大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 59

2015年07月30日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~

 「なんや、柳太郎はんに会いに来はったそうどす」。
 「うち、柳太郎はんが留守居やって聞いて…」。
 俯きながらも上目使いに様子を探り、顔を赤らめているのだろうが、地の黒さがただただどす黒く見えるだけである。
 柳太郎は、折角奇麗なお梅と呑んでいただけに、憎々しさが倍増していた。
 「柳太郎はんのええ女(ひと)なん」。
 こういう時、女は残酷である。お梅とてひと目見れば分かるであろうに、そんな口先だけのことを口にする。
 そしてもっと嫌なのが、それを真に受けるところだ。
 「この方は南部さんの子守女です」。
 蚊の泣くよなうな声で柳太郎はその娘のことを告げる。
 「あんさん名ぁは」。
 「へえ。米言います」。
 お梅の問い掛けに嬉しそうに答えると、勧められるまま、膝を詰めた。
 ほんの前まではお梅の匂うような美しさに、うっとりとしていた柳太郎だったが、お米が加わっただけで、真に居心地の悪い、尻がむずむずとする思いになった。
 そんな柳太郎の思いを知ってか知らずかお米は、女房気取りで世話をやく。そしてそれが尚更、恥ずかしい柳太郎である。
 「ほな後はお米はんに任して、うちは退散や。そろそろ糸里はんたちも来る頃でっしゃろ」。
 お梅は薄く笑うと、席を立った。






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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 58

2015年07月28日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~

 「そないなこと、言わんといたらええのや」。
 お梅はいたずらっぽく笑いながら「一杯だけや」と、催促する。そう押し切られると、皆が角屋で楽しんでいるのだから、自分等とて、奇麗な女子と呑みたいのは男であれば道理。嫌な筈もない。
 お梅の絹のような白い肌が、一杯あおるとぽっと桜の花びらのように染まる。柳太郎は呑むのも忘れて、見ほれていた。
 「そやけどあんさんら、見かけへん顔どすなぁ」。
 陰が薄いのである。
 「私らは、主に裏方を任されておりますので」。
 普段は口の重い父子も、お梅を前に大いに舞い上がり酒の力も借りて、次第に弁舌滑らかになる。
 「へえっ、父子はんどすか。なんや似てへんどすなぁ」。
 「はい、倅は私に似ないで、良かったと思っております」。
 信十郎は田舎出そのままで、風体もぱっとしない、小柄な男であったが、柳太郎は涼やかな面の美男であった。
 「おばんどす」。
 そこに、勝手口から訪う声が聞こえる。
 「女子はんの声や、糸里はんと吉栄はんが来はったんや」。
 副長助勤の平間重助、馴染みの芸妓・輪違屋の糸里、同じく平山五郎の馴染みの桔梗屋・吉栄も呼ばれていると言う。
 お梅はいそいそと勝手口に向かうが、連れて来たのは、糸里や吉栄には似ても似つかぬ色黒の寸足らずの娘であった。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 57

2015年07月26日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~ 

 「おばんどす」。
 勝手口から女子の声がした。はて? 少しばかり良いが回った柳太郎。同じく少しばかり気も大きくなっている。
 「どなたで…お梅さん」。
 顔を見せたのは、芹沢の愛妾のお梅であった。
 「八木はんとこ行かはったら真っ暗どした。ほしてこっちゃ(前川家)を見たら、灯りが灯っろったさかい、どなたかおるんかと来てみたんや。あんたら、留守居どすか」。
 「はい」。
 「そら、気の毒どすな」。
 「とんでもない。我らは屯所を任されているのです」。
 「そうどっか」。
 お梅は、今宵は隊を揚げての酒宴だと聞いていたので、留守居がいたころが意外だった。恐らく酒宴に侍らなくても一向に差し障りのない軽輩なのだろうと、お梅は察する。
 お梅とは、年の頃は二十二、三歳で、垢抜けて艶っぱい美形である。元々は太物問屋・菱屋太兵衛の妾だったのだが、芹沢の未払いの代金を掛け取りに度々訪れるうち、手込めにされたのだった。当初は嫌がっていたが、どうした訳かお梅の方から通って来るようになっていたのである。
 「芹沢先生をお待ちですか」。
 「へえ。あら、呑んではりますのやね、なら、うちもご相伴させてもらいまひょ」。
 「と、とんでもございません。そのようなことをされては、我らが芹沢先生に叱られます」。
 馬詰父子は一気に酔いが覚める思いだ。



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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 56

