大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 34

2014年04月30日 | 浜の七福神
 そこにきて、またも寺の龍が動き出したと言う。しかもその龍は、田畑を荒し家畜を襲うなど、人災いを振りまいている。
 仮に龍が動いたとしても、寺に住まう者なれば、人助けこそあれ、逆は有り得ないと円徹は考えるのだった。
 「文次郎兄さん、龍は神様の使いです。でしたら、大きな蛇か、ほかの生き物と見間違えたのではないでしょうか」。
 だが、文次郎そして甚五郎さえも、頭を横に振るのだった。
 「そこのあんさん。嘘や思うんやったら、朝早くに園城寺の龍の下を見てみなはれ」。
 「龍の下に何があるってんだい」。
 「水溜まりや」。
 龍と水溜まり。頭を傾げる円徹であった。正にその時、ひとりの身形の良い男が、小走りに百姓衆に声を掛ける。
 「庄屋様や。庄屋様、どないやった」。
 額に浮かぶ玉のような汗を拭きつつ、庄屋と呼ばれた男は、息を弾ませながらも子細を話す。
 「御代官様に申し上げたのやけど、人ん事でぇのうては、代官所は動けへん言うておった」。
 龍に寄る被害を訴え、役人に動いて貰おうと掛け合ったが、無駄であったと、庄屋は肩を落とす。ざわつく百姓衆をかき分けるように、人一倍大きな声の主が、庄屋の前に歩み出た。
 「何だってえ。相手が人じゃねえと動けねえなんぞ、とんだ腰抜けじゃねえか」。
 そうだそうだの声に押し出され、庄屋の正面に立ったのは甚五郎だった。
 「どなたはんですやろ」。
 見知らぬ顔に、訝しがる庄屋。
 「どなたも糞もねえやい。こちとら…」。
 ごほんと、文次郎の咳払いが、甚五郎の言葉を遮る。
 「申し訳ありやせん。あっしらは旅のもんでして。ついぞ話を聞かせて貰いやしたが、要は龍を動けねえようにすりゃあ良いんだろう」。
 鎖で巻くなり、釘を打つなりして、龍を止めてしまえと、甚五郎は息巻くのだが、どうにも庄屋の顔色は冴えず、途方に暮れている様子である。
 「それがやね、並の龍やったらええのやが、徳川様の肝煎り、当代一の名工、左甚五郎の物なんや」。
 徳川家大工棟甲良一門の堂宮大工棟梁である、甚五郎の彫った龍に傷を付けるなど恐れ多い。いや、徳川家の怒りを買っては一大事と、代官所も動かないのだと告げる。





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浜の七福神 33

2014年04月29日 | 浜の七福神
 「どうでい、文次郎の弟子の円徹さん。良い所だろう」。
 甚五郎が指差す先には、琵琶湖の水路が細くなり、瀬田川へと変わる辺りに掛けられた、唐橋があった。
 「瀬田の唐橋ってえんだ。何でも大昔によ、下野国の俵藤太ってえな侍が、百足退治をしたって話だけどよ。百足ってえのは橋を渡るもんなのかねえ」。
 「親方、そいつあ屁理屈って言うもんだ。親方の龍や虎だって、動くって言われてるくれえじゃねえですかい」。
 逸話は、何時の世でも語り継がれるものだと文次郎。すると、ふと足を止めた甚五郎。
 「そうだぜ、思い出した。この先の大津って所によ、昔馴染みがいるのさ。折角だから顔でも拝んで行くとするか」。
 次いでに、大津へ寄ろうと言い出した甚五郎だった。
 「文次郎兄さん。確か文次郎兄さんの親方は、命を狙われてるんじゃないですか」。
 讃岐までの亡命の筈が、何時の間にやら物見遊山とまではいかないが、どうにものんびりとした旅に思えてならない円徹。
 ああと頷きながらも、ちっとも進まぬ足取りに、こちらもやれやれといった顔の文次郎だが、ひとり、鼻歌を唄いながら、陽気な甚五郎である。
 三人が大津の里に足を踏み入れると、これまでののどかな景色が一転。荒れ果てた畑の前で、呆然と立ち尽くす百姓衆の姿が、嫌でも目に入るのだった。
 「ありゃ、こいつあ酷でえ。大雨かい、いや戦でもあったのかい」。
 「旅のお人やろか。そや、戦や」。
 この太平の世の中で、戦とは聞き捨てならずとばかりに甚五郎。ふむふむと、百姓の輪に加わるのだった。
 「戦とはな。徳川はいってえ何をしてやがる」。
 「旅のお人、戦は戦でも、侍ではおまへんのや」。
 「侍じゃねえって」。
 「そうや、龍や。園城寺の龍神が、夜な夜な暴れて畑を荒し、家畜を食っちまうのや」。
 「園城寺の龍がかい」。
 またも、己の龍が騒ぎを起こしていると知り、ああと、頭に手を宛てがう甚五郎。
 「園城寺の龍神って」。
 龍と聞いて、浄念寺の胴を斬られた龍の姿が目に浮かぶ円徹である。龍は逸話の中の生き物である。到底信じ難いが、確かに浄念寺の龍には斬られた痕があった。
 そして、辻斬りの刃が振り下ろされた瞬時、己の身ではなく何かに当たった音は確かに聞いた。だが、それを素直に結び付けられない思いもあった。





