大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 134 最終回

2014年08月09日 | 浜の七福神
 「良いかい、こんなもんを世に出してみやがれ。ただじゃ済まねえぜ」。
 涼しい顔の了意を薮睨みにすると、構わずに草紙を破り捨てる万林だった。
 「そんな殺生な」。
 ああと、紙吹雪を手で受けようと座敷を右往左往する了意は、甚五郎人気に肖り、甚五郎とその弟子の文次郎、円徹の西国への旅の様子を草子に認め刊行しようと下書きを携えたのだった。
 「後悔しますよ。これから、東海道名所記や御伽婢子を書くつもりですので、この草紙は、双方を加えた言わば小戦闘です。妖物を書かせたら天下一品と呼び声が上がってから、頭を下げて貰っても遅いですよ」。
 「おきゃあがれ。こちとら天下の徳川家大工棟甲良一門だ。おめえのような三文戯作者に書いて貰わなくとも、一向に構わねえよ」。
 了意が泳ぐような素振りで、紙吹雪を必死に拾い集めていた時だった。
 「おおい、誰かいるかい。親方と円徹が猿若の自身番にしょっ引かれたぜ」。
 庭先から聞こえた声の主は、千住で十手を預かる文七だった。猿若町の岡っ引きの知らせで飛んで来たと言う。
 「親分、どういうことで」。
 縁側に歩み出た万林に、息も切れ切れの文七は、酔って無体を働いた二本差を甚五郎と円徹がまとめて伸してしまい、中村座が大騒ぎになったと、大まかな成り行きを告げるが、目は紙吹雪を追い掛ける僧侶の姿に釘付けであった。
 「如何してこうも、こちらの屋敷はまともじゃねえんだか」。
 と、半ば呆れるような口振りであったが、甚五郎、円徹の派手な立ち回りに、中村座は明日からの芝居を打てなくなり、座元と座頭の中村勘三郎が奉行所に訴え出た為、二人の身柄は茅場町の番屋に移される手筈だと手短に語った。
 「親方が勘三郎に向かって、だったら明日までに、芝居を打てるようにすりゃあ文句ねえだろうって啖呵を切っちまって、これから中村座の普請をするってえのよ」。
 「一晩で、中村座を建て直すのですか。これは面白い」。
 くふっと喉の奥で笑いながら、左甚五郎浮世物語が駄目なら、左甚五郎可笑記に変更しようと目を輝かせる了意に向かい、万林の口元は、てめえと動いていた。
 「あい承知。宗心、長谷川の親方んとこに大道具の助を頼んで来な。文次郎は平太夫の旦那に材木を回して貰ってくんな。幸右衛門は親方と円徹の迎えだ。ほかのもんは道具を持って、あっしと猿若町だ。いいな」。
 万林は、紺地に丸甲の文字が染め抜かれた印半纏を羽織ると、沓脱ぎ石に降りた。
 「甲良一門の面子に掛けて明日の朝には、中村座の幕を上げて御覧にいれやしょう」。
   
 地獄を見た男・井上円徹。これより先は、甲良一門でも、甚五郎に代わる器用さと洗練された手腕で、甚五郎の右腕、いや左腕として活躍。九十九里の浜の七福神を祀った、一宮町一宮観明寺の地獄極楽欄間など、今生を離れた地獄極楽の彫りを得意とし、多くの宮彫りを後世に伝えていく。
 一方の関口文次郎。力強い彫りと、屈強な寝殿造りを得意とするが、その欄間の隅には、必ず小さな蝶を配したのが特徴であった。それはまるで、若かりし頃に西国へと旅した、胡蝶の夢を懐かしんでいるかのようでもあった。
 寛永十三年、家光の厳命で、日光東照宮の大造替が行われ、総棟梁に任じられた甚五郎は、後世まで残る名作・眠り猫を彫り上げ、甚五郎の名は不動のものとなり今なお語り継がれている。





