大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎~ 俎上の魚四

2011年07月15日 | 縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎
 貧相な鶴が惚れるのは納得だが、お美代が好いたとはとうてい思えない似つかわしくない二人だ。
 千吉は、余りのことに目をぱちぱちさせ、
 「お美代さん、お嫁に行かれるのかい」。
 金治は、「またか」。といった呆れた顔付で、
 「千吉よ。お前さんはどうにもおっとりとし過ぎていけねえ。お美代さんが、あんな貧相で銭もない男に嫁ぐ訳ねえだろう」。
 銭を持っているか否かは見かけでは解らないが、確かに金持ちには見えないことには共感する千吉だった。
 「じゃあ、思い違いってことかね」。
 「まあな、十中八九あの貧相な鶴の思い違いさ。だがな千吉よ、あっしが納得いかねえのは濱部様さ。お美代さんが近江屋さんの囲われ者だと知ってなさるだろうによ」。
 確かにそのとおり。だが濱部自身も思い込みだけで、同じ様な失敗を重ねていることを千吉は嫌というほど知っていた。と言っても当の濱部は、全く気付いていないのだが。
 最初は、浅草の水茶屋の娘。赤い縮緬の前掛けと襷が可愛らしく、まだ二十前だったが既に三つの子持ちの出戻りだった。その女には、「子どもが具合が悪い」、「故郷の親が危篤だ」と、度々金子を強請られていた。最後は、もっと金払いの良い男に乗り換えられてお終い。だがその時には、「わしに好いた女子ができてしもうた」。真しやかにそう濱部は言う。見栄か本心かは解らぬままだ。
 次は吉原の切見世女郎。「年季が明けたら一緒に店でもやろう」と言葉巧みに乗せられて、足しげく通った挙げ句に、お足が尽きると女の甘い言葉も尽きてそのままお終い。「ほかに惚れた女子がおってな」。これも濱部の上等文句。振られたことを認めるのが嫌なのか、己が心変わりしたと信じ込みたいのか、本意のほどは不明である。
 お店の娘や、旗本家の奥女中など岡惚れは数え上げたら切りがないが、金の切れ目が縁の切れ目に気付かない当の本人は、女に愛想を尽かされても二日後には、「わしには新しい女がおる」。これまた立ち直りが早いのだった。その新しい女のことも濱部は、「思い思われ」。と熱く語るのだが、聞けば聞くほど、玄人女の金釣るであった。
 そこへ大層疲れた顔の由造が現れた。
 「由造、どうしたんだい。十は老けて見えるよ」。
 千吉が茶化しても、由造は豊金の座敷に腰だけ乗せて、肩をがくりと落としている。
 「何があったんだい。掛取の金子でも盗まれたかい」。
 金治が声を掛けるが、
 「そんなまっとうな話じゃねえんで」。
 「まっとうな話じゃねえとは穏やかじゃないねえ」。
 千吉が、「話してごらんよ」。と酒を勧めると、由造は、「何から話したものやら」と語り出した。


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