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浜の七福神 32

2014年04月28日 | 浜の七福神
 一方の文次郎の当惑は、幾ら小さな堂であっても、甚五郎と未だ半人前の文次郎であっては、何日掛かるか分かったものではない。増してや材木の調達も、大工道具も揃えなくてはならないのだ。
 「ならよ、小さくしちまおうぜ」。
 使える板を選んで、薬師如来が入るだけの小さな祠にすれば良いと、鼻歌交じりに板を外し出した甚五郎。
 「ですが親方、道具が足りませんぜ」。
 「鋸と、金槌がありゃあ十分だ」。
 至って暢気な甚五郎である。
 「文次郎兄さんの親方、釘はどうするんです。錆びていて使えません」。
 「おう、文次郎の弟子の円徹さんよ、あっしらは、釘なんかなくても、でえじょうぶなんだぜ。良く見ておきな」。
 言うなり、僅か一日で薬師堂を祠にと、造り直してしまった甚五郎。
 「これで薬師如来も喜んでくれるだろうよ」。
 と、足早に篠原を後にするのだった。

 その日の昼過ぎ村人は、新しい薬師堂が建立されているのを見て大仰天。しかも、これまでとは打って変わった、釘一本も使わぬ堂々たる堂宮仕上げ。
 狐に騙されているのかと、暫くは堂に近付く者はいなかったが、後に甚五郎の仕業と知ると、その祠を囲って、更なる大きな堂を建てるのだった。
 「何やら、居心地は良くなったが、あの男、余計な物まで置いていきおった。毎日話し掛けてきて五月蝿くて適わん」。
 そう呟く薬師如来の足下には、小さな木彫りの猫が一体。
 「これで、鼠に齧られねえからよ」。

 次回、摂津国で、悪さをする龍と対峙する甚五郎ちゃん一行。応援お願いします。







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浜の七福神 31

2014年04月27日 | 浜の七福神
 「時化た(しけた)町だあ、宿もありゃしねえ。親方どうしやすか」。
 近江八幡のひとつ先、篠原と言う寂れた里であった。城下町である近江八幡へ、引き返そう言う文次郎であるが、折角歩を進めたのに、後ろへ下がる事など到底嫌いな甚五郎。
 「おや、良い所があるじゃねえかい」。
 と、すっかり荒廃した薬師堂にずかずかと入り込む。だが、屋根こそあれ、荒れ果てた堂は隙間風が吹き込み、天井にも雨漏りの染みが残る有様。扉も風でぱたぱたと落ち着かない事仕切りである。
 「もう今夜は遅えから、このまま寝るとすっか」。
 埃まみれの堂で、またも高鼾を決め込む甚五郎であった。
 「文次郎兄さん」。
 「円徹、何も言うんじゃねえ。野宿よりは屋根があるだけ増しだ」。
 不安そうな円徹の肩に手を置く文次郎とて、思いは同じであった。
 案の定、砂や埃でざら付く床でなど、眠れたものではない円徹だったが、四半時も過ぎれば、やはりこちらも高鼾の文次郎。
 「薬師如来様、お許しください。決して悪い人たちではありません。その証に、これまでも困った人を助けています」。
 薬師如来に向かい、小さな手を合わせるのだった。そのまま、一睡も出来ずに朝を迎えた円徹を、線の細い童だと、大欠伸で一笑した甚五郎。
 「文次郎の弟子の円徹さんよ、おめえ結構な家の出だろう」。
 「そんな事はないです。母上と二人で暮らしていました」。
 頷きながら、何故か怒ったような口調の円徹に、その母上という呼び方からして武家だと、言葉を飲み込んだ甚五郎だった。
 「さて、一宿の礼はしねえとな」。
 こんな所で良くぞ眠れたものだが、それでも十分に目覚めは良いらしい甚五郎。両の手を天に向け、ぐいと伸びをすると、荒廃した薬師堂に手を加えると言い出すのだった。
 「親方。幾ら何でも無茶ですぜ」。
 「人様の家に泊めて貰ったんだ。礼をけえすのが、人の道ってもんよ」。
 ずかずかと入り込み、ぐうぐう眠って後、道理を説く甚五郎が、全く持って理解出来ない円徹である。









