはお紺と申します」。
 訪ないの時に、「横網町の読売屋」だと伝えていた。
 「木挽屋の火事の様子を知りてえとおっしゃられましても、あっしらは火を消すのが仕事でして、それ以外のことは分かりやせんが」。
 (良い男は口も堅い)。
 これがそこいらの熊さんや八つっあんなら、何をもったいぶってと思うところだが、男前なら、何でも許せるから不思議である。
 「はい。その知っていることだけで結構です」。
 「と申されやすと」。
 「あの火事の晩、あたしは屋根の上から、若頭がお女郎さんを助けようと二階に梯子を掛けて上ったのを見ていたのです」。
 すると金治は懐手に、「ああ」と頷く。
 「あの時のお女郎さん、お信さんと言うそうですが、そのお信さんのことで、知っていることなら、何でも構いません、教えてくださいませんか」。
 「あっしは火消しですぜ。火事場で人を助けは致すやすが、いちいち素性までは分かりやせん」。
 言われなくても最もであることはお紺も良く分かっている。
 「でも、あたし、見ちまったんですよ」。
 「何をで」。
 「あの時、助けようとすれば出来た。だってお信さんに手を伸ばせば届く所に居たじゃありませんか。その時、あなたさんはお信さんと何かを話ましたよね。ええ、声は聞こえませんでしたけど、口元が動くのをはっきりと見たんですよ」。




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のしゃばりお紺の読売余話81

2015年03月25日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「これがあたしが聞いた話全部だよ」。
 「それよりお前ぇ、火事の読売も売り歩かねえでそんなとこをほっつき歩ってたのかい」。
 お紺は梅華から聞いた話を朝太郎にしゃべった。父の庄吉なら、おえんと直次郎の道成らぬ話も絶対に読売に載せると言い兼ねないからだ。庄吉は読売が売れる為なら何でもするのだ。
 「だから、前に朝さんも言っただろう。読売で世間様を動かしておえんさんを救い出すのさ」。
 「ああ言ったなあ、けど、本人が今のまんまで構うなって言ってんなら話は別だ。そっとしといてやんな」。
 「馬鹿だねえ。言い訳ないじゃないか」。
 「けどよ、肝心要な話は書けねえんだろう。だったら漸く巡り会った兄妹がどうして死ななきゃなんねえのか、金棒引きが騒ぎ出すぜ」。
 そうなのだ。作太郎が死を選んだ訳をひねり出さなくてはならない。
 「だから朝さんに相談しているんじゃないか」。
 「おきゃあがれ。こちとら絵師だ。そこを考ぇるのがお前ぇの役目だろう」。
 お紺は上目遣いに朝太郎を睨み、頬をぷーっと膨らませる。するとすかさず「怒ると膨れるところなんざ河豚そっくりだ」と、意地の悪い言葉が浴びせられる。
 「おえんさんは不治の病だったんだよ。それで可哀想だってんで作太郎さんが一緒に…」。
 言うか言い終わらぬうちに。朝太郎が頭を横に振る。
 「直ぐにばれらあ。そしたら読売が嘘だったって言われるぜ」。
 (だって嘘なんだから仕方ない)。
 「おえんさんが作太郎さんを好いてしまった…」。
 「もうひとりの兄さんとの仲をしゃべる者んの呼び水にならあ」。
 (そう頭ごなしに言わなくても)。
 「じゃあ、作太郎さんの方が分けありだったってえのはどうだえ」。
 「死人に鞭打つこともあるめえ」。
 (だったら、あんたが良い案を考えとくれよ)。
 「分かった。火消しだよ。火消し。おえんさんは前に頭の娘と男を取り合ってたんだよ」。
 「じゃあ何けぇ。火消しの頭を敵に回すのけ。そりゃあ無理だ。江戸っ子は火消しが大ぇ好きときてる」。
 (八方塞がりじゃないか)。
 お紺は黙り込んだ。




