「親方。早々に発ちやすからね」。
「分かってるさ。あっしもあんな諄い酒は御免だ。だがよ…」。
やはり放っては行けないと、せめて招き猫の一体くらいは、店に残してやりたいと言うのだった。
「文次郎も円徹も、あのはす向かいの旅籠に泊まって良いからよ」。
ならばと、甚五郎を残し、はす向かいの旅籠へと部屋を取った文次郎と円徹だった。
「漸くまともな飯が食えるな、円徹」。
「でも、親方だけ残して行って構わないのでしょうか」。
布団もろくにない見世に、甚五郎だけを残すのは恐れ多いと円徹の顔は曇るが、好きで残るのだから構う事はないと、文次郎は早くも油障子の桟を跨いでいた。
「じゃあ親方、遠慮なく旅籠に移らせて貰いやす」。
ああと頷きながらも、冷たい弟子だと舌打ちをする甚五郎に、円徹は一礼をするも、慌てて文次郎の後を追うのだった。
「まあ、わっかいお客様やこと」。
文次郎と円徹に旅籠の内儀は、目をくりくりと動かすのだった。
「兄弟やろか」。
人懐っこい内儀の笑顔に目もくれずに文次郎が、泊まるのは二人だが、飯は四人前頼むと告げれば、内儀の眉間に皺が寄り、その表情は一気に意地悪そうになるのだった。
「なんぼ若くても、二人で四人前は食べられへんでっしゃろ」。
「向かいの飯屋に、あっしらの親方が世話になってやすんで、飯くれえはまともに喰って貰いてえのさ」。
「けったいな話やね。飯屋に飯を届けるなんて」。
「けったいもなにも、飯屋と言っても米もありゃしねえのさ」。
内儀の顔が、ふと暗くなるのだった。
「あんさんら、あの飯屋を知ってますのんか」。
知りはしないが、一宿の礼に甚五郎が繁盛祈願の招き猫を彫るので、それが仕上がるまで、こちらの旅籠に泊まるのだと文次郎は伝えるのだった。
「あんさんらの親方とゆうお人は、招き猫を彫れるのやろか」。
「親方に彫れないものはありません」。
円徹が誇らしげに微笑むと、内儀はそわそわと目を泳がせながら、小走りに階段を下り、内所へと向かうのだった。
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「分かってるさ。あっしもあんな諄い酒は御免だ。だがよ…」。
やはり放っては行けないと、せめて招き猫の一体くらいは、店に残してやりたいと言うのだった。
「文次郎も円徹も、あのはす向かいの旅籠に泊まって良いからよ」。
ならばと、甚五郎を残し、はす向かいの旅籠へと部屋を取った文次郎と円徹だった。
「漸くまともな飯が食えるな、円徹」。
「でも、親方だけ残して行って構わないのでしょうか」。
布団もろくにない見世に、甚五郎だけを残すのは恐れ多いと円徹の顔は曇るが、好きで残るのだから構う事はないと、文次郎は早くも油障子の桟を跨いでいた。
「じゃあ親方、遠慮なく旅籠に移らせて貰いやす」。
ああと頷きながらも、冷たい弟子だと舌打ちをする甚五郎に、円徹は一礼をするも、慌てて文次郎の後を追うのだった。
「まあ、わっかいお客様やこと」。
文次郎と円徹に旅籠の内儀は、目をくりくりと動かすのだった。
「兄弟やろか」。
人懐っこい内儀の笑顔に目もくれずに文次郎が、泊まるのは二人だが、飯は四人前頼むと告げれば、内儀の眉間に皺が寄り、その表情は一気に意地悪そうになるのだった。
「なんぼ若くても、二人で四人前は食べられへんでっしゃろ」。
「向かいの飯屋に、あっしらの親方が世話になってやすんで、飯くれえはまともに喰って貰いてえのさ」。
「けったいな話やね。飯屋に飯を届けるなんて」。
「けったいもなにも、飯屋と言っても米もありゃしねえのさ」。
内儀の顔が、ふと暗くなるのだった。
「あんさんら、あの飯屋を知ってますのんか」。
知りはしないが、一宿の礼に甚五郎が繁盛祈願の招き猫を彫るので、それが仕上がるまで、こちらの旅籠に泊まるのだと文次郎は伝えるのだった。
「あんさんらの親方とゆうお人は、招き猫を彫れるのやろか」。
「親方に彫れないものはありません」。
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