大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 65

2014年05月31日 | 浜の七福神
 暫し考え込むが、円徹には言い逃れは通じまい。いや言い逃れではなく、見た事全てが真実なのだ。何をどう話せば良いのかと、文次郎の脇腹を小突く。
 うっと、低いうめき声を上げた文次郎だった。
 「そりゃあよ、阿弥陀様は鼠や蟹なんかと違って、徳があらあな。高貴なお方は、ちょろまか動いたりはしねえもんだ」。
 分かったような、分からないような。
 「文次郎兄さん。親方の木彫りは、特別って事ですよね」。
 「何でい、てんから分かってるじゃねえか」。
 「分かってはいますが、でも…」。
 木彫りが動き出すなど、辻褄が合わない。それでも、面白い方が良いだろうと、甚五郎は高らかに笑うのだった。
 「おう、すっかり陽も暮れちまったが、どうにも旅籠が見当たらねえな」。
 「へい、宿場ではないようで」。
 ならば野宿でもするか、どこかの納屋にでも潜り込むかと、何処までが本気か、慌てる様子のない甚五郎である。
 「親方、雨ですぜ」。
 「そうさな。だったら野宿は辛えな。まあいいさ、あすこに厄介になるとするか」。
 甚五郎の視線の先には、今にも崩れ落ちそうな藁葺きの、小さな小さな百姓屋がぽつり。
 「親方、こんな所に人が住んでますかい」。
 あばら屋と言った方が良い荒廃振りに、文次郎さえも、臆するのだった。
 「誰もいなけりゃ、その方が都合が良いってもんよ。雨露を凌げればそれでいいのさ」。
 甚五郎が声を掛けると、戸と言うには烏滸がましい、板きれがすっと横に滑り、ひとりの女が姿を現すが、如何せん困惑顔である。
 「あれっ、さっきのおっちゃんだ」。
 女の後ろから覗いた顔は、先程川で鮎釣りをしていた幸太。それならば無下に断る訳にもいかず、甚五郎たちを囲炉裏端へと促すのだった。
 囲炉裏端には、幸太が釣り上げた鮎が、枝に通されて立てられ、香ばしい香りを漂わせている。
 「なぁんもおまへんので、この鮎を食べておくんなはれ」。
 幸太の母親は、甚五郎たちに鮎を勧めるのだった。
 「女将さん、そりゃあいけねえよ。これは幸太が旦那の為に釣った鮎だ」。
 「やけど、あとは稗しかおまへんのや」。
 僅かばかりの稗しか蓄えがないと、幸太の母は悲しそうな顔を向ける。
 「なあに、一度くれえ飯を抜いたって、死にやしねえ。あっしらは、ここで寝させて貰えりゃ、それで構ねえよ」。
 囲炉裏脇で、ごろりと横になった甚五郎。腕枕で直ぐにこくりこくり。





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浜の七福神 64

2014年05月30日 | 浜の七福神
 「おおい。そこの坊、釣れねえようだな」。
 河内は高槻城下の川の畔で、一服していた甚五郎。目の前の子どもが釣りをしているが、半時過ぎても一向に獲物を釣り上げる様子がないのに焦れて、声を掛けるのだった。
 「坊、この川に魚はいるのかい」。
 こくりと頷く子ども。どれ見せてみろと、川面を覗くと、囮がぷかりと浮かび上がってしまっている。
 「その囮じゃ釣れねえな。囮ってえのはよ、水に沈んで泳がねえとな」。
 「やけど、ほかにあらへん」。
 「だったら諦めるんだな。囮がなけりゃあ、どんな名人だって無理ってもんさ」。
 甚五郎、大笑い。この男の口の悪さは、相手が誰であろうとて遠慮がない。半べそをかき出した子を見兼ねた文次郎が割って入る。
 「親方、未だ五つか、六つのがきですぜ。大人げねえ。坊、釣りは楽しいかい」。
 「あそびじゃないんや。おとんに、食べさせたいんや」。
 おやっと、甚五郎の眉が動く。
 「おめえがじゃくて、おとっつあんにか」。
 父が病に伏せて半月ばかり。活計もなければ、日々食べるのにも事欠く有様で、医者になど診せられようもない。
 せめて美味い物を食べれば、病いも遠のくとの一心から釣りを試みたが、一向に釣れないと、幸太と名乗ったその子は悲しそうに俯くのだった。
 「そうかい。見上げた心掛けだぜ。笑って悪かったな。許してくんな」。
 言うなりひょいと腰を上げ、何やら川縁を歩き出したかと思えば、流木を拾い上げた甚五郎。流木を、鼻歌交じりに八寸ばかりの鮎に削り上げるのだった。
 「幸太、これを囮にやってみろ」。
 先刻から、甚五郎の行いを怪訝そうに見ていたが、言われるままに、手渡された囮を川に放つと、瞬時に竿がしなって大きな鮎が掛かるのだった。
 「おっちゃん、釣れた」。
 「そうかい。良かったじゃねえか」。
 満面の笑顔で、これで父親も少しは精が付くだろうと、甚五郎に礼を言う幸太。そんな小さな頭を撫でながら、ひとつだけ約束があると言うのだった。
 「いいかい。この鮎は、ずっと水に浸けて置くんだぜ」。
 「なんでやろか」。
 「そりゃあよ、魚ってえのは、水から揚げられたら死んじまうだろう」。
 ああっと、頭を抱える円徹。
 「文次郎兄さん。親方の鮎は見事な彫りだけど、あれも絡繰りですか。それとも、川の流れに流されていただけではないのですか」。
 鼠や蟹と同じに、絡繰りなのかと思えなくもないが、水の中での仕掛けとなると、そう容易くはない筈と円徹は考える。
 「おめえも相当に頑固だぜ。おめえだって、竹の水仙が枯れたらてえへんだって、言ってたじゃねえかい」。
 至極最もではある。ほかは絡繰り細工と疑ってはいたが、水仙に関してだけは、己でも何故あの時、そう思ったのか不思議でならないのだ。
 「良いじゃねえかい。そうやって頭を捻ってみるのも、修行のひとつだ」。
 「親方、私は、絡繰り細工ではなくて、御仏を彫りたいのです」。
 不思議な木彫りではなく、魂の入った仏像を彫りたいと円徹。
 「おや、円徹。おめえの目は節穴かい。どいつもこいつも、魂があるから動くんだぜ」。
 「そんな…。ですが寺の阿弥陀様は動きません。阿弥陀様に魂が入っていないなんて、罰当たりが過ぎます」。
 唇を尖らせる円徹。阿弥陀如来でも己が彫れば、動き出すのや否や。言われてみればその通り。返す言葉のない甚五郎だった。