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のしゃばりお紺の読売余話80

2015年03月23日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「それで、諦めたのですか」。
 梅華は頭を横に振る。
 「旦那に頼んで銭を拵えて行ったのさ。そうしたらおえんに断られちまったよ」。
 「えっ、に落とされたままで良いって…」。
 「ああ。借金のためでもなく、誰に縛られる訳でもなく生きるのは初めてだって。それに、作太郎兄さんは自分のために死んだんだ。だからその罪は生涯を掛けて償いたいってさ」。
 どれだけ悲惨な生き方をしてきたのだろうと、梅華は誰に問う訳でもなくつぶやいた。
 「でも、姐さんはそれで良いんですか」。
 「良いも悪いも、おえんが選んだんだ。わっちにはどうしようもないさ。それにしても天運ってえのは気まぐれなもんだねえ。死ぬはずのおえんが生き残って、作太郎兄さんが死んじまったんだから」。
 そしてこうも言った。
 「これでも読売に書くかえ」。
 「作太郎さんとおえんさんが、兄妹だったことは書かせてください」。
 「すると、どうして兄妹で死ぬことを選んだのか、いらぬ詮索をされるねえ」。
 「そこは巧くかわします」。
 「どうやってさ」。
 「こう見えても、読売お紺です。任せてください」。
 読売お紺ではなく、ただの出しゃばり、のしゃばりお紺だが、お紺は胸をどんと叩いた。張り切って叩き過ぎたので、咳き込んでしまったが。
 「直次郎さんのことは書いても構いませんか」。
 深川山本町の木挽屋の火事は、女を喰い物にする直次郎が原因だったとお紺は書きたい旨を告げる。
 「ああ、あんなろくでなしは好きにしとくれ。ただし、おえんのことは」。
 「勿論です」。
 直次郎は早くから家を飛び出していたので、おえんが生まれたことも知らない。そして、いまだにおえんが実の妹だという事実も知らない筈だと梅華は言う。
 「作太郎兄さんは生真面目過ぎたんだよ。おえんに直次郎兄さんのことなんか知らせなくても良かったものを」。
 梅華は如何にも口惜しいと、目を潤ませた。




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のしゃばりお紺の読売余話79

2015年03月21日 | のしゃばりお紺の読売余話
 作太郎は直ぐさま、三國屋で奉公出来るように取り計ろうとするが、作太郎が実家と関わるのを嫌う舅の藤衛門によって会うことも適わず、僅かな銭を恵まれ追い払われてしまう。
 唯一の宛を失った若い娘が行き着くところは知れている。ご多分に漏れずおえんも、浅草広小路を宛もなく歩いていたところ、若い男に声を掛けられ割り仲となると、深川八幡の水茶屋八幡へと売られたのだった。
 どうして岡場所ではなく、水茶屋だったのかは不明だが、借金を背負っての奉公は同じである。僅かな食い扶持で朝から晩まで働いているうちに、それが当たり前となった頃、深川南三組の火消し・太助に出会い、夢を描くようになったのだった。
 だがその夢は余りにも儚く淡いものだった。太助は組頭の娘を選び、おえんはまたひとり取り残された。
 おえんが自暴自棄になっていた頃、漸く作太郎がおえんを探し当てたのだが、これが災いをもたらすこととなったのだ。
 おえんの身の上話を聞いていた作太郎の顔色がさっと変わり、嗚咽を洩らした。そして、人の道を外れたからには、死んでくれとおえんに懇願したと言う。おえんひとりを死なせるのは忍びないので一緒に逝こうと。

 「これが、わっちがおえんから聞いた話え」。
 梅華の長い長い話が終わった頃、お紺は鼻の奥がつんと痛くなり、目頭を押さえていた。そんなお紺の様子を見た梅華は、「もうお分かりだね」と言う。
 「あんたの思っているとおりさ。おえんを水茶屋に売り飛ばしたのは、直次郎兄さんだったのさ。互いに兄妹とは知らなかったとはいへ、畜生にも劣るこんなことを、あの真面目な作太郎兄さんが許せる筈もない」。
 梅華は、「馬鹿だよ」と、誰とはなしに毒ずくのだった。
 「だったらお奉行所に二人は兄妹なので相対死ではないと、訴え出ればおえんさんは救われるのじゃないですか」。
 「それが、おえんは、実の親に名も付けて貰えなかったくらいだ。人別に入っていたこともないのさ。わっちだって、当時の差配さんを証人に、奉行所へ掛け合ったさ。けど、証しがない以上信じちゃ貰えなかったのさ」。
 「そんな…」。
 「それに、作太郎兄さんとおえんが兄妹だと分かったら、どうして死んだのかをあんたら読売に探られるだろう。そんなことになったら、おえんと直次郎兄さんのことが明るみに出ちまうからね」。