2015年07月24日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~ 

 「柳太郎、また冷やかされたか」。
 耳まで赤くした子息に信十郎は、眉根を寄せる。
 「しかし、父上、私はあのような娘とは…」。
 「それがいけないのだ。そうやっていつもはっきりとしないから付け入られるのだ。皆、お前をからかって楽しんでいるだけだが、件の娘がその気になったらどうする。もしも、そのようなことになったら隊を追い出され兼ねないのだぞ」。
 そうしたらまた、今日の糧にも難義する毎日が待っている。隊士としては半人前でも、下男同様の扱いでも、三度三度米の飯を腹一杯喰え、しかも雑務に従事しているため、見廻りも死番もないのだ。馬詰父子にとっては返って幸いなことであった。
 そもそも因幡国若桜藩二万石の浪人を名乗ってはいるが、陪臣でしかも足軽であったのだ。使い走りの方がむしろ心得ている。
 暮れ六つにもなると、屯所の八木家、前川家共にひっそりと静寂に包まれた。それもその筈。前川一家は、家を浪士組に明け渡し、八木家も当初は離れだけを予定していたが、局長の芹沢鴨たちに母屋まで乗っ取られ、家族は北側の棟で暮らしていた。そして普段、未明まで大騒ぎをしている隊士が馬詰父子を残しひとりもいないのだ。
 柳太郎は、入隊して初めて息が付けた気がしていた。座敷で大の字に手足を伸ばしてみたり、濡れ縁をつつーっと立ったまま滑ってみたり。この屋敷が我が物になったかのように思えたものだ。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 55

2015年07月22日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~ 

 この父子、父の信十郎(四十六歳)は柳元齋。子の柳太郎(十九歳)は神威齋と号を持ち、書は良くやったものの、帯に短し襷に長しに例えるなら、帯にも襷にもなれない切れ端。継ぎ当てにも未だ足りないくらいのものであった。
 隊士として不可欠な剣術も柔術も共に素人であり、刀の差し方さえも覚束ないので、見廻りにも出せず、なら算術は、探索はと、使い道を思案しても、どれもこれも得手はないのだ。どうして浪士組に入隊しようと思ったのものか。
 そこで、飯炊きや掃除、使い走りといった下男同様の扱いで置いていたのだが、それに不満を抱くことなく、二人して良く働いていた。
 そして父子共に、気が弱く、仲間を得ることもなかったので、酒席に招かれないのは幸いでもあったのだ。
 刻限を待てず、浮き足立つ隊士たちを尻目に柳太郎は水汲みをしていた。
 「おい、柳太郎君。今日はすまんな。だが、お前は角屋なんかに行かなくても、女子がいるからなあ」。
 周囲から嘲笑が洩れる。俯いた顔を朱に染めた柳太郎は足早に去るのだった。
 好いた覚えはない。浪士組の隊士として半人前の自分が、色恋沙汰などにうつつを抜かしている間などないのだ。だが、皆して、郷士南部亀二郎家の子守女との仲を冷やかされるのが嫌で嫌でたまらなかった。
 確かに、壬生寺境内で子守りをする娘に話し掛けられたことはある。それに相槌も打った。だが、だが、柳太郎とて器量好みである。あんな色黒で寸足らずの上に縮れ毛の女子はご免被りたい。第一、女子として見たこともなかった。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 54

2015年07月20日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第四章 日和見 ~馬詰柳太郎~ 

 言われてみれば馬詰君も中々の男前じゃったが、どうにも気が弱く目立たないもんでのう。おお思い出したわい。父親の方が、大変に書を良くやり、号を柳元斎と言っておった。
 しかし、父子共に差料の差し方も知らんかったくらいですから、武士ではなかったでしょうな。何故、浪士組に入ろうと思うたのかも分からないくらいでしたな。
 しかし、この目立たなかったが故に、後に命拾いするのですからのう。世の中っちゅうもんは分からないもんですな。

 文久三年(1863年)九月 京都壬生村。
 うだるような暑さが続く、九月十八日。昼九つを過ぎた時分に浪士組の屯所である前川家を訪う声がする。
 「馬詰君、すまんが、本日は屯所の留守居をしていてくれないか。その代わり、ここで呑んでくれたまえ」。
 この日、浪士組は島原の揚屋・角屋で芸妓総揚げの酒宴を予定していた。日頃厳しい鍛錬に怠りない隊士たちは、それはそれは指折り数えて待ったものである。
 だが、屯所に誰もいないでは、会津藩からの急の知らせがあった場合に、具合が悪い。急遽、留守居を置くことにしたのだが、快く引き受ける者などいる筈もない。当初は籤で決めようなどといった話もあったが、白羽の矢が当たったのが、入隊間もない馬詰父子であった。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 53

