第一章 罠 ~佐々木愛次郎~
八方塞がりとは正にこの事。愛次郎は不覚にも正座した膝に置いた拳に涙を落としてしまった。
「佐々木はん、あんさん、お国は確か摂津国どしたなあ」。
「はい。摂津国の大坂です」。
「そうどしたら、あぐりを連れてお逃げよし」。
「駆け落ちをしろと申されますか」。
「そうどす。あんさんの気持ちがほんまもんどしたら、あぐりは差し上げまひょ。それともお武家はんに未練がおまっか。うっとこは堅気の八百屋どす。なんが悲しゅうてかいらしい娘を妾にせなならへん。なあに三年もすれば熱りも冷めるでっしゃろ。ほなまた顔を見しておくれやす」。
愛次郎は目を閉じ深く頷いた。
「なら、お逃げよし」。
「山野君、佐々木君はこのところ芹沢さんと密なようだね」。
いち日と開けずに芹沢一派に呼び出されている愛次郎は、この頃隊士の誰が見ても一派に組み込まれたかに思えていた。だが、それにしても顔色は冴えず、稽古にも身が入らない様子である。
稽古の後、山野は沖田に呼び止められていた。
「はい。私もおかしく思い、尋ねたのですが、何でもないと言うばかりでした」。
「ふーん。芹沢さんに無理難題を押し付けられていなければ良いんだけどなあ」。
「ですが、少し前に芹沢先生のお伴で烏因幡薬師の見世物小屋に出向いたことがあります。その折り、芹沢先生の無体を、押し止めたのは佐々木君です。芹沢先生の難癖なら、どうとでも切り抜けるのではないでしょうか」。
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八方塞がりとは正にこの事。愛次郎は不覚にも正座した膝に置いた拳に涙を落としてしまった。
「佐々木はん、あんさん、お国は確か摂津国どしたなあ」。
「はい。摂津国の大坂です」。
「そうどしたら、あぐりを連れてお逃げよし」。
「駆け落ちをしろと申されますか」。
「そうどす。あんさんの気持ちがほんまもんどしたら、あぐりは差し上げまひょ。それともお武家はんに未練がおまっか。うっとこは堅気の八百屋どす。なんが悲しゅうてかいらしい娘を妾にせなならへん。なあに三年もすれば熱りも冷めるでっしゃろ。ほなまた顔を見しておくれやす」。
愛次郎は目を閉じ深く頷いた。
「なら、お逃げよし」。
「山野君、佐々木君はこのところ芹沢さんと密なようだね」。
いち日と開けずに芹沢一派に呼び出されている愛次郎は、この頃隊士の誰が見ても一派に組み込まれたかに思えていた。だが、それにしても顔色は冴えず、稽古にも身が入らない様子である。
稽古の後、山野は沖田に呼び止められていた。
「はい。私もおかしく思い、尋ねたのですが、何でもないと言うばかりでした」。
「ふーん。芹沢さんに無理難題を押し付けられていなければ良いんだけどなあ」。
「ですが、少し前に芹沢先生のお伴で烏因幡薬師の見世物小屋に出向いたことがあります。その折り、芹沢先生の無体を、押し止めたのは佐々木君です。芹沢先生の難癖なら、どうとでも切り抜けるのではないでしょうか」。
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