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浜の七福神 30

2014年04月26日 | 浜の七福神
 すると、案の定、欠け湯のみに入った、何やらかび臭い飴湯を運んで来るではないか。
 一口含み、ぷっと吐き出した文次郎。
 「婆さん、かび臭くて飲めたもじゃねえぜ」。
 甚五郎も、苦虫を噛み潰したような面持ちとなっていた。
 すると、老婆は皺に涙を溜めるのだった。
 幾ら年寄りでも女は女。泣かせて気が引けない訳はない。
 「おい婆さん。言い過ぎた。済まねえな」。
 文次郎が素直に詫びれば、老婆は、身の上話を語り出すのだった。
 「亭主に死に別れてから、ひとり細々と店を続けておるが」。
 どうにも客足も遠のき、店は成り行かなくなった。年寄りがひとり生きていく為に、店を閉める訳にもいかずに、何とか続けてはいる。だが、甚五郎たちが、この月に入って初めての客だと言う。
 「婆さん、だったらよ、まずはこのかび臭せえ飴湯を、どうにかするのが先じゃねえのかい」。
 「承知しておるが、仕入れの金にも事欠く始末や」。
 恥ずかしそうに頬を赤らめた老婆。すると甚五郎は、文次郎に向けて手を指し出すのだった。
 「何ですかい」。
 「木っ端だよ。未だあったろう」。
 文次郎の固い表情とは打って変わり、意気揚々と何やら小さな物を彫り始めた甚五郎である。
 「文次郎兄さんの親方は、何を彫っているのでしょうか」。
 やはり気になる円徹。甚五郎のぶっとい指に隠れんばかりの、小さな小さな彫り物を凝視するのだった。
 「婆さん、出来たぜ」。
 甚五郎は、店の老婆に彫り上がったばかりの蟹を見せる。そしてその蟹を盆に置くと、手にした煙管で背をぽんと叩けば、蟹は盆の中を横歩き。  
 あれまとそのまま、腰を抜かした老婆を文次郎が抱き起こすと、甚五郎は話を続ける。
 「いいかい、客が来たら、こうやって煙管の背で蟹を叩きな。そうすりゃあよ、蟹は横歩きするからよ」。
 「おめえさん様は、いったい何者やか。狐か、狸。いんや、妖やか」。
 「馬鹿な、あっしは人だよ。ただ少しばかり、彫り物の腕が良いときてるだけさ」。
 誇らしげに、小鼻をひと擦りした甚五郎。飴湯は飲めた物ではなかったが、銭は弾めと文次郎を促し立ち上がった。とその時、悠然と湯飲みの中身を飲み干し、老婆に礼を言う円徹の姿があった。
 「文次郎兄さんの親方も、兄さんも、飲み食いに文句を付けるのは、人として卑しい事です」。
 物を口に出来るだけで有り難いと思えと、円徹が言う。
 「こりゃあ一本取られたな。何でい文次郎。おめえの弟子は、こりゃあ出来たお人じゃねえかい」。
 後ろ姿が、豆粒くらいになるまで、老婆は甚五郎の背を拝み続けてるのだった。

 その後、盆の中を横歩きする蟹目当てに、毎日飴湯を飲みに来る客で、店は大盛況。昔の繁盛を取り戻したが、一年もすると、毎日煙管で叩かれ続けた蟹の甲羅は、ひどく傷んでしまったと言う。
 それを哀れんだ老婆が、評判の塗師に頼み、朱漆を施したからいけない。蟹はこの日より、ぴたりと動かなくなってしまったそうだ。
 この話を耳にした甚五郎曰く。
 「茹だっちまった蟹が、動く訳はねえやな」。

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浜の七福神 29

2014年04月23日 | 浜の七福神
 「親方、ここいらでひと休みしましょうや」。
 「何でえ文次郎、だらしねえ。まだ熱田じゃねえか。見てみろ、おめえの弟子は文句ひとつ言わねえで歩いてるじゃねえか」。
 見れば、額に薄らと汗を滲ませ、如何にも暑そうな円徹。冬の法衣姿のままであった事に、漸く気が付き、己の額を掌でぽんと叩く甚五郎であった。
 「文次郎の弟子の円徹さんよ。こりゃあ済まなかったな」。
 「文次郎兄さんの親方、何がです」。
 「おめえさんの、衣装にまで気が回らなかったい」。
 甚五郎は、直ぐに古着屋へと足を向け、藍の小袖と、それに合わせた深草の帯、手っ甲、股引、脚絆を一揃え、円徹に買い与えるのだった。。
 「ちいとばかりでけえが、なあに、直ぐに丁度良い案配にならあ」。
 「文次郎兄さんの親方、有り難うございます」。
 円徹は、袖を手で引っぱり、くるくる回りながら、嬉しそうに甚五郎に見せる。初めて見せた満面の笑みで答えるのだった。
 「良く似合ってるじゃねえか」。
 円徹の、屈託のない笑顔が眩しいのか甚五郎。小鼻を人差し指で擦ると、文次郎に当たって照れ隠し。
 「馬鹿、おめえの弟子なんだろ。おめえが気付いてやらねえで、どうするんでい」。
 「全くですぜ。こんなに可愛がっておきながら、未だ弟子だと認めねえとは、親方、頑固も度が過ぎますぜ」。
 甚五郎と文次郎の掛け合いに、何故か熱い物が頬を流れる円徹だった。その涙に気付いてはいるが、見て見ぬ振りの師弟。
 「茶でも飲んで行くか」。
 と、甚五郎は、熱田神宮前で飴湯を売っている、小さな茶店の床几に腰を下ろす。だが、その床几、右に座れば左が浮き上がり、左に移れば右が動くといった代物で、どうにも落ち着かない事仕切りである。
 「親方、でえじょうぶでしょうか」。
 床几に巧く体を預けた文次郎も、寂れた茶店と、歯の掛けた老婆がひとりな事に、不安を露にするのだった。
 「文次郎兄さん、見掛で決め付けては駄目です」。
 円徹の言葉に、おやっと眉を動かす甚五郎。
 「文次郎よ、弟子の方が分かってるじゃねえかい」。
 「婆さん、飴湯を三つくんな」。
 分が悪いとばかりに、飴湯を頼む文次郎だった。