2015年07月18日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第三章 愁傷 ~楠小十郎~

 筆頭局長だった芹沢さんの仇討という名目で急いだのでしょうな。間者か否かの詮議もありませんでしたな。ええ、その時は、真に芹沢さんは長州に殺されたと信じとりました。あれが、土方君たちの仕業だったと知ったのは明治になってじゃった。随分と水臭いと思ったもんです。
 楠君の話でしたな。可哀想なことでした。楠木君ひとりくらい見逃してやっても良いものをと思うたもんです。
 現に同じく間者だった越後三郎と松井竜三郎は、沖田君と藤堂君(平助・副長助勤)の追っ手を逃げ仰せましてな。
 後の探索もなかったように覚えとります。芹沢さんを殺った下手人が上がればいや、下手人に仕立て上げられればそれで良かったのでしょうな。
 何ですと、八木為三郎殿が見ておったと。
 言わば新選組の名誉を守る為の生け贄とでも…いや、それでは余りにも気の毒だ。やはり尊王攘夷に命を掛けた志士だったのですから。
 さて、佐々木君、馬越君、楠君と話しましたが、次は…馬詰柳太郎…はて、そのような者がおったかのう。なに、父親と入隊したとな。はて、子守り女を孕ませたとな。おお、思い出したわい。確か、池田屋の頃じゃったので、余り印象になかったのですわい。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 52

2015年07月16日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第三章 愁傷 ~楠小十郎~

 沖田には、そのまま戻らずに行くように言われていたが、流石に見舞金を懐紙にも包まずに渡すのは失礼だと思い、室内へ入ろうと裏口に廻ったその時、叫び声とも、悲鳴ともいや人の声だろうか、大きな物音に小十郎は踵を返すと、そこには、御倉は斎藤に背を袈裟懸けに斬られ、荒木田は諸子取調兼監察の林信太郎にやはり背面から芋差しに刺され、絶命していた。
 小十郎は、腰を抜かさんばかりに驚いたが、己も脛に傷持つ身である。高下駄を脱ぎ捨て、慌てて門に向かって走り出した。
 「待てー。こなくそ」。
 腹に響く大きな怒声は副長助勤の原田左之助に間違いない。自分の刺客は原田だったのか。門を出て左手に壬生寺の方に逃げていれば、逃げ仰せたかも知れない。だが、小十郎は、そのまま真っ直ぐ壬生菜畑に逃げ入ってしまっただった。
 そこで、立ち合ったとしても小十郎の腕では、槍の原田に適う筈もなく、ただただ走るしかない。命の続く限り。
 しかし、それも儚い希望であった。程なく、追い付かれ背後から原田が小十郎を捉えていた。瞬時背に熱いものが走る。そして直ぐに熱さが激しい痛みへと変わっていった。
 「ど、どうして…」。
 「ええい。貴様等が長州の間者だとは分かっていたこと。芹沢局長暗殺の酬いだ。喰らえ」。
 胸に槍を打ち込まれ、小十郎の線の細い肢体が、宙に舞ったかに見え、そのまま壬生菜畑に昏倒した。その整った顔が苦悶に歪む。
 「ああ、沖田さんは、私を救おうとしたのか」。
 寸の間までは、己の命が尽きることなど思いもしなかった。目の前の壬生菜畑が霞んで見えるのは濃霧のためか、はたまた命が尽きるとはこういうことなのか。しかし霞で原田の顔かたちさえもはっきりとは認識出来ないのは幸いであった。最期に見るものが、己の命を奪った相手であって欲しくはない。楠小十郎は、僅か十五歳で散った。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 51

2015年07月14日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第三章 愁傷 ~楠小十郎~

 「今からですか」。
 「そう。直ぐに行った方が良い。私から見舞金だと言ってこれを渡してくれないか」。
 沖田は剥き身の一両を差し出すのだった。
 「では、支度をして直ぐに参ります」。
 幾らなんでも剥き身のままの金子を差し出すのは憚られる。
 「いいや、支度はいらないから直ぐに行ってくれないか。そうだ、このまま行ったら良い」。
 沖田は良く八木家の為三郎や勇之助らとも遊んでやっていたので、様子を安じるのも不思議ではない。そして小十郎も同じく、子どもたちの相手を良くしてやっていたので、使いに出されるのも得心出来る。だが、何故に急かすのか。急くようなような病いでもあるまいにと小十郎は思った。
 「楠君。今日はそのまま勇之助君らの相手をしておやりな」。
 小十郎が沖田の意図するところを理解するには、経験が少なかった。案の定、沖田が去ると、小十郎はその言葉には従わずに、前川家の門を潜ってしまった。
 そこには、昨晩、永倉と、平隊士の中村金吾と公家の大原重徳宅へ赴き、帰路、祇園の一力茶屋で遊興に耽った御倉、荒木田がいつもと変わらぬ素振りで、縁側に出て廻り髪結いに髷を結い直しているところだった。
 二人は四方山話をしているのだろう、互いに口を動かしているのが見て取れたが、その表情は固かった。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 50

