大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話39

2014年12月30日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「差配さん、教えてくださいな」。
 「教えるも何も、御政道通りさ」。
 すると三ノ輪の浄閑寺に投げ込まれてお仕舞いということか。お紺は、上がり框に腰を降ろすと、碁板から目を反らさない差配に近付いた。
 「それで三國屋さんじゃあ、知らんぷりを決め込んだままですか」。
 「ああ、離縁して養子縁組も解消したってえんだから、三國屋とは既に縁もゆかりもないってね」。
 「なら、三國屋さんはお構い無しですか」。
 「んだな」。
 お店者の不始末は、店にも咎が及ぶ。それを恐れての処置なのだろうか。
 「んにゃ、縁切りされたのを苦に飛び込んだんだろってなこったな」。
 「それじゃあ、三國屋さんも後味が悪いでしょうねえ」。
 「だとしてもお調べも終わったこったし、読売にするようなねたも無いわさ」。
 そうなのだ。江戸にはお六が実に多い。川岸に流れ着いた土左衛門は、関わりを恐れて押し返すので、そのまま海に流れ、遺骸さえ上がらない場合もある。それに比べれば無縁仏となっても浄閑寺で弔われるだけまだ増しというものだ。
 だが、仏が余りにも哀れではないか。お紺は、読売を抜きにしても、その仏の生きた証しを知りたくなった。
 「その仏さんには、お身内はいなかったんですか」。
 すると、碁盤から離そうとしなかった差配の視線が、ふいに宙を泳いだ。そして、これ以上悲しい光はないくらいに、その瞳が憂いを帯びたのである。
 「居たさ」。
 「差配さん、何かご存じじゃあありませんか」。
 差配は弱々しく頭を振る。そして、何か言いた気に口元が動くが、それも寸の間。直ぐに口元は真一文字に閉じられた。
 「差配さん、教えてくださいな」。
 お紺は猫なで声を出す。
 「お紺ちゃん。あの男の生き様は、読売で可笑に書き立てるようなもんじゃないわさ。それでも知りたけりゃあ、柳橋の梅華ってな左褄に聞いてみな」。
 「柳橋の芸者さんですか」。
 「ああっ、会えたらの話だけどな」。
 差配の意味深な言葉が頭を駆け巡る。事情を知っているのが芸者なら、やはり相対死の相方は粋筋の姐さんなのだろうか。とにもかくにもお紺は、梅華という芸者を訪ねることにした。




ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話38

2014年12月28日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「当たり前じゃないか。好いた亭主死骸を放ってなんかおけるもんかい」。
 「そりゃあよ、お紺。お前えが真から惚れたことがねえからよ」。
 「何だってえっ」。
 思わず拳を振り上げるお紺。重蔵は夜具を頭に引っ被って「おお怖っ」などと戯けている。それがまたお紺の癇に障るのだ。
 「良いかい、亭主がほかの女と死んだんだぜ。女房にとっちゃ、面子丸つぶれさ。それこそ、憎さ百倍ってなもんさ」。
 「そんなもんかねえ」。
 お紺は、ふうっと大きな行きを洩らす。夫婦とはそんなものなのだろうか。死んでしまったら仏様ではないか。縁有って一度は添った仲でもある。生前の蟠りなどよりも丁重に弔いたいと思うのが人情なのではないだろうか。
 「だからお前えは、いつもとっつあんに甘えって言われるのよ。ここは三國屋の内状を探るのが先だろうが」。
 (そうだった)。
 お紺は胸をぽんと叩くと、重蔵が胡座をかいた敷き布団を蹴飛ばして、外に出た。
 (どうしてこうも、誰も彼もがとびこんじまうんだろうねえ)。
 八丁堀同心の娘・静江も川に身を投げた。幸い大事には至らなかったが、心に受けた傷が癒えるには時が必要だろう。
 だが、この度は、手代から店の若旦那に出世をした男が命を失っている。お店(たな)者のほとんどは、番頭になり暖簾分けをして貰うのが夢である。そして、それが夢のまま終えること方が多いのだ。
 幸いなことに所帯を持てたとしても、通いの番頭に出世した四十代になってがほとんどである。
 そんな中、手代から婿養子に収まった三國屋の若旦那ほどの幸運は、そうある話ではない。
 お紺は浅草御蔵の自身番へと急いだ。住まいのある横網町からは大川を渡り両国広小路へ出れば訳が無い。両国広小路の喧騒が、お紺の気を急かせた。
 「ご免なさいよ」。
 自身番には、顔見知りの月当番の差配と書き役が詰めている。所在な気に碁を打っているので、お六の件はもう解決したのだろう。
 「おや、お紺ちゃんじゃないか。流石に早いね」。
 ということは、お六が運び込まれたのは、ここに間違いない。




ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話37

2014年12月26日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「相対死なら、相方はどこの女なのさ」。
 「さあてね。何せ、三國屋の若旦那ってえんで、話は持ち切りさ。女の方までは気が回らねえわな」。
 「いつもだけど、役に立たない男だねえ」。
 「おきゃあがれ。こちとら八百屋でい。読売にねたを売って暮らしちゃいねえやい」。
 三國屋にはもうひとつ金棒引きを掻き立てる話があった。実の息子が居ながら、その子には出店を与えて独立させ、姉娘のお美代に婿を取って稼業を継がせていたのである。
 大方の見方は、お美代可愛さと、婿養子に迎えた手代を偉く買っていたからだろうとの評判だった。
 「三國屋の若旦那っていったら、手代から婿に入ったお人だろう」。
 その祝言の様子は、お紺も読売にしていたので良く覚えている。何でも、子どもの時分から手代の佐助に惚れ込んでいたお美代が、親を説き伏せて婿にしたと聞いていた。
 お美代を猫っ可愛がりしていた三國屋藤衛門は、はなからお美代を手放す気はなく、どこぞの大店の二男、三男を婿に迎えて商いを広げたいと考えていたが、お美代に押し切られるかたちとなったのだ。
 弟の藤太郎も出来た人物で、己が継ぐ筈だった店を手代上がりが継いでも、文句ひとつ言わずに、義兄弟仲も良いと聞いていた。
 「手代からお店の跡継ぎにまでなって、何も死ぬこたあねえわな」。
 重蔵は、顎をさすりながらしんみりと言う。
 「ちょいと待っておくれな。さっき投げ込み寺って言っていたけど、三國屋くらいのお店なら、ちょいと鼻薬を効かせれば、相対死じゃなくて、足を滑らせて川に落ちたくらいに出来たんじゃないかえ」。
 賄賂を掴ませるということだ。その方が店の暖簾に傷が付かない筈だ。どう考えてもその方が利口である。
 「そんなこたあ、知らねえが、八丁堀の旦那もそこんとこをお考えなすって、手下を三國屋に走らせたが、三國屋からは、縁切りをして出て行ったんだとよ」。
 「縁切りっだって」。
 「ああ、だから三國屋のかって知ったるところじゃねえってよ。冷てえもんだな」。
 重蔵はしみじみと語る。
 「三國屋の旦那さんがそう言ったって、娘の方はどうなんだい。惚れて一緒になった亭主じゃないか」。
 「お紺よお。お前ぇ本気でそう思っているのけ」。
 重蔵は眉根を寄せて、しげしげとお紺を見る。




ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話36

2014年12月24日 | のしゃばりお紺の読売余話
 情が深いが早とちり、面倒見は良いが出しゃばり過ぎる。お紺を例えるならこのようなところだろう。お人好しではあるのだが、ちいとばかり面倒臭いのが玉に傷なのだ。何事にも顔を突っ込まずにはいられないので、付いた渾名がのしゃばりお紺。

 「お六を見ちまったよ」。
 隣の八百屋の重蔵が、如何にも嫌なものを見たとばかりに、血の気の引いた顔で戻るや否や、夜具を引っ被って寝込んでしまった。
 「ちょいと、お六ってどういうことさ」。
 お六とは土左衛門のことである。長屋の前で米を研いでいたお紺は、釜を投げ捨て重蔵にくっ付いて上がり込み、その夜具を引き離そうと大いに揺らす。
 「だから土左衛門だ」。
 「何処でだい」。
 聞けば、浅草広小路から少し北に行った御蔵の近くのらしい。それならばとお紺は袖を捲し上げた。
 「今から出張ったところで遅せえや。もう運ばれちまっただろうよ」。
 鼻の穴を膨らますお紺を、夜具の隙き間から垣間みる重蔵。
 (全く、どんな土左衛門か聞かなくて良いのかよ)。
 重蔵は、先走るお紺に突っ込みを入れたくなる。
 「ちょいと、自身番まで行ってみるよ」。
 「まあ待ちねえ。行ったところで、もう投げ込み寺さ」。
 言われてみればそうである。
 「だったらどんな土左衛門さ」。
 (そうこなくっちゃ)。
 重蔵は夜具を撥ね除け、布団の上で胡座をかいた。
 「何と、相対死よ」。
 「相対死…」。
 心中である。それも、お店(たな)の若旦那だと重蔵は告げる。
 「そのお店ってえのが、日本橋の小間物問屋の三國屋だってえから驚きさ」。
 三國屋は中店ながら、近年、独自の美人水を売り出し、これが滅法良いと評判を取り、商いを大きくしていた。お紺も、三國屋の美人水の評判は耳にしていたが、何処に行っても売り切れていて未だ使った試しがない。




ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話35

2014年12月22日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「それも定めだと思われますか」。
 静江の声が湿っている。
 「へい。定めだと思いやす。あっしに兄さんが居たとして、兄さんが養子に出されたとしても、それが不幸だとは限らねじゃねえですか。家を継ぐよりも肌に合うかも知れやせん。それに兄さんの思い人を嫁に迎えるのは、ちいとばかり気が咎めやすが、それは最初だけの事。兄さんがその人を思っていたよりも、長い時を過ごしているうちに、ゆっくりとあっしの方を向いてくれりゃあ良いと思いやす」。
 「ゆっくりとですか」。
 「今は、全てが悪りい方に動いているように思えるかも知れやせんが、十年後、二十年後に笑っていられたらそれで良いと思いやす。何も今直ぐに結論を出す必要はねえんじゃねえですかい」。
 「十年後、二十年後ですか。随分と気の長い話ですね」。
 静江の声が軟らかくなった。
 「なあに、あっと言うまでしょう。家の親父なんぞは、大昔をまるで昨日のことのように喋ってやすぜ」。
 気を抜いた方が良い。どれだけ長い間、気を張り詰め己を責めてきたのだろう。金次は静江と、妹のお町とを重ね合わせていた。
 お町もおえんという情婦のいる太助と一緒になる。最も太助とおえんとは、とうに切れてはいるのだが、おえんはそうは思ってはいなかった。そして太助はお町を選んだのではなく、火消しの娘だから選んだのだと。頭の娘でなければ、そんな不器量な女を男が選ぶものかと、女子にとっては辛い言葉を浴びせられもしたのだ。
 お町は何事もなかったかのように笑っていたが、内心は随分と傷付いたことだろう。だからといって出自や器量は己の努力ではどうにもならない。どうにもならないからこそ、ほかの部分で補おうと精進するのが人なのではないだろうか。
 お町は決して器量良しではないが、性根は優しい心配りの出来る娘である。おえんとて、決して恵まれたと言えない出自を自らの器量で生き抜いてきたのだ。
 誰もが何かが欠けている。それを補えるだけの強さも持っているのが人である。そして時の流れが傷付いた心を癒してくれる。今は辛くても、いつか笑い話になると、金次は語る。
 静江の目尻がやや下がったのを見て、金次は安堵感を得た。
 「お辛いことがありやしたら、何時でも来てくだせえ。あっしで良ければ話し相手にしておくんなせえ」。
 
 このような話がなされているとは露知らずのお紺は、静江の為に何か出来まいかと、持ち前ののしゃばりで、半月もの間、読売をそっちのけで金次の家を見張っていた。当の静江はとっくに組屋敷に戻っているとも知らずに。結局静江には会えず仕舞。それに費やした半月の間に、なんら働きもしなかったと、父親の庄吉からは大目玉を喰ったお紺であった。
 そして、そんなお紺を近所の人々は、「大方金次に岡惚れした娘が、付け回しているのだろう」と笑っていたのだが、お紺が知る由もない。



ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話34

2014年12月20日 | のしゃばりお紺の読売余話
 三十俵二人扶の同心に、娘を武家屋敷に奉公に出す仕度金などそう易々とは用意出来るものではない。いや、そんな事よりも、娘には女子として幸せになって欲しい。
 平三郎、静江、真之介。三者三様に重苦しい日々である。
 
 金次は深くは詮索しないが、ひと言だけこう言った。 
 「静江様は、真之介様がお嫌いなんで」。
 こう問い掛けられたのは初めてだった。これまで家名のことだけを言われ続け、姉・初江への遠慮の思いに捕われていた静江にとって、真之介との縁組だけを思えば、これ程幸せなことはない。
 「御武家様の事情は、あっしら町屋のもんには分かりゃしやせんが、御自分の事をいっちに思って良いんじゃありやせんか」。
 虚ろに宙を彷徨っていた静江の視線が金次に向けられた。
 「金次殿、それが大切な人の不幸の上にあってもでしょうか」。
 金次の元へ身を寄せた静江が、初めて口を開いた言葉である。
 「幸せや不幸せってえもんは、今直ぐに分かるもんじゃありやせんぜ。それこそ白髪が生える時分になってしみじみと思い起こす事じゃありやせんかね。あっしはそう思いやす」。
 「白髪の生える頃ですか」。
 「それに人様の幸不幸なんぞを、ほかのもんが決め付けるなんぞは、穿った考えですぜ」。
 「わたくしが穿っていると」。
 「へい。誰にも定めはございやす。どんなに苦しくても、その定めの中でよりどころを見付け出す強さも人にはあるもんですぜ」。
 「ならば、好いた相手と別れさせられ、違う相手に嫁がされたとしても、不幸ではないと言われますか。それが誰かほかの者のせいでも運命とおっしゃられますか」。
 静江の口調が荒々しくなるのが、金次には好ましく思えた。それは、感情が戻った証しでもある。
 「へい。元よりの定めだと思いやす」。
 だが金次には、意にそぐわない婚礼が静江なのか、ほかの者がそうなのかは計り知れずにいた。とんだやぶ蛇にならないように、慎重に話を進める必要があった。
 「このお江戸、いや日の本中で、どんだけのもんが、合惚れで夫婦になっているでしょうか。特にお武家様ではあっしらには分からねえ面倒事があるんでござんしょう。ほかのもんのせいでとおっしゃいやすが、世の中ってえのはほかの誰かに操られて思い通りにならないもんでさ」。
 静江は胸の石ころを抱いているような感情に捕われた。所詮町屋の者などに分かろう筈も無い。それを、したり顔で解く金次が憎々しく思えたのだ。
 「もし、あなたに兄様がおられ、その兄様が陽子に出されてあなたがお家を継ぐとしたら…そして迎えた嫁御は兄様の思い人だったとしたら…あなたは如何するでしょう」。
 とぎれとぎれに嗚咽を堪えながら話す静江に、金次は全てを理解した。




ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話33

2014年12月18日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「何故だ。そなたはわしを好いておったではないか」。
 静江の元には連日、松本真之介が足を運んでいた。奉行所への届け出はふいに目眩がし足を滑られて川に落ちたとされている。だが、己から断りを入れる事があっても、四方や静江が、身投げをする程に己を嫌っているなど、あろう筈もない。
 真之介が膝を詰めれば詰める程、静江は俯いて身を固くするばかりであった。
 「わしのどこが不満なのか、聞かせてはくれまいか」。
 幾ら口裏を併せようと、いつしか事は露見する。奉行所内で縁組を嫌っての身投げと、解れば真之介の立つ瀬は無い。また、現に奉行所内で訝っている同輩もいる。何としても早々に祝言を挙げて面子を保ちたいのだ。
 次第に真之介の膝に置いた拳が小刻みに震え出す。
 「どうあっても訳を話してはくれぬのか。そなたわしに恥をかかせたいのか」。
 静江のうなじがぴくりと動き、微かに横に振ろうと動く。真之介に問い質されればされる程、己が惨めになってくるだけだった。己の器量が悪いばかりに、家名迄も巻き込み、姉と真之介の仲を裂いた結果になってしまった事に、ただただ恥じ入るばかりなのだ。
 身の置き場がないとはこの事だろう。真之介が言うように、姉との仲を知らずに確かに真之介に淡い思いを抱いてもうた。だから尚更、姉が手に入れる筈だった幸せを己が全て手に入れる訳にはいかないのも事実。
 「あなたなど産まれてこなければ良かったのに」。
 あの優しかった姉に、そこまで言わ示したのは誰あろう自分なのである。
 父・平三郎は、初江にとっても静江にとっても、最善と思い下した決断だったのだ。反れが全て裏目に出たと言っても過言ではない。
 初江は好いた相手との仲を引き裂かれ、泣く泣く異に沿わぬ相手に嫁がされ、静江はそんな姉への自責の念に胸を押しつぶされ自らの命を絶とうとした。
 もし、静江の相手が真之介でなければ、万事が丸く納まっていたのかも知れない。運命の悪戯としか言いようの無い真実。静江は、この現実から逃れる為に平三郎にこう申し出た。
 「真之介様を御養子に迎えられ、しかるべき嫁を迎えられ御家を継いで頂いてくださいまし」。
 そして己は武家屋敷に奉公に出ると。
 平三郎にとっては青天の霹靂であった。静江の行く末を慮ってので真之介との縁組だったのだ。それを静江が拒もうなどとは思いもしないことである。
 ならば何故に初江を嫁に出したのだ。平三郎の意をくみしない静江に怒りが込み上げるのだった。
 「ええい、武家の娘が親に逆らうなど言語道断」。 





ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話32

2014年12月16日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「要するに、仲の良かった姉様の人生を、奪っちまったと思い悩んで身の置き場がなくなっちまったんだろうよ」。
 お紺はしゅんと鼻を啜る。
 「辛いねえ。姉様の思い人と姉様が継ぐ筈の御家名だったなんて」。
 「で、どうするつもりさ」。
 朝太郎は、これでも面白半可に読売に書き立てるのかと言っているのだ。
 「馬鹿だね。これ以上追い詰めてどうするんだよ。読売なんかにするもんか」。
 「そうこなくっちゃ。流石に情の分かるお紺ちゃんだ」。
 八の字に曲げた朝太郎の眉がきりりと上がる。
 「だけどお父っつあんには内緒だよ。お父っつあんなら、膝を叩いて大喜びで悲恋仕立てに書くに決まっているからね」。
 お紺の父・庄吉は常日頃から、人様の不幸を面白半可に話し回るようじゃあ、そこいらの金棒引きと同じ。諸手を挙げて小躍りして喜んでこそ、読売稼業の神髄と公言して憚らない。
 お紺は、人様の不幸が飯の種とは、あんまりだと悲しくもなったこともあったが、今では勾引しや火付け、盗人など事をあからさまにし、どれだけの罪に問われるかを知ら示す事で、少しでも犯罪が減れば良いと心している。
 なので同じ稼業の父娘ではあっても、その意味合いは違うのだった。もうひとつ大きな違いは、銭にならない事には全く興味のない庄吉に反し、お紺は情で動く。一文の銭にならなくても顔を突っ込む事にのしゃばるのが、その名の所以である。
 (放っちゃおけないねぇ)。
 お紺の胸に火が付いた。それにしても毎度気になるのが朝太郎の調べでであった。聞いてみても、「ねたはばらしても、ねた元は喋っちゃいけねえのが読売稼業の決まり」と突っ放なされるのだ。
 お紺の足は、静江が身を寄せていると聞いた、本所・深川三組火消しの頭のやさへと向かっていた。出張ったところで静江に会えるとは限らないし、仮に会えたとしても見ず知らずの己に何が出来ようかと思わなくもないが、事情を知ってしまった以上、知らんふりは出来ない性分なのである。
 庄吉に知れれば、「馬鹿野郎、ねたにしねえか」と、大目玉を喰うだろう。朝太郎に言えば、「よしなせえ。人様には触れられてくねえ事柄があるもんだ」と、嗜められるだろう。自分がのしゃばりだとはよくよく承知の上である。 



ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話31

2014年12月14日 | のしゃばりお紺の読売余話
 静江が、このようなやり取りが再三持たれた後、初江が渋々輿入れしたなど思いも寄らぬことであった。自分に冷たくなったのも、嫁入り前の不安からであろう。家を離れる寂しさからかなどと思い巡らせ、輿入れの日の涙も、悔し涙などとは予想だにしなかったのである。
 事次第を静江が知った時、静江に婿取りの話が決まっていた。そして同時にその相手が姉・初江と言い交わした間柄だったことも。
 静江の相手は、平三郎と同じ、南町同心の三男の松本真之介である。幼い頃から武勇に優れ、同心の娘はむろん、町屋の娘たちも放ってはおかない男ぶりであった。現に日本橋本町に大店を張る両替商や、廻船問屋からの懇願もあったと噂されている。
 静江も胸の奥で密かに思っていた相手であった。
 だが平三郎から話を聞いた時は、全身が燃え盛るように熱くなり、喜びに打ち震えたのだったが、その後幾ら経っても一向に話は進まずにいた。
 そうこうするうちに姉が嫁ぎ、漸く真之介からの色良い返事がもたらされた時には、静江は己の愚かさを思い知ったのであった。
 真之介は三男、初江は姉妹の長女。相惚れの二人に障害などあろう筈もなかったのである。それが、静江の器量を推し量り、家付きでなくては嫁の貰い手もないだろうといった親心から、初江が家督を継ぐことがなくなり、真之介と初江は泣く泣く分かれたのだった。
 だからといって家名の為にだけ、静江との縁組を真之介は拒んだ。一番には、好いた相手の妹と一緒になるのを躊躇してのことだが、それまでに断り続けた縁組が幾らでもあったのも事実。冷や飯食いで生涯を終えよう筈もないと踏んだからである。
 だが、一度断られた娘の親からすれば、これ程の恥辱はなく、真之介に再び嫁しても良いと思う者はいなかったのである。
 真之介が静江との縁組に色気を見せ始めたのは、初江が嫁いでからいち年の後であった。そして、ずっと心に秘めていた真之介との縁組を真底喜んでいた己を恥じた。
 恥じて、恥じて。姉には申し訳ない思いを抱き、一度は断られながらも家名欲しさに静江を妻にしようという真之介に嫌悪を抱いても良かろうところ、それでも嬉しさが先立つことを、更に恥じ入ったのであった。
 常に葛藤を続け、居たたまれない思いで溢れんばかりの静江を知ってか知らずか、祝言より先立ち、真之介と田所家との養子縁組が整い、真之介は見習い同心として奉行所に出仕していた。
 そんな折りにお町とおえんに出会したのある。家付き娘と器量自慢。まるで静江と初江を彷彿とさせる諍いであった。




ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話30

2014年12月13日 | のしゃばりお紺の読売余話
 人様の不幸ばかりを飯の種にしている訳ではないが、それが多いのも事実である。時には読売を拵えるのに胸を痛める事もある。
 あの優しかった姉の静江を見る目が冷ややかになった。
 「母上の差し金ですか。母上は、わたくしが疎ましいのです」。
 初江は、目頭に涙をにじませながら、平三郎に詰め寄った。
 「静江に家督を継がせたいのです」。
 平三郎が幾ら説いても、初江は頑に聞き入れない。初江の産みの母は産褥の後に初江を残し世を去っていた。乳飲み子を抱えた平三郎は周囲の勧めも有って後添えを迎えたのである。そして静江が産まれたのだ。
 「初江、そなたはそのように思うていたのか」。
 「いいえ、今の今迄は母上を実の母と慕ってまいりました。ですが、跡取りであるわたくしを嫁に出し、実の娘と暮らしたいと思おておいでのご様子」。
 「そうではない。これはわしの一存ぞ」。
 「ならば、何故、初江に田所の家を継がせてはくれないのです」。
 三十表二人扶持の同心よりも、格上の与力の家に入った方が幸せであると平三郎は信じている。その幸福を初江は掴めるのだ。それを頑なまでに拒む訳が分からなかった。
 一方の初江にとっては、子どもの頃から己が継ぐ筈の家督を静江に奪われた気持ちでいた。やはり己よりも静江の方が可愛いのだ。そう頭から思い込んでいたのである。
 「わたくしは承服し兼ねます」。
 頑な初江に、ついに平三郎は本音を洩らす。
 初江であれば、幾らでも良縁があるが、平三郎に御神酒徳利の静江は、家付きでもなければ嫁の口がないのだと。
 それでも初江は承服はしない。 
 「父上は、静江を第一にお考えですか」。
 そうではない、そうではないのだが、与力との縁組を喜びこそすれ、これ程迄嫌がるとは思ってもいなかった。
 相手は見てくれこそぱっとしないが、人知にも優れ、ゆくゆくは筆頭与力との声も高い人物である。何より、初江を嫁にと懇願しているのだ。これ程の幸せがあろうかと、平三郎は膝を打って喜んだものであった。
 「ええい、初江、見苦しいぞ。武家の娘が縁組に異を唱えるなどもってのほか」。




ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話29

2014年12月11日 | のしゃばりお紺の読売余話
 だが、お紺が手を引いたのは、理由が分からなかったからではなく、むしろ知ってしまったからである。静江の辛い心境を察し、他人が面白おかしく噂するべきではないと感じ入っていた。
 真実を掴んだのは、絵師の朝太郎。どこでどう耳にしたのか、この男は得体の知れないところがあった。あの日も、良い男と評判の金次の顔を見に行くのだと、お紺と離れてから、その翌朝にはお紺にこう言ったのだ。
 「お紺ちゃん。どうにも面白くないねえ」。
 「何がさ」。
 名前に似ず、朝太郎には珍しく、お紺が井戸っ端で米を研いでいる時分の訪いだった。
 「あの、お武家の娘さんの飛び込みさ」。
 人の生き死にである。そりゃあ面白い筈がない。
 「だから、あたしは手を引くよ」。
 そう言いながら、ほつれた鬢を撫で付ける。
 「手を引くよって、一度引き受けた仕事を断るなんざ、朝さんらしくもない。それよりも、面白くないってえのは、何か分かったんだろう」。
 よくよく見れば朝太郎の目の下には隈が出来ている。夜っぴいて調べてその足で来たのだろう。
 「まあね。人様には色々事情ってもんがあるってことよ」。
 「そんなことは分かってるさ。身を投げたんだ。事情が無い方がおかしいじゃないか」。
 もったいぶった朝太郎に、お紺は思わず米粒を投げ付けたくなった。
 「良いかえ、人様に知られちゃ拙いことには蓋をしながらも、霞が掛かったかのように書いて、それでいて、人様の気を引くように仕上げていくのがいくのが読売さ。あたしだってそこんとこは分かっているさ。さあ、話しておくれな」。
 気を持たせるのは好きではない。白か黒かはっきりさせないことには気が済まない質である。
 「んじゃあ、言うけど、絶対に読売にしねえって約定出来るかい」。
 朝太郎は端正な顔の目を引き締める。その目の奥には有無を言わさぬ光を宿しながら。読売に出来ないなら知ったところで何ら意味もない。ところだが、のしゃばりと噂されるだけあり、首を突っ込まずにはいられないお紺。取り敢えずは知りたいのだ。
 「それは出来ないね。読売にしてなんぼの商売じゃないか」。
 「なら話せねえな」。






ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話28

2014年12月09日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「お嬢様、未だ話す気になれねえなら、話したくなるまで待ちやす。こんな所でやすが、それまで気兼ねなく居てくだせえ」。
 金次が口火を切った。するとしくしくと瞼を濡らしていた鈴江が、堰を切ったかのように嗚咽を洩らしたのだった。
 「あっしじゃあ、お力になれやしやせんか」。
 懐手で、膝を揃えた金次の前で、静江は押し殺していた声を次第に洩らし、涙をほろほろと流す。金次は目を閉じ、静江の嗚咽が収まるのをじっと待ち、お町に熱い茶を運ばせた。気持ちが落ち着かなくては話す気にもなれないだろうといった心遣いである。
 泣くだけ泣いた静江は、放心したかのように一点に目をやるが、そこには何も見えてはいないだろう。
 静江の口は重かった。金治が事次第を知ったのは、ひと回りの後。よって、お紺の読売は尻切れとんぼで、静江についてが書かれる事は二度と無かったのである。
 