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浜の七福神 28

2014年04月22日 | 浜の七福神
 この動く鼠は次第に評判となり、わざわざ鼠を見る為にだけに泊まる客も増え、鼠屋は、次第に往年に勢いを盛り返し、やがて噂は噂を呼び大繁盛したと言う。
 すると当然の如く、虎屋の方は客がひとり減り、二人減り、そのうちさっぱりとなってしまった。向こうが鼠ならと、虎屋の主人捨松は、岡崎藩のお抱え彫工の上谷瀬平に、虎の置物を彫って貰い、それを鼠屋の正面に飾り付けたところ、甚五郎の彫った鼠は縮み上がり、ぴたりと動けなくなってしまったそうである。
 再び鼠屋からは客が遠のき、またも虎屋との形勢が入れ替わると、寅吉親子は頭を抱える日を送る事になった。
 後にこの地を訪れた甚五郎。聞くのが一番とばかりに、鼠に話し掛ける。
 「おい鼠よ。おめえさん、あれしきの虎に恐れを成して、動けねえとは情けねえこったな」。
 すると、鼠がこう言ったとか。
 「あれは虎だったんですかい。あっしはてっきり猫かと思いやした」。
 ちゅうと鳴いて、お盆の中をひと回り。






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浜の七福神 27

2014年04月20日 | 浜の七福神
 空が白み掛けた暁七つ半。胡座をかきその胸の当たりには、丁度猫でも抱いているかのような後ろ姿が、ぼっと浮かび上がる。
 「文次郎兄さんの親方。こんな朝早くから、何をしておいでですか」。
 「おう、文次郎の弟子の円徹かい。何ね、鼠をちょいとばかり」。
 甚五郎の右手には、昨夜の木っ端がひとつ。左手には突き鑿が握られていた。
 「鼠ですか。文次郎兄さんの親方、側で見ていても構いませんか」。
 「おう、構わねえよ。けど、黙っていてくんな」。
 文次郎兄さんの親方なら異存はないらしく、親方とさえ呼べない以外は、何ら変わらぬ師弟に見える甚五郎と、円徹だった。
 甚五郎、旅立つ事も忘れ、一日を費やして彫り上げた一匹の鼠。
 「寅吉、この鼠を盆に入れてみな」。
 置くではなく、入れる。訝しがりながらも寅吉が、受け取ったばかりの鼠を盆に解き放すと、驚く事に木っ端の鼠は、ちゅうと鳴いて、盆の中をひと回り。
 「おじさん、これは何やか」。
 腰を抜かさんばかりだったのは、寅吉だけではなく、円徹も同様だった。
 「文次郎兄さん。一体どんな仕掛けなんですか」。
 「仕掛けなんかありゃしねえ。これが当代きっての左甚五郎さ」。
 全く驚く様子のない文次郎も、円徹にとっては驚きであった。
 鼠が盆の中を走り回るのを、目を皿のようにして追い掛ける寅吉もぴくりと耳を動かす。
 「おじさん、どんな仕掛けやか」。
 「仕掛けかい。だったら触ってみな」。
 捕まえようと寅吉が、その小さな手を伸ばせば、ちゅうと素早くするりと逃れ、行く手を遮ろうとすれば、後ろ向きに走り出す鼠。すばしっこくて捕まえられたものではなかった。
 「寅吉、仕掛けなんかねえさ。ただね、たかが木っ端でも、魂ってもんを入れりゃあ、生きてるように動くのさ。まあ福鼠ってとこだあ」。
 「福鼠やか」。
 煙管の灰を落としながら、大きく頷く甚五郎。鼠屋にも福がくるぞと、寅吉の頭を撫でる。
 「そっちの文次郎の弟子の円徹さんも、ようく覚えておきな」。
 「はい。文次郎兄さんの親方」。
 「親方ときたら、円徹と呼びゃあいいものを。円徹も円徹だ。まどろっこしくていけねえ」。
 文次郎は、苦笑を隠し切れずににやにやと歯を見せ、男が歯を出して笑うなと一喝されるのだが、これも甚五郎の照れ隠しと、承知している文次郎であった。
 「そいじゃあ、そろそろ行くとすっか」。
 「行くって、何処へです。もう直ぐ日も暮れますぜ」。
 この分では、今宵も破れ障子に藁のはみ出た畳で、雑魚寝かと、腹を括っていた文次郎だった。
 「馬鹿だな、文次郎。二晩も夜具もねえ所で眠れるか」。
 こっそりと耳打ちをする甚五郎だった。




