観世音菩薩は、妙行寺本堂で長く崇拝されたが、微笑んだと言う記録はついぞ残されていない。
「観世音菩薩が救う輩がいねえって事は、丸亀藩の御治世が良かったってこった」。
「甚五郎。随分とゆるりとした旅であったな。余は待ち兼ねたぞ」。
嫌味のひとつも言いたくなると、西光寺から早々に、甚五郎の身柄を丸亀城へと招き入れた高俊だった。
そして城内には、甚五郎の到着を首を長くして待っていた、もうひとりの男の姿があった。
「こりゃあ、林様じゃありやせんか」。
「林様ではない。何をしておったのだ」。
「近江山上藩の御家老様が、どうして丸亀にいなさるんで」。
近江山上藩と耳にし、きりりと唇を固く結んだ円徹。俄に眉根の間に皺を刻む。
「御老中・土井大炒頭利勝様から、我が殿に厳命が下されたのだ」。
「対馬守様にですかい」。
近江山上藩二代藩主・安藤伊勢守重長は、同時に幕府寺社奉行の要職にあった。
「日光東照宮の大造替が決まったのだ。それで、我が殿も奉行に命じられた」。
「それがあっしと、どう関わり合いがあるんですかい」。
江戸城改築に際し、西の丸地下道の秘密計画保持の為に幕府から命を狙われ、亡命中の筈の甚五郎である。
「そなたの命を狙うものなど、とうにおらぬわ」。
「へっ、そうなんで。道理で何処でも剣呑な目に合いやせんでした」。
甚五郎が江戸を発ってひと廻りの後、一部幕閣が、江戸城の秘密保持の為に、甚五郎の命を絶とうと企んではいたが、それを知った将軍・家光が激怒。かの幕閣を厳命に処したと言う。
「でしたらあっしは、大手を振ってお江戸に戻れるんですかい」。
「戻れるのではない。至急戻って貰わねば困るのだ」。
日光東照宮の大造替の総棟梁への厳命が下ったと、所左衛門が告げれば、甚五郎、へっと背を向け、勝手な事だと怒りを露にする。
「だから申しておるではないか。家光公の与り知らぬ事だったのだ。その方に詫びておられる」。
既に、ほかの弟子たちも江戸に戻っていると、所左衛門は伝える。
始終をにこやかに見ていた、高俊。
「余は、甚五郎に高松に留まって欲しいと、願っておったが、将軍家のおぼしとあれば、致し方あるまい」。
「ですがねえ」。
ぐずる甚五郎に、平伏する所左衛門。
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「観世音菩薩が救う輩がいねえって事は、丸亀藩の御治世が良かったってこった」。
「甚五郎。随分とゆるりとした旅であったな。余は待ち兼ねたぞ」。
嫌味のひとつも言いたくなると、西光寺から早々に、甚五郎の身柄を丸亀城へと招き入れた高俊だった。
そして城内には、甚五郎の到着を首を長くして待っていた、もうひとりの男の姿があった。
「こりゃあ、林様じゃありやせんか」。
「林様ではない。何をしておったのだ」。
「近江山上藩の御家老様が、どうして丸亀にいなさるんで」。
近江山上藩と耳にし、きりりと唇を固く結んだ円徹。俄に眉根の間に皺を刻む。
「御老中・土井大炒頭利勝様から、我が殿に厳命が下されたのだ」。
「対馬守様にですかい」。
近江山上藩二代藩主・安藤伊勢守重長は、同時に幕府寺社奉行の要職にあった。
「日光東照宮の大造替が決まったのだ。それで、我が殿も奉行に命じられた」。
「それがあっしと、どう関わり合いがあるんですかい」。
江戸城改築に際し、西の丸地下道の秘密計画保持の為に幕府から命を狙われ、亡命中の筈の甚五郎である。
「そなたの命を狙うものなど、とうにおらぬわ」。
「へっ、そうなんで。道理で何処でも剣呑な目に合いやせんでした」。
甚五郎が江戸を発ってひと廻りの後、一部幕閣が、江戸城の秘密保持の為に、甚五郎の命を絶とうと企んではいたが、それを知った将軍・家光が激怒。かの幕閣を厳命に処したと言う。
「でしたらあっしは、大手を振ってお江戸に戻れるんですかい」。
「戻れるのではない。至急戻って貰わねば困るのだ」。
日光東照宮の大造替の総棟梁への厳命が下ったと、所左衛門が告げれば、甚五郎、へっと背を向け、勝手な事だと怒りを露にする。
「だから申しておるではないか。家光公の与り知らぬ事だったのだ。その方に詫びておられる」。
既に、ほかの弟子たちも江戸に戻っていると、所左衛門は伝える。
始終をにこやかに見ていた、高俊。
「余は、甚五郎に高松に留まって欲しいと、願っておったが、将軍家のおぼしとあれば、致し方あるまい」。
「ですがねえ」。
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