「差配さん、教えてくださいな」。
「教えるも何も、御政道通りさ」。
すると三ノ輪の浄閑寺に投げ込まれてお仕舞いということか。お紺は、上がり框に腰を降ろすと、碁板から目を反らさない差配に近付いた。
「それで三國屋さんじゃあ、知らんぷりを決め込んだままですか」。
「ああ、離縁して養子縁組も解消したってえんだから、三國屋とは既に縁もゆかりもないってね」。
「なら、三國屋さんはお構い無しですか」。
「んだな」。
お店者の不始末は、店にも咎が及ぶ。それを恐れての処置なのだろうか。
「んにゃ、縁切りされたのを苦に飛び込んだんだろってなこったな」。
「それじゃあ、三國屋さんも後味が悪いでしょうねえ」。
「だとしてもお調べも終わったこったし、読売にするようなねたも無いわさ」。
そうなのだ。江戸にはお六が実に多い。川岸に流れ着いた土左衛門は、関わりを恐れて押し返すので、そのまま海に流れ、遺骸さえ上がらない場合もある。それに比べれば無縁仏となっても浄閑寺で弔われるだけまだ増しというものだ。
だが、仏が余りにも哀れではないか。お紺は、読売を抜きにしても、その仏の生きた証しを知りたくなった。
「その仏さんには、お身内はいなかったんですか」。
すると、碁盤から離そうとしなかった差配の視線が、ふいに宙を泳いだ。そして、これ以上悲しい光はないくらいに、その瞳が憂いを帯びたのである。
「居たさ」。
「差配さん、何かご存じじゃあありませんか」。
差配は弱々しく頭を振る。そして、何か言いた気に口元が動くが、それも寸の間。直ぐに口元は真一文字に閉じられた。
「差配さん、教えてくださいな」。
お紺は猫なで声を出す。
「お紺ちゃん。あの男の生き様は、読売で可笑に書き立てるようなもんじゃないわさ。それでも知りたけりゃあ、柳橋の梅華ってな左褄に聞いてみな」。
「柳橋の芸者さんですか」。
「ああっ、会えたらの話だけどな」。
差配の意味深な言葉が頭を駆け巡る。事情を知っているのが芸者なら、やはり相対死の相方は粋筋の姐さんなのだろうか。とにもかくにもお紺は、梅華という芸者を訪ねることにした。
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「教えるも何も、御政道通りさ」。
すると三ノ輪の浄閑寺に投げ込まれてお仕舞いということか。お紺は、上がり框に腰を降ろすと、碁板から目を反らさない差配に近付いた。
「それで三國屋さんじゃあ、知らんぷりを決め込んだままですか」。
「ああ、離縁して養子縁組も解消したってえんだから、三國屋とは既に縁もゆかりもないってね」。
「なら、三國屋さんはお構い無しですか」。
「んだな」。
お店者の不始末は、店にも咎が及ぶ。それを恐れての処置なのだろうか。
「んにゃ、縁切りされたのを苦に飛び込んだんだろってなこったな」。
「それじゃあ、三國屋さんも後味が悪いでしょうねえ」。
「だとしてもお調べも終わったこったし、読売にするようなねたも無いわさ」。
そうなのだ。江戸にはお六が実に多い。川岸に流れ着いた土左衛門は、関わりを恐れて押し返すので、そのまま海に流れ、遺骸さえ上がらない場合もある。それに比べれば無縁仏となっても浄閑寺で弔われるだけまだ増しというものだ。
だが、仏が余りにも哀れではないか。お紺は、読売を抜きにしても、その仏の生きた証しを知りたくなった。
「その仏さんには、お身内はいなかったんですか」。
すると、碁盤から離そうとしなかった差配の視線が、ふいに宙を泳いだ。そして、これ以上悲しい光はないくらいに、その瞳が憂いを帯びたのである。
「居たさ」。
「差配さん、何かご存じじゃあありませんか」。
差配は弱々しく頭を振る。そして、何か言いた気に口元が動くが、それも寸の間。直ぐに口元は真一文字に閉じられた。
「差配さん、教えてくださいな」。
お紺は猫なで声を出す。
「お紺ちゃん。あの男の生き様は、読売で可笑に書き立てるようなもんじゃないわさ。それでも知りたけりゃあ、柳橋の梅華ってな左褄に聞いてみな」。
「柳橋の芸者さんですか」。
「ああっ、会えたらの話だけどな」。
差配の意味深な言葉が頭を駆け巡る。事情を知っているのが芸者なら、やはり相対死の相方は粋筋の姐さんなのだろうか。とにもかくにもお紺は、梅華という芸者を訪ねることにした。
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