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浜の七福神 26

2014年04月19日 | 浜の七福神
 「虎屋は、わっちのおとうの旅籠やった。やが、おとうが体を壊して寝付いた隙に、番頭やった捨松が店を乗っ取って、おとうとわっちを追い出したのや」。
 止めどなく湧き出る涙を、右の袖で拭う寅吉。
 「それで、おっかさんはどうしたい」。
 「処かへ行ってしまったんや」。
 「なら今は、おとっつあんと二人切りかい」。
 うんと頷く寅吉。そうかいと考え込む甚五郎だった。
 「おい寅吉、木っ端でもねえかい」。
 「木っ端やか。ほんなら虎屋の風呂場から、焚き付けの薪をかっさらって来るわ」。
 急ぎ走り出ようとする、寅吉をさすがにそれは拙いと制した甚五郎であったが、鼠屋の中を見回しても、木っ端どころか木屑ひとつありはしない。恐らく燃える物は焚き付けに使い果たしてしまったのだろう。
 「文次郎、それと文次郎の弟子の円徹さんよ、どこかで拳くれえの大きさの木っ端を手に入れて来てくんな」。
 「親方」。
 「おっと文次郎の弟子の円徹さんよ、あっしはおめえさんの親方じゃねえよ」。
 甚五郎の頑固さに、奥歯に力の入った円徹。
 「だったら、文次郎兄さんの親方。それで良いですか。親方の親方になるのですから」。
 「違えねえ」。
 円徹の切り返しに苦笑する甚五郎だった。
 「全く、嫌なお人ですね」。
 「そう言うな円徹。おめえと親方は、似た気質に見えるがね」。
 「文次郎兄さん、私も頑固者でしょうか」。
 拳くらいの大きさの木っ端を探すとなれば、建材や廃材の余りを集めて売り歩く、木っ端売りが手っ取り早いと、文次郎、円徹は握り拳程の大きさの切れ端を五つばかり手に入れるのだった。
 「なんで五つもあるんでい」。
 「へい、親方のこった。この先も入り用になると思いやしてね」。
 文次郎の先手に、ふんと鼻を鳴らす甚五郎だった。
 「文次郎兄さん、文次郎兄さんの親方は何を始めのですか」。
 「まあ見てなって」。
 だが、予想に反し、藁がはみ出した元は畳の上にごろりと横になった甚五郎。そのまま、高鼾と相成った。





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浜の七福神 25

2014年04月17日 | 浜の七福神
 三河安城でふと足を止めた甚五郎。一軒の古びた宿屋に泊まると言い出すのである。
 「親方、何もこんな小汚ねえ宿でなくとも、向かいには立派な旅籠があるじゃねえですかい」。
 「いいや、ここに決めた。鼠屋とは屋号もまた面白れえや」。
 「そうですかい。あっしは虎屋ってえ名の方が、威勢があって良い気がしやすがね」。
 どう見ても、立派で大きな旅籠の虎屋が良いと、文次郎は思うが、ここが甚五郎の凡人とは違ったところ。
 「文次郎兄さん。親方は一度口に出したら」。
 文次郎の袖を引く円徹。
 「違えねえ」。
 そんな円徹に、甚五郎はふっと口元を緩め、そのまま鼠屋の元は藍地であったろう、焼けて鼠色に変わり果てた、破れた暖簾を潜るのだった。
 「あれ、足を洗ってくれるのは丁稚かい」。
 見れば、円徹と年の頃も然程変わらぬ男の子が、体には不釣り合いな、大きな盥に水を入れて運んで来る。
 「丁稚じゃあれへん。わっちはここの総領息子の寅吉や」。
 「こいつあ済まねえ。寅吉かい。だったら向かいの虎屋の方が似合いじゃねえか」。
 甚五郎の軽口に、ぎゅっと唇を噛み締める寅吉。そのまま盥を投げ捨て、さっと通りへと走り出る。その様子を眉根を寄せて見ていた甚五郎。文次郎へと目配せをするのだった。
 「親方、寅吉ですが、虎屋へ向かって小石を投げようとしてやした」。
 虎屋の若い衆に襟ぐりを掴まれ、店の中へと引き立てられたところを、法衣姿の円徹が、経を唱え御仏のご加護をとばかりに貰い下げて来たと、甚五郎の前に座らせる。
 「おう寅吉、さっきは済まなかったな。いってえ虎屋と鼠屋には、どんな曰くがあるのかよ。話してみちゃくれねえかい」。
 建具は破れ、藁がはみ出した裏表も分からなくなった畳、蒲団はとっくに質屋に入り、夜は明かりも灯せず真っ暗闇とあっては、宿と名乗る事も憚られる有様だった。