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浜の七福神 133

2014年08月07日 | 浜の七福神
 「如何でございましょう。左甚五郎浮世物語と題させて頂きました。戯作は、江戸では未だ馴染みが薄いようにございますが、上方では多く読まれています。庶民の味方として名高い甚五郎親方が主題でございますれば、江戸でも一気に評判になる事間違いありません」。
 僧の名は、浅井松雲了意。浄土真宗の末寺本照寺の住職の子として産まれるも、訳あって諸国を放浪し、仏学、儒学、和学を収め、この時は、京都二条本性寺の昭儀坊に住していると言う。諸国を歩いただけあって、言葉に訛はなかった。
 肘枕で読んでいた草紙をぽんと男の膝元に投げ返すと、万林は胡座をかいた。
 「如何もこうありゃしませんぜ。鶴が空を飛んだの、龍が動いたのってんなら構やしねえが、こんなもんが世に出たら、御坊さんあんただけじゃなく、こちとらも獄門行きですぜ」。
 「勿論、名や藩のところは伏せさせて頂きます」。
 「伏せたところで、粗方は分かるってもんでさ。でいち、寺社奉行はどうしなさる。奉行ったら限られますぜ。それによ、御上を愚弄する事に変わりはねえ。駄目だったら駄目だ。寄りにも寄って、御法度の切支丹にまで手を貸してるじゃねえですかい」。
 「これは戯作。絵空事と知った上で読まれるものです。何なら絵を加えてお伽草紙にしても構いませんよ」。
 「絵空事って言ってもよ、御坊さん、見て来たように書いてなさるじゃねえですかい。それによ、円徹が御大名の御烙印ってえのは何でい」。
 「違いますか」。
 悪びれる風もなく、了意が喰い下がれば、そのしつこさに業を煮やした万林は、声を荒げるのだった。





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浜の七福神 132

2014年08月07日 | 浜の七福神
 「お寺の龍の胴が斬られた時に、寺社奉行様がいらしたのです」。
 ふうっと片の力を抜く甚五郎だった。反して文次郎、何が何やら分からず、二人の顔を互い違いに見る。
 「寺社奉行は、近江山上藩藩主の安藤伊勢守重長だ」。
 「はい」。
 「それで、居所が知れたってえんで、寺を出たかったんだろう」。
 こくりと頷く円徹だった。
 「そうまでして、おとっつあんに会いたくねえのかい」。
 甚五郎は、重長は出来た人物だと付け加えるが、円徹は憤る。
 「私も母上も捨てられたのです。その事で、母上は御自害なされた。私は生涯、父とは思いません」。
 瞬時、円徹の眼に龍が宿る。それは、決意の堅さでもあり、また甚五郎としては、円徹に巣食う憎しみや恨みの情念である、その龍を追い払う事が師匠としても務めと、改めて思うのだった。
 「まあ、何時か許せる時もくらあな」。
 「ありません」。
 「円徹。おめえの目の中の闇が晴れるのは、心の底から、憎しみの気持ちが失せた時だ」。
 憎しみを捨てねば、到底宮彫りは出来ない。どちらを選ぶかの時は、未だたっぷりとあると告げる。
 「そう急かなくてもよ、すっと心が軽くなる時ってのは、来るもんだ。さて、江戸に戻るぜ」。
 小さな頭を、ぐりぐりと撫で回す。
 「けえったら、直ぐに日光東照宮の大造替だ。忙しくなるぜ」。
 「親方。それじゃあ」。
 「当たりめえだ。山上藩なんか臭食らえってえんだ。おめえは、あっしの弟子なんだからよ」。
 重長が何か言ってきたら、龍でも虎でも嗾けてやると息巻くのだった。
 「よし、浄念寺の龍はおめえの命の恩人、いや恩龍だ。そのうちによ、いちにんめえの職人になって、仲間を彫ってやんな」。
 「はい…へい」。
 ひとりで背負っていた心の重みを、分かち合える師に巡り会えた円徹の、明るい声が丸亀城下に響き渡るのであった。
 眼に巣食う闇を晴らす光は、手の届くところにあったのだ。白い小石をばらまいたようなうろこ雲が、夏の終わりを伝えていた。
 「信じるも信じねえも、人の生涯なんか胡蝶の夢みてえなもんだ」。
 世の中など、夢と現実との境が判然としないものだ。だからこそ、面白く生きれば良いのだと甚五郎は思う。

