それも、言い交わしたもなにも、これまでに千吉たちが知る限り二、三人の女から銭を搾り取られているのだった。女に金を遣う事は惜しまない変わりに、ほかの付き合いでは切合を常として、人の銭を当てにする。切合だけなら未だ良いが、千吉は一度など切合の上に、千吉の取り分の釣り銭を懐に仕舞われたこともあった。
仕官が決まったというので、祝いの酒を持って行ったら、有無を言わさず豊金に連れ出され、切合でたらふく食って呑まれ、祝いの返礼も無いまま仕官の話も流れたようだ。
しかし、どれだけ女に銭を絞り取られても、当の濱部は、自分が囲っていると思い込んでせっせと銭を渡しに足しげく通うのだ。
「また商売女だろうさ」。
加助が深い溜め息をつき、酒を一気に煽る。
「まあよ、濱部様がどんな女と付き合おうが構わねえが、そこで遣って銭が無く成ったってんであたしらに集られてもねえ」。
由造も先々の暗天を簡単に予想していた。
「それでも濱部様が好いた女子と言い交わしたって言ってるんだ」。
千吉が割って入るが、
「言い交わしたと思ってるのは濱部様。女からしたら言い寄られている。逢い引きしていると思っているのは濱部様。女は客としか思っちゃいねえさ」。
金治が義太夫風に節を付けて謳うと、「上手い」。「その通り」。由造、加助が手を叩く。
「知っているかい」。
金治は千吉が豊金に顔を出すのを待ち兼ねていた。
「なにがだい」。
そう唐突に知っているかいだけでは解る筈も無い。
「前に濱部様と一緒だった、貧相な鶴みてえな男のことさ」。
千吉は、「へっへっへっ」と力なく笑う影の薄い男を思い出そうとするが、どうにも顔が思い出せず、その細い身体の割には濱部と一緒になって大層呑んで食われたことした覚えちゃいなかった。
濱部と親しそうだったが武家ではなく、商人にしては身形も芳しくなく気も遣えず、職人にしては貧相な体付きだった。
目を細めて首を傾げる千吉に、金治は、
「なんでもよ、あの男が言っていた許嫁ってえのは、お美代さんのことだそうで、濱部様が仲人に入って正式にお美代さんの所へ行ったってんで大騒ぎさ」。
お美代とは、元大工町の表長屋で小唄の師匠をしている二十代半ばの艶っぽい器量良しである。男なら誰でも振り向かずにはいられないくらいに色気があるが、日本橋呉服町通に店を構える大店の呉服屋近江屋主人・紀左衛門の囲われ者でであることは、界隈の者は誰もが周知している。
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仕官が決まったというので、祝いの酒を持って行ったら、有無を言わさず豊金に連れ出され、切合でたらふく食って呑まれ、祝いの返礼も無いまま仕官の話も流れたようだ。
しかし、どれだけ女に銭を絞り取られても、当の濱部は、自分が囲っていると思い込んでせっせと銭を渡しに足しげく通うのだ。
「また商売女だろうさ」。
加助が深い溜め息をつき、酒を一気に煽る。
「まあよ、濱部様がどんな女と付き合おうが構わねえが、そこで遣って銭が無く成ったってんであたしらに集られてもねえ」。
由造も先々の暗天を簡単に予想していた。
「それでも濱部様が好いた女子と言い交わしたって言ってるんだ」。
千吉が割って入るが、
「言い交わしたと思ってるのは濱部様。女からしたら言い寄られている。逢い引きしていると思っているのは濱部様。女は客としか思っちゃいねえさ」。
金治が義太夫風に節を付けて謳うと、「上手い」。「その通り」。由造、加助が手を叩く。
「知っているかい」。
金治は千吉が豊金に顔を出すのを待ち兼ねていた。
「なにがだい」。
そう唐突に知っているかいだけでは解る筈も無い。
「前に濱部様と一緒だった、貧相な鶴みてえな男のことさ」。
千吉は、「へっへっへっ」と力なく笑う影の薄い男を思い出そうとするが、どうにも顔が思い出せず、その細い身体の割には濱部と一緒になって大層呑んで食われたことした覚えちゃいなかった。
濱部と親しそうだったが武家ではなく、商人にしては身形も芳しくなく気も遣えず、職人にしては貧相な体付きだった。
目を細めて首を傾げる千吉に、金治は、
「なんでもよ、あの男が言っていた許嫁ってえのは、お美代さんのことだそうで、濱部様が仲人に入って正式にお美代さんの所へ行ったってんで大騒ぎさ」。
お美代とは、元大工町の表長屋で小唄の師匠をしている二十代半ばの艶っぽい器量良しである。男なら誰でも振り向かずにはいられないくらいに色気があるが、日本橋呉服町通に店を構える大店の呉服屋近江屋主人・紀左衛門の囲われ者でであることは、界隈の者は誰もが周知している。
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