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のしゃばりお紺の読売余話78

2015年03月19日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「わっちの生まれた家はそりゃあ貧しくてねえ。わっちら子どもは、金屑や紙屑を拾ったり、蜆を採ったりして小銭を稼いだもんさ。そして未だ年派もいかないうちに、口減らしのために奉公に出されたのさ。でもね、奉公なら未だ良い。作太郎兄さんが奉公に出て暫くして姉さんがどこかに売られていっちまってそのまんま。生きているのか死んでしまったのかも分かりゃしない。わっちは幸い、貰われた先が芸妓だったからねえ」。
 幸い芸妓として中井に貰われたと言う梅華の言葉の裏には、幸いでなければ女郎であろうといったいんが含まれていた。
 「それでも、わっちが仕舞いっ子だったから、兄弟は皆、奉公先に落ち着いて、おまんまには事欠かずに済むとほっとしていたんだよ。それが…わっちが中井に貰われて暫く経った頃、また赤子が生まれていたのさ。わっちも一度だけ見たけどね、紅葉のような手が可愛くってねえ」。
 梅華はしゅんと鼻を啜り上げる。
 「その子がおえんさんなのですね」。
 「生まれて間もなく、葛西の大百姓の家に養女に貰われたって聞いたねえ」。
 「なら、それっきり会ってはいないのですか」。
 「ああ。それっきり十五年は会わなかったかねえ」。
 寸の間梅華の目は遠くの宙を追っていたが、お紺に向き直り、居住まいを正すと帯をぽんと叩いて、すっと息を吸った。

 生まれたのは女の子だった。生まれて名も付けられることもなく、赤貧の実の親の元にいては育つ命も育たないだろうと、差配の手配りで葛西の大百姓に養女に貰われていったのだが、両親は裏でその養家から大枚をせしめていたらしい。
 だが、養女となって三年の後、貰いっ子が呼び水となって実子が授かるといった話はよくあるもので、養父母に実の子が宿ったのだ。生まれたのは跡取り息子だった。そうなると、貰いっ子の女の子など邪魔者以外の何者でもない。養父母は直ぐさま差配に申し入れて養子縁組を解消しようとしたが、それを差配に否められ、仕方なく働き手として家に置くことにしたのだった。
 子どもながらに朝から晩まで田畑でこき使われ、暗くなってからは家の仕事をさせられていたおえんは、十六になるとまるで邪魔者を追い出す形で、分限者の妾にされるのを嫌って養家を飛び出した。
 だが身寄りも見知った者もいない江戸府中で、十六の小娘がまともに暮らせようもない。おえんは養父母から聞いていた実父母を頼ったが、父は酒毒で鬼籍に入り、母は既に出奔していた。その長屋で長兄・作太郎のことを耳にし、日本橋の小間物問屋の三國屋を訪ったのだった。