 八年の月日が流れた。甚五郎率いる甲良一門は、日光東照宮の大造替の功により、尾張家の上屋敷にほど近い市谷へと拝領地を賜っていたが、甚五郎はその地を市井に貸し出し、自らは江戸府中外の千住北岸に居を移していた。
 そんじょそこいらの旗本など足下に及ばぬ、甲良屋敷は、千住大橋と並んで、宿の目印とされるほどである。
 よって訪なおうと思えば、それは容易い事である。じっとしていても汗が滲み出る薮入りのこの日も、黒の法衣姿に似合わぬ、人懐っつこい笑みを万林にを向けて座す若い僧侶の姿があった。



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浜の七福神 131

2014年08月06日 | 浜の七福神
 「円徹」。
 「だから、もしあの龍が本当に私を救ってくれたなら、母上も生きたお姿で戻って来てくれると思ったのです」。
 木彫りの龍が動いたのであれば、母の像も動く筈だと、如何にも子どもらしい思いで、甲良一門の門を叩いた円徹だったが、そこに至までの悲しい年月を思うと、
 甚五郎も、文次郎も、掛ける言葉が見当たらないのだった。ただ、両の腕を細い背中に回した甚五郎は、円徹の体を、しっかりと己の胸に抱き締めるしかなかった。
 「随分と苦しんだろうよ。だがな、おめえは、おっかさんを殺めたんじゃねえぞ。おっかさんを、極楽浄土へと導いんでい」。
 「親方、文次郎兄さん」。
 「もう良い。もう苦しまなくて良いんだぜ。おめえはひとりじゃねえ。あっしも文次郎も、それに甲良一門がおめえの家だ」。
 甚五郎、足利家臣の伊丹左近尉正利を父として産まれたが、幼くしてその父を亡くすと、親類縁者の元で厄介者として育った経緯から、武家を捨て、職人道を選んだ己の半生を恨んだ事もあった。
 だが、大名家の嫡男として育つ筈が、突如放り出され、僅か十歳そこいらで、母の介錯までしなくてはならなかった円徹の、苦しさをしっかりと受け止めていたのである。
 「だがな円徹。人は別だ。人には極楽浄土ってえもんがあらあな。その定めを違える事は出来やしねえのさ」。
 「では、母上は龍のように、私の側にはいてはくれないのですか」。
 苦しそうに、溜め息を洩らした甚五郎。
 「だが、おめえのここには生きちゃいる筈だぜ」。
 円徹の胸を、二度ばかり叩くのだった。ひとしきり魂の震えを噛み締めた甚五郎。切り替えの早さも甚五郎ならではの、真顔になる。
 「おっと、情に流されて忘れるところだったぜ」。
 胸に抱いた円徹の体を引き離し、肩に手を置いた甚五郎。
 「おめえ、未だひとつ嘘を付いちゃいねえかい」。
 はたと、首を傾げた円徹。思い当たる節などなかった。
 「じゃあ、言葉をけえよう。あっしに言っちゃいねえ事はね・え・の・かい」。
 「ありません」。
 そうかなあと、腕組みをし、斜め上に目をやる甚五郎。それはまるで恍けるなとでも言っているようである。
 「如何して、寺を出なくちゃならなかったかだよ」。
 あっと、口を開けた円徹。
 「親方、待ってくだせえ。円徹はおっかさんの像を彫りたくて、弟子入りしたんですぜ」。
 寺を抜け出す為の口実ではないと、文次郎は言うが、甚五郎は未だ意地悪そうな目で円徹を見詰める。
 「そりゃあ本音だろうさ。だけどよ、幾らおっかさんの像を彫りたくても、こいつが一度決めた志をそう簡単に違える男だと思うかい、文次郎」。
 言われてみれば最もである。聡明さは僧にしてもそれなりに買われていた筈。そして何より、僧の修行が辛いとは一言も洩らした事はなかった。
 「さあ、全て吐いちまいな」。
 甚五郎の厳しい言葉に躊躇しながらも、円徹は重い口を開くのだった。








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浜の七福神 130

2014年08月05日 | 浜の七福神
 「おっと忘れるところだったぜい。殿様、春になったらこれを百姓衆に渡してくんな」。
 手にした布の袋を、ぽんと小性に投げる。
 「これは何じゃ」。
 「へい。霜にも負けねえ麦の種でさあ」。
 袋の中身は、種は種でも、木っ端を小さく丁寧に、種の形に仕上げた代物が山と入っていた。
 「まあ、騙されたと思ってよ」。
 困っているなら、藁にも縋れと甚五郎、にやりと笑うのだった。