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浜の七福神 63

2014年05月29日 | 浜の七福神
 「十字ですか」。
 「ああ、だがな、当たりめえに十字を彫ったら、直ぐに切支丹だって分かっちまう」。
 丸に十字紋を刻めと言うのだった。
 「親方それじゃあ、島津様に御迷惑が掛かりやせんか」。
 文次郎が眉を潜めるが、甚五郎お構いなしである。
 「十字紋は、そもそも二匹の龍なんでい。だからよ、馬鹿っ正直に島津の紋を彫るんじゃなくてよ、天地左右の龍を彫りな」。
 言うなり、煙管をくわえる甚五郎。どれだけの時を要そうが、待つ構えであった。
 およそ一時半。小さな龍、いや見ようによっては、勇ましい蛇のような物が二体、祠の上に刻まれた。
 「さて、長居は無用だぜ。行くとするか」。
 空はすっかり漆黒に覆われていた。だが、隠れ里でこれ以上の関わりは、断固として拒んだ甚五郎が夜を徹しての足取りを決めたのだった。
 「円徹、眠かったらおぶってやるぜ」。
 「大丈夫です。文次郎兄さん。私の勝手からこうなったのですから」。
 目をしょぼつかせながらも、懸命に遅れを取るまいとする円徹に、浜の小天狗は強ち噂だけではないやも知れぬと、甚五郎師弟は思うのだった。
 「全くよ、円徹があんなに頑固だったとはな」。
 文次郎に言われ、舌を出す円徹。雷に木が打たれる前に、声が聞こえた気がしたと言う。
 「女の人の声で、危ないから離れろって言う声でした」。
 不思議な事に、耳からではなく能に直接語り掛けるような声だったと。
 声こそ聞こえなかったが、何やら胸のざわ付を覚え、一刻も早く、大木を離れなくてはならない気になった甚五郎と文次郎。互いに顔を見合わせるのだった。
 「円徹、伴天連に見入られたんじゃねえだろうな」。
 「正か」。
 「いや、それよりもよ、あの像を彫った石工はどいつなんでい。確かめりゃ良かったぜ」。
 甚五郎、どうにも気になって仕方がないと、足踏みをするのだった。
 「親方、あんな物を彫れる石工なんぞ、この日の本にはいやしませんぜ。大方、伴天連からの舶来でしょう」。
 そうかと、両の手を打った甚五郎。いずれは、伴天連へも行ってみないとなと、度肝を潰す言葉を発するのだった。
 「親方、伴天連よりも、高松が先です」。
 「違えねえ」。

 さて、翌朝となり、万梨阿像の前に集まった隠れ切支丹たちは、よそ者に見られたのではと、新しくなった祠に大騒ぎ。
 おっかなびっくりに近付いてみれば、像が人目に付かないように、格子が施されている事から、案じる事はないとの結論に達したのだが、祠の上の、丸に十字の龍が何を意味してるかを知るまでには、後百年を要するのであった。
 「この蛇は、なんでっしゃろか」。
 「せやけど、十字架に見えなくもないやね」。
 有り難やと。手を合わせる茨木山中の隠れ里に、左甚五郎の名が伝わる事はついぞなかったが、徳川二百七十年が過ぎ、明治五年に基督教が解禁になるまで、この隠れ里が人に知られる事もなく、また、この万梨阿像は、幾多の戦火もくぐり抜ている。
 これも、甚五郎の偉業と捉えるか、基督の教えと見るかは、信心次第。