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浜の七福神 24

2014年04月16日 | 浜の七福神
 そんな師弟のやり取りに、今まで懸命に話をしていた己が馬鹿らしく思えてきた佐助。もう結構と座を立とうとした時である。
 「待ちねえ。おめえは店人の癖に気が短けえようだな。盗みは良くねえが、まあ元は則兵衛の大黒天だ。大黒天なんてしみったれた事言わずに、恵比寿も彫ってやろうじゃねえか」。
 「あの、ですが、私には二百両など」。
 「金は要らねえ。則兵衛の弔いだ」。
 大いに感謝する佐助であったが、そもそも百両は吹っ掛け過ぎていたと甚五郎は、水夫に流木を拾わせ、懸命に掘り出す。背を丸めたその後ろ姿は、猫を膝に抱えた翁のようであるが、前に回れば、射るような眼差しが、誰をも近付けさせない凄みすら感じられた、 
 三河湾で大黒天と恵比寿を佐助に渡し、見送る甚五郎の背中越しに、円徹がおかしな事を言い出すのだった。
 「文次郎兄さん、大黒天様と恵比寿様が笑っているように見えました」。
 「何だ円徹。笑って見えたのかい」。
 「はい。佐助さんの手の中でにっこりと」。
 「だったら、福が舞い込もうってもんさ」。
 大黒天と恵比寿が笑って見えた者には、福が舞い込む。ならば笑って見えない者には御利益がない。
 「だったら最初から、笑っているお顔に彫ればいいのに」。
 ふと洩らした円徹のひとり言に、甚五郎の耳がぴくりと動く。
 「文次郎の弟子の円徹さんよ。おめえさん、これまで大黒天と恵比寿も、見た事がねえのかい」。
 「夢枕で見た七福神は、口を横に広げていました」。
 だが、今しがた目にした甚五郎の大黒天と恵比寿は、にっこりと表情を変えたように見えたのだと円徹。
 「元々よ、大黒天ってえのは天竺の、血肉を喰らう神なんだぜ」。
 えっと目を団栗のように、まん丸に見開いた円徹。神が血肉を喰らうなど、考えも及ばない。それどころか、罰当たりだと甚五郎に食って掛かる。
 「そいつあ、この日の本の考えであってよ、お国が違えば考え方も違うってもんさ。天竺では、そういった強え神様の加護で戦に勝つと信じてるのさ」。
 「それは違います。神様は誰にも等しく、優しいものです」。
 「おや、文次郎の弟子の円徹さんよ。そんなら言わせて貰うけどよ、世の中ってえのは、どいつもが等しく暮らしていやがるかってんだ」。
 「それは…」。
 口籠る円徹。
 「親方、大人げねえ。円徹、でえじょうぶだ。神様は、真っつぐに生きていりゃあ、ちゃんと見ていてくださらあな」。
 円徹の坊主頭に、手を置く文次郎。そんな二人のやり取りに目を細めながらも、何故か悪者になったような気のする甚五郎。
 「神は神でも、山の神はそりゃあ恐ろしいもんだがな」。
 捨て台詞を吐くのだった。