 不思議なことに、翌年の春に撒いた甚五郎の種は、霜が下りても枯れず、夏も終わり近くになると、高松の畑に小麦色の穂をたわわに実らせ、百姓衆を救ったと伝えられる。
 「元々が奥州の杉の木っ端らしいんで、寒さにゃあ強えや」。

 高松城中庭の池を眺めていた円徹だった。振り向いた顔には案の定、涙が光っている。
 「親方、私は、親方の龍に命を救われた事があります」。
 おやと、甚五郎の眉が上がる。
 「住持様のお使いで、夜に檀家さんの所へ走った時に、辻斬りに合いました。その時、私の身代わりになってくれたのが、御寺の龍だと、住持様がおっしゃいました」。
 もう駄目だと目を閉じた時に、額の直ぐ先で、聞いた事もない鈍い音がしかたと思いきや、己はかすり傷ひつつなく、寺の龍の彫り物が、真っ二つに斬られ血を流していたと、円徹は告げる。
 「おめえ、それであっしに弟子入りしたかったのかい」。
 「最初に言ったように、親方みたいな生きた彫り物をしたかったのです」。
 「だったら、てんから分かってたんだろう」。
 「それを、この目で確かめたかったのです」。
 母の御仏が、己を救ってくれた龍のように、この世に生を持てば、また母に会えると思い描いていたと円徹は正直に話す。
 「おめえ、その小せえ胸に抱え込んでいる物をよ、吐き出しちゃくれねえかい」。
 甚五郎の言葉に、瞬時黙り込む円徹だったが、次第に込み上げる熱い物を押さえ切れずに、大粒の涙をこぼすのだった。
 「母上が御自害なされた。でも、死に切れずに苦しまれて…。私がこの手で、この手で、御命を絶ちました」。
 円徹は、近江山上藩藩主・安藤伊勢守重長の嫡男として生を受けたが、母の身分が卑しかったが為に、重長が正室を迎えるに当たり、外聞が悪いと屋敷を出されたのだった。
 そして、日々気鬱に陥っていった母は、咄嗟に己の胸に刃を突き立てたのである。だが、武家の習わしを知らぬ母は死に切れず、円徹に血まみれの手を差し伸べたのだった。
 母を断末魔の苦しみから救いたく、その喉に刃を突き立てたのはわずか九歳の時であったと思い出す。だが、それは、決して口に出してはならない事だった。






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浜の七福神 129

2014年08月04日 | 浜の七福神
 「若が麻疹で明日をも知れぬ折りに、わしが申し上げたのじゃ」。
 その時の、何とも悲しそうな重長の目は、今でも脳裏に焼き付いて離れないと、所左衛門。その後、重長は小者を房州まで使わしたり江戸府中の寺社を当たって、松千代の行方を探していたが、龍の一件で浄念寺をおとなった際に出会った円徹を間違いないと確信したと告げる。
 「お顔が、我が殿に瓜二つでござる」。
 所左衛門も確信していた。
 すっと大きく息を吸った甚五郎。
 「あっしには、大名の事情なんかてんから分かりたくもねえが、あいつは、おっかさんの御仏を彫りてえって、あっしの元へ参りやした。今では、立派な甲良一門ですぜ。今更、どうしようとおっしゃるんで」。
 「だが、山上藩家臣の事もお考えくだされ」。
 「へえへえ、多くの家臣を路頭に迷わせたくはねえ。御立派な考えじゃねえかい。だがよ、円徹はどうなるんでい。がきの時分におっかさんを亡くして、引き取り手もねえままによ、寺人入れられ漸くてめえの道を見付けたってえのによ。円徹のここが壊れちまっても、御家が無事ならそれで良いのかよ」。
 拳でとんとんと胸を叩く甚五郎だった。
 「たかが一万石の為に可愛い弟子を差し出せるもんけい」。
 「甚五郎、言葉が過ぎよう」。
 「過ぎたらどうなさる」。
 思わず片膝を立て、脇差しの柄に手を宛てがった所左衛門。
 「林殿、控えよ。殿の御前であらせられるぞ」。
 「甚五郎、この件は余に預からせては貰えぬか」。
 「いいや、成らねえ」。
 「甚五郎、殿に向かって何と申す」。
 高俊の言葉にさえ、首を縦には振らない甚五郎の片意地に、高松藩家臣も嫌悪の表情を露にするが、それでも甚五郎は一歩も譲らずにいた。
 「決めるのは円徹だ。山上藩じゃねえ」。
 「なれば、円徹様にお話くだされるか」。
 途方に暮れる所左衛門の問いには答えず、甚五郎は腰を上げながら一言。
 「伊勢守に伝えてくんな。日光東照宮の大造替へには、甲良一門を上げて伺いやすってな」。
 「では、円徹様も」。
 深く首をうな垂れた所左衛門。そのまま、両の手を畳みに付けて、礼をするのだった。