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浜の七福神 62

2014年05月28日 | 浜の七福神
 だが、小さな体の何処に、これだけの力があったのかと、文次郎が機微を傾げるくらいに、円徹は手強かった。
 「嫌です。お地蔵様が濡れてしまいます」。
 「円徹。地蔵じゃねえ」。
 「同じ事です。信じる神様が違うってだけです」。
 始終を目の当たりにしていた甚五郎。眉尻を下げると、漸く動くのだった。
 「分かったよ円徹。おめえの勝ちだ」。
 「勝ち負けではありません。伴天連の神様でも、信じているお人にとっては唯一の神です」。
 甚五郎は、祠の屋根から、円徹の手をそっと引き離すと、肩を持って振り向かせ、膝を折り目の高さを合わせる。
 「おめえに教えられた。分かったぜ。この左甚五郎が、一世一代の祠を造ろうじゃねえか」。
 「親方、良いんですかい」。
 万が一、幕府の知るところとなれば、命を付け狙われるどころか、良くて遠投。死罪も無きにしも非ずと、不安げな文次郎である。
 この言葉を耳に、伴天連の教えはそれくらいに危ういものかと、始めて知る円徹だった。
 「死罪か。まあ獄門にかけられようって時にはよ、あっしの龍や虎が、助けに来てくれるだろうよ」。
 夕立が一過し、甚五郎は、先程雷に打たれた木を起用に削ると、早々に祠を造り直しに掛かる。
 「伴天連の神だからよ、地蔵さんみてえな凝った造りはいらねえみてえだな」。
 そもそも、格子や細工はなく、像が収まっていただけの小さな祠であった。
 「いや親方、こんな山ん中に、堂宮大工なんぞがいる筈がねえ。そこいらの者が仮に造ったんじゃねえですかい」。
 だったら、立派な祠にすれば、喜ばれると文次郎。
 「親方、伴天連の神様は、人に見られたらいけないんでしょう」。
 ならば、扉を付けて、顔が見える所だけを格子にして欲しいと円徹が、珍しく注文を出すのだった。
 「細けえ事言いやがるぜ」。
 そう言いながらも、甚五郎は起用に祠を造り上げていく。
 「さて、円徹。こっからはおめえの仕事だ」。
 えっと、目を見開いた円徹である。
 「この神様は、万梨阿って名なんだ」。
 「万梨阿様」。
 「そうさ、ひとり息子を持ったおっかさんだ」。
 「お子がいるのですか」。
 うんと頷いた甚五郎。その子は、切支丹の教えを広めたが、信仰の為に磔になった後、神と崇められている。その切支丹の御印を祠の上に彫れと言うのだった。
 磔と聞き、穏やかではない円徹に、その十字を彫れと甚五郎は鑿を渡す。





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浜の七福神 61

2014年05月27日 | 浜の七福神
 「奇麗なお顔ですね。こんなお地蔵様、初めて見ました」。
 目を輝かせる円徹。母の像もこんな風に彫りたいと言葉を続けた時に、甚五郎の目が怪しく光るのだった。
 「そうかい、円徹は、あの地蔵が気に入ったかい」。
 言葉とは裏腹に、細めた目は威嚇を思わせる。文次郎はといえば、こちらも困惑の表情であった。何か拙い事でも言ったかと円徹は口籠るが、甚五郎が話を引き取るのだった。
 「これは、伴天連の神だ」。
 「伴天連ですか」。
 「ああ、御禁制の異教の神だ。関わっちゃならねえ」。
 そもそも、ここ茨木は楠木正成により城が築かれ、城下町として賑わったが、大坂の役後、江戸幕府天領となり、京と大坂、丹波を結ぶ交通の要衝として栄えていた。
 だが、戦国の世に、山間の一部が、切支丹大名として名高い高山右近が治める高槻藩領だった為に、禁教後も隠れて信仰を続ける者たちが、山間部に集落をなし、隠れ里があるらしとは、噂には聞いていたと甚五郎。
 「こんな奇麗な神様なのに」。
 「奇麗かも知れねえがよ、おめえの信じる阿弥陀様とは違うのよ。分かるな」。
 何時になく、鋭い口調に怪をされ、それ以上は何も言えなくなる円徹だった。
 「親方、面倒に関わるめえに、早くた出た方が良さそうですぜ」。
 「四半時もありゃあ、雨も上がるだろうぜ」。
 未だ大粒の雨を掌で受けながら、甚五郎が答えた瞬時、雨の中を円徹が不意に大声を上げた。
 「親方、兄さん。ここは駄目だ。逃げて」。
 言うが早いか、円徹に手を引かれ、三人が大木を離れたその時、一筋の光が天から降り注いだかに見え、ばきばきと大きな音をたて、幹は二つに裂けたのだった。
 雨の中、落雷の名残が燻るのを見て、胆を潰す甚五郎だった。
 「雷か。危ねえところだったな」。
 横では、腰を抜かさんばかりに震える文次郎と円徹が、固く手を握り合っている。
 命拾いをしたと、甚五郎が、顔の雨を拭った時、円徹が震える人差し指で一点を指し示す。
 その指の先には、先程の伴天連の像が収まった祠の屋根に、倒れた大木の枝が刺さり、大きな穴が開いてしまっていた。その穴からは容赦なく雨粒が横殴りに吹き込んでいる。次第に濡れる像の有様に、円徹は走り出し、穴が開いた屋根を覆うように、己の身を被せるのだった。
 「円徹。何してやがる」。
 濡れるから戻れと、甚五郎が声を掛けるが、微動だにしない円徹に、業を煮やした文次郎が走り寄ると、その体を力任せに引き離そうとする。