2015年07月12日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第三章 愁傷 ~楠小十郎~

 その日は静かにやってきた。九月には珍しく、朝四つ少し前になっても珍しく濃霧が晴れず、屯所の前川家の北に広がる壬生菜畑の見通しも効かない中、小十郎は、その門前で遠くに目を送っていた。
 いつもであれば、この刻限には朝稽古を終えた隊士が、前川家と八木家の間の小路に出て四方山話に花を咲かせたり、隊旗を持ち上げて騒いだりしているものであったが、人影もなくひっそりと静まり返っている。
 同月に入り、新見、田中伊織、芹沢、平山の四名が命を絶たれている。次が己の番ではないといった確証はなかった。
 立ち込める濃霧が、迫り来る追っ手のように四肢に絡み付く。小十郎は、得体も知れない恐怖を肌で感じていた。
 「楠木君。ぼんやりとして何か考え事かい」。
 「これは、沖田さん」。
 小十郎はぎくりとした。
 「考え事というほどでもありませんが、この景色を眺めていると落ち着くのです」。
 「へえーっ。君は京の生まれだろう。こんな田舎の景色に馴染みはないだろうに」。
 「えっええ、だからこそ」。
 「ふうん。それより楠木君、これから用事はあるかい」。
 「いえ、ありません」。
 「だったら今から、勇之助君の見舞いに行ってはくれないか」。
 芹沢たちが惨殺された晩、芹沢が逃れようと逃げ込んだ隣室には、八木家の家族が就寝しており、幼い勇之助が足に刀傷を受け、親類宅で養生しているのだ。





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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 49

2015年07月11日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第三章 愁傷 ~楠小十郎~

 「これからどうしたら良いのですか」。
 「それは俺にも分からん。暫くは大人しくしていよう。そのうちに繋ぎもあろう」。
 「ですが、京を追われたのでは、私たちがこうしている意味もないのではないでしょうか」。
 「馬鹿を申せ。それは(京を追われたこと)一時に過ぎぬ」。
 「そうでしょうか。私たちも新選組にいる必要はないのでは」。
 小十郎は、佐々木の死を目の当たりにしてからというもの、嫌な予感に終始苛まれていたのだ。一刻も早く、新選組から離れたい。そればかりを願っていた。
 「これはお役目である。勝手は許されぬのだ」。
 こうまで言われては逃げ出すこともままならず、小十郎は不安な日々を送っていた。その不安に追い打ちを掛けるかのように、九月十八日、局長の芹沢鴨と副長助勤の平山五郎が長州の闇討ちにより落命する。

 「まさか、長州が下手人なら、我らが知らぬ筈はない」。
 「我らでなくて、長州の誰が殺ったのだ」。
 「もしや、私たちのことも気取られているのではないでしょうか」。
 「小十郎、それは考え過ぎだ。もし気取られているなら、こうしておられる筈もない」。
 「私は、一刻も早く新選組を離れた方が良いように思われます」。
 「それは出来ぬ」。
 「しかし、もう京には誰もおられません。私たちも京を離れた方が」。
 「だからこそ、京の動きを知らせねばならぬのだ」。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 48

2015年07月09日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第三章 愁傷 ~楠小十郎~

 八月十八日。浪士組の初陣は、対長州軍であった。この日、浪士組は会津藩主・松平容保から新選組の名を拝命している。

 「楠君、顔色が悪いようだな」。
 「いえ、大丈夫です」。
 副長の土方歳三の問い掛けに小十郎の声は震える。言われるまでもなく、自分でも血の気が失せているのが分かる。
 「いや、真っ青だ。無理もない、君は斬り結んだこともないのだろう」。
 「はい」。
 「よし、君は屯所に残れ」。
 入隊間もない上に修羅場を知らず、しかも十五歳の若年である。土方の恩情と小十郎は受け止め、その本意を知る由もなかった。
 「だ、大丈夫です」。
 「これは命令だ。屯所に残れ」。
 こうして、小十郎の八月十八日は終わった。出陣した新選組も、一戦も交えることなきを得、長州藩は堺町御門の警備を免ぜられ、京都を追われたのだった。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 47