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浜の七福神 128

2014年08月03日 | 浜の七福神
 「ですが、林様。年格好が同じだけで、早計じゃあありやせんか」。
 「いや、我が殿が…重長様が浄念寺にて、会われた円徹と申す僧がどうにも気になると、生い立ちを探らせたのじゃ」
 すると、産まれは房州。母は、九十九里の庄屋の娘で、以前武家屋敷に女中奉公をしていた事が分かった。身分ある方の子であれば、敢えて松千代と名付けたが、浜では、幾松を通り名にしていた為に、その後の行方がようと分からなくなっていたのだ。
 「江戸の寺に預けられたと知り、やはり殿が会われた円徹なる僧が、松千代様であろうと、浄念寺へ赴いた時には、既に寺にはおらなんだのじゃ」。
 甚五郎は、円徹が寺に迷惑が掛かると、言い続けていた訳を漸く知る事になった。だがそれは、思いも及ばぬものである。
 「その松千代様が、見付かりやしたらどうなさるおつもりなんで」。
 「無論、我が領内にお連れ申す」。
 「お連れ申すったって、伊勢守様には御嫡子がおられますぜ」。
 「若は、お身体がお弱いのじゃ」。
 所左衛門の額にはうっすらと、脂汗が浮かぶべば、甚五郎の拳が、畳に埃を立てる。
 「おきゃあがれ。大名だか何だか知らねえけどよ、一度はてめえの子を捨てておいて、今度は御家が危ねえから戻れたあ、何処まで都合が良いってんだ。人を何だと思ってやがるんでい」。
 甚五郎落ち着けと、諌める高俊の声など、もはや甚五郎の耳には届くものではない。何が対馬守だ、寺社奉行だと、ひと通り重長を詰る。
 「どうやらあっしは、対馬守を見損なっていたようだ。わりいが、そんな奴の下で働く気にはなれねえ。東照宮の普請はほかのもんにお言い付けになってくだせい」。
 「待て甚五郎。殿は預かり知らぬ事なのじゃ。御家を思うあまりに、この所左衛門が勝手に仕出かした事。この皺腹ひとつで事が収まるなら、この場で腹を斬ろう」。
 「けっ、腹なんぞ斬られたところで、円徹の恨みは晴れるもんじゃねえ」。
 「甚五郎、今、何と…何と申された」。
 あっと、口に手を宛てがうが時既に遅し。怒りに任せて口走ってしまった円徹の名だった。
 「やはり、円徹様であられたか」。
 所左衛門は安堵と緊張の入り混じった顔で、溜め息と共に肩を落とすが、開口一番に、無事で何よりだったとはらはらと涙を流すのだった。
 「わしの早まりであった。御家の事ばかりを考え、あの母子のことなど眼中になかったのだ。わしの一存で、随分と辛い思いをさせてしまった」。
 「おい、もうひとつだけ聞かしてくんな。伊勢守は、如何しててめえの子が産まれたって知ったのよ」。