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浜の七福神 60

2014年05月26日 | 浜の七福神
 その頃、清兵衛に呼び止められていた円徹。やはり俯いたままで、居心地が悪そうであった。
 「円徹とやら、お前さんは、本気で堂宮大工になるつもりかい」。
 黙って懐から、彫り掛けの御仏像を取り出した円徹。
 「この御仏に誓いました」。
 すると、すっと深く息を吸って後、円徹の細い肩に手を置いた清兵衛。
 「この大森清兵衛。お前さんの心意気、見届けさせて貰うよ」。
 「それじゃあ」。
 「こう見えても、大名家の御普請もやってるのさ。口が固くなくては務まらないさ」。
 にっこりと口の端を上げた清兵衛だった。
 「その変わり、慎之介様とは仲良くしておくれな。大森の跡を継ぐんだからよ」。
 「はい」。
 慎之介とは因縁薄からぬ物を感じる円徹だった。
 
 「京ですっかり、足止めを食らっちまった」。
 ぼやく事仕切りの甚五郎に、それは足止めを食らったのではなく、自ら招いた道草だと告げる文次郎。
 少しばかり、明るい顔にはなったが、未だ少し憂いを帯びているかのような円徹。甚五郎や文次郎と歩調を合わせずに、ひとり遅れて付いて来るのだった。
 「円徹。早く歩かねえかい」。
 「はい」。
 返事はきちんと返すが、その足取りは重そうであった。
 「どうした。草鞋でも切れたかい」。
 「大丈夫です」。
 「だったらいつもみてえに、犬っころみてえに歩きな」。
 常々、甚五郎や文次郎に絡み付くように、前を後ろを歩いていた円徹だった。
 そこに、大粒の雨が降り出したからいけない。
 「なあに夕立だ。直に上がろうってもんよ」。
 折り悪く、峠には茶屋の一軒もないばかりか、人里も遠いとみえ、軒を借りる先もない。
 「廃寺もねえとはな。仕方ねえ、あの木の下で雨宿りだ」。
 街道を逸れ、獣道の先の大木に身を委ねるのだった。年輪を重ねただけある大木は、葉が茂り都合良く雨粒を凌いでくれる。
 「ちいとばかりの辛抱さ。直にお天道さんが顔を出さあ。なあ、円徹」。
 そう言いながら甚五郎が、円徹を見ると、街道とは逆も方へと身を乗り出し、一点を凝視しているではないか。
 「どうした円徹。何か面白えもんでもあったのかい」。
 「親方、あのお地蔵様」。
 指差した先には、粗末な祠に収められた白い石の立ち姿像が一体。
 だが、頭からは布のような物を被り、衣装も足下まですっぽりと覆われてはいるが、打ち合わせもなく、長い布が巻き付いているかのようで、何より、胸で両の手を合わせている女人のようであった。




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浜の七福神 59

2014年05月25日 | 浜の七福神
 「小野派一刀流の流れを汲む井崎館で、塾頭を倒した、未だ十になるかならないかの門弟の事で」。
 気のせいか、円徹のうなじは、朱を帯びているかのように見えなくもないが、顔を伏せ、握った拳が小刻みに震えている。
 「清兵衛、そりゃあ、あっしの彫り物と同じで、逸話ってもんだろう」。
 小さな話が流れ流れて、大きくなるのは世情の常。増してや房州の話が近江の清兵衛へ届くまでには、尾ひれが付こうというものだと、甚五郎。
 「如何してそれが円徹なんでい。そんなおかしな話に、あっしの弟子を巻き込まねえでくんな」。
 「顔が…、生き写し…。いや、他人の空似か」。
 これ以上は何も言うなと、甚五郎は釘を刺す。その鋭い瞳に事を察した清兵衛も、余りに面構えの良い子だったので、つい軽口が過ぎたと、円徹に詫びるのだった。
 「それで、甚五郎兄さん。この円徹の腕はどうなんですか」。
 「おう。そりゃあよ、おめえんとこの慎之介にゃ負けねえぜ」。
 まあ、円徹の方が上だがなと付け加えたもので、清兵衛も負けじと、慎之介の素養を語り尽くす。双方酔いも手伝い引く気配はない。
 「円徹、慎之介さん。もう朝まで終わらねえ。あっしらは、先に寝ようぜ」。
 呆れて腰を上げたのは文次郎だった。
 「円徹、気に病むんじゃねえぜ。大森の親方は、あっしの事も、上野の悪平太なんぞ言い放った事があるくれえだ」。
 「悪平太ですか」。
 「そうさ、入門した時分に、利かねえがきだったからよ」。
 「それなら、私は山上の龍神と言われています」。
 「山上だって」。
 山上藩家臣だと告げる慎之介の言葉に、顔を曇らせる円徹。
 「まあ、久し振りに清兵衛にも会えたし。良しとするか」。
 何やら明け方まで、熱く語り合っていた、甚五郎と清兵衛。未だ未だ頭の中では、酒が渦巻いている。
 「親方、おかしかねえですかい」。
 「如何してだい、文次郎」。
 浜の小天狗が逸話にしろ、実存するにしろ、房州だけで、それを円徹と決め付けた清兵衛に訝しさを抱いていた。
 「しかもですぜ、江戸にいるあっしらも知らねえのに、如何して近江の山上城下の清兵衛親方が、房州の事なんぞを知ってなさるんですかい」。
 その思いは甚五郎も同じだった。だが、その事に触れたら、円徹が消えていなくなるのではないかといった、一抹の不安も事実。