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のしゃばりお紺の読売余話77

2015年03月17日 | のしゃばりお紺の読売余話
 お紺は黙って頷いた。直接ではなくてもお信を追い詰めたのは間違いなく直次郎である。だが、お信との口約束は何ら意味を持たず、単に悲嘆した女郎の嫉妬としてことは処理されていた。
 「はい。姐さんには申し訳ありませんが、このままでは死んだお信さんというお人が気の毒です」。
 「そうかい。あんたは、作太郎兄さんとそのお信さんてお人の汚名をそそぎたいって言うんだね」。
 的を得たりとお紺は膝を詰める。
 「けどね、今更どうなるえ。死んだもんは生き返っちゃこないんだ」。
 「でも、死んでまでも金棒引き立ちに口さがない噂話をされたら可哀想じゃないですか」。
 梅華は、団扇で胸元に風を送りながら、外の掘り割りに目を送っていた。その横顔に掛る鬢のほつれが、妙に色っぽいと、お紺は不謹慎ながら思っていた。
 「お紺さんって言ったねえ。死んじまったらそれまでさ。死んだもんには何も分かりゃしないよ」。
 それでも真実が知りたいとは言えなかった。
 「じゃあ姐さんは、罪は死んだ者が背負って逝けばいいとお思いですか」。
 「あい」。
 「それが実の兄さんでもですか」。
 「あい。わっちは、作太郎兄さんが死んで悲しくない訳じゃない。まともに野辺送りも供養も出来ずに悔しいさ。けどね、生きているもんが第一なんだよ」。
 「だからってどうして、見ず知らずの、相方のおえんさんを救おうとなすったのですか」。
 お紺の一途さに負けたと言わんばかりに梅華は薄く笑い、まるで駄々っ子を宥めるように告げた。
 「ありゃあ相対死じゃないんだ。おえんは、わっちらの実の妹さ」。
 「……」。
 意外な事実に、言葉に詰まったお紺を異にも返さず、梅華は話を続ける。その話しっぷりは、まるでそこにお紺がいないかのように、ひとり言のようでもあった。





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のしゃばりお紺の読売余話76

2015年03月15日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「一年が、二年になって、三年、四年。後は済し崩しさ。だけどね、あたしはお信とは違う。目を瞑っていれば夢をみていられるだろう。だから待っているんだよ」。
 「それって…」。
 おすがは鼻をしゅんとさせる。
 「お信も馬鹿だよね」。
 「おすがさん。あんたも…」。
 お紺は、あの男に騙されたのかと言い掛けた言葉を飲み込んだ。
 「分かっちゃいるんだよ。だけどさ、所帯を持つ為に、出働きに行ったんだよ。だからさ、何時かは帰って来るだろう。ねえ、あんたもそう思うだろう」。
 
 全ては梅華が握っている。お紺は、深川から柳橋の子ども屋・中井の勝手口から訪いを入れた。今度はまどろっこしいことはしていられない。正直に用件を証して梅華へ直接面会を申し入れたのだ。
 利休鼠の小紋にくじら帯を粋に締めた梅華と対峙したお紺。梅華の二人の兄について、知っていることを全て話して貰い旨を伝えた。すると。
 「それを読売にしてどうするつもりかえ」。
 「面白半可に書くつもりはありません。真実を知りたいだけです」。
 「それを知ったところで、今更どうなろうなさろうってのさ。金棒引きがよろこぶだけじゃござんせんか」。
 長兄は相対死。次兄は女衒もどきで、火事の原因を拵えた。仮にも身内の恥を世間に知らすことにどうして手を貸せようか。こうして会ったのは、あれこれ身の回りを詮索されるのが迷惑だからだと梅華は言う。
 それは至極当たり前ではあるが、面白半可に話が膨らんで一人歩きをしているのなら、真のことを世間に知らせた方が良いとお紺は返した。
 「それで誰が得をするのかえ」。
 「誰も得はしません。ですが同じことを繰り返さないためにも、真実を知らせなくてはならないのが読売の使命だと思っています…いえ、そんな奇麗事じゃありません。あたしが一番の金棒引きなんですよ。けどね、金棒引きでも嘘は大嫌いなんです」。
 正直だと梅華は薄く口元をほころばせた。
 「それに…」。
 「それになんえ」。
 「はい。先の相対死の際に、姐さんは生き残った女の方を送りから救おうとなすっていたと聞いています。姐さんの兄さんを死に至らしめた相方をどうしてなのかもあたしには分かりません。それに、今度の火事では多くの死人が出ています。なのに…」。
 「なのに、直次郎兄さんにはお咎めがないってこってすか」。





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