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浜の七福神 127

2014年08月02日 | 浜の七福神
 「身分卑しき者には、名も情けも要らないとお考えなのは、御武家様の習いと心得ております」。
 所左衛門は、先刻から膝をぱたぱたと叩いていた扇子の動きを止め、物言いたげな口を鯉のようにぱくぱくと動かし、甚五郎はと言えば、円徹の年に似合わぬ物言いに呆気に取られ、あんぐりと開けた口を閉じられずにいた。
 緊迫した空気を引き取った高俊であった。
 「母の事は話というないと見えるが、その方、父は如何じゃ。父は何を生業とされておる」。
 「父などおりませぬ」。
 「父がおらねば、その方も産まれぬではないか」。
 「捨てられた身故、父は亡き者と思っております」。
 それっきり、ついぞ口を噤んだ円徹。奥歯に力を込め過ぎたが為に、眉間には青筋が浮かび上がっている。その様子に甚五郎は文次郎に向かって顎をしゃくれば、目頭で頷いた文次郎は、円徹を促し座を辞するのだった。
 「さて、林様。どういった訳ですかい」。
 うむと、息を飲み込んだ所左衛門。
 「あの子は名を円徹とは申さなんだか。いや、松千代やも知れぬ」。
 甚五郎の眉がぴくりと動く。
 「どうやら訳ありな様子。話してくだせえ」。
 口籠る所左衛門であったが、このままでは埒が開かないとばかりに、ぽつりぽつりと重い口を開くのだった。
 「もし、あの子が円徹様であれば、我が殿の御烙印であられる」。
 「対馬守様のですかい」。
 うむと唸るような声を発した所左衛門。主君・安藤伊勢守重長が、江戸屋敷の奥向きの女中に子を産ませたが、折り悪く格上の大名家の姫君の輿入れが決まり、姫君の実家への配慮から、重長には告げずに城から出した事を告げる。
 母子の行く末を案じ、それなりに身が立つようにしたつもりではあったが、母がみまかって後、松千代の行方がはたと分からなくなっていたと。
 「風の噂で、松千代様は出家なされたと、聞いておったのじゃが」。




 いよいよ大詰め。円徹の秘密が…。



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浜の七福神 126

2014年08月01日 | 浜の七福神
 「その方が、手を貸してくれぬと、殿がお困りになられるのじゃ。それに我が領内からは、大森一門も大造替に加わる事が決まっておる」。
 「へえっ。清兵衛もですかい」。
 近江は大森一門の総帥・清兵衛は、甚五郎が京伏見禁裏大工棟・梁遊左法橋与平次の元で修行を積んだ折りの弟弟子であった。
 「甚五郎。この度の大造替を受けねば、真にお訊ね者になってしまうやも知れぬ。まあ、余にとってはそれも構わぬがな」。
 高俊は、領内にて何時まででも匿おう。そう言ってくれている。だが、そんな高俊であればこそ、危うい目に合わせる事は憚られる。渋々ではあるが、甚五郎は膝を打った。
 「へい、承知致しやした」。
 これにて、額に浮かび上がった汗を、漸く脱ぐった所左衛門。大きく溜め息を付いて後、先程から妙に気になる事があると言い出すのだった。
 「して甚五郎。その方の後ろに控えておる、童は何者じゃ」。
 円徹を見た甚五郎。相変わらずのしかめっ面を怪訝に思い、空恍けるのだった。
 「こいつは、あっしの遠縁の子でさ。どうして弟子になりてえってんで、引き取りやしたが、何か」。
 「いや。その方、名を何と申す」。
 甚五郎が座敷に現れた折りから、所左衛門の目には円徹しか写っておらず、言葉を交わしながらも、仕切り円徹に目を配っていたのに甚五郎も気付いていた。
 「へい。徹と言いやす」。
 答えたのは甚五郎である。
 「徹とな。それは真の名であろうか」。
 店人でも職人でも、奉公に上がれば名を変える事はある。所左衛門はそれを訝しがっていた。
 「へい、この世に産まれ落ちた時から、徹でござんすよ」。
 「甚五郎、その方に聞いているのではない。徹と申すか。真であるか」。
 円徹は、緊張の色を顔に貼付けたまま、こくりと頷く。だが、所左衛門の追求は終わらなかった。
 「その方、母はの名は何と申す」。
 甚五郎が口を開き掛けると、所左衛門が黙れと手にした扇で己の膝を打ち一喝。びくりと身を震わせた円徹であったが、それでもはっきりと言い放つ。
 「知りません」。
 「それは妙な」。
 「名もない者が、母ではいけませんか」。
 何やら鬱憤を晴らすかのように言葉を投げ捨てる円徹だった。
 「いや、わしはその方を責めておるのではない。ただ母親の名を知りたいだけじゃ」。
 所左衛門が、取り括ろうとするも、円徹は食入るように上目遣いに所左衛門を睨む目を、寸分も外さずにいた。


 いよいよ大詰め。円徹の過去があきらかに…。



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