「なあ、お紺ちゃん」。
朝太郎が、猫なで声を出した時は要注意。良からぬ事を考えているのだ。
「行きませんよ」。
お紺は冷たく言い放つ。
「何でい。未だ何も言っちゃしないじゃないか」。
「言わずとも、分かっているというもんさ。どうせ金次ってえお人をひと目見ようって腹積もりだろう」。
すると朝太郎は、月代をぺしゃりと叩き、「なら話が早い」とか何とか。折角深川くんだりまで足を伸ばしたのだから、是が非でもひと目お目に掛からなくては帰れないのだそうだ。
「一緒に深川迄来ておくれ」と、頼んだ覚えはない。
「駄目だよ、あたしはこれから昨日の娘さんが、どうして身投げしたのかを聞かなくちゃならないのよ。お父っつあんにそう言われているの」。
「ふーん、ならあたしはひとりで行ってみるさ」。
朝太郎は、ひとりで三組の火消しの屋まで行くのだと言ってきかないのだから仕方ない、お紺は番太の元へと足を運んだ。
幸いな事に、向井の自身番には同心も岡っ引きも立ち寄ってはおらず、月番の差配と、書役が所在な気に将棋なぞを指している。
「ご免んなさいよ」。
お紺の訪いの声に人の良さそうな番太の女房が顔を出す。
「お芋くださいな」。
「はいはい。如何程でしょうか」。
「ちょいと小腹が空いたので、一本で良いんだけど、ここで食べたいけど言いかえ」。
ならばと、茶を入れてくれた。
「おかみさん、昨日は大変な騒ぎでしたねえ」。
大抵の女は、金棒引きだ。ちょっと水を向ければ乗ってくる。
「そうだねえ。けど大事にならなくて良かったよ」。
と言う事は、娘は助かった。
「それは良かった。あたしもね、たまたま通りがかったもんで、どうなったのか気を揉んでいたところですよ」。
通りがかってなんぞいない。
「そうかえ。だったら金次さんも見たかえ。さすが火消しだ。ここが違うよ」。
女房は、胸を掌で数度叩く。
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「行きませんよ」。
お紺は冷たく言い放つ。
「何でい。未だ何も言っちゃしないじゃないか」。
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すると朝太郎は、月代をぺしゃりと叩き、「なら話が早い」とか何とか。折角深川くんだりまで足を伸ばしたのだから、是が非でもひと目お目に掛からなくては帰れないのだそうだ。
「一緒に深川迄来ておくれ」と、頼んだ覚えはない。
「駄目だよ、あたしはこれから昨日の娘さんが、どうして身投げしたのかを聞かなくちゃならないのよ。お父っつあんにそう言われているの」。
「ふーん、ならあたしはひとりで行ってみるさ」。
朝太郎は、ひとりで三組の火消しの屋まで行くのだと言ってきかないのだから仕方ない、お紺は番太の元へと足を運んだ。
幸いな事に、向井の自身番には同心も岡っ引きも立ち寄ってはおらず、月番の差配と、書役が所在な気に将棋なぞを指している。
「ご免んなさいよ」。
お紺の訪いの声に人の良さそうな番太の女房が顔を出す。
「お芋くださいな」。
「はいはい。如何程でしょうか」。
「ちょいと小腹が空いたので、一本で良いんだけど、ここで食べたいけど言いかえ」。
ならばと、茶を入れてくれた。
「おかみさん、昨日は大変な騒ぎでしたねえ」。
大抵の女は、金棒引きだ。ちょっと水を向ければ乗ってくる。
「そうだねえ。けど大事にならなくて良かったよ」。
と言う事は、娘は助かった。
「それは良かった。あたしもね、たまたま通りがかったもんで、どうなったのか気を揉んでいたところですよ」。
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