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浜の七福神 23

2014年04月14日 | 浜の七福神
 「ひゃ、百両ですか。私が生涯働いても返せる金子じゃありません」。
 尚更にうな垂れた首に、辛うじて付いている感の否めない顔は、瞬時に血の気を失うのだった。
 「おいおい、勘違いして貰っちゃ困るぜ。何も百両をけえせってな話じゃねえ。彫り物の値打ちなんぞは、その場その場のものさ」。
 相手が金持ちなら大いに頂くが、その反対なら、ただでも厭わない。懐具合に見合った金額が、彫り物の値だと甚五郎。
 「それとおめえ、妙な事を口走っていたがよ、形見って事は、則兵衛は死んじまったのかい」。
 黙って頷く佐助に、未だ若かった筈だと、甚五郎の顔も曇る。だが、些かの疑念を抱くのだった。
 「則兵衛の店は松坂だ。なら、なんで大黒天が三郎左衛門の所にあったんでい」。
 それ程に大切に思っていたなら、松坂へ帰る時に持参するのが常。それを死して後に江戸まで取りに戻るとは如何ばかりか。
 「それでしたら、旦那様が松坂へお戻りになられる折り、釘抜屋の旦那様が、お隠しになられたのです」。
 言いずらそうに、口籠る。
 「親子で取り合いかい。嬉しいじゃねえかい」。
 「ですが、元々は旦那様のお品です。旦那様の四十九日までには、取り戻したいとお内儀様がおっしゃられましたので、私が江戸まで参ったのです」。
 則兵衛本人に渡さなかった物を、三郎左衛門が手放したとは到底考えられない甚五郎だった。
 「佐助。おめえ盗んだな」。
 きりりと唇と噛む佐助である。
 「だったらよ、そりゃあ大黒天が拒んだのよ」。
 松坂に渡るのを良しとせず、自ら海へと投じ、江戸に戻る腹積もりだろうと、大真面目な甚五郎に、大人しかった佐助もさすがに馬鹿にするなと語気を荒くする。
 「まあ落ち着きな。大黒天ってのはよ、ああ見えて結構気難しいのさ」。
 大方、三郎左衛門の元で大事にされ、居心地が良かったので、江戸に戻りたかったのだろうと絵空事をとしか思えぬ言葉を甚五郎が発すれば、大黒天は泳げるものなのかと文次郎が案じる。
 「確か、三郎左衛門の所には、運慶の彫った恵比寿もいたはずだ。やつは漁師の神様だ。いざとなりゃあ、助けに来るさ」。





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浜の七福神 22

2014年04月12日 | 浜の七福神
 甲板には、水夫が集まり何やら思案顔である。そしてその輪の中には、何処か店人風の若い男が蒼白の首をうな垂れ、へなへなとしゃがみ込んでいる。よくよく見れば鬢も乱れ、襟合わせも縒れている。
 「どうしなすった」。
 「へい、こちらのお人が、身投げしようとしなすったんでさ」。
 身投げと聞いて穏やかでない文次郎。水夫を選り分け、男の側に膝を付く。
 「おい、おめえさん。身投げとは穏やかじゃねえな」。
 「はい。旦那様が後生大事にしておられました、大黒天様を海に落としてしまいました」。
 蚊の鳴くような震える声で、身投げの訳が大黒天と聞いて、思わず吹き出す文次郎。
 「何を笑われます。あの大黒天様は左甚五郎の彫られた物。当家の家宝にございました。かくなる上は、この命で償うほかはありません」。
 男の余りの真剣さに、吹き出した非礼を謝った文次郎だったが、大黒天ひとつで、人ひとりの命に代えるとは頂けないと諭すのだった。
 「ですが、旦那様の形見にございます。松坂の御本家へ運ぶように命じられた大黒天様です」。
 やれやれと頭を多く振る文次郎。
 「幾ら左甚五郎の作でも、人の命に代えられる筈はねえ。そんな奉公先なら、とっとと見切りを付けちまいな」。
 「馬鹿な。九つの時から丁稚奉公し、漸く手代にまでなれたのです」。
 「ならよ、あっしに考えがあるから、ちいとばかり面貸しな。死ぬのはそれからでも遅かねえや」。
 文次郎は船底で、ごろりと横になっている甚五郎に佐助と名乗る店人を引き合わせると、これこれこうでと経緯を話す。
 すると、徐に起き上がった甚五郎。
 「そんなにでえじな物だったらよ、てめえで運べってんだ。なあ」。
 「そんな、私を信じて、お預けくだすったのです」。
 手代は、己を信じてくれた主に会わせる顔がないと、ただただ途方に暮れる。
 「それでよ。佐助さんよ、おめえさんの主ってえのは、何処の誰なんでい」。
 「はい。松坂で酒屋をやっております。越後屋にございます」。
 「越後殿の酒屋か。だったら主は、則兵衛かい」。
 「旦那様を御存じですか」。
 「御存じも何も、その大黒天はあっしが、則兵衛に頼まれて彫ったもんだからよ」。
 目の前の男が左甚五郎と分かり、手代の顔はぱっと明るくなるのだった。則兵衛が江戸の嫡男・釘抜越後屋三郎左衛門の元を訪れていた折りに、百両で彫った物だと言うから驚きである。