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浜の七福神 58

2014年05月24日 | 浜の七福神
 「そうかい。祇園の鯉山ねえ。良い目をしてるじゃねえかい」。
 「慎之介様、その鯉山を彫られたのが、この甚五郎親方です」。
 清兵衛の言葉に、慎之介の目は、そのまま座敷に落ちるのではないかと思える程に見開らかれた。
 「誠でしょうか」。
 頷く甚五郎だったが、今にも龍にならんとする鯉の滝登りを、水の雫一滴、鯉の鱗一枚を生き生きと彫った男が、目の前で熟柿のように酔っているなど、信じられない光景だった。
 「どうしたんでい。あっしじゃ不服かい」。
 「いえ、あの…」。
 恥ずかしさに赤らんだ顔を、下に向ける慎之介だった。
 「親方の彫り物と、親方が似つかわしくねえってんで、戸惑っちまってるんですぜ」。
 文次郎の指摘に、円徹も慎之介と目を合わせ、思わず吹き出すのだった。
 分が悪いとばかりに、話を変える甚五郎である。
 「おいおい。まあ、どっちみち三男坊なら、養子に出されるか、寺にぶち込まれるのが関の山だ」。
 「はい。私は、清兵衛親方に付いて、立派な職人になりとうございます」。
 「さすが武家の子だ。はっきりとしているじゃねえかい清兵衛」。
 横で、熱くなった目頭をそっと拭う清兵衛。その肩に手を置きながら、良い跡継ぎが出来て大森一門も安泰だと告げるのだった。
 「兄さんこそ、そこな新しい弟子も、きちんとしてなさる」。
 「ああ。文次郎は知ってるよな。こっちの小せえのは、円徹ってえんだ」。
 「円徹…」。
 「寺にへえってたんで、躾が行き渡ってるのさ」。
 円徹の顔をまじまじと見た、清兵衛の目付きが急に鋭くなる。
 「お前さん。産まれは何処だい」。
 詰問のような口調に、甚五郎に縋るような目を送る円徹。それを察した甚五郎が、話を引き取った。
 「産まれなんぞ、どうでも良いじゃねえかい」。
 「いや。お前さん房州じゃないか」。
 口をきりりと結び、首を激しく、左右に振る円徹。
 「お前さん。ひょっとして、浜の小天狗じゃないかい」。
 「浜の小天狗だって、何でいそいつあ」。
 戯けた甚五郎に、清兵衛は浜の小天狗を語り聞かせるのだった。




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浜の七福神 57

2014年05月23日 | 浜の七福神
 夕刻になり、仕事を終えた清兵衛が、遊左法橋の家へと戻った頃には、甚五郎はすっかり西瓜のような顔色に出来上がっていた。
 「与平次親方の具合が悪いってんで、おめえが棟梁を務めてるんだってな」。
 如何して己ではなく、弟弟子の清兵衛に話がいくかと、憤慨の様子である。
 甚五郎の手にした茶碗をひったくった清兵衛。ぐいっと飲み干すと、その口を袖で拭う。
 「甚五郎兄さん。こんな所をふらふらしていて、お上に見付かったらどうなさる」。
 「清兵衛、そう固え事を言っちゃあいけねえ。久し振りじゃねえかい」。
 ああと、頭を横に振る清兵衛だった。
 「ところでよ。おめえ、何時の間にがきが出来たんだい」。
 山荘の時より、清兵衛には、幼い男の子が同道していたが、普請の現場には不釣り合いな、藍木綿の着物に小倉の袴姿だった。
 「ああ。馬廻り役の春日様の御三男の慎之介様だ」。
 「春日慎之介にございます」。
 はっきりとした物言いで、ぺこりと頭を下げる男の子は、未だ五つか六つにしか見えないが、中々の面構えではきはきとした物言いである。
 「慎之介とやら、おめえさん幾つだい」。
 「はい。六つになりました。数えで七つです」。
 「こりゃあ、しっかりとした子じゃねえかい」。
 清兵衛も得意そうに、二杯目の酒を煽る。
 「清兵衛、その武家の子が、如何しておめえと一緒に京にいるんだい」。
 正か勾引しかと、甚五郎は顔を近付ける。
 「何ね、この慎之介様を、大森の総領息子にしたいのさ」。
 子のない清兵衛。是非とも慎之介を養子にしたいと、申し出てはいるが、如何せん相手は武家である。職人になど、大事な我が子を手放す筈もなく、難義していると愚痴るのだった。
 「そうまでして、養子にしてえってえのは、相応の才があるのかい」。
 「もちろんさ。慎之介様には天性の才がある。今から仕込めば、一人前の堂宮大工になれるんだがな」。
 そこで、京見物をさせてやると、連れ出したと言うのだった。
 「だがよ、親が良く許したもんだ」。
 「それは、その。御家老様のお骨折りもあってだ」。
 ふうんと、慎之介に目をやった甚五郎。
 「だがよ清兵衛。才よりも当人の気持ちはどうなんでい」。
 すると、清兵衛よりも先に、答えたのは慎之介だった。
 「私は、以前父上に連れられ、祇園祭で鯉山を見ました。あのような、逞しい鯉の滝登りは始めてにございました」。
 目をきらきらと輝かせる慎之介だった。





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浜の七福神 56

2014年05月22日 | 浜の七福神
 「親方、未だ京に用がありなさるんですかい」。
 播磨、大坂への街道筋には向かわず、伏見へと向かった甚五郎だった。
 「ああ。通り道だ。手間は取らせねえよ」。
 「伏見と言やあ、酒ですかい」。
 甚五郎であれば、然もありなんと、文次郎。
 「馬鹿言ってるんじゃねえ。あっしだって、挨拶しとかなくちゃならねえ所くれえあるのさ」。
 それは、甚五郎が十三歳にして弟子入りした、伏見禁裏大工棟梁の遊左法橋与平次だった。
 「代替わりはしちゃいるが、親方は未だ未だ息災だ」。
 確かこの辺りだったと、五郎太町のお花畑山荘の脇を通り掛った折りだった。
 「こりゃまた、小気味の良い音がしてるじゃねえかい」。
 折しも、徳川家御殿のひとつである、山荘の普請の真っ最中。徳川家の御殿とあれば、遊左法橋も関わりありと、足を忍ばせる甚五郎であった。
 「親方。幾ら何でも、こちとら徳川様から逃げている身ですぜ」。
 「なあに、京の役人なんぞが、あっしの顔を知っちゃいねえさ」。
 見れば、谷空木、唐種招霊、黄素馨などの咲き乱れる中、紺の腰切半纏に股引姿の職人が山荘に手を加え、庵へと設えを変えている真っ最中。
 「あれま、随分と手際の良い、鉋の掛け方じゃねえか」。
 やはり、遊左法橋の身内の者かと、よくよく見れば、半纏の背には丸に大の字が白く染め抜かれている。思わず歓喜の声を上げる甚五郎だった。
 「おう、清兵衛。清兵衛じゃねえかい」。
 どうりで手慣れた筈だと、駆け寄るのだった。
 「甚五郎兄さん」。
 突然の来訪者に目を丸くする清兵衛。こちらは、甚五郎のひとつ下の弟弟子の大森清兵衛であった。
 「久し振りじゃねえかい。それにしても、如何しておめえが京の普請なんかしているんだい」。
 「久し振りじゃないですよ、兄さん。兄さんこそ、御手配中じゃないんですか」。
 どうやら、甚五郎が幕府に狙われ、亡命している事は、先刻承知の様子。へへへと、照れ笑いをした甚五郎を、親方の家で待っていて欲しいと、山荘の門から押し出した清兵衛であった。





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浜の七福神 55

2014年05月21日 | 浜の七福神
 己で聞けば良いものをと、眉を潜めて甚五郎を見るが、ふんと文次郎からも目を反らす。
 「円徹、如何して今日庵を知ってたんだい。都は始めてじゃなかったのかい」。
 甚五郎と文次郎の、おかしなやり取りに、おやっと思う円徹だが、先程から苦虫を噛み潰したような顔で、すっかり旅支度の甚五郎の様子から、己が失態を仕出かし、逃げたと思われている事を悟るのだった。
 「前に宗室様が、寺にお見えになった折りに、京へ上る事があったら、訪ねて来るようにと教えてくださいました。それに、母上が、花は水切りをすると、長持すると良くお言いでした。私には、水切りが何か分からなかったので、宗室様にお願いしようと思ったのです」。 
 「文次郎、如何して甚五郎親方に、先に言わなかったのか聞いてくんな」。
 ふうと溜め息を付いた文次郎。
 「円徹、だそうだ」。
 既に円徹にも届いている、面倒だと文次郎は甚五郎の言葉を割愛する。
 「それは、申し訳ありませんでした。水仙が痛そうだったから…だから、早く治してあげたかったのです」。
 「痛そうだったって」。
 思わず声を発し、慌てて両の手で押さえる甚五郎。
 「文次郎、造った本人よりも茶人の方が、信用出来るってえ訳かと聞いてくんな」。
 「円徹、どうなんでい」。
 「それは…、親方は、自分で彫った龍の目に釘を打ち付けるので、水仙が乱暴にされたら可哀想だと思って…」。
 拗ねたように口をすぼめる円徹の愛らしさに、笑いを堪え切れなくなった女将。
 「甚五郎親方の負けどすな。ええお弟子はんやおへんか」。
 口をすぼめたまま、上目遣いに甚五郎を見る円徹。その視線を避けようと、そっぽを向きながら甚五郎。
 「文次郎、早く支度しねえと、置いてくぞと言っとくれ」。
 「はい親方。直ぐに支度します」。

 甚五郎作の竹の水仙。寸詰まりになったが、花が枯れる事はなく、更に花立てには、裏千家千宗室の裏書きまで加わり、千両箱と引き換えにと申し出る大名やお大尽が後を絶たなかったとか。
 「あっしだって、江戸城の紅葉山で、折れた桜の枝を接ぎ木した事があるんだがね」。
 家康によって植樹された、桜の枝を誤って折り、途方に暮れる女中の為に、一肌脱いだ甚五郎。折れた枝と木に細工を施して霧を吹けば、見事に接ぎ木が完成。
 これが大久保彦左衛門経由で将軍家光の上聞に達し、お褒めの言葉を頂いた程の出来だったのだと、甚五郎は自負するが、この度は、茶人にしてやられたのだった。
 「弟子に、信用されなかったとはねえ」。
 さすがの甚五郎も苦笑い。





