深川八幡境内に、何故か重蔵がお紺の隣に居た。「おえんを見に行くなら、店を閉めても一緒に行く」と、譲らなかったからである。
「おえん、居ねえな」。
おえんの姿はそこになかった。
「ちょいと、姐さん。今日はおえんさんはどうなすったんで」。
重蔵はほかの茶汲み娘を捕まえると、すかさず尋ねると、おえんは風邪を引いたとかで休んでいるとか。
「て事は、火消しの娘さんに軍配が挙ったようだねぇ」。
お紺は霰湯を啜り、ほうっと息を吐く。
「もったいねえ話だぜ。おえんに懸想されてもなびかねえとはな」。
「おや、重ちゃんだったらなびくってえのかい」。
「そりゃあ…。いや、ひとり身だったらの話さ」。
重蔵は取り繕うにそう言う。
「やっぱり所帯を持つとなると、器量よりも家柄なのかねえ。重ちゃん、どうだえ」。
「そうとは言えねえけど、頭の娘じゃ断れねえってのが本心なんじゃねえか」。
「でもさ、ほかに女が居た男と夫婦になるかね」。
色恋沙汰にとんと疎いお紺には、それが不思議でならない。もし、自分がお町であったなら、許嫁にほかに女が居たら嫌だ。おえんの立場であったなら、「裏切り者」と罵るだけでは済ませない。どうしておえんは、当の太助ではなくお町に喰って掛かったのかが理解出来ないのだ。重蔵は、「女の悋気はそんなもんだ」と、言うのだが。
「どうであれ、お仕舞ぇってこったな」。
勝手に抜け出して来たからか、女房怖さからか、重蔵は緋毛氈の敷かれた床几から、既に腰を上げていた。
「あたし、ちょいと調べてみるよ」。
慌てて霰湯を飲み干したお紺は、先程の茶汲み娘に、おえんの幼馴染みで久し振りに訪ねて来たとか何だとか嘘八百を並べて、やさを聞き出したのだった。もちろん、茶汲み娘の袂には銭を滑り込ませてある。
「おい、お紺、あんまりのしゃばるなよ」。
重蔵の声を背に受けて、お紺は足早に歩み出すのだった。
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「おえん、居ねえな」。
おえんの姿はそこになかった。
「ちょいと、姐さん。今日はおえんさんはどうなすったんで」。
重蔵はほかの茶汲み娘を捕まえると、すかさず尋ねると、おえんは風邪を引いたとかで休んでいるとか。
「て事は、火消しの娘さんに軍配が挙ったようだねぇ」。
お紺は霰湯を啜り、ほうっと息を吐く。
「もったいねえ話だぜ。おえんに懸想されてもなびかねえとはな」。
「おや、重ちゃんだったらなびくってえのかい」。
「そりゃあ…。いや、ひとり身だったらの話さ」。
重蔵は取り繕うにそう言う。
「やっぱり所帯を持つとなると、器量よりも家柄なのかねえ。重ちゃん、どうだえ」。
「そうとは言えねえけど、頭の娘じゃ断れねえってのが本心なんじゃねえか」。
「でもさ、ほかに女が居た男と夫婦になるかね」。
色恋沙汰にとんと疎いお紺には、それが不思議でならない。もし、自分がお町であったなら、許嫁にほかに女が居たら嫌だ。おえんの立場であったなら、「裏切り者」と罵るだけでは済ませない。どうしておえんは、当の太助ではなくお町に喰って掛かったのかが理解出来ないのだ。重蔵は、「女の悋気はそんなもんだ」と、言うのだが。
「どうであれ、お仕舞ぇってこったな」。
勝手に抜け出して来たからか、女房怖さからか、重蔵は緋毛氈の敷かれた床几から、既に腰を上げていた。
「あたし、ちょいと調べてみるよ」。
慌てて霰湯を飲み干したお紺は、先程の茶汲み娘に、おえんの幼馴染みで久し振りに訪ねて来たとか何だとか嘘八百を並べて、やさを聞き出したのだった。もちろん、茶汲み娘の袂には銭を滑り込ませてある。
「おい、お紺、あんまりのしゃばるなよ」。
重蔵の声を背に受けて、お紺は足早に歩み出すのだった。
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