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浜の七福神 21

2014年04月10日 | 浜の七福神
 徳川家大工棟甲良家二代目にあり、江戸城の普請を請け負ったにも関わらず、その徳川から命を狙われるなど、到底合点のいかぬ円徹である。
 「まあ、御大名とかもそうだけどよ、勝手なもんだ。城の秘密を守る為なら、あっしら町人の命なんぞ、屁でもねえ」。
 「おかしいじゃないですか」。
 普請を頼んでおいて、完成の暁には秘密を守る為に命を奪うなどとは、言語道断と円徹は憤る。
 「加賀様の話を知らねえかい」。
 加賀百万石前田家でも、金沢城に地下水を引き込む普請の折り、その職人は完成の後城内の座敷牢に押し込められ、再び外に出る事は許されず、絶望し自ら食を絶ち命を失った事を文次郎は告げる。
 「勝手なものですね」。
 「だろう。御武家ってえのはそんな者なのさ」。
 人には言えぬ己の出自を思い出し、思わず頭を抱え込む円徹だった。
 井上円徹。訳合って、母の故郷の房州でひっそりと生きてきた。
 円徹が仇(かたき)と言うのは、母を死に追い詰めた者である事に違いはないが、反面、この世に生を受けた己自身も、負わなくてはならない仇(あだ)ではないかと思い倦ねている。
 産まれてこなければ、母を死に追いやる事もなかったのではないだろうか。決して口に出来ない過去と共に、何時しかそんな思いが、円徹の心に広がっていた。
 母亡き後は、江戸は浅草御蔵の浄念寺へと預けられたが、葛藤と修行の中、辻斬りから甚五郎の龍に命を救われたのであった。
 それが真実であれば、母の命を弔う為に彫り出した御仏像に、生を吹き込む事も適い、弔いになると、訪れた甚五郎であった。
 旅の始めは、箱根の関所と徳川のお膝元の駿府を超えるまでは、幕府の詮索も厳しかろうと、高松藩の手配で、初代鴻池善右衛門所有の菱垣廻船に乗り、永代橋から一路三河湾へと向かったのだった。
 いっそそのまま、讃岐まで菱垣廻船を使えば手っ取り早いが、それでは足が付き易いのと、どうせなら旅して歩きたいと申し出た甚五郎の言い分が通り、三河からは陸路となったのだが、命を狙われての亡命といった緊張感がどうにも感じられない甚五郎。のんびりと景色を楽しみながらの物見遊山である。
 「おい文次郎。後ろで御託を並べてんじゃねえ。男の喋りは嫌われるだけだ」。
 どうやら丸聞こえだったようで、文次郎は、親方は地獄耳だから侮るなと、円徹に耳打ちするのだった。
 「さっきからよ、水夫たちが騒がしいくっていけねえ。文次郎、ちょっとばかり様子を見て来てくんな」。



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浜の七福神 20

2014年04月08日 | 浜の七福神
 「おい、おめえ名は確か円徹だったな」。
 「はい」。
 「そうかい、おめえはあっしの供じゃねえ。文次郎の供だ。文次郎親方の弟子の円徹だ」。
 それでも、甚五郎と旅立てる事に変わりはない。
 「はい」。
 円徹の子どもらしい声が、夜明けの神田川に響くのだった。
  
 寛永十一年春。甚五郎が向かう先は、讃岐の高松。幕府老中の土井大炊頭利勝の手引きで、利勝の娘婿でもある高松藩主・生駒壱岐守高俊の元に身柄を隠す手筈となっていた。そして、内弟子たちも、ちりじりに故郷や、縁の地へと一時ばかり身を寄せ、江戸を空にする算段が整っていたのである。
 ただ、未だ流れの宮工大工として働けない、一番下っ端の弟子の文次郎。そして、文次郎の新弟子の円徹の二人は、甚五郎に付き従う事となった。
 「おめえよ、折角の御坊様を捨てて、こんな所まで来ちまって良かったのかい」。
 金輪際弟子にはしないと告げられた、胸の痛みも未だ癒えぬ円徹。文次郎と二人でどうなるのか、先行きが不安であったが、又弟子としてでも、甚五郎と共にあれる事が何よりである。
 「親方は、こういうお人なのさ。おめえを弟子にはしねえって言っちまった手前、あっしに引き取らせたがよ。どう考えたって、あっしに弟子何ぞを育てられる道理がねえ。てめも修行中だってえのによ」。
 「なら文次郎さん。拙僧…いえ私は、甚五郎親方の弟子になれるのですか。親方は、江戸に戻っても弟子にはしないとおっしゃった」。
 「そうさな、親方も頑固だから、一筋縄にはいかねえが、今は又弟子ってこったろ。又弟子は、弟子と同じじゃねえかい」。
 成る程と、頷く円徹。漸く己が甚五郎から見捨てられた訳ではなかったと、胸を撫で下ろすのだった。
 「文次郎さん」。
 「待ちな。文次郎さんじゃなくて、文次郎親方…こりゃあ駄目だ。文次郎兄さんと呼びな」。
 「はい。文次郎兄さん」。
 「いいねえ。あっしも漸く兄さんだ」。
 甲良一門では、一番下っ端だった文次郎。訳ありの小僧だが、素直に兄さんと呼ばれれば、弟弟子いや、初弟子が出来、少しばかり心が躍るのだった。そして同時に妙に円徹が可愛く思えてくるのが不思議だった。そんな心根の優しさを持った男である。
 「文次郎兄さん。親方は、一体如何して命を狙われているのですか」。




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