2015年07月07日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第三章 愁傷 ~楠小十郎~

 「ですから、万が一、隊を抜けたいと思ったとしたら、きちんと話を通すだろうと思いまして」。
 「だが、西町奉行所の話では、駆け落ちだったということだ」。
 駆け落ちなどで脱退など許されようもないと、安藤。
 「はい。だからおかしいのです。佐々木君が駆け落ちなどするかなと。たとい駆け落ちするとしても、最もらしい訳を拵えて隊を抜けてから一緒になると思うのです」。
 佐々木の死に顔は蝋のように白く、そして苦悶の表情を称えていた。無念の思いはかっと見開いたままの瞳に写し出されたまま、永久に消え去ることはない。
 小十郎は掌で佐々木の瞼を閉じ、片合掌をした。小十郎に取って死とは遠いものであった。己がどんな死に方をするかなど考えたこともない。だが入隊してからというもの、命のやり取りを目の当たりにして、嫌が応にも、己が死を考えるようになっていた。そんな折りの出来事だった。佐々木の苦悶の表情にふと己の顔が重なる。
 
 「長州と刃を交えるのですか」。
 「ああ。どうもそうらしい」。
 「一体どうしたら…」。
 「致し方あるまい。こういったことも想定されておった」。
 「しかし、私には斬るなんて出来ません」。
 「小十郎、斬らねば斬られるのだ」。






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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 46

2015年07月04日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第三章 愁傷 ~楠小十郎~

 案の定、屯所の前川家に戻ると、沖田が開口一番「見世物はどうだったか」と聞いてきた。
 「はい。五色の鳥や、見たこともない獣などがおりました」。
 「本当に五色の鳥なんているのかい」。
 「はい。奇麗なものでした」。
 「一体、何色なんだい」。
 「ええ。紅や藍や…」。
 「へえーっ。そんな鳥がいるなんて信じられないなあ。それで、どうなんだい。混じり合っているのかい、それとも縦に別れているのかい、横かい」。
 こういったことに沖田は納得するまで、執拗なのだ。小十郎は、内心の動揺を悟られないように、話を反らす。
 「そうでした。芹沢局長たちがいらっしゃっておりました」。
 芹沢の暴言と、それを制した佐々木の話で切り返したのだった。 
 八月に入ってすぐの二日。佐々木が朱雀千本通で何者かに惨殺された。その第一報が壬生に届いた折り、小十郎は調役並監察の安藤早太郎、同じく島田魁らと共に佐々木の遺骸を引き取りに向かった。
 「私には意外です。佐々木君が隊を脱走するなんて」。
 あの芹沢さえもを黙らせた英明さを持ち合わせた佐々木が、隊を抜けたいと思ったとして、脱走という策を選ぶだろうか、甚だ疑問である。
 「楠君は、佐々木君と親しかったのかい」。
 「いえ、親しいと言うほどではありませんが…」。
 小十郎は例の芹沢の一件を安藤と島田に話した。




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富貴天に在り ~新選組美男五人衆~ 45

2015年07月04日 | 富貴天に在り ~新選組美男五人衆~
第三章 愁傷 ~楠小十郎~

 ほっと安堵に胸を撫で下ろした小十郎だが、咄嗟の出任せと言えども、沖田が知ってしまった以上、屯所に戻れば、「どうだったか」と、子犬のようにまとわりつかれるのは必定。烏因幡薬師まで足を運ばなくてはならない羽目になった。
 「おい、この見世はたばかっているようだ。こんな鳥が世の中にいるものか。絵の具で色を染めたに決まっておる。誰ぞ水を掛けて洗ってみろ」。
 「お止めくださいませ。そのような乱暴をしては鳥が死んでしまいます」。
 「水を掛けられたら困るとみえる。だが、このようなた謀(はかりごと)で、木戸賃を取ろうとはけしからん」。
 聞き慣れた怒声の主は、言わずと知れた局長の芹沢鴨だ。小十郎は内心、これで沖田に詮索されても、切り抜けられると踏んだ。
 「局長。西欧には私たちの見知らぬ物事も多いと聞き及びます。このような五色の鳥もいることでしょう」。
 鈴のような声の主は。
 「佐々木君」。
 佐々木愛次郎である。四方や芹沢に意見するような男とは思ってもみなかった。
 「見損なっていたか」。
 意外であった。
 だが、これだけ分かればわざわざ小屋に入る必要もない。小十郎は直ぐさま踵を返して河原町へと向かった。




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