第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~
うかつに近付いて斬られたらと、不安で仕方ないのだ。土方の背の奥には、朱鞘の兼光が刀掛けに掛っている。
「馬詰、将軍警護ご苦労」。
「はい…」。
「新選組はどうだ」。
「は…」。
何を聞いても蚊の鳴くような声、いや、蚊の方がよっぽどしっかりと羽を鳴らしている。柳太郎にしてみれば、何時、士道不覚悟を言い渡されるか気が気ではない。お米のことを言われたら、懸想されて迷惑していると一切関係ないとはっきり言えば良いのだが、それを巧く話せるかも気掛かりなのだ。
そして、土方の声が優しいのも不気味であった。
「なあ、馬詰。お前、隊を脱したらどうだ」。
「えっ」。
思いも掛けない言葉だった。柳太郎は思わず前のめりに土方を見る。その視線を反らすかのように土方は庭に目を送るのだった。
「馬詰、人には向き不向きがある。お前は、書が立つではないか。どうだ、いっそ武家なんぞは辞めて、書の道に進んでは」。
「副長…わ、私は…新選組にいらないと」。
「いや、そうではない。お前たち父子には感謝しておる。だが、今のままで良いのか」。
出陣や見廻りには到底連れて行けないため、下男同然の仕事に甘んじている馬詰父子である。
「わ、わ、わ…足手まといで…」。
語尾は聞き取れない。整った顔を真っ赤にさせ、それきり俯いてびくとも動かない柳太郎。ただ、正座した膝に置いた拳は、しっかりと袴を握り締めわなわなと震えていた。
「なあ、例の子守女と所帯を持つってのもひとつの生き方だぜ」。
余りの柳太郎の狼狽振りに、土方の口調も軟らかくなるのだった。
ランキングに参加しています。ご協力お願いします。
人気ブログランキングへ
にほんブログ村
うかつに近付いて斬られたらと、不安で仕方ないのだ。土方の背の奥には、朱鞘の兼光が刀掛けに掛っている。
「馬詰、将軍警護ご苦労」。
「はい…」。
「新選組はどうだ」。
「は…」。
何を聞いても蚊の鳴くような声、いや、蚊の方がよっぽどしっかりと羽を鳴らしている。柳太郎にしてみれば、何時、士道不覚悟を言い渡されるか気が気ではない。お米のことを言われたら、懸想されて迷惑していると一切関係ないとはっきり言えば良いのだが、それを巧く話せるかも気掛かりなのだ。
そして、土方の声が優しいのも不気味であった。
「なあ、馬詰。お前、隊を脱したらどうだ」。
「えっ」。
思いも掛けない言葉だった。柳太郎は思わず前のめりに土方を見る。その視線を反らすかのように土方は庭に目を送るのだった。
「馬詰、人には向き不向きがある。お前は、書が立つではないか。どうだ、いっそ武家なんぞは辞めて、書の道に進んでは」。
「副長…わ、私は…新選組にいらないと」。
「いや、そうではない。お前たち父子には感謝しておる。だが、今のままで良いのか」。
出陣や見廻りには到底連れて行けないため、下男同然の仕事に甘んじている馬詰父子である。
「わ、わ、わ…足手まといで…」。
語尾は聞き取れない。整った顔を真っ赤にさせ、それきり俯いてびくとも動かない柳太郎。ただ、正座した膝に置いた拳は、しっかりと袴を握り締めわなわなと震えていた。
「なあ、例の子守女と所帯を持つってのもひとつの生き方だぜ」。
余りの柳太郎の狼狽振りに、土方の口調も軟らかくなるのだった。
ランキングに参加しています。ご協力お願いします。
人気ブログランキングへ
にほんブログ村
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます