大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎~ 相惚れ自惚れ方惚れ岡惚れ一

2011年07月24日 | 縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎
相惚れ自惚れ方惚れ岡惚れ 人が人を好きになるには、いろいろな形があるということ


 川瀬石町で古着や古道具を売買する、古手屋を開いている千吉の店の千屋は、間口一軒の小さな小さな店である。ここの店を千吉が継いで未だ二年。
 二年前の安政五年(1858)に両の親をコロリで失った千吉は、それまでの古着屋から、もっと手広く品を扱う古手屋に商売替えをしたのである。人を雇える余裕はないが、四つ下の妹の奈美と二人生活に困ることはない。
 だが、注文の品を届けたり、仕入れの時には否応無しに店を閉めなくてはならないのが悩みの種である。店番なら奈美がいるのだが、古手の価格はあってなきようなもの。注文を受けるだけなら良いのだが、どうにも若い娘一人で店番をさせておくとそこを付け狙って安く買い叩く輩もいるのだ。
 「だったらしっかりとした嫁を娶れば良かろう。千吉ももう二十三であろう。だったらちっともおかしくはない。そうだ、わしが誰か目合わせよう。どうだ、一緒に深川へ」。
 こう話すのは、またも川瀬石町の煮売酒屋・豊金で顔を会わせてしまった福無し長屋と呼ばれている川瀬石町裏長屋住人の浪人・濱部主善である。
 この日もまたたらふく食べ、しこたま呑んでいる様子。こうして千吉に寄ってくるのも、またも切合にして、己の飲み食いを千吉にも支払わせようといった魂胆は見え見えなのだ。
 柳橋芸者に惚れ込んで、嫁にすると息巻いてから既にひと月以上過ぎて、既に足しげく通う金も底を付いたのか、また豊金に顔を出すようになっていた。
 「いえ、未だ嫁を娶っても養えねえんでね」。
 千吉は切合にされる前に早々に引き揚げたのだが、この話を濱部が大きく膨らませたものだからいけない。
 同じく裏長屋の住人で、この年、四十三歳になった節の千吉を見る目が急に色気着いたのである。
 節は自称絵師の小谷伝善と名乗っているが、どこぞで修行をした訳でもなく、口入れ屋の仕事で一度経師を描いたことから絵師を名乗り出したらしい。
 これといった定職も無く、口入れ屋の仕事を何でも引き受けるので有名だが、絵師を名乗るだけあって手先も起用なことから、千吉は仕入れた古道具の破れた傘や団扇、行灯の張り替えなどを頼んでいた。
 「千吉さん、いるかい」。
 「これはお節さんじゃないですか。はて、何かお頼みしていた品がありましたか」。
 頼んだ修繕さへ自分から届けるのを、「時は金なり」。と嫌がっていた節が自ら足を運んで来るのは珍しい。
 (お天と様が西から上るんじゃないか)。
 「お節さん、熱でもあるんじゃないですかい」。



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