 「んで、そのお武家の娘さんは、お屋敷に帰ぇったけ」。
 お紺の幼馴染みの重蔵は、お紺の読売よりも先に知りたくてたまらないのが常で、度々売り物の青物などを携えて訪うのだった。
 「あの読売は、火消しの若頭が川に飛び込んで助けたって事でお仕舞いさ」。
 お紺は口を尖らせる。翌日には飛び込んだ訳を調べて第二弾を大々的に売り込もうと意気込んだものの、縁組が整っており、命を絶つ訳なぞ知る由もなかったのだ。
 気にそぐわない相手だったと、安直に思い巡らせない事もないが、当の相手は町屋の娘も熱を上げる程の美男であり、同心の娘からの縁組の申し出も数多有ったと聞く。
 そんな中で静江を選んだのだ。誉れであれこそ、身を投げる理由になどなろう筈もない。
 それが同心同士の縁組なれば、下手を打つ事も出来ず、金次に話を聞こうと試みたが、それもつれなくされて断念したのだった。
 静江のその後は知る由もない。
 「でもよぉ。だったら尚更、気になるじゃねえかい」。
 のしゃばりお紺らしくもないと、重蔵。
 「いくらあたしがのしゃばりでも、これ以上保持繰り返して、面白おかしくは出来ないじゃないか」。
 縁組に傷でも付けたら大変だとお紺。だから「甘い」と父親の庄吉からは言われている。誰がどうなろうとも、読売は「売れでなんぼ」が、庄吉の信念なのだ。こんな時、お紺は実の父親ながら、その非情ぶりに嫌気がさすのだった。




ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話27

2014年12月07日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「何故だ。静江、泣いてばかりでは分からぬではないか」。
 田所平三郎は途方に暮れていた。この事が明るみに出れば外聞が悪いばかりか、漸く整った初江の祝言にも差し障りがあろうかと言うものである。幸いに、静江だと分かっているのは三組の若頭の金次と町医者の玄庵、そして岡っ引きのみである。いずれも口は固いので知れている。
 それにしても、静江が身投げをしようとまで思い詰める訳が思い当たらないのだ。
 「静江殿、そなたは某との縁組が不服なのであろうか」。
 平三郎と共に駆け付けた許嫁の松本真之介は、端正な顔立ちの眉を吊り上げている。
 真之介は平三郎と同じ、町方同心の家の三男であり、この度田所家との養子縁組が整ったばかりであった。冷や飯食いの三男坊が婿入りをするのは至極当然の事である。
 だが、静江との縁組が整う迄に紆余曲折があったのである。それを真之介は忘れたかのように、静江を責める。
 伊予曲折…いちも二もなく飛びつくであろう筈の縁組に、真之介は断りを入れたのだ。それもその筈、美男で偉丈夫な真之介は女子(おなご)に人気があり、婿入り先は数多あったのである。それを全て断ったのは、思い人が居るからだろうと噂されていた。
 言い交わした相手が居るなら仕方ない。だが、その存在を明かす事なく、ただただ、「未だ早し」とだけ、断り続けた真之介が、突然に静江との縁組に首を縦にふったのだった。
 だからといって、一度ならず断られた相手に静江が素直に頷ける筈もないが、家督相続が一番の武家にあって、女子の思いなどは二の次である。とんとん拍子に話は進み、真之介の養子縁組は整い、見習同心として役所に出仕が適っていた。
 そこまでが玄庵宅の下女が語った話である。
 「縁組を嫌っていたからといって、身を投げる程の嫌な相手なのでしょうかね」。
 そこ迄思い詰めるものだろうかとお紺は不思議でならない。
 「まさか、あれ程のお相手なら、あたしなんぞはいちも二もなく承諾するさ」。
 下女は、うっとりと目を潤ませる。一度見たら忘れられないくらいの美男だったそうだ。
 「言っちゃあ何だけど、釣り合わぬは不縁の素って事じゃないかねえ」。
 悲しいかな人は先ず、見目形で判断される。気立てなどはその次なのだ。見目形が良いからこそ、次に気立てに目がいくというものである。特に女子の場合は産まれながらに運の八割りが決まっていると言っても過言ではない。
 (器量と家付き…。男はどっちを選ぶのか…待てよ、どっかで聞いた話じゃないか)。
 お紺は、火消しの娘と茶屋娘の一件を思い出していた。 




ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話26

2014年12月05日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「気付にも効く薬があるのですか」。
 お紺は内心、「しめた」と、ほくそ笑んだ。
 「ありますとも。先日だって…いえ」。
 (ほうら、きたきた)。
 「先日どうなすったのですか」。
 女中は急に顔付きをきりりと引き締め、患者の事は話せないなどと真面目腐るが、その実は何か言いた気に小鼻を膨らませているではないか。こういった場合は、後ひと押しすれば、結んだ口元も緩むというものだ。
 「あたしもね、人ごみなんぞに入ると、つと気が遠くなっちまう質なんですよ。そんなに効く薬なら、貰っていこうかしらねえ」。
 「そりゃあ、何たってうちの先生は長崎帰りですからね」。
 「へえっ、長崎。これは良いお医師を紹介されたもんです」。
 田所平三郎に勧められたと、お紺は大嘘を付く。すると女中は待ってましたとばかりに。お紺の方へと身を乗り出し、滑るように舌を動かすのだった。
 「その、田所様のお嬢様だって、先生の気付け薬で直ぐに良くなったんですけどね、それからが大変でしてね」。
 静江はただ、ほろほろと目尻に涙を流すばかりで、駆け付けた田所が叱咤しても、なだめすかしても、頑として口を開かなかったのだと言う。
 そして、組屋敷へ戻るのだけは嫌だと首を縦に振らなかった為、居合わせた金次が引き受けたのだと。
 「まあ、良く田所の旦那が御承知なすったもんですねえ」。 
 「田所様には心当たりでもおありだったんじゃないかねえ」。
 「でしたらお姉様の方が、大層仲がよろしかったですものねえ」。
 先程、番太の女房から姉が居る事は聞いていた。
 「お姉様ですか。お出でになられたのは田所様と、許嫁の方だけでしたけどねえ」。
 「い、許嫁」。
 お紺は本当に気付薬が必要なくらいに、驚いた。
 「ここだけの話ですよ。他所で喋っちゃいけませんよ」。
 女中はこう言いながら、何度人に話したのだろう。流暢に当時の様子をお紺に聞かせるのだった。いや、話し相手が現れるのを待ち構えていたのかも知れない。ちょっと水を向けただけで口角に泡を溜めて女中は喋る続けるのだった。玄庵が居たら、さぞやこっぴどく叱られた事だろう。





ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

のしゃばりお紺の読売余話25

2014年12月03日 | のしゃばりお紺の読売余話
 番太の女房の話によれば、田所静江にはひとつ違いの姉が居るのだが、この姉が静江とは似ても似つかぬ器量良し。縁組も降るようにあると言う。だが、静江に至っては、「可哀想な程」父の平三郎に瓜二つなのだそうだ。
 「まあ、あすこまで似てない姉妹も珍しいさね」。
 だが、姉妹仲は良いそうだと付け加える。
 「それが身投げとどいいった関係なんです」。
 器量などは産まれてからこのかた、毎日の事。それが急に身投げに繋がるとは思えないお紺である。
 「詳しい話はわかりゃしないけどね、年頃になって姉さんと比べられるのが嫌になったってもっぱらの評判だよ」。
 自分がそう思っているのではなく、第三者の誰かが言っているのだという物言いは、女特有のものだが、お紺は好きではない。仮に誰かが言っていても己の口に出した瞬間に、己の思いになるのだと思う。
 番太の女房も、静江の器量を多少は哀れんでいながらも、見栄えが悪いと思っているのだ。
 「あれじゃあ、嫁入り先も侭ならないって噂だよ」。
 「噂…噂ねえっ」。
 お紺の胸がむかむかしてきたのは、芋の食べ過ぎのせいばかりではない。これ以上番太小屋には用はない。お紺は思い切って町医者の玄庵を訪う事に決めた。
 玄庵の住まいは番太小屋から然程遠くない佐賀町にあった。場所は、番太の女房に、風邪っ引きでと言って聞いてある。
 生憎と玄庵は、丁度一区切りついて往診に行っているのだと、女中らしき年かさの女が告げる。
 「どうにも頭が痛くてねえ」。
 「先生も直に戻るでしょうから、少しお待ちになりますか」。
 赤いほっぺのでっぷりとした太り肉(じし)の女はに促され、お紺は診察室らしき座敷に通された。
 そこには薬莢入れたら擂鉢やらが整然と並び、当たり前だがつーんと薬草の匂いが立ち込めていた。
 お紺を置いて、女は猫の額程の庭先に出る。そこは丁度診療室の東側に当たり、障子を開けると見える位置であった。
 「お庭のお手入れですか」。
 お紺に振り向きいた女の手には笊があった。
 「いえね、先生がお育ての薬草を摘み取っているのですよ」。
 「薬草…」。
 「気付や熱冷まし、腹痛なんかに使う薬ですよ」。
 薬種問屋からも仕入れるが、玄庵自らが育てる種類も多いと言う。




ランキングに参加しています。ご協力お願いします。

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へにほんブログ村

人気ブログランキング

人気ブログランキングへ