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浜の七福神 54

2014年05月20日 | 浜の七福神
 一方、あてもなく京の町へと飛び出した文次郎。都に不案内の円徹の行きそうな所はと、昨日からの足取りを辿るが、円徹らしき子どもの姿を見た者はおらず、徒労に終わろうかとしていた。
 「あいつは、本気で逃げちまったのか」。
 既に夜の帳は下り、辺りは漆黒の闇である。寺社仏閣があちこちにひしめく京の町。辺りは静寂に包まれ、人気もない。
 「馬鹿だな。怖えだろうによ」。
 円徹の名を叫びながら、京の町を探し回った文次郎が、大松屋へ戻った頃には、既に空は白み始めていた。
 一日だけ待ちたいと言う文次郎の望みは、見事に打ち消され、旅支度を整えた甚五郎と文次郎が、大松屋の帳場へと足を向けた丁度その時だった。
 「女将さん。申し訳ありません」。
 息を切らせた円徹が、件の水仙の花の入った花立てを女将に手渡していたのである。
 「直ぐに、何とかしないと花が枯れてしまうと思い、訳も話さず、飛び出してしまいました」。
 見れば、花立てからちょこんと花が顔を出しているくらいに、水仙の尺は随分と短くなってはいたが、枯れる事もしおれる事もなく、これまでと変わらぬ花を咲かせていた。
 「円徹。何処へ行ってたんだ」。
 「文次郎兄さん。花が枯れないうちにと、急いで今日庵まで行って来ました」。
 「今日庵だって。おめえ、あんな北の方まで行ってたのか」。
 船岡山に近い、北の外れにある、裏千家の千宗室の住まいである。
 「お茶のお師匠さんなら、茶室に一輪の花を飾っているので、何とかしてくれると思って」。
 「それは生きた花だ」。
 大門違いだと、文次郎は頭を横に振るが、こうして円徹が無事に戻り何より。甚五郎へと顔を向けるが、険し顔付きでへの字に結んだ口元を、懐から出した手で指すっている。
 「ですが、ちゃんと茎を水切りして、湧き水に挿してくださいました」。
 女将に手渡した水仙を指差す円徹。
 黙って聞いていた甚五郎の、への字の口元が少し開いた。
 「文次郎、如何して今日庵を知っていたのかを聞いつくんな」。




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浜の七福神 53

2014年05月19日 | 浜の七福神
 三河安城の鼠と熱田神宮前の蟹は絡繰り細工。篠原の薬師堂は、甚五郎の並外れた仕上げの早さ。大津の園城寺の龍は腑に落ちないが、それでも雷雨と強風で、視界がはっきりとはしていなかった。
 鼠の木彫りで猫を騙す勝負に、鰹節を彫らせたくらいだ。やはりどれも細工があるに違いないと、円徹は思い倦ねる。
 あれやこれや考えながら、水仙の細い茎を四方からいじっていると。細い竹串である呆気ない程簡単にぽきり。
 「文次郎兄さん。茎が折れてしまいました」。
 見れば、真ん中辺りが折れ、筋ひとつで繋がっている有様。
 「どうしたら良いでしょうか」。
 折れた水仙を握り、蒼白の円徹である。
 「親方は、命を縮める物は、二度とは彫らないとお言いでした。私は…」。
 ちっと舌打ちをした文次郎。円徹の手から水仙を取ったその時、僅かに繋がっていたひと筋を、力任せに引き裂くのだった。これにて、完全に茎が切り離された。
 「ええい。折れちまった」。
 「御免なさい」。
 言うなり水仙と花立てを引ったくり、表へと飛び出す円徹。文次郎が後を追うが、余りの素早さに、直に見失うのだった。
 「ふん。それで円徹はいなくなっちまったって訳かい」。
 「親方怒らねえでやってくだせえ。最後に茎を切り離しちまったのはあっしなんで」。
 己でわざと茎を切り離し、円徹の罪を被る気でいた文次郎であったが、それよりも先に円徹は、飛び出してしまったのだった。探すにも全く宛のない文次郎。それでも、じっとしてはいられずに立ち上がろうとするが、ごろりと横たわったままの甚五郎に制される。
 「文次郎、行くんじゃねえ」。
 「ですが、親方」。
 「勝手に出て行ったんだ。構うこたあねえ。でいち、謝りもしねえで、飛び出したってのが気に食わねえ」。
 素直に詫びれば、形ある物は壊れる時がくる。それが物の寿命だと、甚五郎は言う筈だ。だが、逃げ出したとなれば、甚五郎が最も嫌う、卑劣な奴と成り果てる。もはや、円徹に声を掛けるどころか、会う事も拒む筈であった。
 そして、甚五郎のそんな気質を、痛い程分かっていた文次郎。
 「親方。円徹はまだ子どもですぜ。大それた事を仕出かしたと、驚いて咄嗟に隠れたとしてもおかしかねえ」。
 親に隠れてつまみ食いをしたり、使いの帰りに寄り道をしたり、そんなたわいもない事で子どもは恐れて、家に戻れなくなるものだと取りなすが、甚五郎からの返事はつれないものだった。
 「人様の持ち物を壊したってえのは、たわいもない事なのかい」。
 「円徹が、謝りもせずに、逃げ出すような奴じゃありゃしねえ事は親方もご存じの筈だ」。
 円徹なりに訳がある筈だと、文次郎は訴えるが、背中を見せたままの甚五郎。狸寝入りを決め込むのだった。
 「そうですかい。親方がどうでも、あっしは円徹を探して連れ戻しやす」。
 襖を足で開けた文次郎。この分からず屋と捨て台詞を残し、大松屋の暖簾を潜り表へと出る。
 「分からず屋とは、言ってくれるじゃねえかい。あっしはなあんにもしちゃいねえや」。
 くるりと起き上がるり、胡座をかいた甚五郎とて、円徹が逃げ出すような奴だと、信じたくない思いは同じであった。
 「全くの馬鹿だぜ。あっしに見せてりゃ、どうにかなろうってものをよ」。






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浜の七福神 52

2014年05月18日 | 浜の七福神
 売って欲しいってえ者が現れらなら、売ってしまっても構わないが、相手が町人なら五十両、侍なら百両。びた一文まけてはならないと、甚五郎は女将に言い含めていたのだった。
 深い溜め息を付く、善右衛門であった。鴻池の財を持ってすれば、五百両とて千両だとて惜しくはない。
 「千両かい。女将はそれでも手放さなかったのかい」。
 己なら、千両と聞けばほいほい手放すと甚五郎。それを聞いて善右衛門の顔がぱっと明るくなった。
 「ほな、造っていただけるのやったら、千両お支払いさせて貰いますわ」。
 裏庭の竹を全部切り取り、大松屋と同じ水仙を造れるだけ欲しいと言う。
 「幾ら鴻池の旦那の頼みでも、こればっかりは出来ねえ相談だ。あっしは二度とあれを造る気はありゃしねえ」。
 ならば、幾らなら造ってくれるかと、善右衛門が食い付くが、金子ではないのだと甚五郎。
 「竹に花を咲かせるなんて芸当をして日にゃよ、あっしの寿命が縮むってもんでさ」。
 千両が二千両でも、命を削ってまで造る気はないと言われれば、善右衛門とて引き下がるしか術はなく、がっくりと肩を落とし、うな垂れるのだった。
 一連の話に、耳をぴくりと動かした円徹。件の水仙が飾られた大黒柱へと、こっそり向かうのだった。
 「ただの竹細工の水仙だよな」。
 花立てから水仙を抜いてみれば、竹の茎から水滴が落ちる。水を切らさぬようにとの甚五郎の言い付けは、未だ守られていた。
 「こら円徹。人様のもんを勝手にいじるんじゃねえ」。
 円徹が何か仕出かすのではないかと、後を追って来た文次郎である。
 「文次郎兄さん。竹細工の水仙に水が必要なのですか」。
 「だから親方が言ってたじゃねえか。毎日水をやれば花が咲くって」。
 元は蕾だったと言われても、はいそうですかとは信じられない円徹。甚五郎が蕾と開花した水仙の二本を造っておいたのではないかと考えるのだった。
 「文次郎兄さん。竹が水を吸って膨らんで、花を咲かせたように見える。って絡繰りじゃないでしょうか」。
 「馬鹿だな。蕾がでかくなりやがっただけで、開いて花が咲くもんか」。





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浜の七福神 51

2014年05月17日 | 浜の七福神
 欄間などを彫る時は、絵師の下絵を元にするが、それをそのまま彫ったのでは、彫り物に動きが出ない。下絵の何処に厚みを持たせ、何処を薄く彫り上げるか、それを考えるのも大切な事だと説く。
 真剣に目を輝かせる円徹。
 「絵師ってえのは、どうにもよ、のっぺりとした物しか、描けなくていけねえ。てんから厚みや、手前にあるもんと奥を描き分けてくれりゃあ、こっちも手間が省けるってもんよ」。
 部屋の中で、優雅に筆を動かしているだけで、全く持って良い商売だと続く。今さっきまで身を乗り出して聞き入っていた事が、少しばかり馬鹿らしく思えた円徹だった。
 甚五郎の愚痴が、終わろうとした丁度その時、襖の向こうに人の気配が。
 すわ刺客かと、身構える甚五郎に文次郎。
 「甚五郎親方。お客はんどす」。
 「客、あっしにかい。いってえ何処のどいつでい。面倒な客なら、いねえと言ってくんな」。
 「それが、鴻池の旦那はんどして。大坂からお見えにならはりました」。
 鴻池と耳にし、甚五郎の眉が上がる。
 「鴻池の旦那なら、会わねえ訳にはいかねえな」。
 江戸から三河までは、初代鴻池善右衛門所有の菱垣廻船に乗っての旅。こちらから挨拶へと向かわねばならぬところであった。
 「こちらにお泊まりやないかと思いまして」。
 木彫りの鼠騒ぎを聞き付け、これは甚五郎絡みに違いないと、鴻池善右衛門は大松屋を訪ねたと言う。
 「良くお分かりで」。
 「へえ、水仙や」。
 以前から大松屋の大黒柱に生けられた、竹で造られた水仙の花と花立を見て、甚五郎の定宿に違いないと善右衛門。
 「この水仙を売って欲しいなあて、なんぼ頼みましても、女将が首を縦に振らしまへんのや」。
 「当たりめえさな。ただの水仙じゃねえ。あっしが造ったのは蕾だぜ。ぜってえに水を切らさなければ花が咲くと伝えたのさ」。
 「そやさけ、うっとこにも造って貰えまへんか」。
 腕を組み、うむと考え出した甚五郎ではあるが、やはり答えは決まっていた。




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